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第十話 対馬要塞

日本商社が島津斉彬と小栗忠順の指導で動き始める中、今回は対馬に舞台を移します。


ちなみに、第9回ネット小説大賞の2次選考には落選してました。

それで、慌てて、HJ大賞とか復活させたり、他の賞への応募も再開しました。


何処か、引っかかってくれる所があると良いんですけどね。

応援よろしくお願いします。

対馬とは、山がちな大小100を超える群島からなる地域の事を言う。

地図で見ると、大きな二つの対になる島からなる様に書いてあることも多い。

だが、実際は、二つの島以外にも、その周りに大小多数の島が存在し、その中には、居住可能な島も存在するのだ。


その様な状況で、幕府は異人との交易の地を対馬の北の外れ、海栗島うにしまに定めていた。

朝鮮までの距離は約10里(40km)。

広さは約13町(13万平方メートル)

リアス式海岸で海岸線は長く1里(4km)もある。

名前の由来は、良質のウニが、この島の近辺で取ることが出来たからだと言う。

ここに長崎の出島の様に異人が滞在出来る宿を作り、街を作り、異人たちには船で来て貰って、同じく幕府の船に乗ってやって来る日本の商人たちとの取引をして貰うのである。


対馬群島は、全土に渡って山がちである。

それ故、耕作地を確保することが難しく、農耕には向いていない。

山の木を切って林業をしている人間も多少は存在するが、それまでの主な産業は漁業。

それ故、異国の船が頻繁に来ることになることを、当初、領民は不満に感じていた。

何しろ、漁船であろうと海栗島近辺に近づくことが禁じられてしまうのだ。

その上、異人の船が頻繁に来るならば、漁業の邪魔にもなる。

幕府は、海栗島と対馬に作られる海軍基地の使用料を藩には支払っていた。

だが、領民に直接、金銭が支払われる訳ではない。

領民が不満を感じても不思議はないことだったであろう。


しかし、交易が始まってみると、領民の不満はあっという間に雲散霧消する。


何しろ、これまで漁業しか産業のない、只の辺境に過ぎなかった島国に、大量の人と物と金が流入するのだ。

異人が来るのは海栗島だけで、他の島にはやって来ない。

だが、それを警備する人々、異人と交易をする人々が対馬に集まるのだ。

その滞在の為の街が作られ、交易や滞在の為の物資を貯蔵する倉庫が作られる。

異国との重要な接点という事で、防衛の為に港が整備され、防衛の為の基地まで作られ始める。

そこには、領民の為の仕事は幾らでもあり、領民たちはあっと言う間に驚く程豊かになっていったのだ。

衣食足りて礼節を知ると言う言葉があるが、生活が楽になって文句を言うものは、ほとんどいなかった。


異人は良く知らないが、海栗島から出てくる訳ではない。

対馬の領民が実際に接するのは、交易の為に集まる金払いの良い商人たち。

対馬防衛の為に集まる規律正しい海軍の面々、治安維持の為に訪れる国防軍の面々である。

彼らを、対馬の領民は快く受け入れていた。

ちなみに、治安維持の為の対馬に滞在する国防軍に、水戸藩所縁みとはんゆかりの者が多かったことは特筆すべきであろう。


ここ数年で水戸藩程、大きく、その立ち位置を変えた藩は存在しないだろう。

面白いのは、水戸藩士たち自身が、それを変節とは感じていないことだ。

日本が世界一素晴らしい国であるという水戸学の根本は全く揺らいでいない。

だが、実際に、異国や異人と接し、異国や異人を肌で知ることによって、水戸学はより現実的で強い思想へと変貌を遂げていたのだ。


もともと、水戸学は観念論的な思想であった。

儒教の考え方に基づけば、武力でなく徳で治める者こそ、真の王者とされている。

これに対し、大陸では覇者が武力で治める国ばかりであり野蛮な蛮族の国ばかりである。

それ故、2000年に亘り徳で日ノ本を治めていた天子様(天皇)こそ、真の王である。

それ以外は野蛮な穢れであるとして、尊王を旨としていたのが、水戸学であったのだ。

その主張には、もしかすると、同じ徳川家康の血を引きながら、徳川家宗家には頭が上がらないという水戸家の鬱屈した不満という要素も含まれていたのかもしれない。

しかし、徳川家が言い出した思想であるが為に、その思想は広まっても、その大元である水戸藩が弾圧されることはなかった。

単純に天子様の味方を善、天子様に敵対する者を悪とする思想。

その思想は、水戸藩の影響の下、全国に広がっていく。

その結果、平八の夢では、水戸学の尊王思想と、異国を穢れと取る攘夷思想が結びつき、尊王攘夷となって倒幕運動へと結びついて行ったのである。


しかし、平八たちの介入は水戸藩と水戸学を大きく変貌させていた。

より現実的で寛容なものへと。

始まりは、小笠原諸島遠征(第三部第十五話)か樺太出兵(第三部十七話)か。

現実の異人をロクに知らずに、異人を穢れと思い込んでいた水戸学の志士達が、異人と交流したのが始まりだろうか。

それとも、今は亡き水戸学の重鎮である藤田東湖が、「異人であろうとも清い日ノ本の天子様を慕うならば、寛容さを示すべき」との考え方を受け入れた時からか。


その変化は、水戸藩及び水戸学を学ぶ者の中でも、攘夷に燃える最も過激な連中が、小笠原諸島や樺太に駆けつけたことから始まったのかもしれない。

駆けつけた彼らの行動の根本は攘夷であり、異人を日本から叩き出すことだった。

だが、行ってみれば、殺し合いが始まったりはしなかったのだ。

交渉と大胆な戦術で、実際に被害者を出す前に異人との接触は終わり、降参した異人達との交流が始まってしまった。

その上、樺太でロシア人と暮らす水戸藩の人間は、吉田寅次郎の影響でロシア語の習得まで始めてしまう始末(第四部第二十二話)。


その後、樺太に滞在した者の一部は斉昭の伴としてロシアに渡り、残された水戸藩にも、一橋慶喜の欧州視察に参加した者もいたと言う。

結果として、日本の中で、恐らく最も国際的経験が豊富となってしまった水戸藩。

実際に、異国を知った彼らは、無闇に異国を穢れと排斥することはなくなった。

観念的な善悪ではなく、現実を知り、他者と己の違いを十分に理解したのだ。

彼らの多くは、異国の力の脅威を正確に認識していた。

そして、同時に、世界中で日本以上に長く続く王朝がないことも認識したのだ。

水戸学の根幹は、長く徳で領地を治める王への敬意。

その気持ちは、異国を知る以前よりも強くなり、日本の秩序、清潔さ、美しさ、異国と比べなければわからなかった日本の素晴らしさに気付かされ、日本に対する誇りを強めていったのだ。

そして、その根拠のある誇りは、他者への寛容へも繋がる。

日本が、この様に素晴らしい国であるのだから、異人が憧れても仕方ないではないかと感じるようになっていく。

日本を侮る者には怒りを向けるが、日本に好意を示す者に対しては好意を示すようになる。


水戸藩と水戸学は、たった数年で平八が夢で見た物とは、全く別物となっていたのだ。


「下村さん、こんな所で休んでいたのですか?」


声を掛けられた下村嗣司(芹沢鴨)は、振り返ると自分の隊の隊長の大鳥啓介(25歳)と伊藤甲子太郎(22歳)が迎えに来ているのを確認し、不満気に鼻を鳴らし応える。


「休んでいだのではねえ。海見でいだんだ」


「海を見たって、何も変わらないでしょ?

さっき、朝暘丸が対馬要塞に到着しました。

そろそろ、警備に戻って頂かないと」


大鳥圭介がそう言うと、下村がため息を吐いて応える。


「まだ警備が。

俺は、戦いだぐで北蝦夷に向がったんだ。

戦になれば英雄になれっからな。

それが、何の因果が、一度も刀抜がぬまま、ロシアを廻り、戻って来れば訓練に、警備の仕事ばがし」


自分の功名を素直に求める下村の言葉を、まだ若い伊藤甲子太郎が責める。


「功名争いが目的ですか?

大事なのは、異国から日ノ本と天子様を守ることではありませんか」


二人の間に緊張感が流れるのを隊長である大鳥が宥める。


「まあまあ、その辺は下村さんも解っていることでしょう。

ただ、日ノ本を守ることが目的であったとしても、活躍したいと思うのも、また人情。

人として仕方のないことでしょう」


この時代、陽明学が浸透している時代である為、利を求める者を軽蔑する風潮が存在していた。

陽明学は結果よりも、動機の純粋さを重視する学問。

それ故、正しいと思ったら、結果など考えずに、すぐに行動する、知行一致をすることを声高に叫ぶ者が大勢存在した。

学ぶだけ学んで行動しなければ学問を盗む、学盗人である。

行動してみて失敗しそうだから、実行を延期するのは卑怯であるというのが、この時代の多くの武士の感覚だったのだ。

だから、平八の夢の中では、多くの志士が自分たちが信じる『正しさ』の為に、互いに剣を抜き、殺し合ったのである。

その辺り、江川塾で学んでいる大鳥は、同じ適塾で学んだ村田蔵六程ではないにせよ、十分に合理的思考を持っていたので、手柄を立てたいと考える下村に嫌悪感はなかった。


「だいたい、下村さんは、ロシアまで行ったのだから、ロシア語も話せるのでしょう?

それなら、北蝦夷(樺太)に残った方が、良かったのではないですか?

北蝦夷も、日ノ本を守る要の地の一つですからね」


大鳥がそう言うと、下村は目線を逸らし海を眺めながら不満げに呟く。


「北蝦夷はすごぐ寒いんだよ。ロシアもな。もう、寒いのはコリゴリだ。

それで、こご対馬も日ノ本守る要の地だど聞いだので赴任希望したのだが」


寒いから異動を希望した下村の素直さに大鳥は苦笑するが、隣の伊藤は苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「ロシア語が解るなら、北蝦夷に残り、ロシアと戦った方が日ノ本の為になったのではありませんか。

それを寒いから、対馬に移って来るなど」


伊藤が再び責めるのを大鳥が取り成す。


「いやいや、確かに、条約では対馬には、ロシア人は来ないことになっている。

ロシアとの交易の地は北蝦夷にすると定めたからな。

しかし、万が一、ロシア語が解る者が必要となった時、ロシア語が解る者が誰もいないのでは困るではありませんか。

そう言う意味では、下村さんが対馬に来て下さったことは有難いことですよ。

少なくとも、伊藤さんよりも、異人と言葉が通じるようですしね」


大鳥がそう言うと、伊藤が嫌な顔をする。

この大鳥圭介という男は、江川塾で中浜万次郎から英語を学び、更に父島、対馬でも異人と交流をしている。

その為、この中では、最も語学が堪能だと言えるだろう。

その点、伊藤甲子太郎は、語学ではどうしても二人にはまだ劣る。

語学が全くダメな久坂玄瑞程ではないが、語学を学んだ期間と密度が足りないのだ。

こんな発言をしている大鳥自身には、伊藤を批判するつもりは全くない。

が、異人の言葉が理解出来ない事に悔しさを感じる伊藤には、大鳥の言葉が突き刺さってしまう。


「確かに、そうかもしれませんが、大鳥さんは異人と無駄話をし過ぎです。

我らのお役目は、異人が悪さをしないよう見張ることのはず。

それなのに、見回りのたびに、大鳥さんは異人と長話をしているではありませんか」


「見張るだけよりは、話して情報収集した方が良いでしょう。

まあ、言っている事が全て本当とは限りませんが。

語学の上達には丁度良いし、噂話の中に、色々と重要な情報もあるのですよ」


大鳥が言い訳すると、下村が伊藤に同意する。


「いや、それにしても長過ぎる。

大鳥さんと巡回に行ぐど、どれだげ待だされるごどが。

英語が解るのはおめだげなのだがら、せめで我々にも説明してぐれなぐぢゃ。

正直、おめと巡回したぐねえどいう隊の者は少なぐねえんだぞ」


「え?そうなんですか?

では、今度は、どんな事を話しているか通詞の真似事でもしながら、話すことにしますね」


とりあえず、伊藤と下村の対立が逸れたことに安心しながら、惚けて、笑って見せる。

実にいい笑顔だ。

平八の夢では、後に正統日本皇国の大将の一人となる男の将器の片鱗なのだろう。

決して、戦に強い大将ではなかった。

だが、この男の為に戦おうと言う思いにさせる何かが大鳥の中にあったのだ。

二人の怒気が逸れた所で、大鳥は続ける。


「まあ、下村さん、安心して下さい。

対馬が日ノ本を守る要衝であることは間違いはありません。

大陸から日ノ本を攻めようとすれば、元寇を見て解る通り、最初の戦場となるでしょう。

更に、この地域一帯の海を支配しようとするなら、対馬は非常に重要な拠点となります。

北から来るロシア軍、大陸から来る清の軍、それにイギリスやフランスだって、この地は確保出来るならば、確保しておきたい地でありましょう」


「その割には何も起ごらねえべ。

毎日、毎日、商人の護衛に、異人のいる土地を歩き、道案内するだげなんて。

俺は戦いでえんだよ」


下村が愚痴を溢すと大鳥は苦笑して応える。


「まあ、孫子でも『百戦百勝は善の善なる者に非ず』と言いますからな。

戦わないで済むのなら、戦わぬ方が良いのですよ。

ロシアに行ったなら、異人たちの力は見てきたのでしょう?

今、我が国は、連中に追いつき、追い越す為に、産業振興を進めているようですが、正直、まだ足りていません。

そして、勝てない戦を異人に仕掛ければ、喜ぶのは日ノ本を侵略する口実を手に入れた異人の方ですよ」


大鳥がそう言うと伊藤が考えながら尋ねる。


「つまり、今は臥薪嘗胆。

戦いは避け、雌伏すべき時であると」


「その通りです。

我らは、異人を征服するつもりなどないのですから。

戦わず、交易で儲け、産業を振興する。

それこそが肝要。

まだ、この対馬要塞も着工を始めたばかり。

港を整備し、島のあちこちに砲台の設置を始めていますが、まだまだ足りません。

この対馬を見て、異人が日ノ本侵略を諦める程の要塞を作り上げないと」


大鳥がそう言うと下村はため息を吐く。


「それでは、結局戦えねえべ。

それに、お上は本当に対馬を重視しているのが」


「いや、それは間違いなく。

お上も、この地の重要性を理解されております。

だから、慶喜公は、その懐刀である平岡円四郎様を、対馬要塞の責任者として任命される位ですからな」


大鳥が自信満々に話すのを下村は不満気に見詰める。


だが、彼らは知らない。

平八の夢では、これから約4年後、ロシアの軍艦が対馬の一部を占拠する事件を起こすことを。


果たして、その事件が変更された世界線の中でどの様な形で現れるのか。

それを知る者は、まだ誰も存在しなかったのである。


さて、対馬は徐々に要塞化が進んでいきますが、その結果がロシア軍艦の対馬占拠事件にどう影響するのか。


そもそも、ロシアの軍艦がやってくるのは、対馬か樺太か。


そんな謎を残しつつ、舞台は再び大陸へと移ることになります。


面白かった、続きが読みたいと思いましたら、評価、ブックマークを入れたり、感想やレビューを書いて応援して貰えると執筆の励みになります。


とりあえず、今の目標は総合評価2万ポイント突破。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 水戸藩の扱いが実にすごい。 水戸学をこのように展開させたことに敬意を表します。 [気になる点] >>第9回ネット小説大賞の2次選考には落選してました。 審査員に見る目が無いねえ。 本作品…
[一言] >それ故、2000年に亘り徳で日ノ本を治めていた天子様(天皇)こそ、真の王である。  実際は、そういう崇拝より、長い間実権を持たずに神輿となっていた担ぎやすい傀儡を利用してやろうという権勢…
[良い点] 物語が動くための準備が着々と進んでますね。 会話主体でも状況がすんなり入ってくるしすぐに続きが読みたくなってしまう……。 「衣食足りて礼節を知る」 良い格言ですよね。特にこの時代であればそ…
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