第六話 再び幕末へ
歴史の改変により最悪の21世紀に辿り着いた俺。
望むことは歴史の再改変。
エピソード0も間もなく完結です。
21世紀の憑依先が結局、どうなったのか、俺は覚えていない。
まあ、一番最初に憑依した時と同じだな。
何故、ここにいるのか、転移したのか、判らない。
だが、俺は再び、幕末の人間に憑依していたのだ。
それが、どんなに嬉しかったか。
取り返しのつかない過ちをなかったことに出来る。
贖罪どころではない。
奇跡のやり直しのチャンスを与えられた。
俺は、そう思ったのだ。
再び、幕末に戻った俺が、最初に考えたのは、もう何もするべきではないということだった。
俺が、余計なことをしたから、日本は分裂し、世界は確実に悪い方向へと動いてしまった。
考えてみれば、幕末という時代を超えて、日本という国が統一を維持出来たことの方が奇跡だったのだ。
西欧列強の植民地化を防げたことが奇跡だったのだ。
それを、俺が余計な介入をしてしまった為に、世界線は変更されてしまった。
俺は、俺なりに、懸命に、より良い世界を求めた結果、最悪の世界線に辿り着いてしまった。
とんでもない愚か者だ。
それならば、完全に歴史の傍観者として、本来の世界線通りに歴史が動いていくのを眺めていれば良い。
幕末に戻ったばかりの俺は、そう思っていたのだ。
しかし、戻って来た世界は、俺の知る歴史とは違う道筋を辿っていく。
江戸の街が、江戸城が、砲撃を受け、燃えていく。
今回の俺は、何もしていないはずなのに。
本来の歴史では、江戸は無血開城。
犠牲は最小限になったはずなのに。
どうして、こうなったのだ。
俺は燃え盛る江戸の街で砲撃を受け、俺の憑依先は命を落とす。
俺は、こうして最初のやり直しを終わることになったのだ。
次のやり直しで戻って来た俺は、調査に全力を尽くすことにした。
どうして、俺の知る歴史と違う結果が起こったのか。
何処で世界線が変わったのか。
その理由を探ることに奔走した。
歴史に影響を与えないように、陰から歴史を観察し、何が起きているかを傍観する。
一度切りの人生を生きている憑依先の方には、申し訳ないことだけどね。
それだけ、世界線の変更による絶望は、深かったのだよ。
俺の後悔は、間違えても良いから何かしたいという憑依先の人間の意識を吹き飛ばす程に、重いものだった。
俺の意識は、憑依先に未来への恐怖を与え、臆病にしちまったってことだな。
まあ、そうだろ。
先の判らない未来。
そんな中に、何か変えられるかと思えるような未来の光。
俺の未来の知識。
そんなものがあれば、飛びつく奴だっているだろう。
だけど、目の前に広がる光景が地獄だったら?
誰が、そんな中に突っ込もうとするかっての。
そうやって、歴史を傍観していて、解って来たことがある。
何も変わっていないのだ。
俺の知っている歴史の通り、黒船来航から、幕府の屋台骨が揺らぎ始める。
それを防ごうとする井伊直弼の安政の大獄があり、その反発として桜田門外の変が起こる。
ここで大老まで殺される幕府の威信が完全に低下しちまうのだよな。
その結果、長州の反乱へと続き、薩長(秘密)同盟、大政奉還、戊辰戦争へと至ってしまう。
それなのに、どうして?
前の憑依先では、江戸が焼け野原になったりしたのだ?
残念ながら、こちらの世界線でも、俺の憑依先は幕末を超えられない運命のようだ。
何度死に、憑依先を変えて、観察を続けても、幕末を越えられず憑依先は死んでいく。
そんな何度かのやり直しの末に、俺は絶望的な事実を知らされる。
戊辰戦争が起こった際に、睦仁親王が御所から逃げ出し、徳川慶喜に助けを求めてしまっているようなのだ。
それは、俺が世界線を変更する際に、使った手段だった。
だが、今回、俺は睦仁親王に近づこうとすらしていない。
何度か観察したが、睦仁親王に近づこうとしている別の存在も見つけられなかった。
しかし、睦仁親王は御所を逃げ出してしまう。
お父上であらせられる孝明天皇の死から、薩長や朝廷に不信感を持ち、自分の身に恐怖を感じて。
俺が何度も吹き込んだことが睦仁親王の無意識の中に残ってしまったのだろうか。
睦仁親王が御所を逃げ出すという方向で世界線が収束してしまっているようなのだ。
正直、俺は途方に暮れた。
何百回のやり直しの果てに、成功した世界線の変更。
その結果、収束されてしまった新たな世界線。
最悪の世界線。
その世界線をどうやって変えれば良いのだろうか?
最初、俺は睦仁親王が逃げ出したとしても、慶喜の下に逃げ込めなければ良いと親王の命を狙ったことさえあった。
もうね、帝であるということを抜きにしても、子供を殺そうとするなんて、我ながら終わってるよな。
憑依先には、本当に申し訳ないことをしたよ。
だけど、ある意味、幸いなことに睦仁親王は世界線に守られていたようで。
何度やっても、俺の襲撃はうまくいかず、色々な奴に斬られて終わることになる。
そうなると、俺には、世界線改変のアイデアが完全に尽きてしまう。
もともと、世界線を変えようと幕末という時代で足掻いてきたのが俺なのだ。
それなのに、世界線の変更はうまく行かず、唯一変更に成功した世界線の変更が、現在の世界線への変更。
もう、何処に手を出せば、世界線の再変更に成功するのか。
幕末から未来への知識はある、何とかしなければという意識もある。
だが、どうしたら良いか判らない。
そんな気持ちを抱えたまま、俺の憑依先たちは幕末の世界を彷徨うこととなる。
何度ものやり直しの中、そんな憑依先の一人の行動で、状況は新たな局面を迎えることになる。
そいつは、勝さんに相談することを選ぶのだ。
自分では、もう歴史改変の方法なんて思いつかない。
だから、誰かの知恵を借りようと考えたのだ。
俺には思いつかない方法だった。
もともと、俺は未来の知識を利用して、成功しようとしたのが始まりだった。
俺の有利は未来の知識だけ。
誰かに未来の知識を話し、知識を共有するなんて、リスクでしかなかった。
俺の成功を誰かに奪われるかもしれないからね。
その上で、本当のことを話したところで、信じて貰える保証はないし。
でも、自分の成功ではなく、より良い世界を目指す為の世界線の変更であるなら、話は違う訳で。
もちろん、勝さんに話したからと言って、最初から勝さんが信じてくれた訳ではないよ。
憑依先だって、どう伝えたら良いかっていう方法を見つけている訳ではない。
ただ、勝さんに相談するってのだけは正解だったようで。
疑いながらも面白がって話を聞いてくれるたのだ。
まあ、それだけでも、勝さんの特異性だな。
晩年は捻くれちまったとも聞いているけど。
若い頃の勝さんは、江戸っ子らしく、珍しいものを排除したりする人ではなかったのだ。
出世してからは、俺の憑依先を中間として傍に置き、相談に乗ってくれるようになっていった。
まあ、勝さんにしてもね、俺の予言がズバズバ当たっていくのだ。
段々、俺の与太話を、否定することも出来なくなっていったのだろう。
ただ、未来を伝えたところで、世界線の変更が成功した訳ではなかった。
歴史は、俺の知っている新たな世界線へと収束し、日本は分裂へと向かってしまう。
それでも、憑依先は最後まで諦めず勝さんとの相談を続ける。
憑依先や、今の勝さんが、この世界線に取り残されたとしても。
もう一度、『俺』がペリーが来た、あの日に戻り、やり直せることを信じて。
まず、勝さんが考えたのが、早く勝さんに、俺が未来の知識を持っていることを信じさせること。
次に、佐久間象山先生にも、俺の見た未来の知識を信じさせ、打開策を考えさせることだった。
勝さんは言う。
「良いか。何度も歴史を繰り返しているっていうあんた。忘れるなよ。
もし、本当に、もう一度のやり直しが出来るならな。
オイラも、象山先生も、先の世を知っているから、従えなんて言ったって、信じやしない。
疑いから入り、どうしたって、信じるまでに時間が掛かっちまう。
だから、オイラと象山先生を頼る形にするんだ。
どういう訳だか、夢で不思議なことが見えるのですが、どうしたら良いのでしょうかってな。
そうすりゃ、オイラも象山先生も、きっと面白がって話を聞いてくれる。
話を聞いてくれたなら、そこで、あんたの知っていることを全部ぶちまけちまうんだよ。
そうすりゃ、オイラも象山先生も、これから起きる今みたいな状態を避ける為に、知恵を絞ってくれるだろうさ」
勝さんはニヤリと笑うと続ける。
「特に、象山先生はな。
あの人は、本物の天才だぜ。
そのくせ、道半ばで、うっかり、妹のお順を残して暗殺されちまったのが不満ではあるんだけどな。
まあ、気難しい人でもあるが、うまくやれば、オイラなんかじゃ思いつかない手をきっとみつけてくれる。
オイラは、あんたの言う通り、これから、日ノ本の分裂を決定的にし、日ノ本中の嫌われ者になるのかもしれねぇけどな。
まあ、オイラはオイラで、自分の全力を尽くすだけさ。
あんたは、あんたで、全力を尽くしてくれよ」
こうして、歴史の改変は更なる局面を迎えることになるのである。
少し長くなりそうだったので、今日はここまで。
今回は第零話 BAD ENDの裏からのお話。
次回でエピソード0完結させ、元の時間軸に戻る予定です。
最後まで応援よろしくお願いします。




