第二話 アメリカ南北戦争概略
西郷の死から3年。
日本は植民地に武器を売り、武器商人として儲けていきました。
そんな中、アメリカ南北戦争が始まります。
アッシの夢の中で見たアメリカ南北戦争。
そいつは、アメリカの黒人奴隷を解放する為の正義の戦である様にアッシは思っておりました。
ですが、象山先生は簡単に納得されませんでした。
象山先生は、南北戦争の経緯に強い関心を持ち、何度も状況を確認して来られましたのでございます。
「うむ、そうすると、北軍と南軍では軍の規模に差があったというのだな」
「へえ、確か、人口も兵力も倍以上、北軍の方が南軍よりも多かったと」
アッシが応えると象山先生が尋ねます。
「兵力が倍以上にも関わらず、戦の終結まで4年も掛かったのか。
やはり、おかしいな」
象山先生が呟くと勝さんが横から口を挟みます。
「そいつは、北軍も南軍も戦を避けたからじゃありませんか?
元々は同じ国の仲間。
そいつが、殺し合いをすることを躊躇った結果、戦が長引いたとか」
勝さんの言葉にアッシは記憶を探って応えます。
「いや、それはないかと。
南北戦争の犠牲は、確か60万人以上。
その上で兵士だけでなく、民草も5万人以上が犠牲になったとか。
この犠牲者の数はアメリカの歴史の中でも最大。
その後に起きる世界大戦と呼ばれる戦よりも、アメリカでは多くの犠牲が出ているとのことでございます」
その驚くべき多数の犠牲者に勝さんは息を飲み、象山先生は首を振る。
「身内同士の戦の方が凄惨になる傾向があるということなのかもしれぬな。
平八君が夢で見たという分裂した日ノ本の戦も、その様な戦になるということか」
「ええ、それは悲惨なものだったと聞いております。
だから、勝さんは薩長側の大日本帝国だけでなく、勝さんの所属する正統日本皇国にも嫌われようと、戦を止めようとされたとか」
アッシがそう言うと勝さんはため息を吐く。
「そんな、やってもいねぇことを話されてもなぁ。
じゃあ、平八つぁん。
どうして、アメリカ南北戦争は圧倒的な兵力差にも関わらず長引いたんだ?」
そう言われてアッシは思い出して応えます。
「もともと、北部、南部、共に戦などするつもりがなく、準備不足であったことが一つ。
どっちも、戦までするつもりはなかったんですな。
だから、兵も武器もロクな準備もなく、小競り合いから戦になっちまったとか」
「だから、一気に決着がつかなかったってことかい?
だけど、それが長引く理由にはならねぇと思うんだが」
勝さんが、そう言うとアッシは続ける。
「それから、開戦当初、北軍と南軍では、戦意に大きな違いがあったのも理由かと」
「そいつは、どうしてだい?」
「南軍側は単純です。
己が生活を守る為。
戦端を開く元となった攻撃を開始したのは、南軍側ですが、その目的は北軍から独立すること。
奴隷を奪われないこと。
つまり、守ることが目的であった訳でございます。
これに対し、北軍側は戦う目的が今一つ、はっきりしない。
南軍が独立したいなら、独立させれば良いのではないかと考える人々もいて、国論が統一されなかったと記憶しております」
「確かに、それじゃあ、戦う気にならねぇのも解るな」
「ええ、開戦の次の年に、奴隷解放宣言が行われて、奴隷を解放することが大義であるとされるまでは、北軍側の戦意は決して高い物ではなかったと思います」
「なるほどな。
奴隷解放が大義とされ、それで北軍は戦う気になったという訳か」
「へえ、それが、欧州でも高く評価されていたかと」
「植民地を作り、原住民たちを虐げておきながら、よくそんなことを言えたものだな」
象山先生が鼻で笑うのをアッシが宥める。
「まあ、誰でも自分の姿というのは、よく見えないものでございますから」
「だが、奴隷解放宣言一手で北軍を戦う気にさせた北軍の指導者はたいしたものだな」
「いや、それだけではないぞ、麟太郎君。
リンカーンなるアメリカ君主は、更に広い視野で盤面を眺めておる」
象山先生はそう言うと楽しそうに笑う。
このお方は、他の人が自分より重用されると嫉妬する癖に、それ以上に頭の悪い方に振り回されることが嫌いな様で。
多分、無能な味方より、有能な敵の方を好まれる傾向があるのですな。
実に面倒な方でございますよ。
そんな風に考えていると、象山先生が更に先を促す。
「平八君、他に、北軍が南軍に簡単に勝てなかった理由はないのか」
「もう一つの理由として、北部の優秀な軍の指揮官が北部を離れ、南部に合流した為に、北部は中々戦に勝てなかったと聞いております」
「一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れは、一頭の狼に率いられた羊の群れに敗れると欧州を占領したナポレオンという将軍の言葉があるが、それは事実ということか」
象山先生が感心した様に呟くと、勝さんが声を上げる。
「でも、象山先生、そいつはおかしくありませんか?
北軍は、奴隷解放を大義として戦っているんでしょ?
で、南蛮の連中は、それを大義として認めているってのが、平八つぁんの話。
じゃあ、どうして、北軍の指揮官は大義を捨て、南軍の支援に行ったんでさぁ?」
そう、確かアッシの夢の中でも、奴隷解放は大義として各国に認められていたはず。
まあ、奴隷は解放されても、白人が偉くて、他の有色人種は劣っていると見下されてはおりましたが。
南部に合流した将軍たちは、どうして北部を見捨てたんでしょうか?
「南軍の最高指導者、アメリカ連合国大統領となっていたのは、元軍人であったとも聞き及んでおりますが」
アッシが推測を告げようとすると、象山先生がアッシの言葉を遮り尋ねる。
「平八君、確認したい。
南北戦争後のことだ。
南北戦争では北軍が勝ち、奴隷は解放されたと言う。
では、解放された奴隷はどうなった?」
「解放されましたから、勝手にして良いと言うことになったと思いますが。
南部では、元黒人奴隷への風当たりは強くなったとも言いますなぁ」
「それに対し、勝った北軍の政府はどう対応した?」
象山先生に言われて、アッシは頭を捻って思い出す。
「特に何かやったとか、そういう記憶はございませんな」
リンカーン大統領は奴隷解放の父と呼ばれているようではございますが、人種差別主義者でもあったような話がチラホラ聞かれます。
あのお方は、信念に基づき、奴隷を解放したというよりは、奴隷解放を求める人々がいたから、その時流に乗り、戦に勝つ為に奴隷解放を利用した方なのかもしれませんな。
アッシがそう答えると呆れたように象山先生が呟く。
「つまり、北軍が現実の状況に関係なく、理念に基づき奴隷を解放し、その後始末もせずに放置したということか」
「ですが、リンカーンの目的は国家の統一。
奴隷だのアメリカ原住民の運命だのは二の次だったのでしょう。
それでも、リンカーンはアメリカ史上、最も偉大な大統領であると言われていると聞いております」
象山先生はアッシの答えを、鼻で笑う。
「それならば、北軍の指揮官が南軍に合流した理由も解る。
南軍に合流した指揮官は、北軍に大義はないと思っていたのだろう。
感情的な奴隷解放の声。
だが、その先、何も考えてはいない。
物事を論理的に考えねばならない軍人ならば、譲れぬところだったのであろうな」
そう言うと象山先生は続ける。
「白人の多くにとって、奴隷も家畜も変わらぬ財産だ。
そう考えてみれば、解るであろう。
馬が働かされるのが可哀想だから、解放するべきだと言われたら、誰が納得する?
奴隷を買うのに金は掛かる。
その上で、奴隷の労働力がなければ、農場を運営出来ない。
それなのに、可哀想だからと、何の補償もなく奴隷を奪うことの何処に大義がある?」
「そいつぁ、無理ですぜ」
勝さんが苦笑すると象山先生が応えられます。
「だが、現実を見ず、頭の中で考えた理念だけで動く人間は少なくない。
攘夷論なども、その典型だな。
実現出来もしないのに、大義の名の下に暴走する」
「大義の名の下に暴走するだけじゃ、勝つに勝てねぇでしょ?
論理的に筋道立てて考えられる有能な軍人が抜けて、残るのはてめぇで考えられない武人ばかり
そんな状況なら、北軍が苦戦するのも納得でさぁ」
「最初聞いた時は、倍以上の人口と兵力がある北軍が南軍に簡単に勝てぬことが不思議であったが、今では逆に勝てたことが不思議だな。
北軍は、何故、南軍に勝てたのだ?
奴隷解放宣言による戦意高揚の効果が、そこまで大きかったのか?」
「いえ、北軍が最終的に勝てた理由は二つでございましょうな。
一つは、北軍の中に新たに優秀な軍事指導者が登場したこと。
人口が多いから優秀な軍人が生まれる可能性が大きかったのかと。
特に、飲酒が理由で退役させられていたグラントなる物は、戦の形、そのものを変えてしまったと言われる程、優秀な軍人であったと記憶しております」
「酒程度で辞めさせられたのかい?
アメリカってのは、お堅い国だねぇ」
勝さんが茶々を入れるのに、アッシは頷いて返す。
日ノ本では、酒を飲んでも仕事が出来れば問題なし。
むしろ、豪傑と言われる傾向さえありますからな。
「そして、もう一つの理由は、戦の形が変わったことでございましょうな」
「戦の形が変わる?」
「はい。
これまでの戦は、与えられた兵力を基に勝敗を決めておりました。
将棋と同じ様な感じでございますな。
ところが、この戦から、総力戦という戦いに変わっていくのでございます」
「総力戦?」
「はい。
今いる兵力だけでなく、新たに作れる武器、武装など、工業力、生産力も兵力に換算される様になってくるのでございます。
その為、工業生産力に優れた北軍が、徐々に有利になって参ります。
今、父島におられるブルック様も南軍に参戦し、甲鉄艦という鉄で出来た新兵器を開発されるのですが、甲鉄艦の有用性を見抜いた北軍は、甲鉄艦を大量生産して、ブルック様を苦しめたと聞いております。
また、先程、お話したグラント将軍の部下のウィリアム・シャーマンなる者は、敵の生産力を落とす事が勝利に近づくと南軍の都市の焼き討ちを行ったとも聞いております」
「それで民草に5万人も犠牲が出たって訳か。
戦なんざ、兵同士で勝ち負けを決めれば良いのになぁ」
勝さんが嫌そうに呟くと象山先生が応える。
「だが、合理的だ。
戦に勝つには、現在の兵力だけでなく、それを生み出す工業力が重要となるのも、納得出来る話。
ならば、武器・食料を作れなくする様、生産地を攻撃するのも論理的な事だ」
そう言うと象山先生は何かブツブツと呟き始める。
その様子を見た勝さんが、象山先生に尋ねる。
「ですが、先生。
何だって、アメリカの戦に、そんなに関心を持たれるんですか?
所詮は異国での話じゃぁございませんか」
勝さんが尋ねると象山先生は肉食獣の様な獰猛な笑みを浮かべて応える。
「麟太郎君は、まだ解らぬか?
僕は平八君のおかげで、爆発的に視野が広がったのだ。
160年先の世の話。
地球の話。
それらを知れば、アメリカで起きる事も、関係ないことではない。
地球の一角で起きる話であると理解出来る。
そして、アメリカで起きる事も、地球全体に影響を及ぼすのだよ」
「そいつぁ、おいらでも解りますが、何だってアメリカなんですか?」
「別にアメリカだから、という訳ではないのだがな。
僕は、ここに地球を大きく変えられる分岐点があると見込んでいる」
そう言うと象山先生は、計画を話始められました。
南北戦争を利用して、地球を揺るがす大計画でございます。
アッシの正直な感想は、もう壮大過ぎて、呆れちまう程でございました。
そいつは、勝さんも同じだったようでして。
疲れた様に呟かれます。
「先生、そいつは完璧な騙りじゃないですか?
そんな事、本当に出来るんですか?」
「当然だ。僕は天才だからな。
準備の時間はたっぷりある」
「確かに、うまく行けば、騙された連中は、騙されたことにさえ気が付かず、踊ることになるんでしょうが」
「兵は詭道なり。
それが兵法の大原則だ。
元を正せば、アメリカが武力によって、我らを脅してから始まったこと。
云わば、アメリカから始めた戦い。
騙されて怒る筋合いでもないだろうよ」
そう言うと、象山先生はアメリカに行く勝さんに指示を出し始めたのでございます。
北軍で活躍することになるはずのグラント将軍をみつけて、日ノ本に軍事教官として誘致すること。
アメリカの技術者を日ノ本に誘致すること。
そして、勝さんと一緒にアメリカ視察団でアメリカに行く龍馬さんや西郷様にも伝えるよう指示を出されます。
そう、ここまでは全て、今から6年も前の話。
そして、あれから6年という時が経ち、象山先生の計画は順調に展開して参りました。
日ノ本の武装は順調に増強され、ライフル銃、ガトリング砲、甲鉄艦が増産されております。
そんな中、国防軍経由で象山先生に面会の依頼が参ります。
アッシの夢の中では、南軍の将軍の一人として南北戦争に参加することとなるジョン・ブルック大尉との面談でございます。
と言う訳で、今回はアメリカ南北戦争を知らない方にも、解りやすくを目指して、6年前から進んでいた計画のお話でした。
解りやすくなっていましたでしょうか?
そして、佐久間象山に面会を求めて来たブルック大尉が何を語るのか。
次回をお楽しみに。
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