第37話 おっさん、覚悟を決める
令和に入っての1話目です。だからどうだということはないですが。
しかし、物語上のこの1日は長いですね。そろそろ終わらせます。
「こりゃ、ま、すごいね。鶏冠井が軍事マニアなのは知ってたけど、こんなもんまで持ってたのかい」
「若気の至りです。サバイバルゲームにはまってた頃、つい趣味が嵩じてしまい」
「これは本物の軍用車なのかい?」
「いえ、自作のレプリカです。ベース車は同じですが」
「よく車検とおるねえ」
「そこは構造変更の範囲で押さえていますから。どうぞ、お乗りください。ご自宅まで送ります」
これ、夜間だからまだましだけど、昼間だったらえらいことになるだろうな。野次馬で。
それよりも。
「鶏冠井さん、ちょっと待って。姉ちゃん、週刊ポータルが今朝電話してきたのって、もしかすると、わざとじゃないか?」
「ああ、あんたもそう思ったか。取材対象に泣きつくなんて普通じゃありえない。電話を掛けてきた……温江記者だっけ? そいつが黒幕ってわけじゃないだろうが、おそらく毒島書房が一枚噛んでる」
鶏冠井さんがスマホを取り出した。間髪入れず。
「……、あ、いつもお世話になっております。ゴッデス・エンジェルの鶏冠井、と申します。温江様でございますね。はい……。はい、ありがとうございます。おかげさまで弊社も順調でございます。ところで、今朝ご連絡いただいた件ですが、……はい、左様です。椥辻加悦様の件でございますが、解決いたしました。つきましては詳細のご報告をいたしたく……、はい、はい。今編集部でいらっしゃいますね。承知しました。ではこれからお伺いいたします。18分ほどで到着出来るかと存じます。……はい、はい。ありがとうございます。では後程」
鶏冠井さんがこちらを見てVサインした。
深夜とは思えない爽やかな営業トークだったよ!
すげえな鶏冠井さんのマネージャー力!
「じゃあ週刊ポータルに乗り込むよ」
「今から行くのか? もうすぐ日付が変わるぞ」
「編集部はこれからがいつもの業務時間です、女神様」
「それ、おかしいから!」
「ふむ。浪花興産が返り討ちにあった話は、毒島書房やその先の黒幕にももう伝わっているはずだ。連中、対応に追われて混乱しているだろう。今がチャンスだよ。ねこそぎ潰さないと、いつまでも狙われ続けるからねえ。醍醐、覚悟を決めな!」
「わかったよ。わかってるよ。実に手を出した奴らだ、俺だって許しておけないよ!」
「わたしの車の敵もお願いします……」
「もちろんだよ! 鶏冠井さん!」
俺たちは鶏冠井さんの装甲車(偽)に乗り込んだ。
こうなりゃ、今夜中に決着つけたる!
俺にもソフィの過激思考が伝染したのかもしれない。
◇◇◇
「うお? あれって噂のソフィじゃん」
「なんでこんなところに超S級美少女が? お前なんか聞いてる?」
「あの丸いおばさんは、甘南備台朱雀!」
「おいおい、筈巻書店の鶏冠井女史だぜ」
「いったい何が始まるんだ?」
慌てる編集部員を尻目に俺たちはずかずかと奥に進む。深夜だというのに結構な人がいる。
まったく、出版社ってどこもかしこもブラックなのかよ?
「あー、あー。鶏冠井さん。ちょ待って。ソフィーリアや甘南備台先生まで連れてくるとは、聞いてないんだけど」
メガネをかけたネズミみたいな中年男が前に出た。こいつが温江だな。
「直接私らが報告した方がいいと思ってね。編集長の玉頭はいるな?」
「甘南備台先生、いつもお世話になります。すみません、玉頭はもう退社しておりまして、代わって私がお伺いいたします」
温江がぺこぺこした。相手によって態度変わりすぎだろ。
姉ちゃんは書き下ろしはないけど、文庫版は毒島書房からも出してる。
人気作家は強いね!
「居るのはわかってるんだ。隠すとためにならないよ。それともどこかと電話中かな?」
さっき鶏冠井さんが温江に電話した時、すぐに温江のスマホの電話帳をソフィがハッキングした。
大宮組や浪花興産の番号は特定できなかったが、玉頭編集長のスマホ番号は確認できた。
編集部に入る前に、玉頭のスマホがこの部内にあるのは探知している。
そしてそのスマホは、現在通話中だ。その相手は……。
「玉頭編集長は応接室Bですね。お邪魔します」
「ひえ、そ、ソフィーリア、……さん。なぜそれが!?」
「だって、彼女は女神様ですから」
鶏冠井さん、それ説明になってないよ。
まあ、電素魔法で特定したというのも説明にならないけどね!
あせる温江を無視し、応接室Bの扉を開けた。
白髪をオールバックにした中年男性がスマホを切りながらこちらの3人を見た。
扉を閉め、魔法障壁で覆った。これで他には誰も入って来れない。
「何事だ!」
「取り込み中すまないね、玉頭編集長。甘南備台だ。こっちは」
「知ってるさ。新人タレントの椥辻ソフィーリアくんと、筈巻書店の鶏冠井くん」
「今、慌ててスマホを切ったな。相手が分かるとまずかったのかい?」
「いやあ、ちょうど要件が終わったところだっただけだ。それより、仕事上の話で聞かれちゃまずいことってあるだろ。いきなり入ってきて失礼じゃないか?」
「ふうん、仕事ね。浪花興産の野江組長と、何の仕事話なんだい?」
「何の言いがかりだ! いくら先生だってそんな虚言、許せないな」
「ソフィ」
「はい」
俺はスマホを掲げた。
『……まずいよ組長。こっちに迷惑かけないって話だったから椥辻の件の詳細教えたのに、なにがどうなったんだ』
『そりゃこっちが聞きてえよ。監視カメラがいきなり壊れて、ようやく見張りから連絡来たと思やあ、はや二組とも逮捕された後だと。なんの冗談にもならねえ。事務所にも警察が来るわ。せやけど、あんたらのことは一切出さずにとおす。それだけはけじめや。毒島さんにはオヤジが世話になったからな』
『頼むよ。なんだ? やけに編集部が騒がしい。警察じゃないと思うが、いったん切るぞ』
『ああ、以後はいつものように例の店の女に』
「なんだそりゃ!」
「ちょいと録音させてもらった。警察に出してもいいがね」
「おい待て! どうやってスマホの通話を!? いや、そんなの違法だ。証拠能力はないぞ!」
「通話自体は認めるんだ。ちなみに今の会話も録音してるからね」
「ぐ!」
姉ちゃんに責められて、玉頭の額に脂汗が浮かんでいる。
「週刊ポータル編集長と浪花興産野江組長とのビジネス。しかも椥辻、二組、警察に逮捕。今日あんたの部下から電話が来たと思ったら、急に起きた誘拐、そしてソフィーリアへの脅迫。仕込んだのはあんたかい?」
「ち、違う! 俺は面倒なばあさんの電話で困ってるって話をしたら、それ引き取ってやるって、逆に持ちかけられただけだ! 誘拐? 脅迫? そんなの知らん!」
加悦、ばあさん扱いされてるぞ。
「連絡に使ってる店の女って、クラブ僧尊坊のユズキだろ。ネタは上がってるんだ! あきらめな」
「ぐっ、なんでそこまで知ってる……!」
今知ったんだけどね。あんたのスマホの各種履歴をソフィが検索して解析したんだ。早い早い。
「……わかったよ。先生。でも、俺は嘘は言ってねえぞ。野江組長と呑んでる時に、ネタにならないタレコミしてくる困ったヤツがいるって愚痴っただけだよ。そしたら、やつがソフィーリアネタなら教えてくれって言ったんだよ。組長も誰かに頼まれたことがあるからって。で、昨晩連絡があって、ネタのタレコミの件を鶏冠井くんにも伝えてくれって言われたんだ」
「頼まれた誰かって、誰だい?」
「クライアントについてヤクザが漏らすわけなかろう。俺は知らないよ」
「ふむ、そりゃそうだな。浪花興産も大宮組も古いタイプだからな、さすがに仁義はとおすか。まあ知りたいことはわかったし、あんたんとこにはもう用はないよ」
「え? いいのか?」
「ああ、あんたんとこがまだヤクザと付き合ってるのがはっきりしたからねえ。もう用はないよ」
「って、ええ? それって、作品引き上げるっていうこと……じゃない、よな? そんなことになったら、俺の立場が」
「じゃあな」
「せ、先生、待ってくれ。いや、待ってください! 甘南備台先生!」
応接室を出ると扉に魔法障壁を張った。部屋に取り残された玉頭がどんどんと内側から叩いているが、びくともしない。
魔法障壁は15分ほどで消えるようにしてある。
なにごとかと部屋の前で取り巻いていた温江たち編集部員がさささっと道を開ける。
モーゼの十戒ばりだな。
「ソフィ、あれやっていいぞ」
「ハイ」
ソフィが編集部のサーバーにアクセスして、データをさくっと初期化した。
悪事の片棒を担いだおしおきだが、えぐいな。
週刊ポータル、当分発行出来ないんじゃないか?
玉頭のスマホハッキングで、野江組長の所在地は確認済みだ。例のカナダのプリペイドのひとつだったが、玉頭が野江の名で電話帳に登録していたから、特定出来た。
それさえわかれば、組長のスマホの位置情報を割り出すのは造作もない。
「鶏冠井、出撃します」
いつものノリだが、まさに今回は出撃と言うにふさわしい。装甲車で組事務所に殴りこむのだから。
ここまで来たら、浪花興産をなんとかしないわけにはいかない。
『ヤクザと全面戦争ダメ、ゼッタイ』は撤回だ。俺は覚悟を決めた。
うっしゃー!! タマ取ったらーーー!!!
って、これもソフィの影響かなあ。俺、最近好戦的になっているよな、間違いなく。
◇◇◇
浪花興産組事務所は、住宅街の一角にある一軒家だった。隣接地はぐるりと時間貸し駐車場になっているから、大きな空き地にぽつんと建っているように見える。
地上げしたのかヤクザを恐れて住民が逃げたのか。
駐車場に止まっている車も黒塗りのセダンばっかりだから、後者なんだろうな。
君子危うきに近寄らず。
パトカーが1台、近くに停まっている。
常時監視してるんだろうな。
それに事務所の周りだけ歩道にポールが生えている。
ダンプ突っ込み防止用だろう。
行政の手厚い保護受けとるなあ、浪花興産。
鶏冠井さんの車は目立つので、駅前の駐車場に置いてきた。
鶏冠井さん自身は、装甲車で直接事務所に突っ込みたかったようだが、姉ちゃんと二人で止めた。
ポール生えてるし。
この車ならへし折れそうではあるが。
お怒りは承知しておりますが! 世間様にばれないようにやっつけないといけないので! 隠密行動!
で、ここまで20分ほどかけ徒歩で来た。
俺は鶏冠井さんが持ってきてくれた黒のパーカーのフードを深くかぶって顔を隠している。
顔、というかプラチナブロンドの髪の毛が夜目に目立つからな。
作戦は打ち合わせ済みだ。ほとんど姉ちゃんが組み立てたが。
まずは目くらまし。
パトカーが邪魔だし、窓か扉が開いてくれればなお良し。手間が省ける。
黒塗りのセダンの数台のドライブコントロールをハッキングして、急発進させる。
タイヤの悲鳴を盛大に上げながら、セダンが走り去る。あわてて、パトカーも追走する。
走り去ったセダンは、ソフィが車載センサーを駆使して遠隔操作しているから事故を起こすことはない。最後は橋から川にダイブさせるけどね。
パトカーが見えなくなったところで、残ったセダンのガソリンタンクに火種を魔法で送り込んだ。
ぼぼんっ!
景気よく全車爆発する。
鶏冠井さんがガッツポーズした。
恨んでるなー。
え、ヤクザのじゃなかったらどうするのって?
大丈夫。キーレスエントリーのIDを確認している。持ち主が全員組事務所内にいた。
爆発音で、さすがに慌てて玄関からスーツ姿の男たちが飛び出してきた。
胸元に手を入れているのが数名。
まあ、カチコミだと思うよな。壊したのはガラスじゃなくて車だけど。
さて、これからが本番だ。
気合入れていくぜ!
鶏冠井さんのセカンドカーは、廃車寸前だったジープラングラー・アンリミテッドの中古車をレストアして魔改造したものです。イメージ的にはレズバニ・タンク。ただ、エンジンはV6 3.8リッターのままです。