第42話 姫、異世界に還る
この後21時に最終回を公開します。ついに大詰めです。
俺が目を開けた。
本当の『俺』だ。
ソフィの中の俺は、ベッドでマリオネット状態になっていた俺の体が意識を取り戻すところを目撃した。
姉ちゃん、鶏冠井さん、医師、看護師らとともに。
一応、顔に包帯マスクを着けている。
医師は偽装入院のことを知っているが、看護師に伝わってるかどうかわからないからね。
看護師が痛ましい目で俺を見ているから、嘘だと知らないのかも。
ごめんよ。
「呼吸、心拍、血圧正常。自分の名前が分かりますか?」
医師が俺に尋ねる。いや、おっさんの俺に。
「な……なぎ、つじ、だい、ご……」
ろれつが怪しい。
長く口を動かしてなかったからだろうか。
「痛みはありませんか」
「いたく……は、ない……。だ、だる、い……」
「そうですか。大丈夫ですよ、楽にしてください」
おっさんの俺は再び目を閉じた。
だが、先ほどまでとは違う。
意識を持つ重みのようなものが感じられる。
俺の、いや醍醐の、一度は消えかけた魂はようやく再生を果たしたのだ。
「身体機能が弱っていますから、今日明日はまだ点滴です。が、明後日からは少しづつ食事に切り替えていきます。体力の回復次第ですが、この状態なら遅くても来週末にはリハビリを始められるでしょう。筋力を取り戻して、自力で立って歩けるようになれば退院です。ですが、おそらく一月程度はまだ入院の必要があると思われます」
「わかったよ。つまり日にち薬ってことだね」
「ははは、そのとおりです。弱っている以外は何の異常も見られません。逆になぜ眠ったままだったのか、不思議なくらいです」
そりゃ、まあね。
魂がなくなりかけてました! なんて現代医学でもわかんないよな。
オカルトの世界だ。
「それより教えてください。なぜ、今日この方が目を覚ますってわかったんですか?」
「そりゃ、ここに天使が」「女神様が」
「いるからだよ」「いるからに決まっています」
「ああ、なるほど」
いや、ああ、なるほど、じゃねえよ! それでも医者か!
しかし、これで俺が『ディーゴ』という仮想人格だったことが明確に証明された。
俺の意識が、ソフィの中の別人格だったという事実を受け入れざるを得ない。
ソフィは何も言わないが、俺もソフィだから、なんとなくこれからのことがわかる。
俺の役割はもうすぐ終わる。
そしたら、分裂した人格である俺はソフィに統合される。
本来ひとつの人格なんだから、それが正しい姿だ。
相変わらずソフィ本体の考えはわからない。
これはフリップフロップの禁則処理のせいではなかった。
ソフィ本体の方が上位人格だから、下位人格である俺には伝わらないだけだった。
俺たちはソフィの個室に戻った。
転移じゃなくて、歩いて。
姉ちゃんたち三人だけになったので、包帯を外した。
「ソフィ、ありがとう。醍醐を救ってくれて」
「甘南備台先生、もとはと言えば……」
「それは言わない。だって、事故だったんだろ? それに醍醐はもう大丈夫だ。経済的にも余裕があるし。なにより、ソフィと一緒にいた記憶も引き継いでるんだ」
魂の同一性がどうのこうのと姉ちゃんとソフィが話していた。
その結果、俺、ディーゴが経験したこの二か月半の記憶も醍醐に転写している。
当の本人だし、加悦や実との今後の関係もある。
寝ている間に起きた事情を知っておくべきだということになったんだ。
「だから、醍醐はもう引きこもらない。前向きに生きていくだろう。なんたって、この世界は楽しさにあふれていることを知ったんだからな」
「そうですね。私もとても楽しかった。……そろそろ準備します」
「ああ、あっちの世界で早く戦争月を終わらせて、また戻って来いよ」
「あっちでどれだけ時間がかかっても、戻るのはここでの一瞬後に設定するつもりですよ」
「女神様! 必ず勝って、無事に戻ってくださいね! 写真集の撮影が待ってますから!」
「鶏冠井、それフラグだ!」
「あ」
「冗談だよ。勝つよな、ソフィ」
「もちろんです! じゃあ着替えますので」
ソフィはパジャマから、南の島で泳いだ時の紐ビキニに着替えた。足はサンダル履きだ。
姉ちゃんたちは着替えている間、後ろを向いていた。顔を真っ赤にして。
後ろ向きでも顔色が分かるのは探知が利いているからだ。ちなみに。
紐ビキニなのは、軽い物しか転移出来ないという制限がどこまで解除されているのかどうか不明だからだ。
病室間の転移実験では、かなり重いものまで動かせたが、異世界転移はまた別だ。
ソフィが楽で動きやすいということもある。
防御面はADNRコーティングしているから問題ない。
「これはお返しします」
ソフィがプリセル初号機を姉ちゃんに渡した。
「そうだね。これはもうソフィに要らないものだ」
転移は時空魔法だから、プリセルなしで最大出力が出せる。
だが、ソフィの切り札というべき運動量保存はもう使えない。
あれは人の魂を燃料にした禁忌の魔法だからだ。
ソフィは俺、いや醍醐の魂が消滅しかかったとき、魔素で魂を増殖し、コピー人格である俺を使って醍醐に戻そうとした。
しかし、何度やっても、遠隔操作では世界を隔てる壁を破れず、増殖しかけの魂が吹き飛んだ。
それが2度目以降の運動量保存の正体だ。
壁に阻まれ吹き飛ぶのは一瞬だが、それでも魂の定着の可能性を高めるため、時間軸をずらして俺がこっちの世界にいる時間を出来るだけ延長した。
俺はずっと誤解していた。
原因と結果が逆だったんだ。
魂が吹き飛び、運動量保存が発動するから、俺はあっちの世界に戻っていったのだ。
そしてついにソフィは自分が異世界に向かうことを選択した。
失敗することを恐れずに。
魂さえ肉体に戻せれば、後は自律的に回復する。
それに賭けたんだ。
あっちの世界に行くときは平気なのに、こっちの世界に戻る時に猛烈な吐き気に襲われたのも逆だ。
もともと俺の実体はソフィだ。あっちの世界に戻るのが自然だ。こっちの世界に無理に送り込まれたから、気分が悪くなったのだ。
だが、ひとつわからないことがある。
こっちの世界に跳んだ時の時空の歪みの力を使って、ソフィは醍醐の魂を肉体に戻すことが出来た。
だとすると、コピー人格である俺はそれで用済みのはずだ。
もともと、切り離された際の醍醐の魂をカバーするために作られたのが俺なんだから。
なぜ、ソフィは自分の中に俺を残したんだろう?
まあ、結果的には、姉ちゃんの助けもあって、二重人格を使ったフリップフロップで電素魔法が操作できるようになったんだが。
でもそれは結果オーライみたいな話で。
それとも、ソフィもフリップフロップに気がついていたのか?
「では、行ってきます!」
「ああ、頑張っておいで!」
「ご武運を!」
周囲が白く輝いていき、強く引っ張られるような感覚があった。
次の瞬間、周囲は見慣れたカールガウス大森林に切り替わっていた。
丸く焦土化した場所で、ノイマン王国軍が帝国の騎馬軍団に囲まれていた。
焦土の中心に老騎士がいた。
「姫様――――!」
叫んでいる。
焦土の中心で哀を叫んだギュルダン?
って、つまらないことを考えてる場合じゃない。
これは、現代日本に転移した直後に戻ってきたんだ。
よっしゃジャスト!
一発逆転だ!
(これを使います!)
ソフィの腕に白銀に輝くバングルがあった。
(え? プリセル?)
(いえ、弐号機です。小芝博士が開発した量子プロセッサを使った3次元フルマトリクスバージョンです!)
(マジかよ! 初号機から一月足らずで完成させたのか!?)
(ええ、小芝博士がノリノリで、超特急でロールアウトさせたそうです!)
あ、それで姉ちゃん初号機がもう要らないって言ったのか!
(行きます! 選択的魔法障壁展開! そして超級雷炎魔法『煉獄の裁き』!!)
なんという厨二病的ネーミング!
心の声でよかったよ。無詠唱だからね、本来は。
しかし、超級魔法の威力はすさまじかった。
味方は魔法で完全に保護し、敵は超高圧高温の雷炎で骨まで焼き尽くされた。
今回は探知魔法で、敵の伏兵も全部ターゲットにした。
騎馬兵は馬ごと消し炭になった。
すまん、馬に罪はないのに……。南無南無。
爆炎が去った後は、どでかいクレーターになっていた。ノイマン兵は地面がえぐれた分、宙に浮いていた。
すげえ、何百人もの兵を魔法で持ち上げている。ソフィの時空魔法はけた外れに強化されている。
(ディーゴとのフリップフロップの訓練で、魔法の精度が上がったからです。それにこの弐号機。超級魔法すら劣化なく変換し、私の時空魔法の型に合わせて出力してくれます。すごいです! すごい性能ですよ、これ!)
小芝博士! ありがとう!
ソフィの魔法増幅回路は、それこそ異世界転移が出来るほどのものすごいポテンシャルを持っているが、時空魔法しか型が合わないという致命的な欠陥があった。
このプリセル弐号機があれば、すべての系統の魔法でそのポテンシャルをいかんなく発揮出来る。
超級魔術師、爆誕!
(あ、それいいですね! 白銀の美少女超級魔術師・ソフィーリア、ただ今参上!)
(おいおい……)
「姫!」
状況が落ち着いたのか、老騎士ギュルダンが駆け寄ってきた。
「姫、このギュルダン、姫が絶命されたと見間違えをいたしました。申し訳ございません。しかし、驚きました。運動量保存よりも強力な魔法を隠し持っていられたとは!」
「じい、あれは超級雷炎魔法『煉獄の裁き』。覚えておきなさい」
「ははっ、しかと承りました。しかし、姫、その格好は……。男の兵も多いのです。やつら、変な気を起こさなければよいのですが」
「じい、これはヒーモ・ビーキニという伝説の衣装。そのような邪な気持ちで見てはならぬ秘宝です」
「ははっ! 誠に申し訳ございません!」
「しかしじいのいうこともまた理解できます。私が転移した場所に鎧兜が残っているはず。あれを……。いや、いい」
そういうと、ソフィは転移で白銀の鎧兜を引き寄せ、瞬間的に装着した。
重いものももはや楽勝だ。
「おお、姫様、素晴らしい転移魔法です。また一段と才を磨かれましたな」
「あまり褒めるな、じい。兵が見ている」
ソフィさんそのセリフ言いたいだけですよね!