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第四話 限られた無限の檻の中で

長らくお待たせしました。

秋からどうしても外せない用事があり、暫く書かないとなかなかペースが掴めず、更新が滞ってしまいました。

来年になると、また忙しくなり、ペースが落ちそうなのですが、年内頑張って更新していきます。


24年夏頃までの完結を目指し頑張ります。

龍馬だけではなく、俺も死ぬ運命だった。


それは、俺にとって大きな衝撃だった。


いや、これまでも龍馬の巻き添えで、俺は何度も殺されているからね。

もしかしたら、俺も死ぬ運命なのかもしれないと考えないことはなかったのだけど。


世界線を変えて、龍馬を助けることを諦めた俺が、自分も死ぬ運命だと知らされたことは絶望的な衝撃だった。

俺は世界線を変えて、龍馬を助けることを諦めた。

それなのに、俺が死ぬ運命だと知らされたって。

もう一度は心が折れてしまった俺としては、俺が助かる為に世界線変更するなんて出来るとは思えなかったのだ。


いや、勿論、俺だって一回死んだだけで、全てを諦めた訳ではないよ。

一回死んだだけって、俺の感覚がおかしくなってきている証拠の様な気もするが。

ともかく、憑依先が死んでも『俺』という存在、意識は残り続ける。

それが、この数百年で何度も繰り返してきた事実だ。

だから、龍馬救出を諦めた俺の最初の憑依先の死亡の後も、俺は何度か幕末を超えて生き残る努力はしたんだ。


もう、その後の成功なんて考えず、勝さんや龍馬とも関わらず、江戸でそのまま生きようともした。

それだけじゃなく、動乱の巻き添えにならないように人里離れた山奥に逃げ込んで生き残ろうとしたこともあった。

だけど、世界線は俺の死へと収束するということが確認出来ただけだった。


江戸にいても動乱の巻き添えで死ぬし、山奥に隠れても病死や事故死が襲って来る。

もう、山奥で熊に襲われた時は、笑うしかない様な状況だったなぁ。

本当に八方塞がり。

俺は、幕末という時代の檻に永遠に閉じ込められた気分だった。

憑依先の人間は、毎回死んで消えていく。

だけど、俺の意識は残り、記憶は残り、延々と幕末という時代の中での繰り返しを強要されるのだ。


おそらく、『俺』一人なら、完全に心が折れ、全てを放棄したくなったかもしれない。

廃人の様になっていたかもしれない。

でも、俺は一人ではなかった。

俺には常に憑依する、もう一人の存在があったのだ。


俺にとっては、この世界は何度も繰り返される檻の様なもの。

どんな道を辿ろうと幕末という時代が終わりに近づく15年で強制終了されてしまう存在。

だけど、俺が憑依する人たちにとっては、たった一度切りの人生なのだ。

そもそも、諦めるという選択肢そのものが彼らの中には存在しなかったみたいなんだ。

まあ、そりゃあ、そうだよな。

人は必ず死ぬ。

その事実が実感を伴って明確になったからって、それだけで生きること、そのものを諦める奴はいないよ。


勿論、憑依先の人間の本来の性格によって、その行動は色々変わるよ。

俺の存在を死神の様に受け取り、幕末で死ぬ運命を15年の寿命と受け入れて、その15年を精一杯生きようとするものがいた。

15年で死ぬという運命を完全に無視して、唯々、日々を楽しみ享楽的に生きようとする者がいた。

そして、それでも、何とか生き残ろうと世界線を変え、運命を変えようとする者もいたのだ。

俺だけでは、もう運命に立ち向かうだけの意志は残っていなかった。

だって、世界線を変える為の努力は龍馬を助ける為に散々試してしまっていたのだから。


今まで何度も試してきたことで判ったことは沢山ある。

まず、徳川幕府は幕府の安定の為、反乱を起こす恐れのある外様勢力、幕府から遠い地方の人々を虐げてきたということ。

幕府の維持の為、外様勢力に力を蓄えさせない目的だったのだろうけど。

そんなことをすれば恨まれるのは当たり前。

だから、幕府の威光が衰え、切っ掛けを与えれば徳川幕府への復讐を目指す人々が立ち上がってしまう。

その筆頭が薩摩と長州。

そんな訳だから、吉田松陰を遠ざけてロシア船に密航させた程度では、長州は反幕府で立ち上がることを止めたりはしないのだ。


また、同じ様に幕府に反感を持つ薩摩と長州が手を組むことを止めることも出来ないみたいであった。

龍馬を助ける為に、薩長同盟の妨害なんかもしたのだけれど。

どうも、世界線は薩摩と長州が手を組むように収束するみたいなんだ。

元々は龍馬が恨まれるのを避ける為に、龍馬が薩長同盟締結するのを防ごうとしてみたのだが。

龍馬をどうしようと、反乱の意志を持つ二つの勢力を誰かが結びつけてしまうのだもの。


そんな状況が判ると、世界線を変える方法は俺の頭では、もう思いつかなかった。


だが、憑依先の中で、それでも諦めようとしない連中がいた。

もう、それは生き残る為と言うよりは、自分が死んだ後に残される世界に爪痕を残したいという執念の様なもの。

そして、その多くはより良いもの、世界を残したいと思っている様だった。

まあ、その気持ちは解るよ。

余程、この世を憎み、恨んでいるなら別だけどね。

嫌な奴、嫌なことも多いけど、概ね、人の世は優しく、美しいと何百年の時を過ごしてきた俺でも思う。

だから、どうせ、この世を去るのだから、そこに良いものを残したい。

恨みや破壊ではなく、喜びや感謝を残したいという気持ちは俺にも理解出来ることだった。


そして、そんな連中が考えたのが、徳川慶喜が大阪城から逃げ出さないようにすること。

これなら、世界線は大きく変更されると考えたのだ。


実際、戊辰戦争が始まった当時、幕府と薩長の兵力は決して絶望的なものではなかった。

陸軍では薩長が強いけど、海軍では幕府の方が強い。

決して、あんな圧倒的な敗北を迎える戦力差でなかったのは確かなのだ。

だが、徳川慶喜が、大阪城から逃げてしまい一気に多くの藩が薩長側に寝返って徳川幕府が滅びたというのが俺の知る知識だ。

俺の憑依先たちは、その俺の知識を利用し、徳川慶喜の大阪城脱出を阻止しようとする。


まあ、阻止しようとすると言っても、そもそも徳川慶喜なんて、お偉いさんに簡単に合える訳はないのだけれど。


何十回、何百回のやり直しの中、試行錯誤は多岐にわたる。

直接に会うのは難しいから、慶喜の大阪城脱出を止めてくれそうな側近の暗殺を防ごうとした。

だけど、龍馬の暗殺阻止でもそうだったけれど、誰かの暗殺を防ごうとするのは、本当に難しくて。

そもそも、暗殺を防ぐ為に世界線を変更することが出来るなら、俺だって死なないで済むんだって。

もしかすると、変えられない寿命みたいなものがあるのかなとも考えたりもしたよ。


で、暗殺阻止を諦めた後は、慶喜に同行して上洛する新門辰五郎に近づこうとしてみたりもしたんだけど。

そもそも、新門辰五郎って火消と言っても侠客の親玉みたいなものだから近づくのも怖い人なんだよ。

でも、そんな怖い親分さんを説得したところで、慶喜に会うのは遠い遠い。


そして、数えきれない程の試行錯誤の結果、慶喜に会うことは出来るようにはなった。

だけど、身分から考えても、慶喜の性格から考えても、慶喜の大阪城逃亡を防ぐのが難しいの何の。

慶喜って、身分が高い上に、自分以外は皆バカだと思っているみたいな奴だからね。

俺の話なんか聞きやしないの。

俺では、慶喜は説得出来ない。

その事実を受け入れた結果、憑依先は別の手を考え出す。


それが睦仁親王、後の明治天皇の誘拐だ。

まあ、色々言われる慶喜の大阪城脱出だが、その理由の一つに水戸藩の尊王の考え方があるのは確かだろう。

ならば、帝が大阪城に来てしまえば、慶喜は説得の必要もなく、帝を守ろうと踏み止まると考えたのだ。


いや、元々、帝の誘拐ってのは長州なんかも何度か考えた作戦だった。

帝を自分の元に置き、正統性を確保した上で戦う。

この時代において、尊王という考え方は絶対だ。

だから、錦の御旗が掲げられていると聞いただけで、慶喜は逃げちまった訳だけれど。

幼帝を奸臣の下より救い出し、君側の奸を打つとなれば、慶喜が睦仁親王を見捨てて逃げるはずなどないと考えたのだ。


まあ、勿論、帝を誘拐されたら困ること位、薩長側も良く理解している。

だから、薩長も御所に厳重な警備をしていた。

だけど、本気で帝の御座す御所を攻撃したり、忍び込み、誘拐しようとする奴がいるとは思っていなかったみたいだったのだよな。

帝の様な至尊の地位の方に、手を出そうとする奴もね。

でも、俺にはそんな尊王の志なんかないからね。

だから、御所に忍び込み、睦仁親王に会うだけならば、何度か失敗して、やり直すことで成功する方法を見つけることが出来たのだ。


だが、問題はここからだった。


まず、俺一人で帝を誘拐することなんて出来ない。

さっきは、幼帝という言葉を使ったけれど、戊辰戦争当時、帝はもう16歳。

立派な成人。

俺が一人で物理的に誘拐出来るような対象ではない。

でも、人数が増える程、警備に見つかる可能性は高まる。

そもそも帝を誘拐するなんて不遜な行為に参加してくれる仲間を見つけるのも不可能に近かったのだ。

その上、仲間を見つけ、警備の目を搔い潜り忍び込んだところで、帝に助けを呼ばれれば、それで全ては終わっちまう。

眠らせて運ぼうにも、帝を担いで隠れながら逃げるのは難し過ぎる。


いや、それでも、実のところ、数えきれない失敗の先に、一度だけ帝の誘拐に成功したことはあるのだ。

だが、その時は、帝を運び出し、大阪城で慶喜を会わせた時に、帝から誘拐だと糾弾され、俺は慶喜にお手打ちにあっちまった。


つまり、帝を連れ出したところで、帝の意志を無視した誘拐では、慶喜は正統性は得られないと判断した訳なのだよな。

水戸学の思想によると、後醍醐天皇に叛乱を起こし、別の帝を擁立した足利尊氏は歴史上最悪の人物だからね。

慶喜は足利尊氏の様に成りたくない。

帝を傷つけるものは誰も許さないという訳さ。


だから、俺は帝の下に忍び込むと帝を説得して、一緒に逃げるしかなかった。


何度かの繰り返しのおかげで、御所に忍び込み、帝の前に現れた直後に、帝に警備を呼ばれることは避けることが出来る様になっていた。


でも、帝の説得は本当に大変だったよ。

だってさ、俺の知識では帝は後に明治天皇と呼ばれ、本来の歴史では薩長に支えられ、文字通り近代国家日本の帝王として君臨するはずの人。

わざわざ、薩長側から、弱体化しつつある旧幕府側に逃げる理由がないのだもの。

その帝を説得し、御所から大阪城へと逃げ込む。


その為に、利用したのが、孝明天皇の死だった。


歴史の豆知識として、孝明天皇暗殺説があったことを俺は知っていた。

実際のところは、どうか知らないよ。

公式には天然痘で死んだとされているけど、病状が違うとか、死ぬタイミングが薩長に良すぎたとか言われているのだ。

そもそも、孝明天皇は現状維持派で、幕府の支持者だったからね。

幕府を倒したい薩長らにとっては、孝明天皇は邪魔でしかなかった。

だから、薩長が孝明天皇を毒殺したのじゃないかと言うのは、この時代でも噂になっていた位だったらしい。


帝を説得する為に、俺はその噂を利用することにした。


孝明天皇は薩長、公家たち、側近に暗殺されたのです。

俺は証拠もないのに、それが真実であったように帝に囁く。

当然、帝だって、すぐに信じてくれる訳ではない。

俺にあるのは状況証拠だけ。

でも、何度も繰り返している内に、俺もそれが真実であった様な気がしてきて、言葉に説得力が重なって来る。


お父上であらせられるさきの帝は、今の御所を支配する連中に殺された。

同じ様に、帝も彼らの意向に反することをすれば殺されます。

私は、そんな帝をお救いする為に来たのです。

確かに、彼らは、彼らの意向に反しない限りは、帝を敬った振りをして、従った振りはするでしょう。

ですが、お父上を殺した連中の顔色を窺い、それに従って、帝は生きられるのですか?


私と一緒に、本当の忠臣の下に逃げましょう。

慶喜公はお父上である孝明天皇が最も信頼され、便りにされた武将でございます。


数えきれない失敗の後、俺は帝の説得に成功し、大阪城へと逃げ込むことに成功した。


まあ、逃げる途中で、俺は切られてしまい、大阪城で息を引き取ることになったのだけど。


でも、俺は世界線が変わることを確信していた。


慶喜が大阪城に留まれば、戦いは膠着状態に陥る可能性は十分にある。

その結果、帝の斡旋で、内戦を止めることが出来るのかもしれない。

そうすれば、戊辰戦争で死ぬはずだった有能な人々が生き残ることが出来るかもしれない。

いや、もしかすると、世界線が変わっても、寿命みたいなものがあり、死ぬ運命だった人が死ぬことは防げないけどね。


それでも、薩長が不要な権力を持ち、薩長の連中が実力もないのに権力を握ることがないのかもしれない。

戊辰戦争で薩長に逆らった東北地方の発展が後回しにされることがないのかもしれない。

革命気分の薩長が朝鮮や清国と関わり、不要な海外進出をすることが防げるのかもしれない。

異国からの侵略に対抗する為、もっと、実力主義で、有能な人が活躍出来る世になるかもしれない。


きっと、今よりも、良い未来が待っているはずだ。


俺は、そう確信して息を引き取ったのだ。

より良い世界を求める純粋な想い。

それが、より良い世界を作り出すとは限らないというのは、歴史を知る者ならば、誰でも知っているところ。


『俺』とその憑依先の善意がどんな世界線に辿り着くのか。


もう少しでエピソードゼロは終了。

物語は一気に終結へと向かいます。


最後まで応援よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、アレですね どこかの主人公が仰ってた様に 「どこにでもいるありふれたバカが力を持っちまった」 「だからこんな結末を迎えることしか出来なかった」の典型例みたいな最後が見えます
[良い点] 大変面白かったです。 転生を繰り返す意識と憑依された人の意識が並立する。 物語的にも倫理的にも実に結構です。 一度しかない人生だから生きあがくのには実に説得力があります。 憑依された意識か…
[良い点] 天皇を逃したのお前だったんかい! 記憶はきちんと循環しているみたいだし、平八だけ夢と言う形で覚えてるの何でだろ? 真実が色々明かになり、盛り上がってきたね〰️
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