第五話 阿部正弘の最大の協力者
江川英龍の持ってきた平八の夢を書いた巻物と佐久間象山の書いた建白書を受け取った阿部正弘。
これを以って、彼が動き出します。
この国の会議は、何も決められない儀式のようなものだと言う人がいる。
確かに、白黒はっきりさせることを嫌う人が多いこの国は会議となっても、何も決めない、決められないままで終わることが多い。
だが、それでこの国の会議は只の時間の無駄に過ぎないというのは、間違いである。
孫子の兵法によると、勝敗は戦う前に決まっていると言う。
戦巧者は、戦う前に、戦略的に勝利を確定しているのだ。
勝負は時の運などと言って、一か八かで戦場に臨むものなど、二流以下でしかない。
会議もまた、戦であると考えれば、そこでの弁舌のみで相手を説得し、結果を得ようとするなど、二流と言われても仕方ないところだろう。
事前の根回しによって、会議の方向性を左右する重要人物と会い、目的の方向に会議が決着することを見極めた上で、会議の開催を決定する。
それこそが、この国の会議の本質であり、阿部正弘は、このように、戦う前に勝利を用意する名人であった。
そして、根回しをする場合、どの順番で、誰と、何を話すかも重要となる。
今回、阿部正弘が、最初に会う相手として選んだのは、薩摩藩主島津斉彬であった。
島津斉彬は、当世においても、後の世においても評価の高い人物である。
人格は温厚にして、蘭学、洋学、当時の世界情勢に対する知識も深く、身分差を気にせず、ジョン万次郎、勝海舟らとも親しく話し、これから先のこの国の未来を誰よりも、考えていたと言われている。
だが、どんなに優秀であろうとも、島津斉彬は薩摩藩主なのだ。
そのような人物が、老中首座の阿部正弘の最大の協力者とは、はっきり言って徳川250年の歴史の中でも最大級の異常事態である。
薩摩藩は、徳川幕府開始以来、最大の仮想敵とされていた藩である。
何しろ、関ヶ原で負けたのに、その苛烈な戦い方から、島津と戦うと被害が大きくなり過ぎると見逃された藩である。
最初から、仮想敵なのだ。
その為、幕府も最大の警戒をしており、何度も過酷なお手伝い(公共工事)を行わせ、その財政基盤を削ろうとするなど、常に嫌がらせを続けてきた間柄である。
その薩摩藩の藩主が、裏で幕府の老中首座阿部正弘と手を組んでいる。
阿部正弘を評価しない人々は、阿部正弘は島津斉彬に押されて権限を渡しただけだと言う。
だが、それは、島津斉彬が薩摩藩主になることを阿部正弘が協力したことを無視し過ぎではないだろうか。
島津斉彬は、その父、先代薩摩藩主、斉興に忌避されていた。
これは、斉興の祖父にあたる先々代藩主、重豪が蘭学に傾倒し、藩財政を傾けたことに端を発している。
その祖父の残した莫大な借金に苦労した経験から、斉興は重豪を憎み、その重豪に教育を施された斉彬を嫌い、斉彬が40歳になっても家督を譲らなかったという。
これは、斉彬が藩主になれば、祖父の時代のように藩財政が傾く為と斉興らは考えていた為と言われる。
しかし、斉興が藩主にしようと考えていた斉彬の腹違いの弟久光に国学・漢学だけを叩き込み、蘭学・洋学を一切寄せ付けなかった点から考えると、理性よりも、感情で蘭学を忌避していたという方が正解であろう。
その様な先代藩主斉興を退け、斉彬が薩摩藩主を継ぐことに協力したのが阿部正弘なのである。
島津斉彬が家督を継ぐ際、薩摩藩は二度ほど、お家断絶の危機に晒されている。
薩摩藩の密貿易の情報と、高崎崩れと呼ばれるお家騒動の情報が幕府に漏れたのだ。
もし、この時、阿部正弘が薩摩藩を敵として潰すつもりであれば、可能であったのかもしれない。
だが、彼はこれを、斉興が隠居し、斉彬が家督を継ぐ為に使ったのである。
全ては、この国が異国に侵略されない為に。
開明派の島津斉彬に薩摩を発展させることにより、この国が防衛力をつけられると考えて。
幕閣の反発を避ける為、大っぴらには出来なかったが、二人は共犯者だったのである。
そんな島津斉彬を阿部正弘は極秘に招き、茶室に案内すると、江川英龍から献上された平八の巻物と建白書を渡して検討を始める。
島津斉彬が巻物と建白書を読む間、阿部正弘は正座して待つ。
正直、肥満体の阿部正弘は正座を長時間することはかなり辛いのだが、誰かを説得する時、同格以上の誰かと話す際は、このように正座して長時間話すのが常であった。
島津斉彬が巻物と建白書を何度か読み返し、考え込み、顔を上げると、阿部正弘は尋ねた。
「まず、お尋ねしたい。
率直なところ、この書にある様に、薩摩藩が幕府に牙を剥くことはあるのでしょうか」
「私が健在である限りは、ありえません。
ですが、薩摩隼人は気性が荒く、これまで幕府は薩摩に負担を掛け過ぎました。
恨みを買い過ぎました。
私が死んだ後、あるいは、ここにある薩英戦争とやらで、協力関係を築いたイギリスが唆したのやもしれませんが、倒幕に動くことは十分にありうることだと思われます」
「やはり、そうか」
そう言うと、阿部正弘は腕を組む。
「この書は何なのですか?ジョン万次郎と阿部殿で検討した予測?
いや、それにしては、私や阿部殿の死など、不確定要素が多過ぎる」
「佐久間象山が中心となり150年先の世を見たという平八なるものと共に作った建白書と、その平八が見た夢の内容を江川英龍がまとめたものです」
「なるほど、噂に聞く佐久間象山ですか」
「正直、この平八なる者の夢がどこまで本当のことなのか、私にもわかりません。
ですが、下手に漏れれば、内乱を誘発しかねません。
だから、島津殿にだけ、この書をお伝えした上で、内容を検討しようと思ったのですよ」
「確かに、この書が本物だと信じ込み、薩摩や長州を討伐するなどと言い出す輩がいても、おかしくはありませんな」
「幕府と薩摩の戦力、双方に通じている島津殿にお尋ねする。
今の幕府が薩摩を滅ぼせるとお思いか?」
「無理でしょう。薩摩は近代兵器を買い揃え、兵を鍛え続けております。
それ対して、私は幕府の内側から、幕府の戦力を見てきましたので内情はわかります。
かつて精強と言われた三河武士は250年の太平の世で骨抜き。
幕府旗本八万旗は今や最弱。昔のままの火縄銃や大筒では戦いにすらならないでしょう」
「そうか。つまり、島津殿は、いつでも滅ぼせる幕府を支えていてくれたということですな」
阿部正弘は苦笑する。
「今は異国の侵略に対抗すべき時。
日ノ本の中で争いなどやっている場合ではございませんからな。
だからこそ、一橋慶喜殿を頂点とする雄藩連合を共に考えたのではありませんか」
「ですが、私と島津殿がいなくなり、雄藩連合が失敗すれば、その書の通りになる危険があります」
「阿部殿は当たるとお思いか?」
「当たる、当たらないはともかくとして、対策は立てておくべきであると思います。
私は、異国との関係の進展は、30年はかかることだと思っておりました。
今回の黒船で他国との関係が始まり、次の世代の頃に交易が始まるだろうと」
「だが、異国が性急に関係を深めることを求めれば、混乱は深まりますな。
そして、私も、私の代で、日ノ本を一つにしようと思っておりましたが」
「今までの計画では、5年で日ノ本統一を実現することは難しい」
「ですが、性急過ぎる変化は、保守的な譜代大名の反発を受けます。
だから、阿部殿は、彼らに気付かれないよう、水面下での改革を進めてきたのではありませんか」
「その通りですが、今の計画のままでは、我らに万が一のことがあれば失敗するという可能性は示されているのです。
放置しておくべきではないでしょう」
「それで、この建白書ですか」
「そうです。佐久間たちが作ったという建白書。
これを、どこまで実現すればいいか、見落としがないかを検討したいのです」
阿部正弘はそう言うと身を乗り出す。
「この建白書は、なるほど、良く出来ております。
佐久間殿の名声にも、納得いたしました。
この建白書に従えば、何もすべきでないという保守派の反論を封じ込め、無責任に攘夷を叫ぶ連中を責任ある立場に追い込み、無責任な発言を出来ないように出来るでしょう。
ですが、この未来の夢と比較すると、何か所か気を付けねばならぬ点がありますな」
「さすがは、島津殿ですな。で、それは」
「まず、北蝦夷(樺太)への出兵。
これは本気で実現するつもりはなく、反対する保守派の封じ込めの為の策なのやもしれません。
ですが、実現するならば、中途半端な兵の派遣は厳に慎むべきでしょう。
北蝦夷(樺太)にどれだけのロシア人がいるのかはわかりません。
ですが、そこにロシア兵がいた場合、そのまま戦となる危険がありますからな。
派遣するなら、相手が戦う気にならない程の大戦力を一気に投入すべきです」
「しかし、それだけの戦力を出すとなると、予算の問題で渋るお歴々もいるのではありませんか」
「北蝦夷(樺太)領有を諦め、兵を出さないのなら、それでも良いのです。
それは、反対した者の発言力を削ることに繋がりますから。
避けるべきは折衷案です。
中途半端な兵を派遣し、ロシアと戦になった場合、長引けば、清を侵略しているイギリス、フランスが介入してくる恐れがあります。
異国と戦うのは良いのです。
最低一度は異国と戦い、連中に日ノ本と戦うのは厄介だと思わせることは重要でしょう。
ですが、決して、同時に複数の国と争ってはいけません。
今の日ノ本に、そんな戦いを耐え抜く力はありません。
負けるだけでなく、複数の国が我が国を蹂躙する恐れがあります」
「提案するだけして北蝦夷(樺太)を諦めるか。
だが、北蝦夷(樺太)派兵を提案すれば、攘夷派の水戸殿が動くやもしれぬぞ。
確か、水戸のご老公は間宮海峡を発見した間宮林蔵との親交があったはず。
それが奪われるのを黙ってはいられないのではないでしょうか」
「それならば、水戸殿に北蝦夷(樺太)まで行って頂くのもありでしょうな。
水戸藩が幕府の許可を得て、北蝦夷(樺太)に派兵するのであれば、幕府にも負担は掛かりません」
「ですが、その派兵の数が少ない場合はどうしますか」
「その場合は、薩摩からも兵をお出ししますよ。薩摩には、血の気の多いものが多いですからな」
「それで、勝てますのか」
「まあ、北蝦夷(樺太)を諦めるなら、長引かなければ、負けても構わないのです。
攘夷派の侍が異国に徹底的に負ければ、単純に攘夷出来るなどと言えなくなるでしょう。
あるいは、それも佐久間殿の狙いなのではないですか。
ともかく、北蝦夷(樺太)派兵が長期の戦に繋がらないようにすること。
これが、まず注意すべき点でしょう」
聞かずとも佐久間象山の開戦策を見抜いた島津斉彬の慧眼に感心して、阿部正弘が頷き尋ねる。
「他には、どんな問題がありますか」
「次の異国視察案は賛成なのですが、問題は視察に行く人員と戻る時機かと」
「人員は、この建白書にある通り、権限のある者を送れるかどうかが重要ということですか」
「そうです。
たいした権限のない者を派遣すれば、そこで得た知識も、見識も活用されず、全て無意味で終わってしまうでしょう」
「その点は建白書でも、注意しているところではありますな。
問題は、御三家や老中級の方に行って頂けるか」
「私などは自分が行きたい位なのですが、派遣する人員をどうするかは阿部殿次第でしょう」
「もし、平八が夢で見たことが真実の未来なら、対応は楽なのですが。
実際、どうなることやら。
ところで、戻る時機というのは?」
「派遣は同時になるべく多くの国に送った方が良いでしょう。
オランダ、アメリカ、ロシアだけに限らず、出来ればイギリスやフランスにも。
各国に視察団を派遣し、その受け入れ方法、待遇などについて異国同士を競わせれば、少なくとも、派遣中、派遣を受け入れている国が侵略してくることはないでしょうからな。
そして、派遣から帰ってくるまでの間は、我らがこの国の波乱を納めればいい。
ですが、夢の通りだと、阿部殿は4年、私は5年で死ぬとのことですから」
「国論を左右出来る重要人物が異国に派遣されている間に、我らが死ねば、何が起きるかわからないということですか」
「ええ、死なずに済めば問題はないのでしょうが。夢が全て当たると仮定しての話ですからな」
「派遣が戻るのは、3年以内にしておいた方が無難ということですか」
「ええ、それが無難でしょう」
「他に気を付ける点はありますか」
「異国の対応がどうでるのか。読み切れないところはどうしてもありますよ。
この夢では、日ノ本は異国の言いなりになり、好き勝手やられています。
だから、攻められないで済んでいる。
ですが、この建白書の通り、準備をして異国の言いなりにならなかった場合、異国が平等な条約を結んでくれるかどうか。
攻め込んで来ないかどうか」
「うまく、行き過ぎても、問題が起きる危険はあるということですか」
「だから、なるべく、異国との戦を避け、その間に軍備増強すべきでしょう。
その点、国防軍創設、参勤交代緩和、国民皆兵案は、面白いですな。
私が、薩摩藩主であるなら、必ず賛成しますよ」
「お互いに生き残れれば、ですな」
苦笑した二人は、話を進める。
世界を変える二人の戦いが、どこに辿り着くのか、それを知る者は、まだ誰もいなかった。
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