第八話 The Greatest War
植民地の独立運動に苦しむ大英帝国がアメリカ合衆国に宣戦布告する中、フランス、ロシアは大英帝国に宣戦布告します。
今回は、宣戦布告したフランス、ロシアのお話になります。
アメリカ大陸で始まった内戦が拡大し、世界大戦、The Greatest Warと呼ばれるに至った理由は幾つか存在する。
まず第一に、戦争の舞台が世界全体に広がったこと。
これに関して、その前に行われたクリミア戦争でも、クリミア半島以外でも、ロシアとイギリス、フランスが、アジアなどで戦闘を行っていたではないかとの意見も存在する。
だが、この世界大戦で行われた戦いの規模、死傷者及び被害の量が圧倒的であったのだ。
まずは、主戦場となるアメリカ大陸。
ここでは、未曾有の規模の激戦が展開されていた。
単純な損得勘定を越えた主義主張のぶつかり合い。
それが、妥協を許さない状況を生み、講和の可能性を低くし、犠牲を大きくしていったのだ。
これまでの戦争は、現有戦力がなくなれば、それで終わり。
だが、この世界大戦は史上初の総力戦が行われたのである。
そして、奴隷人権宣言によって、活性化した世界各地の植民地の独立運動。
この独立運動は、宗主国との決戦を避けるゲリラ戦という形で長く継続的に行われていった。
その結果、宗主国と植民地との間の経済は大きな打撃を受けた。
特に、大戦の初期において、大英帝国は多大な犠牲を強いられたと言う。
この中には、アジアのインド、インドシナ半島なども含まれた。
更に、戦場は大英帝国、フランス、ロシア帝国の参戦により、ヨーロッパにも広がる。
特筆すべきは、英仏露の不在を利用して台頭するプロシア王国の存在だろう。
プロシア王国は、クリミア戦争におけるロシアの勝利を警戒し、軍備を増強していた。
そして、英仏露が互いに牽制し合う中、プロシアがドイツ統一戦争に乗り出したのである。
この年、1861年皇帝の交代により、平八の夢よりも数年早く宰相の地位を得たビスマルクの戦略が功を奏した形である。
プロシアを率いるビスマルクは、この年イタリア統一に成功したばかりのイタリアを巻き込み、デンマーク、オーストリアと凄惨な戦いを繰り広げることとなるのである。
その他、中国大陸では、清国と太平天国の内戦が継続されており、アフリカでも南アフリカなどでは奴隷賛成派と奴隷反対派が紛争を繰り広げることとなる。
この時代、戦争に係わらなかった地域は少なく、戦場とならなかった日本は貿易で特需を迎えたとさえ言われている。
世界大戦と呼ばれた第二の理由は、戦前と戦後で世界の常識が一変してしまったということであろう。
奴隷解放宣言と奴隷人権宣言が、それまでの思想、労働環境、社会保障、差別などの様相を一変させてしまったのである。
それは、フランス人権宣言やアメリカ独立宣言に匹敵する大きな歴史の転換点であるとも言われている。
世界大戦後、大戦前は当然とされていた人種差別は非難の対象となり始める。
人種差別をはじめとするあらゆる差別に対する抗議運動が起こる様になり、植民地では独立運動が活性化される様になった。
更に、奴隷たちは奴隷人権宣言の順守を求めるようになり、労働者たちは奴隷にすら認められる権利を資本家に求めるようになっていったのである。
この世界大戦によって、人類の歴史は百年、その歩みを早めたと言う歴史学者までいる程である。
だが、当時の各国の関係者に、そんな先のことまで考えていたものは、ほとんどいなかっただろう。
人類の未来などという壮大な物ではなく、ただ自国の利益だけを考えて行動し、結果として、歴史が大きく動くことになったのである。
その一例となるのがナポレオン三世である。
大英帝国のアメリカ合衆国に対する宣戦布告にナポレオン三世は困惑していた。
植民地で起きる独立運動を牽制する為に、アメリカ合衆国に抗議するのは解る。
それ程、あの奴隷解放宣言は刺激的な存在だ。
だが、それなら、大英帝国は、アメリカ合衆国には抗議するだけで、後は植民地の行政を良くすれば済む話ではないかとナポレオン三世は考える。
現在、植民地独立戦争が起きるのは大英帝国の支配する地域ばかりだ。
それは、黒幕の戦略的判断によるものだ。
世界同時の反乱よりも、まず大英帝国で植民地独立の実績を作った方が成功しやすいだろうと言う戦略。
が、そんな事情を知らないフランスなどの列強各国は、植民地独立運動を他人事の様に考えている。
自分の支配する植民地にも、独立運動が起きるなどとは夢にも思っていない。
大英帝国の植民地統治が悪いから反乱が起きている様にしか感じられないのだ。
それ故、ロシア等、欧州列強の中には、大英帝国の足を引っ張る為に、植民地独立運動を支援する勢力も存在したのだ。
それが、自分にもいつか返って来る牙であることに気が付きもせず。
そんな事態を気付きもせず、ナポレオン三世は尚も考える。
大英帝国が、繊維産業を守る為、アメリカ連合の綿花を確保したいことは理解出来る。
ならば、大英帝国は、アメリカ合衆国が、アメリカ連合に向かう商船に規制を掛けるのを抗議するだけで十分ではないか。
大英帝国の商船を攻撃するなと言われれば、アメリカ合衆国でも聞かざるを得ないはずではないか。
それなのに何だって、大英帝国は、アメリカ合衆国への宣戦布告、大西洋への英国艦隊の出撃までやってしまうのだ。
短気のヴィクトリア女王に、徹底した合理主義者のディズレーリの組み合わせは、想像以上に危険な組み合わせの様だとナポレオン三世は考えていた。
大英帝国のアメリカ合衆国への宣戦布告は、アメリカ合衆国の奴隷解放宣言を絶賛したナポレオン三世としては、看過することの出来ない事態だった。
奴隷解放宣言の評判は、民衆の間でも高い。
フランスの誇る人権宣言の後を継ぐものと考えられ、自由、平等、博愛を主張するフランス共和国の標語にも一致するものであった。
だからこそ、ナポレオン三世は奴隷解放宣言を絶賛し、アメリカ合衆国の支援を申し出たのである。
だが、そこには、当然、打算も存在した。
つい最近までイタリア統一戦争の支援をしていたフランスとしては、実際に戦争などしたくはないというのが本音だ。
戦争など、長くすれば、どうしたって国が疲弊するものなのだから。
だから、圧倒的に優勢で勝つに決まっているアメリカ合衆国を支援すると宣言したのだ。
言うだけなら只。それで、フランス市民の支持が得られるのだ。
支援すると言ったところで、アメリカ合衆国のリンカーンがフランスに支援を要請などするはずはない。
ナポレオン三世は、そう考えていたのだ。
だが、大英帝国がアメリカ合衆国に宣戦布告するとなると、状況は大きく変わってしまう。
世界一の海軍国の大英帝国の参戦は、アメリカ合衆国を一気に不利な状況に追い込んでしまう。
そんな状況で、リンカーンがフランスに支援を求めてきたら、どうすれば良いのか。
ナポレオン三世は頭を抱えることになるのである。
もし、リンカーンがナポレオン三世に支援を求めてきたら。
支援すると宣言した手前、ナポレオン三世はリンカーンを無視することは難しい。
そんなことをすれば、ナポレオン三世はフランス市民の支持を失ってしまうだろう。
だが、フランスは伝統的に陸軍が主力の陸軍国家である。
フランスの海軍力だけでは、どうやっても大英帝国に対抗出来ない。
そんな中で、大西洋の彼方にいるアメリカをどうやって支援すれば良いのか。
悩むナポレオン三世に、ロシア帝国外相ゴルチャコフ公爵が現れる。
クリミア戦争に勝ち、念願のバルカン半島支配に成功したロシア帝国であるが、全てが順風満帆と言う訳ではない。
元々、国力を単純に比較すれば、ロシア帝国は、まだ産業革命に成功していない発展途上国でしかないのだ。
それが、戦術、戦略、政略で、国力以上の勝利を得たに過ぎない。
実力に見合わない勝利。
それを補う為に、暫くは戦争を避け、産業振興を行い、国力を増強することが、ロシア帝国にとって最善の一手であったのだろう。
しかし、クリミア戦争による勝利の果実はロシア帝国上層部にとって甘過ぎた。
こんなに簡単に利益を得られるなら、どんどん戦争するべきではないか。
地道な農奴解放や産業振興など、面倒なだけではないか。
そんな考えがロシア帝国の上層部に蔓延し始めていた。
おまけに、産業振興しようにも、ユダヤ人の財閥からの投資が明らかに減り始めている。
シベリア開発が進まないことは勿論、手に入れたバルカン半島の産業振興の資金も滞るほどだ。
これは対ロシアに限られたことではない。
実際、ユダヤ人の投資は世界規模で減っていて、スエズ運河の開発も停滞状況にある。
これらのことから、欧州ではユダヤ財閥は、クリミア戦争で大損害を被ったのではないかと噂されている。
まあ、実際のところ、ユダヤ資本はユダヤ独立の為、日本に流れ込み、日本の産業振興に使われているのだが。
ユダヤの友である日本が産業振興に成功し、独立を確保出来るようになった方が、ユダヤの独立に有効である。
そんな判断の下、ユダヤ人たちは世界各地の産業振興から手を引いていた。
そして、鎖国下で誰にも知られることなく進む日本の産業革命。
だが、万が一、そんな事情を列強国に知られれば、日本が列強国の敵意を買いかねない。
だから、ロスチャイルドをはじめとするユダヤ財閥は、投資の失敗を装っていたのである。
そんな事情で、ロシアの産業振興は資金不足でうまく行かなくなっていた。
そして、ロシアの産業振興の失敗は、ロシアの傘下に入ったバルカン半島の住民だけでなく、ロシアの農奴の間の不満の原因となり始めていた。
戦争に勝利すれば、良い思いが出来る。
美味い物を腹一杯食べられる。
そう思うから、独立し、戦争に協力したのに。
生活が改善されないことから、ロシア傘下の人々の間でロシア帝国への不満が燻り始めたのだ。
その為にロシア帝国が選んだのは、外に敵を作ること。
国内の不満から臣民の目を逸らすのに、一番安易な手段を選んだのだ。
ロシア帝国臣民の生活が良くならないのは、大英帝国がロシア帝国に資金が回らないように裏で手を回しているから。
大英帝国を打倒すれば、ロシア帝国臣民の生活は改善される。
そう教え込むことを選んだのだ。
そんな状況であるから、ロシア帝国は産業振興よりも、軍備増強に資金を使い始めていた。
1857年、クリミア戦争に勝利して以来、バルカン半島に成立させた衛星国家ブルガリア公国に海軍基地を作り、新型のスクリュー型蒸気船を建造していたのだ。
黒海艦隊がエーゲ海に移り、4年間にわたり増強したロシア海軍。
ロシアはフランスと同様、本質的に陸軍国家である。
海軍は決して強くはない。
実際、クリミア戦争では時代遅れのロシアの外輪船は、大英艦隊に攻撃され、大損害を被った程なのだ。
だが、大英帝国の覇権に挑戦するならば、どうしても、海軍力の増強が必要だった。
そんな中、アメリカ南北戦争が勃発し、大英帝国がアメリカ合衆国に宣戦布告を行ったのだ。
現在、英国海軍は世界中の植民地の独立戦争に翻弄されている状況。
とてもではないが、海軍力を大西洋に集中出来る様な状況にはない。
そんな状況下でも、新興国のアメリカの艦隊程度なら倒せるかもしれない。
だが、その後ろから、新生ロシア艦隊が襲撃すれば?
さらに、ロシアだけでなく、フランス艦隊も共にあるならば。
勝利を確信したロシア外相ゴルチャコフ公爵は、ナポレオン三世に提案する。
大西洋大海戦の開幕である。
さて、大西洋大海戦はロシアの思惑通りに進むのか。
次回は「第九話 大西洋大海戦」です。
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