第二十四話 祭りの裏側で
遅くなって申し訳ありません。
難産でしたが、何とか更新できました。
アメリカ視察団の江戸訪問は大変高い評価を受けます。
今回は、その裏側のお話です。
江戸での祭りが終わると、アメリカの日本視察団は蒸気船で大阪に向かいました。
まあ、向かったと言っても、三保の松原で富士山を眺めたりだの、景色の良いところを何か所か廻ってノンビリ進むとのことなんですが。
で、アメリカの日本視察団が江戸を出るのを確認すると、江戸にいた国防軍は大阪の次の視察地薩摩へと向かいます。
大砲だの、鉄砲だの最新の武器は部隊とは別に、寄り道しているアメリカ視察団を蒸気船で追い抜いて、既に送り込んでいる部隊のいる大阪に運ぶんですがね。
そうやって、徒歩で移動する部隊の荷物を軽くし、最新の武器だけはアメリカ視察団のいる場所に真っ先に送り込むのですな。
そんな風にアメリカ視察団が日本を視察する間、国防軍は日本中を走り回るのには海舟会なりの思惑がある訳なのですが。
そんな中、アッシと象山先生は、阿部正弘の茶室に呼ばれたのでございます。
茶室に入ると中にいるのは、阿部正弘様ともう一人見慣れぬお侍さんがいらっしゃいました。
「佐久間殿、平八、良く来てくれたな」
阿部様が声を掛けられます。
ですが、阿部様は少し御痩せになられた感じがしますな。
この間まで真ん丸と言っていい程、ふくよかだったのが、一回り身体が小さくなった様な感じ。
阿部様はまだ38歳。まだまだ、お若いんですがねぇ。
アッシの夢では、今年の夏ごろにお亡くなりになられております。
そして、今はもう春。
もしかすると、阿部様は既にお加減が悪くなり始めているのでございましょうか。
「対馬守殿、これなるは、先程話しました我が相談役、佐久間象山殿とその弟子、平八でございます」
阿部様がそう言うと、紹介されたお侍さんが名乗りを上げる。
「安藤対馬守でございます。お二人のことは、阿部様より承っております」
安藤対馬守というと、安藤信正様のことでございましょうか。
安藤信正様でしたら、確か、アッシの見た夢では、井伊直弼様が桜田門外の変で討たれた後に、幕府の崩壊を防ぐ為に奔走された老中の方だったと思います。
実際、井伊直弼様が水戸浪士に討たれた時、もし、赤穂浪士の様に、その復讐で井伊様の彦根藩が水戸藩を襲撃したならば、大老を出す幕府開闢以来の名家と徳川御三家が戦う訳ですから、それだけで内戦となり、あるいは幕府の崩壊は早まった可能性がございます。
そういう意味では、阿部様同様に調整型の政治家で、頼りになるお方なのかもしれません。
ただ、失敗も多いので阿部様ほど安心出来る方ではないのですがね。
例えば、安藤様の差配が原因で幕府開闢以来の譜代であるはずの井伊直弼様の彦根藩が幕府と距離を置く原因にもなってますから。
桜田門外の変までの井伊直弼様の政は、幕府の威信を取り戻す為とは言え、強権そのものでございました。
井伊様は怪しいと思った人間を証拠もなく、次々に罰していきましたからなぁ。
井伊様は、権力さえあれば、何でも思い通りに行くとお思いだったのでしょうかねぇ。
それ故、井伊様の政治は、幕府の内外で反発を買っておりました。
まあ、反発を買っても、文句を言うと罰せられるので、ほとんどの人は黙っているんですが。
で、桜田門外の変で襲撃された後になって、井伊様への強権への反発が爆発しちまうんですよ。
その結果、襲撃をされた被害者であるはずの彦根藩を罰せよという声が大きくなってしまう。
いやぁ、井伊直弼様が悪かったにしても、罰するべきは井伊直弼様であって、死んじまったのに、彦根藩を罰するなんて、八つ当たりもいいところでしょ。
だけど、調整型の安藤様は、その声を抑えきれず、彦根藩を10万石も減封させちまうんですよ。
そして、そのことが原因で、幕府の最大戦力のはずであったはずの彦根藩が幕府から離れていっちまう。
場所が原因かもしれませんが、確か彦根藩は薩長中心の新政府(大日本帝国)に参加していたんじゃねぇかな。
そういう失敗を、安藤様は結構しているんですよ。
有能な部下を小さな行き違いで切腹させてしまったりとかね。
そう言う意味では、ちょっと心配なお方ではありますな。
「平八の夢では、対馬守殿は、まだ寺社奉行をやっている頃ではあるが。
私が死んだ後、海舟会と幕府を繋ぐ者を残しておかねばならぬと思ってな。
3年かけて、対馬守殿を老中に抜擢したのだ」
アッシの夢ですと、阿部様亡き後、筆頭老中となられたのは、堀田正睦様でした。
堀田様は幕臣には珍しい蘭癖家。
異国への拒否感は低いのですが、代わりに調整能力に欠けるんですよ。
それで、攘夷論激しい水戸藩と対立をした上に、楽観的過ぎて、その後の調整もなさらず、幕府と水戸藩の溝を深めてしまう。
更に、アメリカとの条約調印に朝廷の許可が必要として幕府の権威を決定的に下げてしまったお方ですからねぇ。
とは言え、これは、全てアッシの夢の中の話ではあります。
その夢を聞いただけで、そんな堀田様よりもマシと、調整能力に長けた安藤様を抜擢されたのでしたら、あまりにもアッシの責任が重すぎるでしょ。
アッシの夢を参考にしたとしても、きちんと実際の人物を見て決めて下さってないと困るなぁ、などとアッシが考えていると、象山先生が率直に尋ねる。
「ほう、安藤様が老中に、それはおめでとうございます。
それでは、阿部様、安藤様の代わりに堀田様は更迭されるのでしょうか」
象山先生、いくら何でも、その言い方はないと思いますよ。
阿部様は苦笑してますが、安藤様は呆気に取られているではありませんか。
象山先生は、ご本人は、自分が、この世で一番賢いと信じておられますから、怖い者無しなんでしょう。
ですが、身分から言えば雲の上のはずの老中の人事に堂々と口に出すなんてねぇ。
「いや、堀田殿には、そのまま老中筆頭について頂く」
阿部様がそう仰ると象山先生が不満げに呟く。
「しかし、堀田様が軽率であることは、平八君の夢だけでなく、阿部様もご確認されたと仰せられておりましたではありませんか。
その様な方を、難局が近づく、この時期に老中筆頭に据えるとは」
「だから、対馬守殿を老中に迎えるのだ。
堀田殿の軽率さを補う為にな」
そう言うと阿部様は苦笑しながら続ける。
「佐久間殿は正しいかもしれぬが性急なのが欠点だ。
千里の馬も伯楽に逢わず。
たとえ、佐久間殿が千里を走る馬であったとしても、その力を生かせる者がいつまでもいるとは思うな。
凡人でも、自分を使いこなせる様、伝え方を考えて加減する努力をしてくれ。
佐久間殿が、百年の計を考え、正しい策を講じたのに、採用されねば、国家の損失。
面倒でも提案が採用される方法を考えることも重要だ。
それが、天下国家の為だと心得よ」
阿部様がそう言うと象山先生の口元に笑みが浮かび、畏まりましたと頭を下げて見せる。
名馬と褒められれば、機嫌が良くなるんですね。
本当に解りやすい方ですよ。
「そもそもだな。
堀田殿を更迭する名目もないのに更迭して、対馬守殿を老中に昇格させれば、対馬守殿が無用な反感や妬みを買う。
なるべく波風を立てず、最良の結果にならずとも、次善の結果程度を手に入れる。
その程度で我慢しておいてくれぬか」
阿部様がそう仰せられると象山先生が苦笑して返す。
「は、僕としたことが、確かに性急でありましたな。
しかし、名伯楽たる阿部様がいれば、問題はないかと」
「残念ながら、そうもいかん。
最近は体調が優れぬ。
熱が下がらぬのだ。
平八の夢だと、私の寿命も、もうそろそろ。
それ故、私が亡き後を継いで貰おうと対馬守殿に来て貰って居るのだ」
やはり体調がお悪いのか。
だけど、脚気程度の栄養不足が原因の病なら、アッシの知識も何とか使えるが、それ以外では何ともし難い。
言っても仕方のねぇことですが、アッシの寿命を分けられるなら、分けてぇ位ですよ。
アッシが生きていてももう大したことはできねぇだろうが、阿部様がもう少し生きられるだけで、日ノ本の運命はきっと大きく変わるってぇのに。
阿部様を助けられない場合も考えねばならねぇんでしょうなぁ。
「それは、困りますな。
それでは、江川先生の様に隠居されては如何ですか」
さすがに象山先生も心配そうに尋ねる。
そりゃあ、そうだ。
阿部様が海舟会の献策を採用してくれたから、今、この国には国防軍があり、海外視察が行われ、異国との有利な交易と国交樹立が成功しようとしているのだ。
象山先生から見ても、阿部様は間違いなく恩人なのだろう。
「隠居して生き残れるなら、幾らでも隠居はするがな。
藤田東湖殿の事を考えれば、隠居すれば長らえるという保証もない。
ならば、死んだ後に備えるのも、武士のありようであろう」
阿部様がそう言うと象山先生が大きく頷く。
「確かに、仰せの通りですな。
それで、安藤様は、何処まで僕たちのことをご存じなのでしょうか」
そう言われて安藤様は応える。
「そこなる平八という者が先の世を見たと言う話は聞いておる。
日ノ本が分裂するまでの話もその後の話もな。
そして、其方たち海舟会が、その予言を基に、阿部様に策を授けたということも聞いておるよ」
「ほう、平八君の夢の通りのことが本当に起きたと信じられるので」
安藤様と象山先生が二人揃って、アッシの方を見るから、どうも居心地が悪い。
象山先生は口元に笑みを浮かべ、安藤様は睨む様に見てられるので、猶更でして。
「日ノ本が分裂するなどという事が起きるなどと簡単に信じられる訳がなかろう。
ただ、この数年、阿部様の治世において、其方たち海舟会の献策が功を上げていることは理解しておる」
「それは安心致しました。
平八君の夢を手掛かりに、僕たちが動き出したことは事実ではありますが、それはあくまで手掛かり。
その夢が、実際にはどうなっているかを確認した上で、僕たちは対策を立てております。
従って、先の世が解ると聞いて、神からの託宣でも受けたように、無批判に信じられると、かえって困りますからな」
全く、その通りだ。
そもそも、アッシが夢で見た世界と、今の世界は大きく変わってしまっている。
もう、アッシの知識が何処まで役に立つのか、解らない状況なのだ。
そんな時に、アッシを頼りにされても、困っちまいますよ。
「そう、あくまでも平八の夢は参考に過ぎん。
対馬守殿は、佐久間殿ら海舟会の献策を聞き、現実に即しているのか、有効であるのか、懸命に考え判断してくれれば良いのだ。
そういう意味では、対馬守殿にも、海舟会の策が有用であるのか判断する機会を与えておいた方が良いだろう。
まだ、私が対馬守殿に助言を与えられる内にな。
佐久間殿、手始めに、今回のアメリカ日本視察について、対馬守殿にも説明してやってはくれないか」
阿部様がそう言うと、象山先生は頭を下げ、説明を始める。
「そうですな。僕が地球で一番の天才であることを理解して頂ければ、話も進めやすい。
それでは、説明させて頂きましょうか」
そう言うと象山先生は自信満々の笑みを浮かべる。
「今回のアメリカによる日本視察には、大きく分けて二つの目的がございます。
一つは、日ノ本には十分な軍事力があり、打ち破るには欧米列強と言えども手こずるとアメリカ及び欧米列強に認識させること。
その為に、国防軍の精鋭部隊をアメリカ視察団の出迎えと警備に使わせて頂きました」
「確かに、江戸での警備が水も漏らさぬ厳重なものであることは、私でも解った。
武器もあれだけの銃や大筒が日ノ本にあることに驚いた位だ。
だが、それだけで、欧米列強とやらは、日ノ本侵略を断念してくれる程度のものなのか」
「いえいえ、あれだけでは、とても、とても。
何しろ、アメリカなどは国民皆兵。百姓ですら銃を持ち、いざとなれば戦うと聞き及んでおります。
それ故、あれだけで、欧米列強が日ノ本を脅威と感じることは難しいかと」
「ならば、何を持って策とする」
「国防軍を幾つかの部隊に分けました。江戸にいたのは、その内の一部隊でございます。
これから、アメリカの視察団には日本各地を回って貰いますが、その先々に部隊を移動させ、アメリカの歌を歌わせ、警備を行わせるのでございます」
象山先生がそう言うと安藤様は頷いて呟く。
「つまり兵を移動させ、アメリカに日ノ本には強兵が沢山いると錯覚させるということか」
安藤様がそう言うと策を理解してくれたのが嬉しいのか象山先生が笑顔で答える。
「仰せの通りでございます。
兵法の基本は、兵力の移動と集中と申します。
今回は、僕だけの策ではなく、アメリカから招いた軍事教官のグラント殿の提案を僕が練り直したものなのですがな」
誇り高い象山先生は他人の策を自分の策の様に話すのは気に入らないのだろうな。
だから、わざわざ、グラント中佐の提案が、今回の策の根幹にあったことを教えてしまう。
わざわざ、アメリカ人の策などと説明すれば、警戒される恐れもあるだろうに。
安藤様もアメリカ人の献策と聞いて、少し驚いてますよ。
だけど、象山先生は、そんなことを気にもせず、説明を続けられます。
「アメリカの視察団が父島に到着した時点で、既に国防軍はいくつかの部隊に分け、それぞれ大阪、琉球など各地へと向かわせております。
そして、江戸の部隊は、江戸での出迎えが終わったので、薩摩へと向かわせました。
その上で、まだ銃や大筒は足りませんからな。
武器は蒸気船で先に運ぶのです。
秀吉公の中国大返しの応用ですな。
そして、兵と武器を移動させることにより、日本中に最新の武器を持った精鋭部隊が多数いるとアメリカ側に錯覚させるのです」
もう、ほとんど騙りでございますよね。
今の日ノ本には、武器も兵も少ない。
だから、少数の最新鋭の武器を持った兵を日本各地に移動させ、十分な武器と兵が日ノ本中に配備されている様にアメリカに見せ掛けるとは。
象山先生は得意げに続けます。
「更に、これには、副次的な効果もございます。
一つには、本当に異国に攻められた場合の訓練。
日ノ本を守るのに、実際に戦って勝てるだけの兵力を持つ国防軍を、日ノ本全土の海岸に配備することは出来ません。
その様な予算もないし、その様な兵を用意すれば、常備軍としても多すぎる。
それ故、異国から攻められた場合は、現場で遅滞戦術を行い上陸に時間を掛けさせている間に、如何に迅速に兵を送り込めるかが勝負となります。
今回の国防軍の移動は、その為の良い訓練にもなっているという訳です」
そう言うと象山先生は悪そうな笑顔を浮かべて続ける。
「更に、もう一つには、幕府に逆らう勢力に対する威嚇行為ですな。
もし、謀反を起こせば、迅速に大量の兵が雪崩れ込むということを知らしめることが出来ますからな。
まあ、実際に移動しているのは幕府の旗本ではなく、国防軍なのですが。
他国の侵略を国是とする様な野蛮な国に囲まれている現状において、国家の分裂など、無駄でしかございません。
ならば、脅してでも協力して貰う体制を作るのが一番かと」
実際のところ、参勤交代の軽減、国防軍への軍事力の提供により、多くの藩の軍事力は低下していると言います。
何しろ、アッシが夢で見た反幕府の最大勢力、薩摩藩や長州藩でさえ、兵や武器を国防軍に積極的に提供しているのですから。
そんなところに、最新鋭の武器を持った精兵が、陸路で、蒸気船で乗り込んで来る。
そんなことをされれば、今の幕府に逆らおうと考える連中なんぞ、根こそぎいなくなるやもしれませんな。
そうなれば、この後、国防軍の部隊長を送り込んで、各地の民兵の訓練に兵を送りだした時も、協力を得やすくなるやもしれません。
「なるほど、そうして、異国に我が国が手強いと思わせ、同時に国防軍の強化を図るということか。
それで、もう一つの目的とは」
安藤様がそう尋ねると象山先生は頷いて説明を続ける。
「日ノ本には、豊かな文化があるということを知らしめることでございます。
日ノ本の土地そのものに奪う価値はない。
人が住み、作り上げる物があるからこそ日ノ本に価値がある。
そう思わせる為に、アメリカの視察団には各地を回らせるのです。
そして、アメリカ視察団を受け入れを申し入れた土地は、それぞれの趣向を凝らした歓迎を用意しているとのことでございますな。
今、アメリカの視察団が向かっている大阪なぞは、江戸の様な田舎者の野暮を日ノ本だと思われて溜まらない上方の意地を見せると申して、祭りの仕度に精を出していると聞き及んでおります。
そして、それぞれの土地で趣向を凝らした歓迎をするのと同時に、それぞれの土地の様々な工芸品を紹介する」
「そうして、攻めて占領し、殺すよりも、交易した方が良い国だと思わせる訳か。
だが、もし、アメリカだけで成功したとしても、他の国には、そうはいかないのではないか」
「今、現在、慶喜公のおかげでイギリス、フランスとロシアは戦の只中。
日ノ本に視察を送る余裕はないはず。
ならば、アメリカの立てた日ノ本の評判が、そのままヨーロッパにまで届くことになるはず。
幸い、アメリカの有名戯作者になるはずの者を見つけたので、瓦版書きとして、今回の視察に参加させております。
その者の書いた報告は、シーボルトの報告同様に日ノ本の評判を高めてくれると僕は考えております」
象山先生がそう説明した時、阿部様に火急の知らせが届いたのでございます。
拡大の一途を辿る清国の反乱勢力、太平天国がアヘン厳禁を唱えて、上海のイギリス租借地のアヘン商人を襲撃したと言うのです。
第二次アヘン戦争の勃発でございます。
何故、避けることに成功したはずの第二次アヘン戦争が勃発してしまったのか。
そして、このアヘン戦争にどうやって対抗するのかは
次回、第二十五話「第二次 アヘン戦争勃発」で。
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