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第三十一話 アメリカ連合国首都リッチモンド攻略作戦

普仏戦争が進行中、フランス敗北を確信したリンカーン大統領はアメリカ連合国との決戦に動き出します。

リンカーンの南軍への大攻勢命令は苛烈を極めるものであった。

ヨーロッパでフランスが敗れれば、大英帝国海軍を抑えるものがいなくなる。

大英帝国海軍と南軍に挟撃されればアメリカ合衆国に勝ち目はない。

そして、リンカーンの目から見れば、フランスが大英帝国、プロシア連合軍に勝てる見込みはほとんどない。

ならば、それまでに南軍と決着を付けなければと考えたのだ。


その為に選んだ戦術は、大軍勢を生かした飽和攻撃による南軍首都リッチモンド攻略作戦であった。

南軍の首都さえ落としてしまえば、南軍側の戦意も挫けるだろうと言うのがリンカーンの読みであった。


リンカーンは、この飽和攻撃で、最も苛烈な指示を出す。

攻撃を受けて味方がやられている間にも、軍を前進させ、敵の防御網を突破させろと命じたのだ。

つまり、味方の犠牲を前提にして行う人海戦術。

これは、大軍と少数の軍が戦う為の戦術としては間違ってはいない。

事実、本来起きるはずだったのに、この世界線では行われることのなかったゲティスバーグの戦いにおいて、北軍は南軍と同じ位の犠牲を出し、北軍はゲティスバーグを南軍に奪われずに済んだだけであったのに、北軍と同程度の犠牲は南軍にとって致命傷となり、結果、南軍の敗北に繋がったとすら言われているのである。


ただし、アメリカの様な民主主義国家で国民の犠牲を前提にした戦術を取ることは極めて稀である。

国民を犠牲にした作戦は、選挙で国民の支持が得られないのである。

だから、この作戦に当たり、当然ホワイトハウス内でも反発があった。


「お考え直し下さい。大統領閣下。

国民に犠牲が出れば、国民は大統領を支持しません」


「私も、国民を犠牲にする様な戦いをさせたいとは思わない。

だが、今となっては、他に手がないではないか。

そもそも、この戦争、いや当時は反乱と言っていたか。

その『反乱』は短期で撃退出来ると軍部が太鼓判を押したもののはずではなかったのかね」


軍部の当時の安請け合いが原因で、今の状況を生み出したことをリンカーンが揶揄するとミード将軍が唇を噛む。

当時の北軍首脳部は敗北と更迭を繰り返しており、ミード将軍は開戦当時の責任者ではない。

正直に言えば、それは私の責任ではないと言いたいところだ。

だが、そんなことを言ったところで、何の利益もない。

それ故、リンカーンへの反発を抑え込み、ミード将軍が応える。


「確かに、軍の側の見通しが甘かったことはあると思われます。

数の優位に驕り、南軍の士気の高さ、リー将軍を始めとする優秀な南軍の指揮官の指揮を侮っていた為に、起きたことではありましょう。

それを責めたいお気持ちはわかります

ですが、今、大事なのは、今後のことです。

この戦争に勝たなければならないのは、私も解っております。

ですが、味方の犠牲が大きければ、やはり我々に未来はない。

ニューヨークの徴兵暴動をお忘れですか」


ミード将軍の指摘に、今度はリンカーンが顔を歪める。

ニューヨーク徴兵暴動とは、1863年、この年の夏に、こちらの世界線でも起きたアイルランド系住民を中心とした暴動である。


自由と平等の国を標榜するアメリカ合衆国であるが、実際はこの様な差別と分断が続いていたのがアメリカ合衆国の歴史なのである。


まず、植民地アメリカにやってきたのは、イギリス系の移民。

彼らはアメリカ原住民と争い、天然痘などの病原菌をばら撒き、アメリカ原住民を殺し、差別し、土地を奪っていった。

そして、その後に続くのがアイルランド系移民。

このアイルランド系移民をイギリス系移民が徹底的に差別するのである。

南部の大地主もそうだが、北部の資本家のほとんどが先に来ていたイギリス系移民。

後から来たアイルランド系移民は労働者として、劣悪な環境でイギリス系移民にこき使われていたのである。


この様にアメリカの歴史は差別の歴史であると言っても過言ではない。

先に来た移民が既得権益を守る為、後に来た移民を差別し、弾圧するのがアメリカの歴史。

平八の見た世界線で言うと、解放された黒人奴隷が白人から差別されるのは当然のこと。

それどころか、白人同士でも、出身地ごとに差別と対立を繰り返すのがアメリカ合衆国の歴史なのである。


この後のことであるが、アイルランド系移民の後にやってくるのがイタリア系移民。

彼らは、アイルランド系移民に差別され、抑圧され、ニューヨークでイタリアンマフィアとなっていく。

その後、世界大戦が起きれば、敵国であるドイツ系移民が排斥される。

そう考えれば、白人でない日本人が移民してくれば、日本人が排斥されるのは当然なのである。


まして、平八の見た世界線では、世界中で白人優位の世界観は変わらず、有色人種が差別され続けるのが、この世界のアメリカ合衆国なのである。


まあ、それはずっと未来の話ではあるので、話を南北戦争当時に戻す。

その状況において、富裕層に酷使されるアイルランド系移民は、黒人奴隷に同情などしなかった。

むしろ、反発すら感じたと言っても良いだろう。

奴隷が解放され、北部に来れば、自分たちの仕事を奪うのではないかと恐れたのだ。

それ故、アイルランド系移民たちの多くは、黒人を徹底的に排斥し、差別した。

黒人は白人より劣った存在である。

そんな奴らに仕事を奪われてたまるものか。

そういう声がアイルランド系移民の中に蔓延していた。


それなのに、黒人奴隷解放の為に命を懸けて戦うなどという政府の方針など、アイルランド系移民の労働者に受け入れられるものではない。


勿論、反発を避ける為に、移民に市民権を与えるという餌を与えて、希望者に兵役を課すという工夫はしていた。

だが、それでも、アイルランド系移民の反発は避けられなかったのである。

これに加え、アメリカ合衆国は、黒人が兵役に参加しても、市民権は与えないという差別待遇も行っていた。

それで、アイルランド系移民が溜飲を下げてくれるのを期待してのことではあったのだが。

富裕層は大金を払えば兵役を回避出来るという仕組みもあり、それがアイルランド系移民を中心とした労働者の反発を買い、暴動に繋がってしまったのがニューヨーク徴兵暴動なのである。


ミード将軍の指摘にリンカーンは苦虫を嚙み潰したような表情で呟く。


「だから、今回は黒人にも、前線に行ってもらう」


「黒人を前線にですか?

黒人が戦場で役に立つと大統領閣下は本当にお思いですか?

そもそも、奴隷人権宣言が出された中で、彼らが何処まで本気で戦うか」


ミード将軍の言葉に、リンカーンは冷徹に応える。


「黒人は奴隷人権宣言など読めないだろう。

たとえ読めたとしても、南部で虐げられ逃げて来た連中が、あんな宣言を信じると思うかね」


「確かに、逃げて来た黒人奴隷たちは南部の農場主に酷い目にあった者ばかり。

字も読めない者ばかりでしょう。

だから、南部の支配を恐れて参戦を希望する者も多いかもしれません。

ですが、黒人などが戦力になるかどうか」


奴隷解放を謳っていたとしても、黒人は白人より劣る者という差別意識が彼らにない訳ではない。

まともに、戦力になるとさえ考えていなかったのである。

それは、リンカーンも同じこと。

彼は、解放後の黒人奴隷は、アメリカ生まれであろうとも、アフリカに送り返せば良いなどという発言をしたと言われている位なのだ。

だから、黒人兵を出しただけで、戦局が有利になるなどとは考えていなかった。


「黒人も戦場に出して、犠牲となって貰わなければ、アイルランド系移民の不満は収まらないだろう」


「死なせる為に戦場に出せと言うのですか」


「あえて、危険な戦場に送れと言っている訳ではない。

だが、戦力としてあてには出来ない以上、人海戦術の一端は担って貰わなけならないだろう」


「黒人奴隷を解放する為に、黒人自身にも血を流させるということですか」


「自由とは、与えられるものではない。

自らの血を流し、勝ち取るものだ。

黒人奴隷にも、それをやって貰おうと言うのだ。

そこに、何の問題がある」


リンカーンは口に出さないが、黒人を戦場に出すことには、もう一つ別の狙いがある。

南軍の連中が、黒人兵をどの様に扱うかという問題だ。


奴隷から逃げ出した黒人、逃げだした上で武器を自分たちに向ける黒人。

黒人を奴隷としてきた南部の人々からすれば、飼い犬に手を噛まれるも同然。

黒人兵は怨嗟と怒りの対象となるだろう。

その結果、黒人兵を虐殺でもしてくれれば、南部の出した奴隷人権宣言など、完全に有名無実と化すであろう。

事実、平八の見た世界線における南北戦争では、黒人兵は捕虜としての扱いも認められず、殺されているのである。


勿論、奴隷解放宣言と奴隷人権宣言を出した南軍の策士、おそらくはジョン・ブルック中佐は、黒人兵虐殺によって起きるデメリットに気が付いているだろう。

その為、当然のことながら、黒人兵の虐殺も禁止していることだろう。

だが、戦場は理性よりも、狂気が勝る場所である。

南軍上層部の指示から外れ、暴走して事故が起きる可能性は十分にある。


自由を求める黒人兵を出すことによって、奴隷人権宣言の正統性を打ち砕く。

それが、リンカーンの本当の狙いであった。


この戦争に勝てなければ、アメリカ合衆国に未来はない。

それは、間違いないことである。

が、リンカーンは一つの戦闘に全てを賭ける程のギャンブラーではなかった。

たとえ、一つの戦場で勝てなくても、二の矢、三の矢を用意するのが、リンカーンのやり方なのだ。


大英帝国の介入を防ぐことさえ出来れば、この戦闘で勝ちきれなくても、この戦争に負けることはない。

そう考えたリンカーンは、大英帝国に特使を派遣し、世界各地で起きている大英帝国の植民地独立戦争へアメリカ合衆国が介入しないことを条件に、アメリカ南北戦争への不介入を要請していた。

そんな時に、奴隷人権宣言の正統性が根本から否定されれば。

アメリカ合衆国の分裂は、大英帝国にとっても望むところではあるだろう。

だが、それでもアメリカ南北戦争への介入し続けることは、植民地独立戦争に苦しむ大英帝国にとっても負担が大きいはず。

大英帝国国民の支持も受けにくくなるはずだ。


その為、リンカーンは黒人兵を出す計画と同時に、黒人兵が南軍に虐殺されたという情報を流す準備も行っていた。

奴隷解放宣言でリンカーンも痛感させられたことではあるが、噂が真実であるかどうかは重要ではないようなのだ。

リンカーンが出したものではない、この世界の奴隷解放宣言は、リンカーンが作った物であると世界中で信じられている。

同様に、南軍の奴隷人権宣言など嘘っぱちだと信じさせる噂を流せば、実際に虐殺など起きていなくても、多くの人は信じるはずだ。

そうすれば、南軍を援助する大義名分など無くなり、大英帝国に手を引かせることが出来るはず。

リンカーンは、そう考えていた。


加えて言えば、この世界線でのリンカーンは、選挙対策でも情報操作を行っていた。


来年のアメリカ大統領選挙の民主党の対抗馬はジョージ・マクレラン。

かつて、リンカーンの指揮下でリッチモンドに最も肉薄した将軍である。

マクレラン将軍はリッチモンド南東に上陸し、あと一歩のところで戦力不足を理由に撤退している。

そのことをリンカーンに責められ、更迭されたところを民主党に拾われ、大統領選挙の対抗馬となっているのである。


そして、民主党が訴えるのは、南軍の独立の承認。アメリカ合衆国の分裂の容認。

リンカーンが許せるものではなかった。


それ故、リンカーンは周到に噂を流すことを指示する。

曰く、マクレランは南軍に買収され、勝てる戦いから手を引いた。

マクレランは南軍の為にアメリカ合衆国大統領になろうとしている等々。

この噂のおかげで、数少ない勝つことが出来て人気のあるアメリカ合衆国の将軍の人気は陰り始めていた。


その上で、どんなに犠牲を出そうとも、北軍がリッチモンド攻略に成功すれば、マクレランは勝てる戦いを放棄したという噂は現実味を帯びるだろう。

そうすれば、リンカーンは大統領選挙に負けることはない。


リンカーンは決して、私利私欲の為にアメリカ大統領の座に固執している訳ではない。

マクレランがアメリカ合衆国分裂を容認している以上、栄光あるアメリカ合衆国が統一を保つ為には、リンカーンが大統領で居続ける必要があるとリンカーンは考えていた。


アメリカ合衆国の運命の分岐点、リッチモンド攻略戦が目前に迫っていた。

予定では、すぐに戦争結果を書いて大統領選挙に行こうと思ったのですが、色々書きたいことが出来てしまい、今回のお話になりました。


次回はアメリカ連合国側から見た南北戦争決戦。


アメリカ連合国は、アメリカ合衆国の人海戦術に対して、どう対応するのか。

黒人兵士の虐殺は起こってしまうのか。

次回もお楽しみに。


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