表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/236

第二十一話 日英交渉の行方

日本を侮っていたイギリスのスターリング提督一行は、日本の領土保全と、日本の法を守ることを約束させられそうになります。

日本が他の東洋の国と全く違うことにイギリス側は慌てていた。


東洋の連中は、皆、清やインドの様に、国は大きく、プライドだけは高いが、知性も教養もない野蛮人ばかりでないのか?

アヘン戦争の時などは、200年も前に買った骨董品のような大砲を使って攻撃してきたというじゃないか。

オランダの連中が、貿易の利益を独占する為に、この東洋の猿どもに仕込んだのか?


「我が国の領土を保全し、我が国の法に従うことは、オランダは勿論のこと、アメリカも、ロシアも同意している。

イギリスだけが同意しないということは、ありますまいな」


そう川路は穏やかに微笑みながら伝えながら考える。

佐久間象山の策によれば、ここでイギリス側の同意を得たところで、イギリスの侵略を防げる訳ではない。

禁止されたアヘンを取り締まられたことを理由に清国を攻撃したり、清国人が乗る清国の船を清が取り締まったのにいくさを吹っ掛けるのがイギリスだ。

本気で、日本を侵略する気になれば、領土保全の約束など破って攻めてくるだろうし、イギリス人の犯罪を日本が取り締まれば、日本に攻めてくるだろう。


だが、ロシアやアメリカへの抑止力にはなる。

イギリスが日本の領土と認めた樺太や対馬を占領しようとすれば、イギリスとの戦争になるかもしれない。

そう思えば、樺太や対馬占領を躊躇うかもしれない。

その躊躇いの間に、国防の準備を進める為の一手が、イギリスの同意なのだ。


そして、イギリス侵略を防ぐ為の時間稼ぎには、もう一手が必要である。


川路の問い掛けにスターリングがしどろもどろに応える。


「確かに、このように立派な地図があり、明確な法があるのならば、私としては反対する理由はない。

だが、申し訳ないが、私は只の軍人であり、全権代理として国を代表して交渉しに来た訳ではないのです。

本国に許可を取ってからでないと」


「ええ、それは既に聞いております。

ですが、イギリスが日本を侵略するつもりがないならば、まず、あなたが条約に署名して頂いた上で、本国に追認を貰えば良いではないですか。

日本とイギリスの友好の為ですよ」


川路はそう言うと、オランダ語で書いた条約文書を用意させる。

条約文まで用意されていることで、スターリング達は質の悪い罠に嵌ったような気分になる。

これは、アメリカやロシアと結んだ条約なのだろうか。

それを用意して、ここまで招いたのは、どんな意図があるのだ。

裏で糸を引いているオランダは、一体何を考えているのだろう。


スターリング達は相談する。

彼らは、元々、ロシアとの戦争で日本が補給基地とならないようにする為、局外中立を要請に来たのだ。

その言質は既に、川路から取っている。

もし、日本が隠れてロシアを援助しているのをみつければ、抗議し、攻撃することは出来るのだ。

それならば、こんな意図不明の条約にサインなどするべきではないのではないか。

勝手に、日本の領土保全と、日本の法に従うことなどに同意すれば、議会に何と批判されるかわからない。

いっその事、検討すると言って、条約文書を受け取り、握り潰してしまおうか。


そんな風に相談しているのを、万次郎が逐一訳して川路に伝えると、川路は条約を握り潰されないようにする為に用意した一手を打つことにする。


「もし、スターリング殿だけでは決められぬということでしたら、我々がイギリスまで参りましょうか」


その言葉に、スターリング達だけではなく、クルチウスも慌てる。


「今、我が国は、オランダとの250年に亘る友好関係を祝う為、やんごとなき身分の方が訪問することをオランダ側に申し入れているところ。

オランダまで行くならば、イギリスもそう遠くはないはずですから、ついでにイギリスまで寄って、こちらの条約に同意して頂ければ良ろしいかと」


「川路殿、お待ち下さい。オランダ視察団の件は、まだ本国で検討中でして」


クルチウスは慌てて、川路の発言を止めようとする。

確かに、海舟会より日本からオランダを視察したいとの申し入れは受けている。

だが、それでは、オランダが力を失った斜陽国家であることが日本に知られてしまう。


オランダとしても、蒸気船が増えてきたこの時代に日本との貿易を独占することが、困難であることは理解している。

だから、日本には日本国内に引き籠っていて貰って、オランダが日本と各国との折衝を代理し、日本もオランダにも有利な条件で各国との取引を取り仕切っていこうと考えている。

欧米列強から見れば、日本はオランダの植民地のように見えるかもしれないが、今の様に無防備な状態で列強に侵略される危険は減るはずなのだ。

日本さえ、オランダを信用してくれれば、それが双方の最大利益のはずなのに。


だが、日本にオランダの本当の国力を知られてしまえば、日本はオランダを頼ることはなくなるかもしれない。

最悪の状況を考えれば、よちよち歩きの日本が欧州列強の餌食になるかもしれない。

それは、何とか防がなければならない。

クルチウスは、本気でそう考えていた。


これに対し、海舟会の面々と阿部正弘や江川英龍も、オランダの意図を理解している。

確かに、オランダに任せれば、一時は欧米列強の侵略を避けることが出来るかもしれない。

何の大義名分もなく、オランダの植民地に攻撃を仕掛ければ、ヨーロッパで非難されることになるから。

だが、イギリスやロシアが本気で、日本侵略を決定した場合、オランダに日本を守る力はない。

そういう情報が、平八から入っている以上、オランダの力を確かめるべきだとの結論に達したのだ。

そして、オランダへの視察を渋るクルチウスの態度は、オランダの国力を疑わせるのに十分な根拠となっていた。


そこで、川路は、まだクルチウスに話していなかった、もう一つの札を切ることにする。


「確かに、こちらはお招き頂く立場、オランダが望まぬのなら、視察は諦めた方がよろしいかもしれませんな。

それでは、イギリスでの条約交渉は、アメリカの視察の後では如何ですか?

我らは、今、アメリカ視察の準備を進めておりますから」


「いえ、決して、私たちは日本の訪問を歓迎していない訳ではありません。

ただ、まだ準備が整っていないというだけの話でして。

ですが、アメリカを視察されるとは初耳です。アメリカの撃退には成功されたのでは」


「ええ、撃退には成功しました。

しかし、アメリカ側から、是非、我らをアメリカに招待したいという声がありましてな。

蒸気船で簡単に数十日で来られる距離にアメリカがあるのなら、一度アメリカ本国まで行って、話を付けようという話になったのですよ」


そう言われクルチウスは全力で頭を回転させる。

もし、日本がアメリカ視察に行ってしまうならば、彼らは少なからず、世界情勢を理解してしまうだろう。

そうすれば、国力が低下しているオランダから離れるかもしれない。


だが、それでも、これまで250年もの間、日本と最も親しくしてきたのはオランダなのだ。

両国間に信頼関係があるならば、オランダを頼ってくることもあるだろう。

ならば、日本の信頼を損なうような行動は決して取るべきではない。

そう考えて、クルチウスは声を上げる。


「なるほど、アメリカにも視察に行かれるのですね。

アメリカは、イギリスの元植民地で、イギリスとは親しい関係にあります。

ですが、アメリカとイギリスは、かなり遠いのですよ。

よろしい。オランダ本国には、オランダ視察の督促を致しましょう。

そして、その上で、日本の方々が、イギリスに行くならば、我々オランダがご案内する。

イギリスとしては、それでよろしいですかな?」


急に川路とクルチウスが話し合いを始め、

オランダがイギリス視察の案内をすると言い出し、スターリング達は混乱する。

彼らはプチャーチンのロシア艦隊を攻撃することを第一の目的とし、見つからなかったから、日本に戦争の局外中立を求めただけ。

日本を東洋の蛮族と侮り、日本のことには、さして詳しくもないのだ。

だから、イギリス本国が、どんな反応を示すかも本当にわからない。

だが、オランダが日本の視察団をイギリス本国に連れてきてしまった際に、情報を握り潰していることがマズイことはわかる。

イギリス人同士で相談した結果、東洋の果てのこの奇妙な国との関係は、イギリス本国に判断して貰おうという結論に達する。


「その判断は、我々ではすることが出来ない。

イギリス本国に確認するから、回答を待って貰えないだろうか」


今度は、本当にイギリス本国に連絡するつもりがあることが、万次郎のおかげで確認出来ているので、川路は頷き応える。


「承りました。では、こちらをお渡しいたしましょう」


そう言うと、条約文を美しい金の蒔絵の書箱に入れて渡すと、スターリング達は、その美しさに息を飲む。


「お答えの方は、こちらは急ぎませんが、出来れば、オランダ視察団が出発する前にお願いいたします。

あなた方の様に、約束もなく訪問する様な不調法はしたくありませんので」


招かれざる客であった自分達を皮肉る川路にスターリングは苦笑を浮かべて返す。


「ええ、なるべく早く判断するようイギリス本国に請求しましょう。

我らは、ロシアと戦争中ですが、問題はありません。

東洋の海は我らの縄張り。

イギリス海軍は世界一なのですから」


こうして、約250年ぶりの日英交渉が終わり、数か月後に、正式にイギリスから視察への招待が届くことになる。


訪問先は、イギリス、オランダの他に、イギリスの同盟国であるフランスも含まれる。


そして、海舟会の計算通り、この提案をしてから、視察団が帰ってくるまでの間、イギリス、フランスは、日本側の好意を得て、貿易を始める為に、日本への敵対行動と疑わるような行動を自粛することとなる。

面白かった、続きが読みたいと思いましたら、評価、ブックマーク等の応援をよろしくお願いします。


連休中に、あと一度くらい、更新したいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 一点、アメリカの航路問題ですね。 ゴールドラッシュは始まっているが、横断鉄道もない。西海岸はまだ開発が始まっていない時期。パナマ運河はまだまだで太平洋に艦隊をすぐ持ってこれるはずもない…
[気になる点] 日本を侮っていたイギリスのスターリング提督一行は、日本の領土保全と、日本の法を守ることを約束されそうになります。 この部分 最後の、されそうになります でなく させられそうになり…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ