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第3話 おっさん、恐怖する

おっさんの境遇編です。なんか重いですが、この作品は基本ラブコメなので、こっち方面は深堀りしません!


……多分。

 結局、話が途中のまま、俺は現実へと帰還させられた。


 どっちにしろ、召喚するしないはソフィが決める。俺が拒否したところで、召喚に抵抗する手段はない。

 事前に予告することも出来ない。

 いつ召喚するか、いつ運動量保存コンサーベイション・オブ・モーメンタムを使うかは、戦局次第だ。

 ソフィにだって予測はできない。


 それはわかってるんだが、俺にだって現実の生活がある。一応。


 などと思いながら、目を開けた。

 ただちにトイレに駆け込む。



 ……ようやく落ち着いたので顔を洗った。鏡に映るくたびれたおっさん。


 俺、椥辻(なぎつじ)醍醐(だいご)は四か月ほど前に会社をクビになり、家族にも捨てられた元サラリーマンだ。

 家は嫁と子供に渡したため、この安アパートで一人暮らしをしている。なんとか失業保険で食いつないでいるうちに再就職しないといかんのだが、そうそう簡単ではない。


 とある大手メーカー勤めだったが、俺は総務畑を歩んできた。しかも労務が長い。バブル後に労組と賞与や福利厚生の切り下げでバトルしたこともあった。

 担当役員の指示でリストラも断行した。

 業務サポート部という名の追い出し部屋を作り、スキルアップと称して不慣れな業務を転々とさせ、結果が出ないと言って大幅に人事評価を下げるなども行った。


 何人もが泣きながら退職願を提出した。


 胸が痛まなかったわけではないが、会社を存続させることが最優先だった。会社が潰れれば全員が路頭に迷う。

 そうならないために出来ない社員およそ百人に犠牲になってもらわざるを得ない。それが正義だと信じていた。


 出来る社員、出来ない社員。その頃の俺は不遜にもそう社員を格付けし、冷酷に切り捨てていた。


 リストラ効果もあり会社はV字回復、担当役員は常務に昇進した。

 常務の覚えめでたい俺も、経理部長に昇進した。

 その常務が以前から行っていた海外投資がここにきて軌道に乗りはじめ、過去最高利益を更新したのがつい昨年度のことだ。


 だが、不正が発覚した。海外子会社を使った資産移転による脱税。

 利益の一部は常務の私的財産の取得にも使われていた。横領だ。


 常務は解任され、経理部長だった俺もクビとなった。退職金が出たのが幸いだが、大半は妻への慰謝料に消えた。


 ああ、俺は不正経理に関与していない。定年退職した前部長時代の工作だ。会計士も見抜けなかった巧妙なものだ。

 労務から経理に異動したばかりの俺に分かるはずもない。


 今思えば、常務派と自他ともに認める俺を経理部長に据えることで、いずれは直接関わらせようと考えていたのかもしれない。


 会社を去る時、掌を返したように同僚たちの目が冷たかった。常務の虎の威を借る狐。リストラ屋がリストラされた。ざまをみろ。

 そんなあざけりが聞こえたような気がした。


 まったくだ。

 因果応報という言葉を実感した。天に唾するというやつだ。


 そして金の切れ目が縁の切れ目だった。娘が成人した後、もともとぎくしゃくしていた妻との関係は、俺が失業したとたん完全に壊れた。


 家庭を顧みない夫だった。妻の話を聞かない夫だった。私には幸せな想い出が何もない。

 そう言われて俺は妻に家から追い出されたのだった。


 後日、妻の署名捺印済みの離婚届が郵送で届いた。



 何もする気が起きなかった。

 若いころから趣味らしいものがない。唯一、漫画やアニメやゲームは子供のころから姉の影響もあって、わりとはまっていた。


 それも会社が忙しくてここ十年ほどはご無沙汰だった。


 時間はたっぷりある。


 最後に残った財産ともいえる愛用のノートパソコンで新旧のアニメを配信やオンエアで見たり、ネトゲをしたり。


 逃避なのはわかっている。

 だが、そうでもしないとやってられなかった。


 懐かしのロボットアニメなどを見ると、少年時代に戻った気がした。当時のように興奮した。まだいくらでも可能性があったあの頃のように。


 パソコンを閉じると、55歳の現実に引き戻される。


 就職面接に足しげく通わねばならないはずなのに、気がつけば一週間もこもってアニメとゲーム三昧。

 最近は電子書籍で古い漫画も簡単に読める。

 誘惑がありすぎる。


 無為に過ごしていたある日、俺は突如異世界へと召喚されたのだった。



 俺にも都合があるなんて言い訳だ。

 いや、本当は職安に行ったり、履歴書を書いたりしないといけない。けれど、億劫だ。やる気がしない。グダグダだ。


 ソフィがうらやましい。そしてまぶしい。

 王国のため、戦争月に勝利する。

 おのれが狙われているなら、自分自身を餌に敵軍を呼び寄せ殲滅する。

 王女としての覚悟もさることながら、幼い少女が命をかけて戦っているのだ。


 それは俺には関係ない話だ。迷惑だ。便利使いするな。


 それも俺の本心じゃない。

 俺は異世界に行けるなら、何もかも捨てて行きたいくらいだ。

 どうせほとんどこの世界に未練のあるものなんて、ないしな。アニメの続きぐらいか。


 ……俺もオタクの業が深くなってきたな。


 でもなー、こうやっていじいじとしながら召喚を待っているし、召喚があるのを言い訳にして明日もきっとどこにも行かないのだ。


 本当に、俺、最低だ。


 さっき聞いたソフィの報酬とやらにもなんとなく期待しているしな。ああああ。



 ……そりゃ嫁にも逃げられるはずだ。俺って会社の肩書を無くしたら何も出来ない、なんにもない奴だったんだなあ。


 今の日本は深夜だった。俺はそれからストロングチューハイを1本空けつつエロサイトをはしごして、寝た。



◇◇◇


 まだ夜の明けきらぬ朝4時。

 俺は急に体が沈む感覚で目が覚めた。


 召喚だ!


 光の回廊を一瞬で抜け、見慣れた世界に視界が切り替わる。敵軍が目の前に密集し、自軍の兵が人間の盾となってそれを防いでいた。


「姫様、今でございます!」


 老騎士が叫ぶ。


運動量保存コンサーベイション・オブ・モーメンタム!」


 球状に光が拡大し、その中のあらゆるものを爆散させた。


「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 いつもより味方の歓声が大きい。


(ソフィ、戦況は?)

(今ので敵軍の1大隊を撃破しましたわ。逆転です! あと少しで勝利を確実にできます!)

(そうか、それはよかったな)


 ソフィに釣られて主力を送り込んできたのか。

 運動量保存コンサーベイション・オブ・モーメンタムの威力を知っていて、いささか不用心なような気がするが、だからこそ大軍を送り込まないと対抗出来ない、と考えたのかもしれないな。


 と思ったのもつかの間。


 魔法障壁で爆散から護られていた味方兵が、突如剣を振りかざし俺に迫ってきた。その数、十、いや二十人程度。

 それに気を取られていると、ひゅんと何かが頬をかすめた。

 頬に温かいものが垂れるのが分かった。


 血!?


 ぎょっとして見ると、折れた弓矢がくるくると宙を舞っていた。

 老騎士ギュルダンが剣で逸らしてくれたのだ。

 そうでなければ、顔の真ん中を貫かれていた。かも。

 兜はあるが、味方に障壁魔法をかける関係で、バイザーを上げている。

 今の今まで、それが危険だと感じていなかった。


「姫様には近寄らせん!」


 ギュルダンが一喝する。

 味方の一部が、敵兵に入れ替わっていたのだ。


 本物の味方兵も寄ってくるが敵兵の方が近い。更に弓矢で狙われている。


 しかも。


「敵多数接近!」


 運動量保存コンサーベイション・オブ・モーメンタムの範囲外から、騎馬軍団が迫ってきた。かなりの数だ。

 こちらを包囲するよう猛烈な速度で馬を駆る。ドドドと大地が揺れる。

 その背後に歩兵や石弩部隊も進軍してくる。


 これは、連続して撃てない、という運動量保存コンサーベイション・オブ・モーメンタムの弱点を知った上での敵の作戦だ!

 1度目はわざと撃たせたんだ!


 であれば、さっきの大隊、鎧だけの案山子なんかも混ぜてたんじゃないか?

 残存戦力を誤認させ、こちらを油断させる作戦だったのかも。


 まんまと引っかかった!


 ……と考えたのも一瞬、狙いは俺だ。正確にはソフィだが、今のこの体は俺視点だ。

 ギュルダンが味方に化けた敵兵を食い止めてくれている、このわずかな隙に。味方兵の場所まで逃げないと。


 だが。


 寝起きの俺は足がもつれた。無様に転んで灰と泥で白銀の鎧が汚れる。


「姫様!」


 ギュルダンの悲痛な声が遠くで聞こえる。

 顔を上げると、大きな剣が振り下ろされようとしていた。


 間に合わない!


 死ぬ!


 死んだ!


 俺は恐怖で目をつむった。

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