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第十三話 東ヨーロッパ情勢

アメリカで近藤、土方の試衛館組の男たちと土佐藩の土佐勤皇党の面々が原住民部族連合を守る為に暗躍しているころの東ヨーロッパの話です。

ロシア帝国が日本に宣戦布告したことは、ロシアの新たな領土となった東ヨーロッパにも届いていた。

この地域は、約10年前のスラブ解放戦争でロシア帝国が獲得した東ヨーロッパ、ブルガリア、ルーマニア、アルメニア、セルビア・モンテネグロなどのスラブ民族が多く住む地域のことである。

スラブ解放戦争とは、本来の世界線で言うクリミア戦争のことを言う。


日本が暗躍したことにより、クリミア戦争は、本来の世界線から、大きく結果を変えていた。

日本が(ユダヤの資金を借りて)ロシア帝国からアラスカを購入したことにより、ロシア帝国は大量の軍資金を得て戦争を継続することが可能となった。

更に、一橋慶喜と大久保一蔵が考え、シーボルトの口から献言した策をロシア皇帝アレクサンドル二世が採用したことにより、ロシア帝国はインド大反乱を陰から援助し、大英帝国の動きを止めることに成功。

その上、東欧のスラブ人がオスマン帝国に虐待されているという偽情報をロシアが世界中に流したことにより、フランスも戦意喪失。

結果として、ロシア帝国はエーゲ海まで繋がる広大な領地をロシア帝国の領土として獲得したのだ。

それ故、クリミア戦争と呼ばれるはずだった戦争は、オスマン帝国(トルコ)からスラブ民族を解放した戦争、スラブ解放戦争と命名されることとなったのである。


スラブ解放戦争終結直後、東欧に住むスラブ人たちはロシア帝国の支配を熱狂的に迎え入れた。


オスマン帝国という異民族の支配とは異なる同じスラブ民族であるロシア帝国による統治が、日々の生活の向上に繋がることを東ヨーロッパに住むスラブ人たちは信じたのだ。

だが、未だ農奴制を敷くロシア帝国の支配は東欧に住むスラブ人たちの期待を裏切るものであった。

オスマン帝国と大差ない、場合によっては、それよりも悪い待遇が待っていたのである。


ロシアは、本当ならば、東ヨーロッパの新領土には軽減税率などをあて、住民の定着と支持獲得に力を入れるべきであったのだろう。

そうやって、地道に国力を向上させていけば、長期的にはロシア帝国の覇権国家の地位は揺るぎないものになったのかもしれない。

しかし、スラブ解放戦争の戦果と言う果実はロシア帝国の上層部には甘過ぎた。

ロシアの貴族たちはロシア兵の損耗を数字だけで理解してしまった。

この程度の損害でこれだけの領土獲得が出来るならば、もっと領土を獲得したいと考えてしまった。

勝利に驕るロシア帝国は、安定政策よりも膨張政策の継続に力を入れ、軍備の増強に力を入れてしまった。

その結果、東ヨーロッパの新領土の待遇が良くなることはなく、東ヨーロッパに住むスラブ人たちの間に不満の火が燻ぶり出したのである。


それは、ロシア帝国にとって、非常に危険な選択であった。

何しろ、スラブ解放戦争の際に、ロシア帝国は東ヨーロッパのスラブ人たちに多くの武器を渡してしまってる。

その上、武器も、スラブ解放戦争の時の地下組織もなくなった訳ではない。

それなのに、ロシア帝国は、彼ら東ヨーロッパの反乱軍や地下組織をロシア帝国軍に取り入れることもなく、放置してしまったのだ。

不満を持つ者が、反抗するだけの武力も組織も持っているのに、ロシア帝国は宥和政策を取らなかった。


ロシア帝国皇帝の目は、ただ大英帝国との覇権争うに向いていた。

足元の不満には目が向いていなかったのである。


その上で、ロシア帝国への叛乱を煽る者たちが、東ヨーロッパに潜伏していた。

だが、ロシア帝国は、自分たちが煽っている植民地の叛乱と同じように、自分たちが叛乱を煽られるなどとは想像もしていなかったのである。


「それでは、皆さんは、日本とロシア帝国の戦いが始まった際に、機を見て、ロシア帝国からの独立を宣言すると言うのですね」


吉田寅次郎が尋ねる。

寅次郎が、ここ東ヨーロッパに拠点を移したのは、スラブ解放戦争が終了した直後からである。

10年前、寅次郎が来たばかりの頃は住民たちのアジア人に対する忌避感もあった。

だが、寅次郎は日本の支援と、その情熱を力として、住民たちとの絆を築いていっていた。

それは、樺太でロシア人との間に確かな絆を築いたことに似ていた。


最初、寅次郎は、スラブ民族解放の支援者として現れた。

武器を渡し、食料を渡し、医療的な援助を与えた。

勿論、その様な援助は、寅次郎一人で出来ることではない。

その中には、寅次郎を慕う多くの長州人が含まれていた。


本来の世界線において、大日本帝国の一翼担うこととなる長州人であるが、この時期までに命を失うはずの者も多かった。

テロリストとして追われ、長州征伐で殺された者も多かったのだ。

その中には、高杉晋作、久坂玄瑞など多数の者がいた。

これらの人物を中心に多くの人々が組織され、東ヨーロッパを駆け回り、協力の初期にはスラブ解放戦争にも参加し、絆を築き、スラブ人たちとの情報の共有を目指したのである。


それは、東ヨーロッパに作られた松下村塾の様なものだった。

ロシア帝国の現状、奴隷解放宣言、奴隷人権宣言、世界各地の植民地独立運動等々。

その事実を、多くのスラブ人たちに教えていく。

知らなければ、不満は生まれない。

世の中とは、こんなものだと言う諦めが生まれるからだ。

だが、知ってしまえば、生まれる不満もある。

アメリカなどでは、原住民ですら自由を得、奴隷でさえも最低限の生活が保障される。

それなのに、自分たちは・・・。

そんな中、手には反抗出来るだけの武器があり、インド大反乱や植民地が独立運動で行っている戦術も聞かされている。


その様な状況下で、寅次郎達は、彼らの叛乱の機運を煽ることなく、時を待つことを勧めていた。

多くの人がロシア帝国の支配に落胆する時を。

多くの者が安定を望む状況では叛乱は成功しないから。

時を待ち、多くの支持者を集めていった。

ロシアが兵を動かし、東ヨーロッパの支配が手薄になる時期を待つために。


そして、今、日本とロシア帝国が戦争になるという情報を伝えられたのである。

彼らが、この機を逃すはずはなかった。


「はい。今こそが絶好の機会であると考えています。

ロシア帝国は日本に百万の兵と七隻の軍艦を送ったと聞きました。

先生たちの国、日本は地球の反対側の遥か遠くにあると聞いております。

日本まで、それだけの戦力を送ってしまえば、ロシア兵は簡単に帰って来ることなど出来ません。

そこで、民族自決、民族はそれぞれの意思によって、その運命を決定出来るべきであることを宣言し、ロシアからの独立を宣言するのです」


寅次郎に応えたのは、スラブ解放戦争の際に活躍したブルガリア地域出身の指導者の一人だ。

寅次郎と彼ら東ヨーロッパ指導者との会話はロシア語で行われている。

それは、ロシア帝国が10年に亘り、この地域を支配してきたことから生まれた皮肉な副産物であった。


ロシア帝国が、東ヨーロッパの住民に教育を与え、ロシア語を教えることなどしなかった。

農奴に教育など必要ないというのは、ロシア帝国の常識であったからだ。

だが、政府からの命令はロシア語で出され、指示もロシア語で出される。

新領土の言葉を覚えることも、使うこともなく、ロシア帝国はスラブ人たちに、ロシア語を理解し、服従することを要求したのだ。

それを理解する為に、住民の中にロシア語を学ぼうという機運が生まれ、寅次郎の学校がロシア語を教えていったのである。


「それで、日露開戦と同時に、独立宣言を行うということですか」


寅次郎が尋ねると、今度はルーマニア地方に住む指導者が応える。


「そうです。

日本との戦争が始まってしまえば、もう戻って来ることは出来ません。

その上で、大英帝国やドイツ帝国、オーストリア帝国に援助を求めます。

そうすれば、日本にとっても有利になるのではありませんか」


ちなみに、これらの指導者の情報は、平八から聞いた話の中に存在しない。

おそらく、名前も知られることなく、死んでいった男たちなのだろう。

在野にも才を持つ者は多くあり、それが知られる機会も、才を生かす機会も与えられず死んでいく。

志と才を持つ者が立ち上がり、何事かを成し遂げるべき、草莽崛起という考えが寅次郎の旨に浮かぶ。


「確かに、それは、日ノ本にとっても有り難いことではあります。

ですが、叛乱を起こすからには、考えておくべきことがある。

判っていますか?」


寅次郎が尋ねると、今度はセルビア地方に住む指導者が応える。


「勝ち方だけを考えてはならない。

勝った上で、どう統治し、民草が満足出来る体制を築くか考えなければならないということですね」


「その通りです。

不満があるから、暴れるだけでは一揆と変わりません。

ロシア帝国の傘下のまま、待遇改善を目指すなら、それも良いかもしれません。

ですが、独立を目指すなら、そこに住む民草が、より良い環境で過ごせる環境を作り上げなければならないのです。

その準備は出来ておりますか?」


寅次郎が尋ねると、ブルガリア指導者が応える。


「これまで先生たちと相談してきた通りに動きます。

ロシア帝国に対抗する為、我々は連邦国家として共同してロシア帝国と戦います。

軍としては、一体化して戦いに臨みます。

ですが、統治体制としては、文化や言語の異なるブルガリア、ルーマニア、セルビアなど、異なる藩を作り、それぞれ別の統治体制を取ります。

大英帝国やドイツ帝国の援助は受けますが、受けるのは物資の援助のみ。

実際に戦うのは、我々だけです。

外国の支配をこれ以上受けるのは、もう沢山ですからね」


その言葉に寅次郎は頷く。


「おそらく、大英帝国などは、ロシア帝国の勢力を削る為であるならば、喜んで援助してくれることでしょう。

だが、それだけでは、治世は安定しません。

血に酔い、力に酔い、暴走しないことが重要となります。

あなた方が、民草の為に戦う限り、我々は全力で皆さんを支援することを約束しましょう」


東ヨーロッパに叛乱勃発が近づいていた。

思ったより長くなってきたので、今回はここまで。


次回こそ、第十四話「革命家たち」となります。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 吉田松陰と長州勢の使い方が非常にうまい。 史実の明石工作を吉田松陰が行ったらそれは効果的でしょうね。 本質的に私心なき教育者で革命家だから。 またロシアは勝っていたのに勝ちに溺れたという…
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