第十四話 革命家たち
東ヨーロッパに入り込んだ長州勢力の叛乱計画が動き始めます。
今回は、その内幕、吉田寅次郎サイドの話になります。
ブルガリア、ルーマニア、セルビアなどの各地の指導者が部屋を出ると、吉田寅次郎の周りには長州藩出身の指導者たちが集まる。
長州から来た者の中には、久坂玄瑞の様にロシア語に然程堪能でない者もいる。
その上で、これからは誤解のないよう内々で相談しておくべくこともある。
それに、戦争が始まってしまえば、もう簡単に会えなくなってしまう者も多い。
だから、日本語で再度の打ち合わせをしておいた方が良いと考えたのだ。
「これで、予定通り、日ノ本とロシア帝国との戦の最中に、ここ東ヨーロッパで叛乱を勃発させることが出来るのぉ」
高杉晋作は楽しそうに話す。
本来の世界線から離れ、寅次郎と共にヨーロッパに移った晋作には労咳発病の気配はない。
ここ東ヨーロッパでは、晋作は、高杉晋作という名を捨てて、シンと名乗り、日本を離れている。
それ故に、世界線の収束から免れているのか、あるいは、単に収束が遅れているだけなのかは判らない。
だが、本来ならば寿命が来るはずだった高杉晋作は生きていた。
もっとも、晋作にとっては、そんなことはどうでも良かった。
吉田先生について、日本を離れ、異国に来てからは楽しいことばかりだと晋作は思う。
日本を離れて10年以上、日本を恋しく思わない訳ではない。
まあ、食べ物に関しては、異国の物にもすっかり慣れた。
それに、たまにではあるが、日本からの船で送って来る日本の食べ物も食べられる。
だが、この乾いたヨーロッパの風土は長州とは大きく異なる。
だから、あの景色を死ぬまでに、もう一度見ておきたかったという想いは浮かばないこともない。
しかし、それ以上に、新たに広がる世界が晋作には楽し過ぎた。
パリの夜の街で土方歳三と浮名を流した日々。
その後、プロシアに移り、モルトケに軍学を教えて貰った日々。
そして、今では、その知識を生かし、ロシア帝国という強大な敵と戦う為の反抗組織を作り上げている。
毎日楽しいことばかりだ。
この戦で死ぬことがあったとしても、晋作には何の不満もなかった。
そんな楽しそうな晋作に寅次郎が穏やかに応える。
「大事なんは、戦いを始めることじゃのうて、どう終わらせるかであるんじゃ。
行動するこは大事じゃが、その結果がどうなるかを考えるこたぁ忘れんようにしなさんせ」
寅次郎は戒めるように、晋作に告げる。
実のところ、寅次郎は日本を出る時、佐久間象山と平八から、本来、自分が辿るはずだった世界線の話を詳しく聞いている。
吉田寅次郎は、一度、日本を出たら、もう日本に帰ることはないかもしれない。
だから、寅次郎の暴走を防ぐという目的も兼ね、象山と平八は、平八の見た夢、世界線について、全て包み隠さず話していた。
実のところ、平八の見た世界線は戊辰戦争前後で大きく異なる二つの世界が存在する。
日本が分裂する世界と徳川家が破れ薩長の新政府が日本全土を統治する世界線に。
だが、吉田寅次郎と長州藩の死に行く面々については、あまり変わらなかった。
寅次郎は誠意誠実、熱意の人である。
その熱意の結果が、どの様なものになるかを、予め突きつけるという方法を象山と平八は取ったのだ。
そのことにより、吉田寅次郎は、本来の世界線とは、異なる考え方をしていた。
「私は、日ノ本におる頃は、知行合一ちゅう生き方を自分に課しちょりました」
寅次郎は静かに語り始める。
実際、平八の話を聞くまでの寅次郎は、正しいと思ったことは、結果など考えずに行動することを旨としていた。
学ぶだけで行動しようとしない者を学盗人と軽蔑し、勝ち目がないと行動しない者を、正義ではなく、利益を求める卑怯者と糾弾していた。
その結果、平八の見た世界線での寅次郎の行動は非常に激しいものであった。
寅次郎はペリーの黒船に密航してアメリカに渡り、アメリカの敵情視察をしようと行動した。
ペリーに密航を断られると、自ら幕府に密航をしようとしたと出頭し、佐久間象山を巻き込んで、江戸を追い払われ、藩に蟄居を命じられた。
その後、長州藩で松下村塾を開き、多くの若者に教育を施すも、寅次郎自身は、無勅許の日米修好通商条約に激怒し、老中暗殺計画や討幕を訴えるようになり、安政の大獄で処刑され死ぬことになる。
これが、平八から伝えられた寅次郎の運命であった。
寅次郎自身、知行一致の結果、自らが死ぬことに後悔はなかった。
侍とは命を惜しむべき者ではないし、正義の為に死ぬことも後悔はなかった。
だが、自分に影響され、その弟子とも言える人々が大勢死ぬことは望むことではなかったのだ。
その上で、寅次郎の行動は、平八に聞く限り、思い込みによる暴走と言える側面も多く、正しいと言い切れることでもなかったのだ。
平八から聞いた寅次郎自身の取るであろう行動は、自分ならやりそうだと納得出来る行動であった。
正しいと感じたら行動一直線。
だが、その結果が暗殺の蔓延る京都の混乱。
多くの若者の死。
そんなことを、この善良な男は全く望んではいなかったのだ。
日本を出る前の佐久間象山と平八の言葉が胸に刺さる。
だから、そのことを最後に、もう一度だけ弟子たちに伝えたいと寅次郎は考えたのだ。
「じゃけど、私は、思いついたら行動するだけでは怠慢であることに気が付いた。
考えるだけで何もしようとせん人間は怠慢であるんじゃ。
だが、よりええ結果を齎すように、考える努力を怠り、思いつきで行動する者も怠慢であるんじゃ」
象山と平八と話して、寅次郎が感じたことは、自分がより良い結果を齎す努力を怠っていたという事実だった。
勝ち目がないから行動しない者を功利主義者と寅次郎は軽蔑していた。
正義ではなく、利益を求める者であると。
だが、正義を実現する為には、情報取集することも、正義を実現する為の方法を考えることも重要であったと寅次郎は突きつけられた。
思いつきで、事実確認もせず、情熱のままに行動した結果、多くの若者が死に、日本に内戦が勃発し、血にまみれ、分裂するのなら、それは寅次郎がどう考えても正しいことではなかった。
「じゃけぇ、この10年、皆さんがヨーロッパに来てから、ずっと伝えてきた。
知ろうとすること、考える事を怠ってはいけんと」
寅次郎がそう言うと、長州から来た若者たちは微笑み、頷く。
その中で、身長180cmの大男、久坂玄瑞が応える。
ちなみに、玄瑞も死の運命を回避させる為に海外に出て、名を変えている者の一人である。
本来の世界線において、玄瑞は1864年禁門の変に敗れ自害している。
だが、この世界線の玄瑞は、その様な運命など知らず、寅次郎の下で奔走していた。
「その事は、皆、肝に銘じちょります。
じゃが、うちやらは、恥ずかしながら、どねーしても異国の言葉は苦手であるんじゃ。
おかげで、どこまで、先生のお気持ちを他の者に伝えられるかどうか」
玄瑞がそうため息を吐くと、寅次郎は優しく応える。
「そのこたぁ、いつも言いよるじゃろう。
誰にでも得意不得意はあるんじゃ。
異国の言葉が苦手であるさあ仕方がない。
じゃが、君は医者でもあるんじゃ。
その知識で、地域の多いくの者を癒し、多いくの者に慕われちょると聞いちょります。
君の言葉が拙うとも、聞く者が熱心に理解しようとするのでありゃあ、そりゃあ十分であるんじゃ」
寅次郎の本質は教育者であったのだろう。
それ故、どの世界線においても、変わらない事実であった。
「言葉が拙うとも、寄り添い導くんじゃ。
この叛乱は日ノ本を守る為の物であるんじゃ。
ロシア帝国が日ノ本に送りこんだ大量の兵を、待ち構えた日ノ本の国防軍が壊滅させた直後に、ここ東ヨーロッパで叛乱を起こし、ロシア帝国の戦意を喪失させる。
それが、佐久間先生から頂いた大戦略であるんじゃ」
一橋慶喜と大久保一蔵のクリミア戦争への介入とアラスカ購入。
それから、暫くして、佐久間象山から与えられた大戦略。
始めて見た時は、その視野の広さに驚嘆したものであった。
その為に準備して約10年。
佐久間先生は、何処まで広く、深く、遠くまで見越しているのだろう。
憧憬と共に、寅次郎は自分の出来ることを実現しようと続ける。
「じゃが、その結果、叛乱を起こした者がどうなってもええやらたぁ決して考えてはいけん。
そりゃあ、決して正義じゃない」
寅次郎は、どこまでも真っ直ぐで善良である。
軍師としては問題あるかもしれないが、人を騙したり、利用したりすることも好まない。
ただ、誠実に、熱意を持って行動するから、多くの者に慕われるのである。
「じゃけぇ、叛乱は成功させる必要があるんじゃ。
いや、それだけじゃない。叛乱に成功し、ロシアからの独立出来ても、その結果、民草が苦しむ様なことがあってはならない。
その様なことがあっては、叛乱を導いた皆さんも苦しむことになるじゃろう。
何より叛乱する為の組織づくりにも苦労することになったじゃろう」
寅次郎は正義を実現するという想いが説得力を与えると信じていた。
それ故、寅次郎は象山にならい、叛乱の先の未来を見つめ、弟子たちに話す。
「ただ、不満を爆発させて支配者たるロシア帝国を追い出すだけではいけんのじゃ。
フランス帝国やらの歴史や我が国の信長公の時代の一向一揆であったように、叛乱の後、叛乱に成功した指導者層が混乱し、かえって前より酷いことになるこたぁ良うあることであるんじゃ。
決して、その様なことを起こしてはならん。
叛乱じゃのうて革命を目指すなら、最初から、どの様な統治体制にするか準備すべきであるんじゃ」
寅次郎の言葉に長州藩の面々は頷く。
「うちゃ戦の指導、組織化は得意じゃが、統治だの難しいこたぁ苦手じゃ。
じゃけど、玄瑞が十分に準備しちょりますよ」
晋作が幼馴染である玄瑞を見ると、玄瑞が頷き続ける。
「吉田先生のお言葉、胸に刻んでおります。
じゃけぇ、叛乱成功後の準備の為の話し合いは既に済んでおります。
まず、反乱軍は国防軍同様、一つの組織として残します。
じゃけど、先ほど話した通り、統治方法自体は、日ノ本の様に、藩に分けて統治する仕組みを選びます。
ここの連中でロシア語を判る者もおる様なんじゃが、言葉も文化も違う者ばっかりであるんじゃ。
ブルガリア、ルーマニア、セルビアは同じ人種と言いながらも、文化も言葉も違う者があると聞いちょります。
ならば、国は同じでも藩に分けた方が不満は生まれにくいことじゃろう」
玄瑞の流れる様な説明に、寅次郎は満足して頷く。
玄瑞は異国の言葉の習得が苦手であろうとも、この利害関係の調整を既に済ませているのだ。
実に優秀な男である。
「じゃけど、不満を残さんだけではいけん。
我々は異国の民草の為に戦うんじゃ。
どうせ命を賭けるなら、ここに誰もが笑うて暮らせる国を築こうじゃないか」
寅次郎の言葉に、晋作は目を輝かせて頷く。
「そうじゃのぉ。
どうせ、命を賭けるんじゃ。
目指すなら、理想の国作りを目指しましょう。
その為のロシア帝国との闘いは任せて頂こう」
それに玄瑞が続ける。
「戦が始まりゃあ、大英帝国の援助を受けられるよう岩倉具視様に話をして頂くことになっちょります。
ロシア帝国の勢力を削りたい大英帝国としちゃ、喜んで革命に手を貸してくれることじゃろう。
ただ、あまり大英帝国に依存し過ぎると、支配者がロシア帝国から大英帝国に代わるだけになってしまうけぇ、気を付けるべきことじゃが」
玄瑞の言葉に寅次郎が頷き続ける。
「この国がロシア帝国から独立する為にゃあ、大英帝国の援助は必須。
だが、依存し過ぎてはいけんちゅうところか。
その為にゃあ、何らかの産業を興す必要がありそうじゃのぉ」
「仰る通りじゃ。
じゃけど、さすがに、日ノ本の様に武器を作る技術やらないからのう。
大英帝国からの援助を受けながら、民草を教え導き、育てていくしかないかと」
玄瑞が言うと寅次郎は微笑み応える。
「となると、皆さんは戦後も生き残り、民草を導く必要があるんじゃ。
この戦は日ノ本を守る為だけじゃのうて、この地方の民草の為の戦でもあるんじゃ。
正義の戦いであるんじゃ。
異国の民草の為の戦いだと侮ることのう、本気で戦い命を賭けましょう。
そこまでの誠意をもって、初めて人は付いて来るんじゃ。
じゃが、戦後のことを考えて、皆さんは死んではならん。
生き残り、この国を皆が笑うて暮らせる国にするんじゃ」
寅次郎は胸を張り、宣言する。
今度こそ、正しく生き、導くことが出来ている。
結果がどうなろうと、満足であると寅次郎は感じていた。
今回は、ここまで。
次回は、戦場となる日本に場面を移していこうと思います。
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