第九話 大英帝国の思惑
ロシア帝国が、日本が植民地叛乱を扇動する為に武器をばら撒いていると主張して、日本に宣戦布告しました。
今回は、宣戦布告直後の大英帝国から開始です。
「以上の様に、日本は植民地に武器をばら撒き、世界に混沌を広げております。
我らロシア帝国は、その事実を日本に突きつけ、植民地への武器輸出を止めるよう勧告しました。
しかし、日本は我々の勧告を受け入れるどころか、武器輸出の事実を否定する始末。
そこで、我らは、世界の安定を取り戻す為、仕方なく、実力を持って、日本の武器輸出を食い止めることにした次第でございます」
ロシア大使はロシア帝国の日本に対する宣戦布告を大英帝国宰相ディズレーリに渡すと、その内容を掻い摘んで説明し、恭しく頭を下げた。
これに対するディズレーリは皮肉そうに口元を歪めた。
本来の歴史通り、1868年の時点でディズレーリは大英帝国首相となっているが、その経緯も、権力基盤も大きく異なる。
保守党党首であるダービー伯爵が病気の為に引退し、その後継としてディズレーリが首相となった点は本来の世界線と同じである。
だが、この世界線においては、保守党の長期政権が続いているのだ。
日本の介入で大英帝国がクリミア戦争に負けて以来、政権を獲得した保守党は、アメリカ南北戦争に端を発する世界大戦でも大英帝国を勝利に導き、大英帝国国民から絶大な支持を受け、議会も圧倒的多数で支配。
保守党党首であり大英帝国首相であるディズレーリが決めることが大英帝国の方針を決めると言っても良かった。
そして、そのディズレーリを最も悩ませているのが、世界各地での植民地独立運動。
もし、ロシア大使の言葉が本当であるならば、何と有り難いことではないか。
本当ならな。
そんなことを皮肉に思いながら、ディズレーリは尋ねる。
「ほとんど海外に植民地を持たないロシア帝国が、我々大英帝国を悩ませる植民地叛乱を防ぐために出兵されるとは。
何と正義感に溢れたことか。
その様なことをせずとも、日本が植民地に武器輸出しているなどと言う事実があるならば、我々、大英帝国に声を掛けて頂ければ、我々もロシア帝国と共に日本に圧力を掛けましたのに。
そうすれば、日本もさすがに武器輸出など止めたことでしょう。
どうして、日本の武器輸出の事実をもっと早く教えて下さらなかったのですか」
ディズレーリに対しロシア大使は大げさに肩を竦めると、満面の笑顔で応える。
「確かに、その様な方法もあったかもしれません。
我々だけでなく、大英帝国も一緒に日本に圧力を掛ければ、日本も邪悪な企みを断念した可能性はございます。
ですが、日本の武器輸出の事実を伝えることは、海軍国である大英帝国に日本攻撃の絶好の理由を与えることとなります」
ロシア大使がそう言うと、ディズレーリが眉を顰めるのを見て、ロシア大使は続ける。
「いやいや、賢明なるディズレーリ閣下が、その様な冒険をされるとは思えません。
が、大英帝国は市民の世論、議会により、政策を決定される議会制の国家。
世論の暴走により、日本が大英帝国に攻撃を受け、大英帝国植民地となる危険は冒せず、この様な対応を取らせて頂きました」
「それで、我々、大英帝国に代わりに、ロシア帝国が日本を植民地にしようと言う訳ですか」
「そのようなことはございません。
今回の出兵は、あくまでも世界の秩序を取り戻す為の懲罰ですから。
我々、ロシア帝国は、日本に駐在し、二度と日本が世界の秩序を乱さぬよう監視、指導をしようとは思いますが。
領土的野心で日本を侵略するようには仰らないで頂きたい」
「しかし、日本が本当に植民地に武器輸出などしているのですか?
日本は確かにアジア人にしては優れた国ではありますが、15年前はロクな武器もなかったと記憶しておりますが」
ディズレーリが当然の疑問をぶつけると、ロシア大使は平然と答える。
「その仕組みは、日本に行ってみなければ分かりません。
何しろ、日本は未だに、我らが自由に入国出来る国ではありませんからな。
国内に何を隠しているのか。
あるいは、我々から買った武器を、植民地に販売しているのかもしれません。
大英帝国は多くの武器を日本に売っているとも聞いております。
あなた方から買った武器を植民地にばら撒き、叛乱を扇動しているなら許せないことでありますな。
いずれにせよ、日本の商船が立ち寄った植民地で反乱が活発化しているのは間違いない事実。
我々、ロシア帝国は世界の秩序を取り戻す為、日本に罰を与えます。
大英帝国は、我々、ロシア帝国の日本制圧を認めて頂ければそれで充分でございます」
「我々、大英帝国の援助は必要ないと?
陸軍国であるロシア帝国が、島国日本をどうやって制圧出来るのだ?」
ディズレーリが尋ねるとロシア大使は笑みを浮かべて応える。
「陸軍国とは言え、この10年でロシア帝国も海軍力の増強を行っております。
既にエーゲ海艦隊7隻がウラジオストクに到着。
まともな海軍を持たない日本など鎧袖一触。
問題なく、制圧出来ることでございましょう」
ロシア大使の本音にディズレーリが皮肉に返す。
「おや、日本は大量の武器を植民地に輸出している危険な国家ではないのか?
その様に油断していると、痛い目に遭うのではないか?」
ディズレーリに指摘され、ロシア大使は自分の失言に気付くと苦笑しながら応える。
「いや、確かに、その通りですな。
日本は、何をしているか判らない謎の国。
油断せず、徹底的に倒し、調べることと致しましょう」
日本の武器輸出など、本当はないと知りながら、日本を攻めるロシア帝国の本音を知りながら、ディズレーリは返事をする。
「気を付けられることだ。
心配せずとも、我々、大英帝国は、植民地叛乱の鎮圧で手一杯。
今回のロシア帝国出兵に関わる余裕などない」
ディズレーリの言葉にロシア大使は笑みを深め、一礼して感謝の言葉を述べると退出する。
ロシア大使が出て行った事を確認すると、ディズレーリはロシア大使が退出したドアと反対側のドアに声を掛ける。
「どうやら、あなたの言った通りのようだな。
これまでの話は聞いていたのだろう。
部屋に戻ってきてくれ。
今度は、日本側の意見を聞かせて貰いたい」
ディズレーリが声を掛けると、ドアが開き、ドアの向こうから岩倉具視と西周が現れる。
部屋に入り、一礼すると岩倉具視が話し、それを西周が通訳する。
「事前にお伝えした通りですな。
確かに、ロシア帝国は我々に武器輸出を止めろ、さもなくば攻撃すると最後通牒を行ってまいりました。
ですが、そんなことは事実無根。
本当のところ、大英帝国植民地に武器をバラ撒き、叛乱を煽っているのはロシア帝国。
その事実は、先日、閣下にお伝えした通り。
彼ら、ロシア帝国は、その罪を我ら、日ノ本に擦り付けた上で、日本を占領しようとしております」
その言葉にディズレーリは苦い表情で頷いて見せる。
ロシア大使が来るよりも遥か前に、岩倉はディズレーリの下を訪ね、ロシアの動きを説明していた。
ロシア帝国の植民地武器輸出の証拠も、ロシアが出した証拠よりも、ずっと確かなものだった。
だから、ロシア大使訪問が決まった時点で、ディズレーリは岩倉に声を掛け、会談の様子を全て聞かせていたのだ。
「それに対し、日本はどうする?
植民地叛乱に手一杯で、本当に我々も日本を援助する余裕などないぞ」
ディズレーリの言葉に岩倉は頭を下げ、苦笑を隠す。
大英帝国の援助など、冗談ではない。
アジアにある大英帝国艦隊が、ロシア艦隊に襲い掛かれば、ロシア艦隊は壊滅するかもしれない。
だが、それでは、大英帝国に日本を支配する機会を与えることになってしまうではないか。
岩倉は、その様な隙を見せる気は欠片もなかった。
「いえいえ、大英帝国の援助など、恐れ多い。
そもそも、仰せの通り、大英帝国も苦しい状況。
その様な中で助けを求めるつもりはございません」
「では、どうする?
日本だけで、ロシア帝国を撃退出来るとでも思っているのか?」
ディズレーリが尋ねると自信あり気に岩倉が応える。
「日本の誇りに懸けて。
我々は、これまで大英帝国にロシア対策で最新の武器を多数売って頂いております。
これを用い、かつてモンゴルを撃退した様に、ロシアを撃退してご覧にいれましょう」
自分と同じ現実主義者に見えた岩倉の意外な言葉にディズレーリは鼻白らむ。
確かに、日本の依頼で幾つかの大英帝国の武器は販売している。
だが、その武器はロシア製より優れているとは言え、最新型には程遠いもの。
数も圧倒的に足りない。
ロシアは百万の兵と7隻の軍艦が日本に向かっているという。
数は力。
日本に売った武器だけでは、どう考えても日本に勝ち目はないはずだった。
そんなことも判らないのか。
自分は岩倉という男を買いかぶっていたのかもしれない。
そんな思いを抱えながら、ディズレーリは尋ねる。
「日本が独力でロシア帝国を撃退するというのか。
5百年前に、モンゴルを撃退した日本の侍の有能さに期待するとしましょう。
それで、我々、大英帝国は、ロシアと日本が開戦後、ロシアの植民地武器輸出の事実を公開するだけで良いのか?
本当に、それだけで十分なのか?」
ディズレーリが確認すると、岩倉が応える。
「はい、それで十分でございます。
世界の敵は日本ではなく、ロシア帝国。
日本を攻めることに、何の正義もないことを大英帝国の手で世界に広めて下さい。
そうすれば、我々はロシア帝国撃退だけに集中出来ますから」
岩倉の言葉にディズレーリは頷く。
確かに、岩倉の言葉通り、日本が独力でロシア帝国を撃退出来れば最高の結果が得られるだろう。
ロシアが日本に着せた汚名は全て払拭され、大英帝国を含む、全ての国が日本を攻撃する口実を失う。
その上で、ロシア帝国に勝つという奇跡を生み出せば、日本は叛乱を起こす植民地の希望の星となる。
武器輸出がロシア帝国だという証拠を示しても、植民地の連中はロシア帝国の流した日本の武器輸出の噂を信じ、多くの植民地から熱狂的な支持を受け、日本は国際的に確固たる地位を築くこととなるだろう。
だが、それは全て、日本がロシアに勝てればの話だ。
そんな奇跡があるはずはないではないか。
ロシア帝国は日本との戦争に勝ち、日本という巨大な不凍港と、日本人という類まれな勤勉で礼儀正しい人々を手に入れる。
放っておけば、ロシアの覇権が確立されてしまう。
その様な事態を防ぐ為、日本を助けるという口実で、大英帝国は、何処かでロシア帝国に宣戦布告し、ロシア帝国の日本完全占領を防がなくては。
最悪、日本の北部をロシアに占領されても、南部だけでも大英帝国が抑えるのも一つの方法だな。
そんなことをディズレーリが考え込んでいるところ、岩倉が話を続ける。
「ロシア帝国と日本の戦に関しては手出しは無用。
ですが、ロシア帝国を世界の敵として戦うことでしたら、反対する理由はございません。
その際は、我々、日本としても、協力させて頂きますので、是非、お声掛けをお願い致します」
感情の読めないアルカイックスマイルを浮かべる岩倉をディズレーリは凝視するのだった。
大英帝国は、こうして、事実上、日本側で、日露戦争に対応することとなりました。
次回は、各地での日本の対応に触れていこうと思います。
最後まで応援よろしくお願いします。




