第十六話 馬のたてがみを持つ男
ニューメキシコ作戦が史実を上回る圧倒的兵力の下、行われます。
アメリカ合衆国中南部における最大の物資集積地、ユニオン砦を包囲しながら、アメリカ連合国軍は無防備なニューメキシコ準州州都サンタフェに別動隊を送り込みます。
「だから、すぐに義勇兵を集め、サンタフェを守るべきです」
「そんな戦力はサンタフェにはない。
戦う気のある者は、ユニオン砦に行ってしまった」
「そんなはずはない。
我々は、皆、武器を持っている。
自分の身を守る為に武器を持つのはアメリカ人の常識だ。
ならば、その武器を、サンタフェの街を守る為に使えば良いではないか」
「武器を持って戦えば、その時点で市民も兵と看做される。
南軍、アメリカ連合国軍にサンタフェ攻撃の絶好の口実を与えることになりかねないぞ。
それならば、最初から降伏して、市民の安全を守るべきだ」
「そうだ。
それだけではないぞ。
南軍は、無防備のワシントンも襲撃したと聞く。
たとえ、防御しなくても、攻撃されるかもしれないではないか。
それならば、市民の安全を守る為に、早めに降伏するべきだ」
「そんな事をして、ホワイトハウスの連中が黙っていると思うのか。
ニューメキシコ準州が寝返れば、その影響はアメリカ西部全体に広がるかもしれない。
そんな状況になれば、ホワイトハウスは我々をどう思う?
今度は、南軍よりも多い、北軍が攻めてくるかもしれないのだぞ」
「その時は、また降伏すれば良いではないか。
同じアメリカ人だ。
事情も解っている以上、そんな無茶なことはしないだろう」
「もし、我らの降伏で、北軍が不利になるなら、簡単に降伏を受けてくれる保証はないだろう。
むしろ、見せしめに攻撃されるかもしれないではないか」
アメリカ連合国軍の進軍を前にサンタフェのニューメキシコ準州政府は紛糾していた。
サンタフェを守る為に戦うべきか、すぐに降伏するべきか。
それは、簡単に結論の出る話ではなかった。
アメリカ合衆国は、戦うことで成立した国家である。
アメリカ原住民と戦い土地を奪い、大英帝国と戦い独立をした。
それ故、憲法で市民が武器を持つ権利を定め、政府が暴走した場合は、武力を持って立ち向かうことさえ認めたのがアメリカという国家である。
だから、サンタフェに向かう連合国軍と戦う気になれば、戦えるというのは本当のことなのだ。
市民が皆、銃を持っているからと言って、武器の優劣や訓練の差は存在する。
それ故、サンタフェの前に陣取って、守ろうと思えば防衛は難しいかもしれない。
だが、市街戦に持ち込めば、十分に戦える可能性はあった。
そして、ニューメキシコ準州政府の判断と関係なく、サンタフェには勝手に立ち上がる人々がいた。
ユニオン砦に義勇兵として向かったのは、奴隷解放を正義として戦うことを選んだ人々だ。
そんな正義の為に戦うことを選ばなくとも、自分の家族、故郷を守ろうと戦おうとする人々はいるのだ。
もっとも、そうやって立ち上がった人々に軍事的知識がある訳ではない。
市街戦、ゲリラ戦に持ち込めば、戦えるという状況を彼らは理解していなかった。
単純に、サンタフェに連合国軍が近寄ることを恐れ、手に手に銃を持ち、街に侵攻されるのを防ごうという考えしか持っていなかったのだ。
それ故、彼らは街の外縁の建物に立て籠り、南軍を待ち構えることとなる。
一方、侵攻するアメリカ連合国軍の理想の結果は、サンタフェの無血開城である。
少なくとも、部隊に命令をしたシブレー准将は、そう考えていた。
戦力を消耗せずに、サンタフェを恭順させる事が出来るなら、それに越したことはない。
もともと、たいした主義主張もなく、勝ち馬に乗るつもりで合衆国側についたのがニューメキシコ準州。
それならば、無血開城することは難しくないとシブレー准将は考えていたのだ。
だから、部隊の指揮官フィリップ・リッチバーグに、シブレー准将は、攻撃前にサンタフェに降伏勧告をするよう厳命していた。
だが、末端の兵士にまで、その意思が伝わっていなかったのかは定かではない。
おまけに、末端兵士の中には、合衆国の海賊行為により、故郷を焼かれた者もいれば、無差別商船破壊で友人知人を殺された者もいたと言う。
その結果、サンタフェで、戦端が切られてしまったのである。
もっとも、この戦闘について、どちらが、本当に先に戦端を切ったのか、明確ではない。
サンタフェ側は、南軍が射撃してきたので応戦したと主張しているし、連合国側はサンタフェより射撃があり、身を守る為に仕方なく、応戦したと主張しているのだから。
いずれにせよ、サンタフェで戦闘が始まり、サンタフェは戦火に包まれたのである。
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サンタフェでの戦いが始まった翌日、連合国指揮官シブレー准将は激怒していた。
「だから、何故、サンタフェ侵攻部隊が撤退してきているのだ。
サンタフェには、たいした戦力もないはずではないか。
いや、そもそも、私は戦わず、降伏勧告しろと言ったはずではないか。
それなのに、何故、部隊がサンタフェで戦った上、撤退してきたのだ。
説明してくれ、フィリップ」
シブレー准将の激怒に恐縮しながら、サンタフェ侵攻部隊指揮官フィリップ・リッチバーグは応える。
「申し訳ありません。
戦闘は避け、降伏勧告をしようとしたところ、サンタフェに潜んでいた一部の暴徒が発砲。
兵の安全の為に、応戦せざるを得ませんでした」
リッチバーグの言葉にシブレー准将は苛立ちを抑え込みながら応える。
「降伏勧告も聞かず、サンタフェ側が攻撃してきたなら、応戦するのも仕方がないか。
あくまでも兵の命が大事だからな。
しかし、それで、どうして撤退しなければならないのだ」
「確かに、サンタフェには、たいした戦力はありませんでした。
暴徒が持っていたのは、ゲーベル銃程度でしたから。
暴徒の射程距離外からの攻撃で、こちらは、何の被害もない。
無血開城ではありませんが、暴徒の撃退を見せしめとして、サンタフェを攻略出来るかと思ったのですが」
そう言うと、リッチバーグはため息を吐いて続ける。
「信じられない程の数のアメリカ原住民の襲撃があったのです。
まともに戦えば、こちらが簡単に全滅されかねない程の数でした」
リッチバーグの言葉に、シブレー准将は驚き尋ねる。
「アメリカ原住民の襲撃?
そんなものの為に撤退したと言うのか?
連中の武器は弓矢か、我らから奪ったゲーベル銃程度だろう?
数が多くても敵ではないだろうに。
いや、そもそもアメリカ原住民の大群など、もうほとんどいないのではないか」
原住民の集団を動物の群れの様に大群と表現するシブレー准将。
この当時のアメリカ人の意識は、この程度であった。
だから、聞かれたリッチバーグも、驚くことなく、普通に返事をする。
「分かりません。
何故、あんな数のアメリカ原住民が現れたのか。
西部には、まだ多くのアメリカ原住民が残っていたのかもしれません。
そして、連中の武器は弓矢でもゲーベル銃でもありませんでした。
信じられないことに、恐らくはライフル銃。
銃弾も椎の実型の最新のものでした」
シブレー准将は頭を振り、肩を竦める。
「信じられん。
何故、原住民が、そんな装備を持っている。
合衆国が原住民に武器を与えたとでも言うのか。
いや、そんなはずはない。
合衆国の方が兵力も、装備も我々よりも豊富。
それなのに、原住民に武器を与える理由などないはずではないか」
「理由は解りません。
ですが、原住民がサンタフェに攻撃をした様には見えませんでした。
おそらく、原住民と合衆国は、最低でも中立、最悪、協力関係にあると思われます」
シブレー准将はリッチバーグの言葉を疑いながらも考え込む。
本当に原住民の大群がいるのか。
本当に原住民が、そんな武装をしているのか。
本当に、原住民と合衆国との間に協力関係があるのか。
もし、協力関係があるのならば、原住民の大群が、サンタフェを救った後、ユニオン砦の救援の為に、ここまで来る可能性が高いだろう。
となれば、彼は決断を下さなければならない。
圧倒的な数の敵を相手に戦うか、撤退するかの判断を。
そして、翌日、シブレー准将は、本当に決断を迫られることとなる。
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それは、信じられない様な光景だった。
地平線一杯に広がるアメリカ原住民たち。
馬に乗るのは少数派。
馬は、もともとアメリカ大陸にいなかった動物。
原住民が乗る馬も、ヨーロッパから連れてこられた馬の子孫に過ぎない。
それ故、アメリカ原住民のほとんどは、徒歩で静かに迫って来る。
それは、現実にあり得ない光景であるように思われた。
この時点において、アメリカ合衆国の人口は西部も含めて約2200万人、アメリカ連合国の人口は奴隷も含めて900万人であった。
これに対し、アメリカ原住民の人口は100万人程度と考えられる。
白人の入植前には1000万人以上いたとされるアメリカ原住民だが、白人たちによる直接、間接の虐殺によって、その数は激減していたのだ。
それにも関わらず、数万人とも思われる原住民が集まり、行進していた。
そして、アメリカ原住民たちは、ユニオン砦を包囲する連合国軍を更に包囲しようとでもするように、ゆっくり包囲を始める。
このまま行けば、ユニオン砦とアメリカ原住民に挟まれ、包囲されてしまう。
補給も出来なくなり、リッチバーグから得た情報が間違っていなければ、原住民の武器も潤沢だ。
とても、まともに戦える状況にはない。
そう判断して、シブレー准将は、ユニオン砦の包囲を放棄を決断する。
そして、既に確保しているクレイグ砦への撤退を命令することになるのだ。
そんな光景を見ながら、ユニオン砦にいるアメリカ合衆国軍の人々も驚きを隠せないでいた。
特に、義勇兵として参加している開拓者キット・カーソンの驚きは、その中でも最大のものであっただろう。
カーソンは、アメリカ原住民の知識も豊富で、原住民の言葉もある程度話すことが出来る。
それ故、目の前の光景が、どれだけあり得ないのかも理解出来てしまっていた。
「あり得ない。
どうして、こんな数の原住民が集まっているのだ。
この近くにいるアパッチ族、ナバホ族、アラパホ族、シャイアン族だけではない。
様々な部族、バンド(集団)に別れ、反目しているのが原住民の特徴ではないのか。
それなのに、何故、あらゆる部族、バンドが同盟でも組むように集まっている。
そんなこと、あるはずがないのに。
いや、それだけではない。
数が多すぎる。
この地域の全ての部族だけではない。
アメリカ中の部族を集めたとしても、これだけの数の原住民の戦士がいるはずもないのに」
愕然としたカーソンに憮然とした表情でジョン・チヴィントンが声を掛ける。
彼は、本来の南北戦争において、ニューメキシコ戦役で、南軍を破り、英雄とされたはずの男である。
「どんなに数が集まろうと、所詮は野蛮人だ。
どういう訳だか、アメリカ連合国の連中は、奴らを恐れ撤退したくれたようだがな。
弓矢しか持たない野蛮人など、倒してしまえば良いではないか」
若い頃はアメリカ原住民に対しキリスト教を伝道しようと、伝道師として活動をしていたチヴィントンであるが、その伝道はうまく行かず、原住民を悪魔の手先と憎むようになっていた。
その為、本来の歴史では、南北戦争後、原住民の虐殺までやらかすのが、チヴィントンという男であった。
だが、それをアメリカ合衆国軍西部方面司令のキャンビー大佐が宥める。
「いや、原住民が我らと戦う気がないならば、無駄な戦いを行い消耗をするべきではない。
まず、連中の真意を確認したいところではあるが」
彼がそう言うと、折よく原住民の群れの中から一人の男が白旗を掲げて、ユニオン砦に近づいてくる。
原住民の中でも大柄な男。
上半身裸で手に持つのは、巨大な白旗のみ。
原住民には珍しい縮れた髪を長く伸ばし、よく見ると背中にも馬の様な毛が生えている。
男は、ユニオン砦に近づくと、銃の射程距離からギリギリ外れた場所に立ち止まり、下手な英語で大声を上げる。
「私は、馬のたてがみを持つ男。
この大地から生まれた者たちを代表して、ここにやってきた。
攻撃はせず、砦に入れ、私の話を聞いて貰いたい」
その声を聞いて、キャンビー大佐は丁度良いと頷くと、男を砦に招く為の者を派遣することとする。
こうして、馬のたてがみを持つ男と、キャンビー大佐の会談が始まることとなるのである。
予定より早くなりましたが、キリが良いので、今日はここまで。
馬のたてがみを持つ男は、ユニオン砦に立て籠るアメリカ合衆国軍人たちと何を話すのか
そして、この会談がどんな結果を齎すのか。
次回をお楽しみに。
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