第35話 おっさん、元嫁に再会する
「警察だ! 両手を上げて……。え、これは一体」
拳銃で武装した私服警官が6人、油断なく構えながら入ってきたが、そこで固まってしまった。
季節外れに着ぶくれした格好だが、ジャンバーの下に防弾ベストでも着ているのだろう。
6人とも壮年の男性で、ザ・精鋭部隊って印象だが、眼をぱちくりしたり呆然としたりで残念な様子になっている。
部屋の中は爆弾でも落ちてきたかのように、天井が破れ、躯体が砕けあちこちに大小の破片が散乱、5人の黒スーツの男たちが下敷きになり気を失って伸びている。
その傍らには半裸の日本人美女を抱きかかえるプラチナブロンド美少女。
そら、驚くわな。
「助けてください! 姉が薬を盛られて、ここに連れ込まれたんです!」
葛籠屋先生直伝の迫真の演技だ。といってもまだまだなんだけど、姉ちゃんの棒読みよりはかなりまし。だよね?
「あ、貴女は、椥辻ソフィーリア、さん!? 本人ですよね! あっ! お腹に血が!」
私服警官が顔を真っ赤にしている。あー、そういえばここに入ってから素顔だった。
これ、あかんやつだ。
「そうです。私よりも姉を、病院へ!」
「あ、そ、そうですね。そうでした」
頼むよ、ソフィ見てのぼせてる場合じゃないだろ。
「市原、三宅、毛布と担架の用意を! それと全員招集! 救急も呼べ! 木戸と中川は男たちの確保を! って、生きてるよなそいつら」
「意識はありませんが、循環のサインあり。生きてます」
「無力化の必要はなさそうだが、念のため拘束。川原は俺と物証を確保する。……だが、こりゃ、大変だな。川原、鑑識の増援を」
顔を赤らめながらもてきぱきと指示する。よしよし、こうでなければ!
間もなく俺と実は救急車で病院に運ばれた。俺は別に良かったんだが、警察も消防もどうしてもって言うんだよ!
(鶏冠井さんがどうなったかわかるか? ソフィ)
(車を燃やした氷所らが警察に発見されました。こっちの拐取事件に関連性があるとみて、別の機動車両で署に護送中です。鶏冠井さんも私のマネージャーということが判明したので任意同行扱いで別の車で護送されています。甘南備台先生は、この救急車のすぐ後ろの車です)
(揃って警察なら、安心だな。浪花興産にソフィ潰しを依頼した真犯人が突き止められればいいが)
(難しいかもしれません。男たちのスマホの履歴を調べましたが、風俗店ばかりでそれらしいものが見当たりません。最も通話履歴が多いのはやはりカナダのプリペイドロム相手です。たぶん彼らも上からの指示で動いているに過ぎないのでしょう)
さらっと風俗店って言ったよ!
まあ、商売上の繋がりかもしれないけど。ヤー公だし。
(これも、トカゲの尻尾か。ランクは違っても、組織の扱いは昨日のチンピラと一緒だな。しかしこれ、終わらないんじゃないか……)
(そうですね。頭を潰さないといつまでも続きます)
(ソフィ、マジでその考えやめてね! 日本は法治国家だから! それにその頭が誰かわからないんだし!)
(浪花興産のボスに聞けばいいんじゃないですか?)
(ダメだって! そんなことしたら上部団体の大宮組が出てくるよ! 全面抗争になったらこんなのじゃすまないと思うよ! 日本最大の反社会組織舐めちゃダメだよ! 私設軍隊みたいなもんだから!)
(軍隊相手ですか。手持ちの魔法じゃ難しいかもしれません。まだ運動量保存が使えないので……)
(いや、使えるようになってもダメ! ゼッタイ!)
ソフィ、やけに過激になってませんか!?
現実世界で電素魔法が使えるようになったからって、強気すぎ!
と不穏なやり取りをしているうちに病院に着いた。
◇◇◇
ソフィのお腹の傷はマジックコーティングで出血を止めたこともあり、病院に着くころには薄皮がはっていたので、弾が掠めただけとの説明で医者が納得してくれた。
ちなみに、俺の体が入院している病院でも最初に入った総合病院でもない別のところだ。
魔法強化した腹筋で止めたと言っても信じないだろうから、それ以上追求されなかったのは助かった。
実は集中治療室に入ったが命に別状はない。ソフィは血縁ではないので、姉ちゃん経由で状態を教えてもらった。
ソフィが警察情報を傍受したところ、使用された薬物はBDと呼ばれる、筋肉を麻痺させ、感覚や記憶を奪い、意識を改変し命令に服従させるという代物だった。しかも、12時間程度で体内から消滅するので証拠が残りにくい。
自白剤や、ノックアウト剤とか、レイプドラッグなどと呼ばれる薬だ。
暴行は未遂だった。間に合ったとは信じていたが、医師の確認があったので安心する。よかった。
俺と鶏冠井さんは別々に警察で事情聴取を受けた。同じ浪花興産が関与しているからといって、同じ事件とはまだいえないからだ。それに、関係者が口裏を合わせて事実を曲げる可能性もあるからだろう。
会社でもパワハラなどのトラブルでは、関係者個別にヒヤリングするもんな。
人間の記憶なんて結構あいまいだから、誰かの意見に引っ張られることも多い。
出来るだけフラットな事実を確認したいからね。
でも、既に姉ちゃんの描いたシナリオを共有済みだ。ソフィの電素魔法はニューロンにも作用するから、記憶や情報を他人に送信出来るようになったんだ。
これで、スマホなどにやってるように、他人の脳内の読み取りが出来るようになったら、無敵のスパイの出来上がりなんだが、それにはなかなかハードルが高い。
人間の意識って、整理されているわけじゃないから、雑音の中から必要な情報だけを取り出すのがまず難しい。
そして、普通の人は電素魔法が使えないから、情報の出力がゼロだ。
つまり、深い海に沈んだ多数の残骸からお宝だけを上手に引き上げるようなものだ。
というわけで、今のところ他人の意識ののぞき見は出来ないんだ。これが出来れば、犯人探しもすぐなんだが。
それはともかく、『お話のすりあわせ』はばっちり。
といっても、ほぼ事実のとおりだ。
改変したのは、鶏冠井さんの車が放火された後、一人になったソフィが氷所らのアジトに連れ込まれ実を捕まえていることを聞かされ脅された。が、脅されながらも実の居所を聞き出した。その後、偶然漏電が起き4人の男たちが感電したすきに逃げ出し、篝おばさんに頼んでタクシーを回してもらったという部分。
それと、実が心配で監禁場所に来たものの、またも捕まってしまったが、たまたま起きた火災でガス爆発が起き、浪花興産の5人が気絶したという部分。
そんな都合のいい話があるもんか! と言いたいところだが、鶏冠井さんが『女神に手を出すからです』と力説し、姉ちゃんが『天使の怒りを買ったから。これぞ天罰!』とぶち上げ、刑事たちも俺を見て、そういうこともあるよなあと納得してしまったのだった。
いいのかそれで。
それと、姉ちゃんから浪花興産のとある情報を教えてもらった。
さすが小説家。
出版業界には詳しい。
なるほどね……。
俺たちの事情聴取は、天罰説のおかげか割と早く終わった。まだ午後10時前だ。
警察署に来るときはパトカーだったが、帰りは自腹だ。鶏冠井さんの車もなくなったので、3人でタクシーに乗った。
実が心配なので、もう一度病院に向かう。被害者だから意識が回復次第事情を聴かれる予定のため、刑事たちが詰めている。だから安心といえば安心だが、俺も傍にいたい。
実の娘だし、義理のお姉ちゃんだし。ややこしいな。
目を覚ました時警察関係者ばかりだと、実も不安だろう。事件内容が内容だから、事情聴取は女性が行うとは聞いているけれど。
病院はとうに時間外だが、守衛も事情を知っているのだろう。すぐに入れてくれた。
守衛のおじさんの顔が赤い。
あっ、変装してないんだった!
集中治療室前で騒いでいる声がする。おい、ここ、病院だよ。しかも集中治療室だよ。
この声には聴き覚えがある。
というより、忘れたくても忘れられない。
廊下と治療室を隔てる自動ドアの前で、私服の刑事たちに喰ってかかっている中年女性。
それは、俺の別れた妻、加悦だった。
警官6人のうち、川原さんは機動鑑識です。念のため。




