第十六話 祭りの仕度
ヨーロッパではクリミア戦争とインド大反乱が本来の歴史とは異なり同時に進行中。
そんな中、岩崎弥太郎は穀物や武器相場を利用して、儲けることを考え始めています。
今回は、その頃の江戸の話です。
「今年の春、アメリカの連中が日ノ本にやってくるんだがな。
今回は、そいつを祭りにしちまおうと思ってな」
勝麟太郎は、新門辰五郎の集めた町衆の前で話始める。
場所は上野、寛永寺の本堂。
徳川家の菩提寺に、新門辰五郎に惚れ込んだ寛永寺の座主、上野大慈院別当・覚王院義観に許可を貰い、江戸の街の様々な職業のまとめ役を集めている。
大店の番頭もいれば、吉原惣名主もいる。大工の棟梁もいれば、歌舞伎役者などの河原者もいる。
新門辰五郎自身だって、江戸の火消しの頭であると同時に、鳶頭、香具師、江戸の侠客の元締めの様なことをやっている。
「坊ちゃん、そいつはオランダみてぇに、メリケンの連中が江戸にやって来るってことですかい?」
辰五郎は麟太郎のことを坊ちゃんと呼ぶ。
これは、麟太郎が勝小吉の息子であることに由来する。
辰五郎に言わせると、麟太郎の父である小吉は喧嘩で右に出る者なしの男。
小吉の甥っ子男谷信友(精一郎)は、江戸三大道場に敵なしと言われ剣聖とさえ呼ばれていた男なのだが、そんな男谷信友でさえ、アイツとだけは喧嘩したくないと言っていたというのが勝小吉なのだ。
ある意味、幕末最強の男であったのかもしれない。
辰五郎自身、大名火消しと大喧嘩をやらかしたりと数々の武勇伝を残し、きっぷの良さに惚れ込む男が続出するような男であったのだが、小吉はそんな辰五郎も惚れ込む程の男っぷりであったと言う。
そんな化け物の様な小吉が溺愛していたのが息子の麟太郎だ。
溺愛された麟太郎も、勿論、そんな父親を敬愛していたのだろう。
だが、一方で、そんな最強の父が、社会的には恵まれず、貧乏のどん底で暮らし、死んでいったことを見せつけられている。
それ故か、麟太郎は剣術修行はしたが、その行動原理は、武より知に大きく傾いている。
それは、最強でありながら不遇な生涯を過ごした小吉の影響なのかもしれない。
そして、新門辰五郎は勝麟太郎とは、小吉が存命中の時からの知り合いだ。
辰五郎は、小吉から、何度となく、自分とは違い賢い麟太郎の自慢を聞き、その頃からずっと麟太郎のことを坊ちゃんと呼んでいる。
その関係は、麟太郎が成人し、辰五郎の娘が一橋慶喜の妾になってからも変わらなかったと言う。
「いや、オランダどころの騒ぎじゃねぇな」
そう言うと麟太郎は腕を組んで考える。
実は鎖国の日本でも、定期的(4年に一度)に出島のオランダ商館からカピタンとその随行員数人が長崎から江戸にやってきて暫く滞在する習慣があった。
これをカピタン江戸参府という。
江戸にいる間に滞在する宿が、阿蘭陀長崎屋。
そこには蘭学を学ぶ人間が集まって面会を求める。
麟太郎自身も、以前は面会を求めに来たこともある。
だが、今回アメリカから直接やって来るのは、そんな少人数のはずはない。
「実はな、オイラ達は彦根藩の前藩主井伊直弼様を団長として、アメリカに1年半ほど視察に行ってきたんだよ。
新門の親分にはもう話してるがな。
アメリカまで行ったのは100人程の幕府の視察団。
幕府が用意した船とアメリカの船二艘で行ったんだよ。
てぇしたもんだろう」
幕府視察団の海外視察は、江戸の庶民には発表などしていない。
だから、そんな話をされた町衆はビックリだ。
「でな、異国では相互主義と言って、やって貰ったことは、同じ様にお返しをしなきゃいけねぇらしいんだ」
「まあ、やって貰ったことは、お返ししなきゃいけねぇってのは、解りやすいことではありますが。
するってぇと、100人の異人が、このお江戸にやって来るってことですかい?」
「その通りさ。
それも、アメリカでオイラ達は大歓迎を受けたんだ。
ああ言うのを、下にも置かねぇ持て成しとでも言うのかね。
何処に行っても、大名行列みたいな列を作って、豪華な馬車に乗って進むんだ。
でさ、大名行列と違ってな、周りの連中は大騒ぎして、歓迎の声が掛けられ、紙吹雪が舞う。
花魁道中よりも、ずっと派手な位だぜ。
そもそも、アメリカには、身分もない。百姓が作った国って話だ。
アメリカの連中は、派手好きの田舎者なんだろうな。
で、お返しに、オイラ達は、アメリカの連中を持て成さなきゃいけねぇんだが」
そう言うと麟太郎は皮肉に口元を歪める。
「そんな連中を持て成す様な派手な方法、堅っ苦しい幕府のお偉方には、やり方も思いつく訳がねぇだろ。
そこで、江戸の町衆の知恵と協力を頼みたくて、来てもらった訳だ」
そう言うと麟太郎は、会衆一同にグルっと視線を巡らす。
「だから、アメリカの連中を驚かせるようなスゲェ歓迎する為には、もう祭りにしちまうしかないと思ってさ。
アメリカに行った視察団団長の井伊直弼様や老中の阿部正弘様の許可を頂ければ、花火を上げようが、神輿を担ごうが、三味線を鳴らそうが、歌を歌おうが、何をやっても大丈夫だ。
その為の資金だって、いっくらだって用立てて下さるってことだぜ」
「資金の制限がないと仰いますが、実際のところ、如何ほどまで」
番頭が尋ねる。
「制限なしと言ったら、制限なしさ。
アメリカの連中を喜ばせ、楽しませることさえ出来れば、文句言う奴なんていやしねぇよ」
「だけど、坊ちゃん。そんな歓迎をすれば、気に入らない連中もいるんじゃございませんか?」
「気に入らねぇ連中?
オイラ達以外では、異国嫌いの総本山、水戸藩の方々も異国で歓迎を受けてきたって話だからな。
水戸斉昭様も、恥をかかない様、異国の者が来たら、存分に持て成せと仰っているという話だぜ。
だから、表立って歓迎に反対する様なお偉方はいねぇと思うが」
「では、国防軍の方々はどうですか?
あの方々は、異人から日ノ本を守る為に集まっているんでございましょ?
攘夷とか言って、切りかかったりはしやせんか?
アッシは、連中に火消しを教え込みましたが、なかなかイキのいい方が何人もおりましたよ」
「ああ、アイツらか。
そっちの方は、別の手を打っているんだがな。
その成果次第だな。
うまく行かなければ、アラスカ視察にでも行って貰って、頭を冷やして貰う。
まあ、うまく行けば、連中にアメリカ人の警備を任せることも考えている位だよ」
麟太郎はそう言うと、膝を叩き、アメリカで歓迎された仲間に平八も加えて相談したアメリカ歓迎案を話始める。
麟太郎は提案した上で町衆の意見を取り入れて、より派手な物にする気満々だ。
「でだ、持て成しの案を出して貰いたいんだが、オイラも色々考えてきたんで、まずは聞いて貰えねぇか。
まず、大工の棟梁には、馬車を作って貰いてぇ。
異人はでかすぎてな、駕籠に乗っても、寛げそうもねぇんだよ。
だから、でけぇ馬車を作って貰いてぇんだ。
馬車の図面は、かの絡繰り儀衛門が、アメリカで使っている馬車を見て、書いたものだ。
これさえあれば、親方たちなら十分に作れると思う。
ついでに、連中の滞在する家も建ててやっても良いかもしれねぇな。
小笠原で工事した連中も集めてさ。
連中の好み位わかるだろ?」
麟太郎がそう言うと大工の棟梁が答える。
「勿論でさぁ。小笠原の屋敷を立てる為に随分、人を送ってますからね。
その上で、やっと、新しい物を作らせて貰えるとあれば、喜ぶ若い衆が沢山いるでしょうよ。
同じ大工だってぇのに、船大工ばかりに、面白れぇ物を作られて不満な連中もいたようですから」
「そうかい、そうかい。異国の連中が驚く様な馬車や家を用意してやってくれ。
これから、頼むことは沢山あるからな」
「それから、歌や三味線の上手を集めて貰えねぇかな。
アメリカでは、音曲で歓迎するのが、当たり前らしいんだがな。
覚えて貰いてぇ歌があるんだよ」
麟太郎がそう言うと吉原惣名主が尋ねる。
「そいつは構いませんが、江戸や小笠原に長崎の丸山遊郭の様な物を作られるお積りでございましょうか」
「いや、そこまではするつもりはねぇよ。
異人は鬼だの血を飲むだの言う奴もいるけどな。
オイラが見たところ、異人も人であることに変わりはねぇよ。
まあ、身体がデカくて、野蛮なのは間違いないんだがな。
で、連中の神様ってのが堅物でさ。
女房以外の女とはまぐわっちゃいけねぇとしているらしいんだよ。
だから、遊郭なんか用意したら、かえって機嫌を損ねるんじゃねえぇかな」
キリスト教は性について厳格な宗教である。
これに対して、日本の文化は性に対して開放的だ。
一応、仏教というのも性に厳格な宗教のはずなのだが、その点は日本文化に浸透しなかったようなのだ。
だから、日本では性を売ることも、道徳的に悪いことなどではない。
売春婦を神の教えに反する不道徳な者と見下す西洋文化とは全く異なるのだ。
その辺は、高級娼婦が社会的地位を持っていたローマ・ギリシャ文化に近いのかもしれない。
ともかく、日本では性を売ることは悪などではないから、花魁などは、庶民の憧れの的だったのだ。
だから、浮世絵では役者絵と同様に美人絵として花魁の絵が売られてもいたという。
そして、その文化は都会である江戸だけの話ではない。
田舎だって開放的なのだ。農村でも夜這いは当たり前。別に無理やり襲うって訳じゃない。
一定の作法があり、相手が嫌がれば帰るというのが一般的な夜這いの作法だったという。
夏祭りの後は、その夜の相手を探して、男女が草むらに消えるのが普通。
そんな感覚を持つ当時の日本人から見れば、性を忌避する様なアメリカ人というのは、どうも不思議な存在に見えたのかもしれない。
「男と女がいれば、やりたいことは一つだと思いますが。
やれやれ、随分と異人は堅苦しい生き方をされているようですな。
それでは、お達しの通り、歌や三味線の出来る者を集めてみましょう。
その上で、異人が来た時は、酌をさせたり、案内をさせるだけでよろしいですかな?」
「ああ、そうだな。異人が来たら、どうやって楽しませるか。
その為に、知恵を振り絞って貰いてぇ。
それでな、その上で、江戸の皆も楽しめる祭りにするようにしてぇんだ。
異人だけでなく、オイラ達も楽しいと思えるようなものにな。
異人を見世物みたいにしちまったって構わねぇ。
異人も、庶民も楽しめる祭りにしちまいてぇんだよ」
「そりゃあ、見世物にして良いなら、野次馬根性の旺盛な江戸っ子は喜んで大勢集まるでしょうが。
何の為に、そんなことを。
お返しだってぇなら、やって貰った分をしてやれば十分じゃございませんか」
辰五郎が尋ねると麟太郎は応える。
「親分、そんな役人みてぇな、ケチなことを言うなよ。
せっかく遠路はるばるやってくるんだ。
その上で、お上がケツを持ってくれているっていうんだ。
それなら、目一杯楽しませた上で、こっちも楽しませて貰いてぇじゃねぇか」
辰五郎の目には、麟太郎の姿に、八方破れでハチャメチャながら、何処か憎めない勝小吉の姿がダブって見える。
「それでな、楽しい祭りにしちまって、日本人から、異人への恐れだの、何だのをぶっ飛ばしちまいたいんだよ。
これから、お上は異国との交易を始める。
その時に、不必要に異人を恐れたりしないようにしてぇんだ」
外国との付き合いもなく、異人を鬼の様に恐れていたのが、当時の日本人。
実際に、災害が起きると異人の所為で、日本が穢れたから災害が起きたと本気で思っていた人も多いのが当時の状況なのだ。
だが、そんな迷信、百害あって一利なし。
付き合い、お互いをしれば、必ず仲良くなれるなどという単純なことは決してない。
何百年付き合おうと仲良くなれない人々だっているだろう。
だが、無知故に偏見を持ち、忌避し対立するなど、そんなバカはことに時間を割く余裕などない。
そもそも、日本を守る為には、外国から学び取らなければならない技術が山の様に存在するのだ。
その為には、異人の教師を沢山呼ぶ必要があるのに、迷信なんぞに邪魔されてたまるものかと麟太郎は思う。
「で、日ノ本に来る異人の田舎者どもにはな、見せつけてやりてぇんだよ。
日ノ本は、こんなにスゲェんだ。
あれも買いたい、これも買いたいって思わせるようにな。
江戸っ子の誇りに懸けて、日ノ本なんぞたいしたことなかっただの。
他の街の方が良かっただの、言われたくねぇだろ。
その為の案と協力を頼みてぇんだ。
どうか、力を貸してくれねぇか」
麟太郎は頭を下げる。
江戸っ子の誇りを懸けた祭りの仕度が今、始まる。
実際には、アメリカの日本視察団なんかは来なかったのですが、ペリーと日米和親条約を結んだ時は交流会の様なものをやった様なのですが、これがあまり評判良くなかったようで。
大名や将軍でも食べられない様な何百両もする様な料亭の高級料理を出したのに、量も少なければ肉もないと不評。
大相撲を開催しても、然程、喜んで貰えなかったようです。
さて、今回の歓迎はどんなことになりますか。
一応、どんな歓迎にするかは考えていますが、アイデアがあったら、感想欄で聞かせて下さい。
次回は、第十七話 国防軍にやってきた赤鬼になります。
国防軍にやってきたグラント中佐と国防軍の出会いのお話。果たして、どんな関係が築けるか。
次回もお楽しみに。
面白かった、続きが読みたいと思いましたら、評価、ブックマーク等の応援をよろしくお願いします。
すぐ下のところに★を入れて貰えると嬉しいです。




