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第十五話 龍馬、船に乗る

長崎で平八たちがオランダと情報交換をしている時のことです。

龍馬はその頃、海にいた。


小笠原諸島行きの船の上、暑い夏の日差しの下、潮風に吹かれ龍馬は上機嫌だ。


江戸に剣術修行に来たはずなのだが、すぐに黒船がやってきて、平八に誘われて海舟会に参加すると、毎日が面白いことで一杯になっている。


別に剣術修行を疎かにしている訳ではない。

剣術修行も楽しいからだ。

毎日、龍馬は身体が動かなくなる位まで鍛えた後、疲れた身体を引きずって、象山書院に通っては平八や象山から面白い話を沢山聞かせて貰っている。


150年先の身分がなくなった世の中の話、入れ札で君主を決めるアメリカの話、剣が役に立たなくなるような武器の話、毎日が驚きの連続だ。

土佐みたいな小さなところで、上士だの郷士だの言っているのがアホらしくなってくる。


その上、今度は大きな幕府の船で小笠原諸島まで連れて行って貰える。

幸い、勝と違って、龍馬は船酔いには強いようだ。

潮風も心地よく、身体を動かしたければ、一緒に来た桂小五郎や水戸藩の人間が稽古相手になってくれる。

人懐っこい龍馬からすれば、船に乗っているのは、もう皆、仲間のようなものだ。


それに話を聞きたいと思えば、目玉が大きい下田の代官様、江川英龍様がいて、アメリカ帰りの土佐の漁師、中浜万次郎殿がいて、水戸藩士を率いてきた水戸藩の重鎮、藤田東湖様がいる。


龍馬は知らないことではあるが、この藤田東湖同行の影には阿部正弘の暗躍がある。

水戸藩がこれから行く樺太には、アイヌ人だけでなく、ロシア人もいると思われる。

そういう連中と会う時に、どうするか考える為にも、まずは小笠原諸島の視察に信頼出来るものを送り、対策を練るべきと阿部正弘が説得したのである。


そんな企みも知らず、龍馬は船旅を楽しんでいる。


象山先生は江川英龍のことを苦手なようだが、江川英龍は博学で気さくで、聞けば何でも教えてくれる。

中浜万次郎殿は、同じ土佐者の気安さもある上、平八から聞いていたアメリカの話を詳しく聞かせて貰える。

藤田東湖様などは水戸藩の重鎮、徳川斉昭様の懐刀と言われるようなお偉いさんだが、江川英龍や斎藤弥九郎や稽古に付き合って貰った水戸藩士の口添えのおかげで、気さくに水戸学のことも聞かせて貰える。


この船に乗る時に、象山先生から、水戸藩の人間が中浜殿をうとんじないようにする為の鍵が藤田東湖様だから、中浜殿が必要であると藤田様に思わせろと聞いたような気もするが、正直、龍馬には、どうすれば、そんなことを思わせることが出来るかはわからない。

ただ、象山先生からは、藤田東湖の話をよく聞き、わからないことは聞いておけと言われたので、積極的に話を聞きに行っているだけだ。


「なるほどのう。

天子様ちゅうは、武力を使わず、日ノ本を治めて来られた尊いお方なんじゃな。

わしは学問がないので、そういうことは、とんと知らんかったぜよ」


「そうだ。天子様は、この地球で誰よりも古くから変わらない尊い血筋の方だ。

清の皇帝などは、250年程前に、彼の地を征服した蛮族の王が、天子を僭称しているに過ぎぬ。

本当の天子様は、日ノ本におわす天子様だけだ。

それなのに、今度来たアメリカなる国は、百姓が入れ札で君主を決める国だというではないか。

そんなやから秋津洲あきつしま(本州のこと)上陸を許すとは、情けないことこの上ない。

日ノ本が汚れるっぺ」


藤田はその視線の先に、中浜万次郎を捉えながら吐き捨てるように言う。

龍馬としては、入れ札で君主を決める方が面白いと思うが、それを、そのままエライ人に言わないだけの分別位はあるので、象山先生に言われた通り、疑問は質問の形で、藤田にぶつけることにする。


「異人が来ると日ノ本が穢れるんですか。

じゃが、それなら、ワシは大丈夫ですかいの?

学問もにゃぁし、剣は多少使えますが、風呂も嫌いで、臭いとよう言われちょります。

そんなワシがいたら、日ノ本は穢れたりするんじゃろうか」


龍馬がそう言うと、藤田は苦笑して答える。


「そりゃあ、汚かったり、臭かったりするのは、問題ではあるが、お前一人程度で穢れるほど、秋津洲は小さくないわ。

まあ、風呂にはなるべく入っとけば問題ないっぺ」


「なるほどのう。ワシ一人が汚い位じゃ、秋津洲は穢れませんか。

すると、異人どもはどうして穢すことが出来るんですかいの?

ワシが20年近く住んでおっても穢れんのに、

あいつらはちょっと来ただけで穢せるって、どうしてなんですかいのう」


龍馬がそう言うと、藤田は少し考えてから答える。


「奴らが穢れたところから来たからだっぺ。

君は、まあ土佐だから、正確には秋津洲の生まれではないがな。

天子様に清められた日ノ本で生まれ育っておる。

だから、多少汚かったとしても、日ノ本を穢すことにはならんのだ」


「ほうですか。奴ら、そんな穢れたところから来ちょるんですか。

だけど、そうすると、奴らの作ったもんとか、本とかも穢れておるんですかいの?」


龍馬がそう聞くと、藤田は、また考える。

藤田も、異国の技術を導入しなければ、異国に侵略される恐れがあることは分かっている。

だから、異国の物は穢れている、日ノ本に入れるなとは言えないのだ。


「いや、穢れておるのは、奴らの血筋や心根こころねであってな。

実際に、君のように、汚れているという訳ではないのだ。

だから、奴らの作った物を入れたからと言って、日ノ本が穢れるなどということはない」


「異人は心が穢れちょるんですか。

じゃあ、藤田センセが性根を叩き直してやったらどうですかいのう?

尊い、尊い、天子様じゃ。

天子様のことがわかれば、異人どもも心を入れ替えて、お仕えしたいと思うんじゃないですかいの?」


「確かに、天子様の尊さがわかれば、お仕えしたいと思うのは当然だ。

だが、奴らは言葉も判らぬ、野蛮人だ。そうはならぬだろう」


「奴らが言葉さえ判れば、無駄な血を流さんで済むのに、残念なことですのう」


「まあ、言葉がわかろうと、信用出来ぬものもいるがな」

藤田は、また万次郎を見て呟く。


「まあ、そうじゃな。

言葉が通じるから言うて、分かり合えるとは限らんのが、難しゅうところですな。

でも、それなら、長崎のオランダ人なんかはどうですか。

あいつらも、日ノ本を穢す存在だから、斬って追い払った方が良いんですかいのう」


龍馬がそう言うと、藤田は再び考え込む。

水戸学でも、さすがにオランダ人を追い出せとまでは言っていないのだ。


「オランダ人は、幕府に忠誠を誓っておるからな。

その昔、キリシタンが反乱を起こした時なども、幕府の側に立ち、大筒を反乱軍に打ち込み、幕府への忠誠を示して居る。

だから、代々、4年に一度、江戸に来て公方様へのお目見えすることも許されておるのだ。

奴らが来たからと言って、江戸城が穢されるようなことはない。

大事なのは、心根だからな」


「ほう、そんなことがあったんですか。さすがは、藤田センセは博識ですのう。

じゃあ、やっぱり、異人であろうと、誰であろうと、忠誠を誓うなら、日ノ本を穢すことはないということで、ええんですかいのう」


「うむ、そういうことになるかな」


藤田は考えながら答える。


「じゃあ、藤田センセの話を聞いて欲しいもんがおるんで、今度、話してくれませんかのう」


龍馬は身を乗り出し、人懐っこい顔でニカっと笑って尋ねる。

本人は自覚がないが、これがこの男の最大の武器なのだろう。

誰よりも嬉しそうに笑うから、また喜ばせたくなってきてしまう人誑ひとたらし。

藤田も、つい、この男を喜ばせたくなってきてしまう。


「うむ、時間がある時なら、いいだろう。誰でも連れてくるがいい」


そう言うと、龍馬は心から嬉しそうに笑うと答える。


「おおきにありがとうございます」


頭を下げると龍馬は中浜万次郎を大声で呼ぶ。


「万次郎さーん。

こっちで、藤田センセが、ありがたーい話を聞かせてくれるんで、こっちに来てつかーさい」


思わぬ人物を呼ばれて驚く藤田に気が付く様子もなく、龍馬は万次郎を呼んで藤田に紹介する。


「万次郎さんは、ワシと同郷の土佐の漁師だったんですが、船が流されて10年もアメリカに住んでいたということなんですわ。

おかげで、アメリカの言葉も話せるし、アメリカの事も知っちょるんで、幕府に召し抱えられたそうなんじゃが、アメリカの間諜と疑う奴らもおるみたいで。

是非、藤田センセが話して、日ノ本のこと、水戸学のこと、叩き込んで頂きたいんですわ。

心さえ忠誠を誓うなら、オランダ人さえ許されるならですから、万次郎さんも大丈夫。

藤田センセ、よろしくお願いします」


龍馬はガバっと頭を下げる。


船は小笠原諸島に順調に向かっていく。

今回、水戸弁は土佐弁で不自然なところがあったら誤字報告で教えてください。


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