第十一話 アメリカ西部事情
忙しくて更新が遅くなり申し訳ありません。
やっと、更新です。
日露戦争に向けて、アメリカ合衆国とアメリカ連合国が、それぞれの動きをする中、今回は日本の影響が最も大きいアメリカ西部の話です。
ロシア帝国が日本に宣戦布告したことは、アメリカ西部にあるアメリカ原住民部族連合にも報告される。
アメリカ原住民部族連合は、アメリカ南北戦争終結後、その武力を背景に、事実上の自治区となっていた。
そのまとめ役を勤めた馬のたてがみを持つ男は、自治区内における原住民、白人、黒人を含む、全ての民族の平等を確保すると表明。
その方針を嫌った白人たちの一部は反発し、武力蜂起をしようとした。
が、そのほとんどが未然に防がれ逮捕される。
簡易裁判が法に基づき行われ、反乱分子たちは傷害などの犯罪者として拘束されるか、原住民部族連合の支配する西部を出ていくかの選択を迫られた。
その結果、人種平等を認めない者たちは、拘束を嫌い西部を出て行くこととなる。
そして、原住民部族連合が支配するアメリカ西部に残った白人は民族平等に賛意を表したものばかり。
実際、アメリカ連合国の侵略を阻止した原住民部族連合の武力は圧倒的であったのだ。
この原住民部族連合の事実上の独立運動に対し、奴隷解放宣言を発して全ての差別と闘うと表明したアメリカ合衆国が、アメリカ原住民部族連合の人種平等政策を否定し、弾圧する為に攻めることが難しかった。
そして、奴隷制度を維持するアメリカ連合国には、アメリカ原住民部族連合を攻める余力などなかった。
そのおかげで、原住民部族連合は独立を維持することが出来たのだ。
そんな状況の中、事件が起きる。
馬のたてがみを持つ男が何者かに暗殺されたのだ。
混乱していてもおかしくはない状況であった。
だが、馬のたてがみを持つ男は、自分が暗殺される危険を十分に理解していたのか、自分がいなくなった場合の準備をしており、その統治体制に揺らぎはなかった。
馬のたてがみを持つ男が巧妙だったのは、数多ある原住民部族の中から、その後継者を少数部族の出身者に置いていたところである。
もし、一番人数の多い有力部族に権限を渡せば、それ以外の二番手、三番手の部族が不満に思っただろう。
有力部族は力を持って他の部族を支配し、利益を独占しようとしたかもしれない。
その結果、内紛が起きる危険性もあった。
これに対し、馬のたてがみを持つ男は、後継者をカナダから来た部族出身者から選んだのだ。
その他の有力部族の支持がなければ維持出来ない体制。
このことにより、まとめ役は、利益を独占する様なことは間違っても出来なかった。
そんなことをすれば、多数部族が不満を持ち、簡単に統治体制を覆されてしまう危険がある。
そこで、馬のたてがみを持つ男は、後継者である野牛を導くものという名前の青年に指示を出し、野牛を導くものがまとめ役を続ける限り、他の部族も恩恵を得られる体制を作り上げていたのだ。
人間は自分の利益の為に動くものだ。
だから、自分が損をして他人が得をしていれば、妬み、その利益を奪いたいと思うのは当然のことだ。
だが、量は少なくとも既得権益があるならば。
その利益を捨てて、より大きな利益を得ようとするのは少数派なのだ。
野牛を導くものは、多数部族の有力者に利益を分配し、利益を分売された有力者はその属する部族の自分の支持者たちに利益を分配する。
そのことによって、少しずつでも利益を受ける多くの者が野牛を導くものの支配体制を支持する様になっていった。
こうして、野牛を導くものは、盤石の地位を築いていたのだ。
その上で、アメリカ原住民部族連合の政権を安定させる為の二つの力が存在していた。
その一つ目は敵の存在。
アメリカ原住民部族連合にとって、アメリカ合衆国とアメリカ連合国はどうしたって潜在的な敵であった。
何しろ、これまでアメリカ原住民を差別し、隔離し、収奪してきた白人たちが政権を握っているのだ。
いつ攻めてきてもおかしくないという警戒感が原住民たちの間にあった。
アメリカ合衆国は奴隷解放宣言を掲げ、世界のあらゆる差別と闘うと宣言していることから、アメリカ原住民部族連合を攻めてくる可能性は低いのかもしれない。
もし、現在の原住民部族連合の支配体制を否定し、再び原住民を武力で征服しようとすれば、現在、アメリカ合衆国が世界各地で賞賛され得ている道義的な優位性を失ってしまうだろう。
だから、原住民部族連合を攻めようがないというのは、合衆国首脳部の考え方であった。
西部から逃げて来た人々の不満は集まるが、南北戦争後の復興の必要もあり、現実的に原住民部族連合を攻める余裕もない。
それが実情であった。
だが、それでも、これまでの歴史が、アメリカ原住民たちに警戒心を残していた。
それだけ長い間、白人たちは原住民を痛めつけてきていたのだ。
全ての差別と闘うなどという美辞麗句を並べても、これまでの記憶はアメリカ合衆国への警戒を緩めることを許さなかった。
そして、アメリカ連合国はアメリカ合衆国と異なり、奴隷制度を継続し、人種の平等など認めない国家だ。
奴隷人権宣言を謳い、奴隷にも権利を与えるなどと言っているようだが、そんな連中が、いつまでも原住民の国など認めるとは思えなかった。
原住民部族連合が警戒するには十分な敵であったのだ。
まあ、実際のところは、アメリカ合衆国とアメリカ連合国は睨み合い、事実上のイデオロギー対立から、不倶戴天の敵となっていた。
原住民部族連合よりも、倒すべきは合衆国と連合国、お互いの存在。
その為、両国とも、生き残る為にはアメリカ原住民部族連合を敵に回す余裕などなかったのだ。
いずれにせよ、目の前に、長年、自分を虐げて来た敵がいる状況で、内紛など起こす余裕はないというのが、アメリカ原住民部族連合に住む原住民たちの本音だったのだ。
それが、原住民部族連合の政権を安定させる第一の要素であった。
そして、原住民部族連合政権を安定させる二つ目の要素。
それは、国防軍の存在だった。
馬のたてがみを持つ男は、アメリカ南北戦争終結直後から、原住民部族連合内に募集を行い、国防軍を創設していた。
いや、兵の募集に頼った日本よりも一歩進み、徴兵制を整え、原住民部族連合内に住む者には一定期間の兵役義務を与え、訓練を施すことを定めていたのだ。
これは、日本でも築かれ、藩の実質解体に貢献していた国防軍を参考に作られた組織を一歩進めた組織であった。
人種に関係なく構築される軍隊。
更に、部族ごとに分かれる原住民たちも同じ組織に叩き込む。
人種・部族に関係なく、徴兵して国防軍という一つの組織に所属させ、一定期間、軍としての訓練を施す。
そのことにより、人種差別意識や原住民の部族意識は弱まり、部族連合という国家意識を叩きこんでいったのだ。
そして、その国防軍が野牛を導くもの率いる部族連合の組織の指示に従う。
その事実が大きかった。
最新の武器は国防軍が独占しているので、戦力差は明確。
白人や多数部族とは言え、力で逆らうことなど、実際には困難であったのだ。
更に、余談ではあるが、原住民部族連合は、教育にも力を入れ、徴兵された兵士だけではなく、子供たちにも、読み書き、計算の他に、国家意識を叩きこんでいた。
教える読み書きは当然、英語である。
アメリカ大陸は白人の支配も長く、アメリカ原住民には、英語を話せるものは少なくなかった。
だから、他の言語を教えることと比べると、英語を理解出来るものを中心に、読み書きを教えるのは比較的容易であったのだ。
この政策は、原住民部族連合を支援する日本の協力によって実現されたものだ。
計算などの教師は日本人が勤めていたが、英語の教師は、アメリカ原住民部族連合に残った白人たちが行っていた。
もともと、原住民部族連合の民族平等政策に反対せず、現地に残った白人たちだ。
原住民や黒人に読み書きを教えることに抵抗はなかったようだ。
その上で生徒たちが言葉を覚えると、望む者や能力のある者に、日本人を含む教師たちは更に高度な教育を原住民に施し、アメリカ原住民部族連合の発展に寄与していた。
これは、全て佐久間象山が残した提言を実現したものである。
この提案をした佐久間象山に、アメリカ原住民部族連合を日本の植民地にしようなどと言う考えはない。
佐久間象山は自身の書いた奴隷解放宣言により、植民地政策は斜陽化していくことを十分に理解していた。
いや、自惚れの強い佐久間象山は自分の文の力により、植民地を持つことが恥となるだろうとさえ考えていた。
そんな中で植民地を新たに作ろうとするほど、佐久間象山は愚かではない。
だから、佐久間象山が考えていたのは、アメリカ原住民部族連合を日本の一部にするのではなく、親日国家として発展させ、日本を守る盾としようと言う事だった。
原住民部族連合が発展すれば、原住民部族連合が生き残れる可能性が高くなる。
原住民部族連合が生き残れば、太平洋から日本を攻める勢力がいなくなる。
あくまで、日本の為の政策でありながら、原住民部族連合の発展も約束される。
日本とアメリカ原住民部族連合の間に相互利益関係を構築することこそが、佐久間象山の策であった訳だ。
そして、国防軍の指導にあたっていたのが、日本から来た侍たちだった。
馬のたてがみを持つ男は、いつの間にか日本及び日本商社と協力関係を築いていたのだ。
おかげで、武器は日本製。
日本にとっては格落ちであるが、ライフル、マシンガンまで多数用意されていた。
軍の教官は、日本人が勤め、原住民部族連合の最大の貿易国も日本となっていた。
だから、馬のたてがみを持つ男の正体を知らない原住民部族連合の指導部以外の者も、親日国家となっていたのだ。
その為、ロシアの日本に対する宣戦布告は怒りを持って受け取られていた。
「日本を攻撃するロシアを許すな!」
「友人である日本を守る為、我々も義勇兵として日本に向かおう!」
「日本は何の見返りもなく、我らを助けてくれた。今度は、我らが日本を助ける番だ」
「先生たちも、日本に帰って、ロシアと戦うはずだ。
ならば、我らも先生と共に日本に行って、ロシアと戦おう!」
それらの声を背に苦笑しながら、野牛を導くものは呼び寄せた二人の日本人に話し掛ける。
「御覧の通りですよ、サミー。
もし、あなたが一声掛ければ、数万の義勇兵が日本に向かうことでしょう。
ですが、本当に、あなた方は日本に帰らなくても良いのですか?」
サミーと声を掛けられた近藤勇はため息を吐く。
欧州、アメリカと海外を長く回った近藤は既に髷を落とし総髪にしている。
服も和服ではなく、日本国防軍の洋式の軍服。
他の欧米の軍人と大きく異なるのは、日本刀を腰に下げていること位か。
近藤は困惑半分、嬉しさ半分の複雑な表情で応える。
「我々は日本に帰らないとハッキリ言ったはずなんですがな。
どうしても、信じて貰えないようで。
私の不徳の致す限りです」
近藤がそう言うと、野牛を導くものは苦笑交じりに返す。
「いや、決して、サミーの信用がないと言う訳ではありませんよ。
十分以上に、あなた達、日本の侍は信頼されています。
だが、同時に、日本の侍の忠誠心、責任感も十分過ぎる程、理解させられてしまっている。
そんな、あなた方が祖国、日本の危機に何もしないとは考えられないのですよ。
もしかして、我々に気遣い、我々を巻き込まないよう、ヒッソリ日本に帰ってしまうのではないかと恐れていると言ったところでしょうか」
野牛を導くものの言葉に、土方歳三が嫌な顔をする。
土方も総髪で日本の軍服を着ている。
相変わらずの色男ぶりで、若い女性には大人気だが、モテルのが当然だった土方はそんなことを気にもしていない。
そんな土方が、口を挟む。
「言ってるだろ。
俺たちがやっているのは、俺たち、日本の利益の為だ。
この国の兵の訓練をしてやるのは、この国が白人たちに征服されない為だ。
この国という緩衝地帯があれば、日本の安全が確保出来る。
だから、武器を与え、軍事教練をしてやっている。
この国が発展し、鉱物資源を産出してくれれば、日本も交易で儲けることが出来る。
だから、読み書きそろばんを教えてやっている。
この国の産業が発展し、武器を作れるようになれば、そいつで儲けることも出来るからな。
全部、俺たちの為なんだよ。
必要以上に感謝なんてして貰う必要もないんだよ」
土方の言葉に野牛を導くものは頷くと返事をする。
「それは理解しています。
あなた方は隠さず、最初から話していますし、馬のたてがみを持つ男も、そう言っていましたから。
が、現在の状況を見ると、あなた方日本人は我々から何も奪わず、与えるだけですからね。
我々の伝統を破壊したと文句を言う老人もいるようですが、そんな者は少数派。
今まで自分が集めていた尊敬を、あなた達、日本の侍に奪われた嫉妬の様なものでしょう」
野牛を導くものが、そう言うと、土方は肩を竦める。
「俺は十分厳しく鍛えてやっているはずなんだがな。
嫌われることはあっても、好かれる様なことをしていないぞ」
「いや、トシの教えは昔に比べれば随分柔らかくなったよ。
昔は、トシの厳しい指導で辞めた塾生も多かったが、今は皆が付いて来られる範囲の指導にしているじゃないか。
裏切り者も厳罰や粛清ではなく、追放で済ましているしな」
近藤が口を挟むと土方が嫌な顔をする。
「古い話をするなよ。
そりゃあ、俺だって、色々学ぶことはあるさ。
大英帝国海軍だの、ドイツのモルトケ殿だの、グラントの赤鬼だの、色々な軍の教官のやり方を学んできたんだ。
組織って奴を率いる為には、どうすりゃ良いか、まあ、見えて来たことだってある。
軍てのは、どうしたって、上の命令に絶対服従な兵を作らければならないところだ。
だが、恐怖で縛って、判断力のない人形を作るのは下策なんだよ。
時には臨機応変な判断が出来る兵を育てる必要があるからな」
異なる世界線において、鬼の副長として厳しさで新選組という組織をまとめてあげてきた土方歳三。
だが、その土方も近藤を失ってから、戊辰戦争で最後を迎えるまでには、その組織運営は柔軟になっていったと言う。
まして、この世界線における、近藤と土方は世界各地で用兵を学び、訓練を受け、様々なやり方を学んできている。
それ故、この世界線においては、土方は、厳しくも頼もしい教官として、多くの原住民の尊敬を受ける存在となっていた。
「いずれにせよ、我々はコッソリ日本に帰ることはない。
日本には、日本の侍がいる。
我らが帰らなければ、日本を守れないなどと考えることは彼らに対する侮辱にすらなる。
日本の守りは、彼らに任せ、信じる事。
ここを守ることが我らの役割です。
それが、日本を守ることに繋がると信じています。
だから、日本の勝利の報を我らと待てと、私からも言いますが、君からも伝えておいて下さい」
近藤がそう言うと、野牛を導くものは少し驚いた様な顔をする。
日本がロシア帝国に勝てると、近藤が本気で信じていることに驚いたのだ。
日本に行ってロシア帝国と戦おうと言っているほとんどの者は、自分を助けてくれた日本の侍と共にロシアと戦い死んでも良いとさえ考えているというのに。
この男は、本気で日本が白人に勝てると信じている。
確かに、日本から供与される武器は信じられない程、高性能だ。
そして、彼らの教えて来たことによれば、武器や兵力の差は戦争の趨勢を決定するという。
だがら、理屈としては、日本がロシアに勝つこともおかしいことではない。
だが、それでも、野牛を導くものは、いつまでアメリカの白人からこの国を守れるか、と言う気持ちが消えないと言うのに。
だって、白人国家に勝利した有色人種の国家など、存在しないのだから。
それは、巨大な人口を持つインドや清国でも同じだったと言う。
それなのに、近藤は日本がロシアに勝つことを当然のことのように話している。
その事実が野牛を導くものには、眩しかった。
本当は、この話は一話で終わらせるつもりだったのですが、長くなったので、今回はここまで。
次回は第十二話「侍に憧れた男たち」
最終話に向けて話を進めていきます。
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