第十二話 侍に憧れた男たち
今回は、アメリカ原住民部族連合の長と別れた近藤と土方のお話です。
野牛を導くもの(パウンドメーカー)の執務室を出て、自分たちの執務室へ戻る帰り道、周りに人がいないことを確認した後、土方歳三が近藤勇に話掛ける。
「まあ、これで連中も納得したことだろう。
ここに残るのは本当のことだしな」
土方はそう言って一息つくと、真剣な顔をして近藤に尋ねる。
「だけど、かっちゃんは、いいのか?
本当はかっちゃんだって、日ノ本を守る為に、ロシアとの戦に参加したいんじゃないのか?」
土方は近藤と二人きりの時だけは、呼び方が昔の悪ガキ同志の時の言葉使いに戻る。
それは、二人が本当に心を開いている証拠なのだろう。
土方にそう言われると近藤は苦笑して応える。
「まあ、確かに、日ノ本を守る一番大事な戦だ。
その為に、この15年、地球のあちこちを回り、言葉を学び、様々な師について兵法について学んできたんだ。
全く、残念ではないとは言えないな」
近藤の言葉に土方が頷き、続ける。
「だろ?
ふざけた話だよな。
今回の配置だって、結局、平八のじーさんの予言が原因なんだろ?
俺やかっちゃんは、平八の予言では、そろそろ死ぬ運命にある。
大事な戦で死ぬ運命にある人間を指揮官に置いておくことは出来ない。
だから、日ノ本から離れたところに配置しておこうってさ。
予言なんかで作戦を決めるんじゃねぇっての!」
土方の怒りを、近藤は何処か嬉しく感じながらも冷静に応える。
「まあ、その辺の話は配属が決まった時にも十分したじゃないか。
本来、坂本さんの後の軍を引き継ぐのは、西郷さんのはずだった。
だけど、西郷さんがあんなことになってしまったからな。
誰かが必要だったのだよ」
「それにしたってなぁ。
何で俺たちなんだよ。
日ノ本で総指揮を執るという火吹き達磨の奴も、平八のじーさんの言う寿命としては、そんなに長くないんだろう?
それなら、俺たちに任せてくれてもいいじゃねぇか!」
「火吹き達磨?」
一瞬、誰の事か判らず、近藤は首を捻った後、納得したように頷く。
「ああ、村田殿のことか。
うまいことを言うな」
今回の日露戦争の総指揮官を任されている村田蔵六は、異常におでこと頭が大きい。
その上、無愛想でむすっとしていることが多い。
だから、火吹き達磨なんて言うあだ名がついたのだろうと納得しながら、近藤は続ける。
「だがな、村田殿は稀代の戦術家、戦略家だぞ。
おそらく、プロシアでフランス帝国を打ち破ったモルトケ殿と並べても遜色のない。
それは、アメリカのグラント殿も太鼓判を押していたではないか」
そう言うと、近藤は何処かウットリした様に続ける。
「村田殿の作戦は出発前にトシも聞いたろう?
負けようもない美しい数式の様な作戦。
努力だの、根性だの、そういうものが割り込む余地すらない。
実に凄いとは思わなかったか?」
近藤がそう言うと、土方が不満そうに呟く。
「だけど、それで、俺たちは必要ないと言われたんだぜ。
戦においては、兵の士気が完璧な作戦をひっくり返すことだってあるだろう?」
「確かに、そんな戦いもあったようだな。
勝負は水物。
完璧と思える作戦を立てても、破れることがある。
しかし、作戦を立てる上で完璧を目指すは当然。
そして、戦には運も大事だ。
今回、我々には運がなかったということだろ」
「でも、そいつは平八のじーさんの不確かな予言が原因だろ?
そんなものが何処まで当たるか」
「その辺は正直わからんよ。
だが、坂本さんも、ここに残ることは出来なかった。
日ノ本を離れた遠方にあるにもかかわらずだ。
となれば、我々が日本に戻れば、死ぬことになる可能性が高いと考える。
戦の指揮をするものとしては、不確定要素を排除したがることもトシなら理解出来るだろ?」
「だが、ヨーロッパにいる吉田や高杉の奴らは無事だ。
それなら、俺たちだって」
土方が悔しそうに言うと、近藤は楽しそうに笑う。
「まあ、それは上の方々が決めることだよ。
だけどな、トシ、思えば遠くに来たとは思わんか?
多摩の田舎で刀を振るしかなかった我々が、今は日ノ本の命運を決する戦の話をしているとは」
「佐久間のおっさんの所為だよ。
おかげで、物事がややこしく見えるようになっちまった。
昔は腕っぷしが強けりゃ、それで良いと思っていたんだけどなぁ」
「知は力か。
学者というものが侮れないことは、高島平の砲術大会で実感させられた。
その上で、戦術、戦略の重要性を学ばせて貰った。
おかげで、国の命運を賭けた戦に参加することが出来る」
近藤がそう言うと土方が揶揄する。
「日ノ本から遠く離れてな」
「だが、ここを守ることが、日ノ本を守るのに重要なことも事実だろ?」
近藤はそう言うと続ける。
「私はな、多摩の百姓は徳川家を守る為、ことがあれば立ち上がるものと教わり、剣の腕を磨いてきた。
だが、地球を回り、知識を得ると、徳川家を守る為には、剣の腕だけではどうしようもないことが解るようになった。
目立つ手柄を立てられないかもしれない。
だが、誰かがやらねばならないこともあるのだと思うようになったのだよ」
近藤の言葉に土方がため息を吐く。
「だけど、それでかっちゃんが貧乏籤を押し付けられることもねぇだろう?」
「貧乏籤?
私は貧乏籤などとは思わんよ。
トシは、刀とは主を立身出世の為ではなく、主を守る為にあるものという佐久間先生の書いた廃刀令を覚えているか?」
「覚えているさ。
だけど、あれは、浪人から刀を取り上げる為の方便だろ」
「だとしても、私の心には響いたのだよ。
刀は、力は、立身出世の為ではなく、主を守る為にある。
侍ならば、そうあるべきと思わないか?
ならば、私は主を守る為に、力を使いたいと思う」
「徳川家が、かっちゃんの流した汗も、血も知らぬまま、終わってもかい?」
土方の不満そうな声に近藤が微笑む。
「まあ、侍というのは主の感謝の為に働くものではないからな。
私は、それで満足だよ。
トシは、徳川家に感謝して欲しいと思うのか?
感謝されずとも、仕えたいと思える主はいないのか?」
近藤の言葉に土方は虚を突かれた様な表情になった後、頭を振り、言葉を絞り出す。
「まあ、かっちゃんが良いなら、それでいいや。
この国を守れば、ここの連中に感謝されるのは間違いないしな。
この国を守り、かっちゃんの名を日ノ本にいる連中に知らしめ、認めさせてやるのも悪くはないさ」
そう言うと、近藤と土方は、アメリカ原住民部族連合陸軍の詰め所に戻る。
そこにいるのは、試衛館の仲間たちに、武市半平太率いる土佐勤皇党の面々。
本来の世界線においては、途中で排除される運命だった者たちの集まり。
元々は異国の言葉が話せず、海軍に入れなかった者ばかりである。
が、15年の月日は、アメリカ原住民たちとも、ある程度の交流を可能にしていた。
中には、日本にいる時から英語を学んでいた者もいる、アメリカに来てから原住民と一緒に英語を学んだ者もいる。
その者たちが世界線の収束による死を免れ、ここに集まり、原住民部族連合の軍の教官を行い、事実上の指揮官となっていた。
この男たちが日本の侍として名を残し、長く原住民部族連合において、憧れられる存在となるのであった。
短いですが、今回はここまで。
次回は、舞台をヨーロッパに移し、第十三話「革命家たち」をお送りする予定です。
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