第十話 アメリカの動き
ちょっと予定を変えて、アメリカの話にします。
「ロシア帝国が日本に宣戦布告か」
マクレラン・アメリカ合衆国大統領は国務大臣の報告を受けて呟く。
マクレランは本来の世界線においては、アメリカ合衆国大統領になっていない人物である。
日本によるアメリカ南北戦争介入により、アメリカ合衆国が大敗。
その責任を取る形で、リンカーン大統領が辞任。
その後を継ぎ、アメリカ連合国との講和を行う為になったのが、このマクレラン大統領なのである。
「それで?ロシア帝国から、参戦の要請などは来ているのか?」
南北戦争に端を発する世界大戦で、ロシア帝国はアメリカ合衆国に味方し、アメリカ合衆国を攻める大英帝国に宣戦布告している。
つまり、形の上でロシア帝国は、世界戦争当時、アメリカ合衆国の為に戦ってくれた同盟国となる。
それ故、大戦後も、アメリカ合衆国とロシア帝国の関係は良好。
その縁から、ロシア帝国が戦う際に、支援を求めてくる可能性はあった。
「いえ、日本の植民地叛乱扇動を非難する文言があるだけで、我が国には何の要請もありません」
国防大臣の返事にマクレラン大統領は頷く。
まあ、それも当然だろう。
アメリカ南北戦争の影響でアメリカ全土は荒れ果ててしまった。
その上で、アメリカは、アメリカ合衆国、アメリカ連合国、アメリカ原住民部族連合の3つに分裂したままだ。
太平洋に面した土地はアメリカ連合国とアメリカ原住民部族連合に抑えられ、アメリカ合衆国は、直接、日本に向かうことさえ出来ない。
そんな状況の国家に、支援など求めるはずはないではないか。
そう思いながらも、マクレラン大統領は、皮肉気に呟く。
「しかし、日本が植民地の叛乱を扇動しているとはな。
植民地の叛乱は、我が国のリンカーン前大統領の奴隷解放宣言を思想的根拠として勃発したものではなかったのか?」
元々、アメリカ南北戦争に大英帝国が介入したのも、この奴隷解放宣言による植民地叛乱の頻発したことが原因であった。
この世界線における奴隷解放宣言は、現実の世界線でリンカーン大統領が発表した奴隷解放宣言とは大きく異なる。
そもそも、この奴隷解放宣言は、名前こそ同じだがリンカーンが発表したものですらない。
アメリカの各報道機関に、リンカーン大統領の発表予定稿という名目で、日本がばら撒いたものだったのだ。
そして、その内容は奴隷のみならず、全ての人種、民族、宗教を基にする差別に対する宣戦布告であった。
その宣言が、武器と共に、日本の手で大英帝国植民地にばら撒かれ、叛乱を誘発していたというのが事の真相である。
だが、大英帝国と言えども、未開の国家に過ぎないと考える日本がその様な動きをしているとは考えられなかった。
それ故、アメリカ合衆国が大英帝国から植民地を奪い、国際社会の盟主となろうとしていると大英帝国側は考え、アメリカ南北戦争への介入を決めたのだ。
当然のことながら、アメリカ合衆国は、植民地叛乱への介入を全面的に否定した。
にも関わらず、大英帝国はアメリカ合衆国に宣戦布告したのだ。
植民地解放の希望の星となってしまったアメリカ合衆国を叩く為に。
希望の星のアメリカ合衆国さえ叩けば、植民地叛乱が希望をなくすことを期待して。
これに対抗して、大英帝国に宣戦布告したのがロシア帝国。
それなのに、僅か数年で、今度はロシア帝国が植民地叛乱の扇動を理由に日本に宣戦布告とは。
リンカーン前大統領は、植民地への武器輸出どころか、奴隷解放宣言さえも陰謀だと主張していたと言うが、国際政治は本当に恐ろしい。
真相を知らないマクレラン大統領は恐怖を感じていた。
そんなマクレラン大統領の言葉に国務大臣が応える。
「はい。皮肉なことでございます。
加えて申しますと、ロシア帝国の日本への宣戦布告の直後、大英帝国はロシアの主張を否定しております。
ロシア帝国こそ、植民地叛乱扇動の黒幕であり、植民地武器輸出の犯人であるとして、大英帝国はロシア帝国を公式に非難しております」
国務大臣がそう応えると、マクレラン大統領はため息を吐く。
本当に国際政治は複雑怪奇だ。
大英帝国の主張が真実であるなら、ロシア帝国こそ、植民地叛乱扇動の首謀者であり、日本を侵略する悪と言うこととなる。
「大英帝国は、日本を守るという名目で、ロシア帝国に宣戦布告するつもりなのか」
「いえ、植民地叛乱は激しく、大英帝国にその余力はないかと。
ロシアの日本侵略もそれを解った上での行動であると考えます」
国防大臣が続ける。
「ただし、このまま、ロシアが完全に日本を占領してしまえば、大英帝国のアジアでの優位は一気に揺らぎ、ロシア帝国の覇権が確定してしまうことでしょう。
今回の非難声明は、ロシアの日本全土完全占領を防ぎ、ロシア帝国に宣戦布告する為の布石かと」
「陸軍国のロシアが日本に渡ることで疲弊した後に、大英帝国がロシア帝国を攻撃し、ロシア帝国から日本を守ると言う名目で、大英帝国はロシア帝国と日本を分割支配しようとしているという訳か」
日本も、とんでもないない化け物どもに目を付けられ、気の毒なものだな。
大統領就任式で挨拶に来た勝とか言う侍は礼儀正しい好青年だったが。
彼らも、戦争に巻き込まれ、死ぬことになるのだろう。
アメリカ全土を戦場とした世界大戦から、僅か3年、アメリカ全土には、まだ戦争の生々しい傷跡が残っている。
総力戦という現代の戦争の恐ろしさ。
マークトゥエインが書いた日本遊覧記は、マクレラン大統領も読んだことがある。
美しく、規律正しい、素晴らしい国。
そんな国が炎に包まれるのか。
気の毒には思うが、アメリカ合衆国に出来ることはないな。
マクレラン大統領がそんな風に考えているところ、国防大臣が声を掛ける。
「大統領閣下、その日本のことで、アメリカ合衆国退役中佐、ユリシーズ・グラントより要請が上がってきております」
「グラント退役中佐?どの様な者だ?」
「10年以上も前に合衆国陸軍を退役し、日本軍の教官を務めていたと書状には書いてあります」
「ほう、我が国と日本の間に、そんな関係があったのか。
それで?
そのグラント退役中佐が、どんな要請をしてきたのだ?
解っていると思うが、アメリカ合衆国はロシア帝国や大英帝国を敵に回して、日本を守る力などないぞ」
マクレラン大統領の言葉に国防大臣がグラントの要請を告げる。
意外な言葉に、驚き、考え込むマクレラン大統領。
「なるほど、その程度ならば可能か。
果たして、それで、戦場の残虐行為の歯止めになるか。
日本が無残に焼かれることへの抑止力となるか。
しかし、それでも、全ての差別に反対するアメリカ合衆国としても、恥じない行動ではあるな。
良かろう。
グラント退役中佐の提案を受け入れ、全面的に発表することを許す。
何しろ、我らこそが、世界の自由の守護者であるからな」
何処か皮肉気にマクレラン大統領が呟く。
奴隷解放宣言はアメリカ合衆国を分裂させ、大英帝国などを敵に回した劇薬である。
だが、それ故に、多くの植民地から好意を寄せられる根拠でもあるのだ。
その好意を守る為に、原住民の支配するアメリカ原住民部族連合と決定的に敵対出来なくなってしまっているというデメリットもあるが。
西部の不毛の土地の為に、世界中のインテリ層や植民地の支持を失いたいとは思えなかった。
こうして、一つの発表がアメリカ合衆国から出されることとなるのである。
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「ロシア帝国が日本に宣戦布告か」
ジョン・ブルック・アメリカ連合国新大統領は国務大臣の報告を受け、静かに頷く。
ブルック大統領の前任者であるジェファーソン・デイヴィス大統領はアメリカ合衆国との講和に成功すると、自分は戦時の大統領であるとして、二期目の大統領選挙に出馬することを辞退していた。
その後、アメリカ連合国副大統領を務めていたスティーブンスと、アメリカ連合国を救った奴隷人権宣言の起草者であるジョン・ブルック中佐との闘いとなり、ブルックが第二代アメリカ連合国大統領となっていた。
「大統領閣下は、日本に長く滞在したと伺っております。
何か、対応をされますか」
国防大臣は不安気に尋ねる。
ブルック大統領の日本贔屓はアメリカ連合国でも有名だ。
有色人種の国を異常な程、高く評価し、彼ら、日本に負けない国にする為に奴隷にも教育を施すべきだと主張している。
10年近く、日本に住み、日本に愛着があるのだろう。
だが、そんな個人的な感情で、アメリカ連合国の未来を左右される訳にはいかなかった。
アメリカ連合国には、海軍力など、ないにも等しい。
そんな中で日本の支援など言い出されては、国家的な損失を生み出す危険性が高い。
もし、ブルック大統領が日本支援など言い出せば、必ず引き止めなければならないと国防大臣は腹を括っていた。
「日本からは、何の要請も来ていないのだろう。
ならば、我々が動く必要もない」
だが、10年近く日本で過ごし、日本の発展に協力してきたブルックから見れば、その様相は全く異なる。
そもそも、秘密にされているが、アメリカ南北戦争最後の激戦、リッチモンド防衛戦でアメリカ連合国首都を守ったのも、日本の製造したガトリング砲と鉄条網なのだ。
その上で、ブルック自身が日本の鉄鋼艦開発に協力してきている。
少なくとも、武器の性能では、今の日本は世界一であろう。
更に、ビル(ウィリアム・ケリー)の発明した溶鉱炉の実用化、大量生産に成功していれば。
日本の軍事力は、質だけでなく、量でもロシアを圧倒するかもしれない。
報告によればロシアは一撃で日本を倒すべく百万の兵と七隻の蒸気船をウラジオストクに集めていると言う。
あまりにも、甘い見積もりだ。
日本の兵、侍の狂気じみた勇猛さをリズ(ユリシーズ・グラント)からどれだけ聞かされたことか。
仮に、日本がまともな武器を持っていなかったとしても、百万のロシア兵は日本上陸した際に、ゲリラ戦で疲弊し、滅んでいくことになっただろう。
五百年前のモンゴル兵が日本に勝てなかったように。
その上で、リズによれば、日本の指揮官、ロック(村田蔵六=大村益次郎)も一種の天才。
ロシアが攻め込めば、まるで数式で問題を解く様に倒されることになるだろう。
この状況を見て考えるのは、この事態は、全てショー(佐久間象山)の策略なのだろうということだった。
今になって思うが、奴隷解放宣言も、奴隷人権宣言も全ては、日本を守る為のショーの策略であったのだろう。
その事に関し、友人だと思っていたショーに説明して貰えなかったことに対し、ブルックも怒りを感じることもあった。
だが、結果として、アメリカ合衆国が分裂しても、アメリカ連合国に住む人々は救うことが出来たのだ。
説明されないのは残念ではあったが、結果として悪くなかったのだ。
ブルックの怒りは、既に感謝に昇華されていた。
そのショーがいる限り、日本が外国から予想外の宣戦布告を受け、破れることなどあり得ない。
恐らく、この戦争自体がショーの用意した罠である。
というのが、ブルックの結論であった。
日本は、アメリカ連合国を支援したように、本当に植民地独立支援の為、植民地に武器密輸を行っているのだろう。
その事をロシア帝国に喧伝させた上で、ロシア帝国を倒せば?
大英帝国は武器輸出をロシア帝国の所為であると発表してしまった以上、日本の所為であるとすることは難しい。
だが、植民地側が完全に日本の支援を信じ、感謝することだろう。
植民地から見れば、白人国家を倒す有色人種国家の誕生。
もう、植民地独立運動は止まることがなく、日本は独立した植民地国家の盟主として、不動の地位を築くことになるだろう。
本当に、ショーは何処まで考えているのやら。
ブルックが物思いに耽っていると、続くアメリカ合衆国の発表がブルックを驚かせる。
予想外の友人グラントの動き。
一体、日本で何が起こっているのか。
決戦の時が近づいていた。
さて、グラントは何をしたのか。
グラントの動きは戦争の趨勢にどんな影響を与えるのか。
次回は、世界各地の日本人の動きに焦点を当ててみようと思っています。
最後まで応援よろしくお願いします。




