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第十三話 大西洋大海戦 その5 ポドマック川の死闘

大英帝国艦隊のワシントン奇襲攻撃は見事に成功。


しかし、ポドマック川にはアメリカ合衆国艦隊が殺到してきます。

「マズイな」


ポドマック川を遡って来る三艘目のアメリカ合衆国軍のコルベットを破壊するのを見ながら、土方歳三は小さく呟く。

その言葉を聞き逃さず、ジョン・ブルック中佐が面白そうに尋ねる。


「ほう、何がマズイと言うのですか。

確かに、大英帝国艦隊は最初の合衆国艦との接触では、多少の被害を受けました。

しかし、二艘目の接触からは、合衆国艦が来る度に、大英帝国艦隊はポドマック川の両岸沿いに艦隊を広げ、半包囲体制を敷いています。

おかげで、ほとんど被害もなく合衆国艦を倒すことに成功しているではないですか」


ブルック中佐の言葉に歳三は苦笑する。

完全に教師が生徒を試す口調だ。

ブルックは、日本での長い教官経験が癖になってしまっている様だ。

何がマズイか解っていながら、歳三の理解度を試そうと言うのだろう。


「確かに、戦術的には大英帝国が有利な状況にあるのでしょう。

目の前の敵を被害もなく、倒せているのですから。

ですが、戦略的には、マズイ状況にあります。

戦略目的として、大英帝国艦隊は、一刻も早くポドマック川を脱出しなければいけない。

それなのに、五月雨式にポドマック川に突入してくる合衆国艦に大英帝国艦隊の動きが止められてしまっています。

最初の接触で、先頭の艦が被害を受けたのが悪かったのでしょうが」


ポドマック川には、断続的にアメリカ合衆国のコルベット艦が突入してきている。

ワシントン奇襲の報を受け、頭に血が上った合衆国艦隊の船長たちが艦隊運動も取らずにバラバラに飛び込んで来ているのか。

それとも、遅滞戦術として、犠牲を覚悟で断続的に攻めて来ているのか。


歳三たちは、小規模に分散していた合衆国艦隊がニューヨークで再結集していた事実を知らない。

それ故、海賊行為を行っていた合衆国艦が、ワシントン襲撃の報を聞いて、バラバラに集まったのかもしれないと考えている。

だが、それでも状況が悪いことに代わりはない。

早く狭いポドマック川を出なければ、合衆国艦隊だけでなく、仏露連合艦隊まで集まってしまうのだから。


当然の事ながら、歳三も勝同様に日本の戦略目的は理解している。

日本としての戦略目的は、アメリカ南北戦争に、欧州を巻き込み、長期の総力戦を行わせ、欧米列強を疲弊させ、日本を侵略する様な余裕をなくさせること。

その為には、アメリカ合衆国、アメリカ連合国のどちらかが圧倒的に勝ってはならないのだ。

その点、今回のワシントン奇襲はうまく行き過ぎている。


ワシントン造船所は破壊され、多くのアメリカ人造船技師は犠牲となったことだろう。

それにより、アメリカ合衆国は海軍力を増強させることは難しくなることが想定される。

ワシントンの守りの要が破壊されたので、これから北上するアメリカ連合国軍がワシントンを占拠することも可能となるかもしれない。

その上で、カナダから大英帝国軍が南下してくるのならば、アメリカ合衆国は一気に壊滅の窮地の陥るかもしれない。


だから、大英帝国艦隊が、ここで被害を出す方がバランスとしては良い位だ。

被害を出すと言っても、全滅するまで大英帝国艦隊が戦うことはないだろう。

ポドマック川に封じ込められ、武器弾薬が尽きた時点で降伏するというのが、欧米人のいくさの流儀であることも歳三は知っている。

だから、大英帝国艦隊大西洋方面軍の旗艦に乗る歳三が犠牲となることもなく、大英帝国の戦力を削ることになるはずだ。


しかし、それでも、戦場で『負ける』ということになると不機嫌になるのが、歳三という男であった。


歳三がそう言うと、ブルック中佐は嬉しそうに頷き返事をする。


「実に素晴らしい。

トシ(歳三)は、目の前の戦場だけでなく、遥か先の戦局まで見えているようですね。

では、どうしてミルン司令は、すぐにポドマック川を出ようとしないと考えますか?」


「ポドマック川の出口で合衆国艦隊が半包囲体制で待ち構えていることを警戒しているのかもしれませんね。

俺が合衆国の司令官なら、艦隊運動など取らせず、全艦隊をポドマック川に向かわせます。

大西洋上、小規模に分散している合衆国艦隊の全てにポドマック川河口へ集合する様に指示するんです。

その上で、ある程度の艦が集まった時点で、一部の艦にポドマック川を遡らせ、遅滞戦術を行わせます。

そして、半包囲体制が完成すれば、大英帝国艦隊を待ち構え、ポドマック川を出て来た大英帝国艦隊を一気に叩く。

少なくとも、半包囲が完成しつつある可能性を考えて、ミルン司令は、ポドマック川を出ることを躊躇しているんでしょうね」


歳三がそう言うと、ブルック中佐は少し考えて答える。


「分散進撃からの包囲、一斉攻撃ですか。

軍事的な常識から言えば、考えられないことではありますが。

合理的ではありますね」


「俺の師匠の持論です。

戦争に時代や状況を飛び越えた一般原則は存在しない。

臨機応変に、状況判断を行えと」


歳三は少し誇らしげに話す。

ヨーロッパ滞在中、土方歳三を始め、吉田寅次郎、近藤勇、武市半平太、高杉晋作は、平八の助言を受け、ヨーロッパの小国の参謀総長への弟子入りをしていた。

その男は、かつてオスマン帝国の軍事顧問となった経験もあり、ヨーロッパ文化圏以外の人間の師となることに抵抗は少なかった。

むしろ、男は、オスマン帝国では聖職者たちの専横で思い通りに出来なかった分、弟子入り志願してきた日本人たちの従順さ、真面目さを非常に好ましいとさえ感じていた。

その男の名は、モルトケ。

後の世で大モルトケとも呼ばれ、平八の見た世界線において、プロイセン陸軍の土台を築き、プロイセン躍進の立役者ともなった名参謀である。


歳三は説明を続ける


「本来的に言えば、多少の犠牲を考えても、大英帝国艦隊は、すぐにポドマック川を脱出するべき状況です。

ですが、最初の合衆国艦との遭遇で、大英帝国艦隊は、多少なりとも被害を受けてしまった。

ワシントンでの戦いで完勝してしまったが故に、ミルン司令は、犠牲を出すことに躊躇を覚えてしまったのかもしれませんね。

いくさで、犠牲は付き物だって言うのに」


歳三の説明にブルック中佐は肩を竦める。


「それは仕方のないことです。

民主主義において、人命は守るべきもの。

被害を前提とした作戦を実施することは出来ません。

その辺りは、軍人として、日本が羨ましいところではありますが。

それでも、兵の命を大事にする、この体制を私は誇りに思います」


「でも、どちらにせよ、早く強行突破を決めなければいけない。

待っていれば、合衆国艦隊が集結するだけでなく、仏露連合艦隊まで到着してしまう。

そうなれば、いくら大英帝国艦隊でも、勝つことは不可能でしょう。

こちらはワシントン襲撃で弾薬もある程度使ってしまっている。

それに対して、敵は弾薬も、戦意も十分。

そんな状況を迎える訳にはいかない。

ならば、犠牲を覚悟の上で、中央突破するしかないでしょう」


歳三がそう言うと、ブルック中佐がため息を漏らす。


「せめて、大英帝国艦隊に、日本にある様な甲鉄艦(装甲艦)があれば。

防御力の高い甲鉄艦を先頭に敵包囲網を突破し、比較的安全に脱出する事が出来るのに」


ブルック中佐がそう言うと、今度は歳三が肩を竦める。


「生憎、日本艦隊はアメリカ大陸の反対側、太平洋にいますからね。

とても、助けに来られる状況ではありませんよ」


「それは解っているのですが、日本の軍事力を知っている私から見れば、実に歯がゆいものです」


ブルック中佐はそう言うと苦笑を漏らす。


二人がそんな事を話している頃、ミルン司令は二人の予想通り、中央突破作戦の検討を行っていた。

議題となっていたのは一点。

半包囲体制で集中砲火を受けたとしても、簡単には沈まない程、装甲の厚い艦を先頭に出すか。

速度重視で足の速い艦を先頭に出し、包囲網を混乱させ、一気に逃げるか。

いずれにせよ、時間との勝負。

あまり議論に時間を掛けられる状況ではなかった。


最終的に、ミルン司令が選んだのは、速度の速い艦を先頭に出し、合衆国艦隊の壊滅を目指す戦法。

スピード勝負で逃げた場合、うまくいけば、多くの艦が生き残れるかもしれない。

だが、同時に合衆国艦隊を壊滅させるという本来の目的を逸することにもなりかねない。

時間的に考えれば、まだ、バミューダ諸島から、仏露連合艦隊は到着していないはずだ。

ならば、集結が終わっていない合衆国艦隊を攻撃することは、敵の各個撃破にも繋がるはずだ。

ミルン司令はそう考えて、指示を出した。


軍事常識的に考えるミルン司令は、合衆国艦隊が艦隊運動も取らず、分散進撃しているなどとは考え付きもしなかった。

この時代の軍事常識では、ナポレオン戦争の頃の様に戦力の集中こそ重要であったのだ。

これに対し、軍事的素人のリンカーンは、ニューヨークの合衆国艦隊に艦隊運動を取らず、足の速い艦からワシントンに向かうことを指示していた。

このリンカーンの指示をアメリカ海軍の軍人たちが推敲。

歳三の予想した通り、分散進撃、包囲殲滅の作戦を取ることを決め、ポドマック川河口に、半包囲体制を敷いた上での遅滞戦術を行っていたのである。


こうして、ポドマック川河口において、大英帝国艦隊とアメリカ合衆国艦隊の死闘が展開されることとなる。


大英帝国艦隊にとって幸運だったことは、合衆国艦隊の集結が、まだ終わっていなかったこと。

大急ぎでニューヨークから駆け付けた合衆国艦隊であったが故に、脱落して、ワシントン到着が遅れた艦が相当数あったのである。

これにより、大英帝国艦隊は、数を減らした合衆国艦隊と戦うことになったのである。


これに対し、合衆国艦隊にとって幸運だったことは、曲がりなりにも半包囲体制が作られていたこと。

遅滞戦術と大英帝国艦隊の躊躇により、合衆国艦隊は完全ではないものの半包囲体制の構築に成功。

少数ながら大英帝国艦隊の包囲に成功し、集中攻撃に成功し、多くの艦に被害を与えることに成功したのである。


速度重視で選ばれた先頭のコルベット艦は河口を猛スピードで出ると、そのまま敵陣を目掛け中央突破を図る。

味方の艦が邪魔になり、突入して来た艦に攻撃出来なくなる米国艦隊。

その隙をついて、大英帝国艦隊は中央突破を果たした上で米国艦隊の背面に広がり展開。

遅れてポドマック川から出て来る装甲の厚い艦と一緒に米国艦隊を挟撃。

大英帝国艦隊は、狭い河から出てくる際に半包囲攻撃で受けた被害は大きかったものの、米国艦隊に痛撃を与えることに成功したのである。


その結果、大英帝国艦隊、アメリカ合衆国艦隊共に、大きな被害を受けることとなる。

包囲網を突破した大英帝国艦隊は、多くの艦が被害を受け、あるいは大破し、カナダへと脱出。

包囲網を突破された上で、自軍より多数の大英帝国艦隊に包囲、挟撃されたアメリカ合衆国艦隊は、壊滅的な打撃を受ける。

その上で遅れて来た合衆国艦も大英帝国艦隊に各個撃破されるか、逃げるかすることになる。

しかし、ワシントン造船所を破壊された合衆国に、これを修理する能力は失われていた。


この戦いにより、アメリカ合衆国は、大西洋方面艦隊のほとんどを失うことになったのである。

こうして、大西洋の制海権は大英帝国と仏露連合艦隊で争われることになる。


そんな中、ワシントンへと北上するアメリカ連合国軍。

これに、カナダ軍か加われば、戦局は一気に決定するかと思われた。


だが、この戦いを切っ掛けに、戦争は多くの人が予想もしていなかった方向へと動き出すことになる。

ワシントンでの大英帝国艦隊の攻撃は、ワシントンの大虐殺と世界に報道されることとなるのだ。


こうして、戦争の炎は更に多くの世界を焼くことになるのである。

さて、今回の戦いの結果がどんな影響を及ぼすのか。

長かった大西洋大海戦も、これで一段落。


次回は「第十四話 広がる戦火」の予定です。


お楽しみに。


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