一日が始まる
目を覚ますと、真っ白で無機質な天井が真っ先に目に入る。
窓の外を見ると、まだ日の出前で辺り一面が薄暗かった。
部屋に付いている備え付きの水場で顔を洗い、髪を整え、服に着替える。
深緑の軍服は少し時代遅れで格好悪い気もするが、制服だから仕方がない。
母譲りの髪色と顔立ちに父譲りの瞳は、何度見ても好きにはなれない。
(あの二人がいなければ、俺はこんなところになんか来ることはなかったんだ)
キュッと下唇を噛み締め、鏡に背を向ける。
父はスラム育ちのどうしようもないロクデナシ野郎で、母は水商売人だったと聞いている。
幼い頃から盗みなどの犯罪に手を染めていた父は、ある日マフィアの一味に拾われ、下っ端役員として働かされていた。
衣食住のある暮らしを送れるだけで満足していた父だったが、同僚に風俗の楽しさを教わり、母に出会ったという。
連日、乳繰り合っていた末にできたのが俺だ。そして母は俺を遊女ならぬ男遊女として育てることにした。そうした方が金になるからだ。
俺は八ツのころまでには読み書きや計算、琴や歌も嗜む程の天才児だったという。俺の才能に母は喜んでいたが、俺を金の卵として見たのは母だけではなく、父もそうだった。
俺をボスに差し出せば己の地位が上がると思い込んだ父は、花街の母屋に火をつけ俺を誘拐しようとした。
しかし、父の様子を訝しんだボスが先手を打ち、父をその場で殺し、母は全焼する母屋に焼かれ死んだ。俺は犯罪者の子供として施設に入れられたが、環境は最悪。
大人は子供たちに食事という名の餌を与えるだけで後は放置プレイ。子供たちは子供たちでカースト制度を作り、弱者を虐げることに優越感を感じていた。
途中入居の俺も最下層組に入れられた。食事をするのも、己の貞操を守るのも自分の力で何とかしなければならない。花街で学んだことは何一つ役に立たない。
弱肉強食の施設の生活で、俺は己を守る術を身に付け、十二で施設を抜け出した。
充てもなく彷徨うところだったが、街角のチラシに“新兵募集”というものを見つけ、身一つで軍人の世界へ飛び込んだ。
(……あれから十年、色々あったが、今の生活は悪くない)
衣食住がしっかりしているし、自分自身も強くなった。新兵時代からの友人も何人かでき、同僚たちとの関係も特に問題はない。
(唯一、不満があるとすれば、これだけだな)
配膳室から複数人分の食事を受け取り、台車で運ぶ。
本棟から中庭を横切り、林道を進んだ先にある『隔離棟』と呼ばれる別館。
俺は前日の夜に受け取った鍵を使い、中に入った。
ツンッと鼻を衝く悪臭が、脳に鈍痛を与え、視界が僅かに揺れる。
三週間の内一週間ずつ担当する場所――――人体実験場の護衛兼監視だ。