第19話 おっさん、生放送に備える
「さ、さきほどはありがとうございました! す、素敵でした! ソフィーリアさん」
あ、怒ってるんじゃなかった。
よかった。
「いえ、こちらこそ、松本さんのアテレコでアクションさせていただいて、光栄です。ありがとうございます」
ちなみに、イベント前に挨拶は済ませた。だから松本さんに会うのは、本日3度目。
最初の挨拶と、ステージ上と、今ね。
「それで、お願いがあるのですが、ツーショット撮らせていただいてイイですか?」
あれ、さっきステージ上で結構撮影したような……。
「あっ、イベント写真じゃなくて、プライベートショットが欲しいんです。私、SNSやってまして、アップさせていただきたくて」
ああ、なるほど。楽屋のオフショットの方がいいんだ。
そういえば、俺SNSの公式アカウント作ってないな。その代り筈巻公式がつぶやいてくれているけど。
鶏冠井さんが連れてきたということは、アップすること自体は了承済みだな。
なら問題ない。俺も松本さんとのツーショット欲しいし。
だって、今をときめく人気声優松本かおりさんだよ!
俺の見ている深夜アニメによく出演している人だよ!
「私も撮らせていただいてもいいですか? 松本さんとのツーショット」
「も、もちろんです!」
「では、よろしくお願いします」
松本さんはスマホ撮りだ。自撮りで何枚か、そして鶏冠井さんがカメラマンになって何枚か。
「じゃあ、交代して」
(ソフィ、よろしく)
(はい、おまかせください)
ソフィは自撮りで何枚か撮る。こっちは鶏冠井さんの出番は、なしだ。だって……。
「うそっ! なんでこんなにきれいに撮れるの!?」
松本さんが驚いていた。すみません、フォトアプリで無双出来るんです、うちのソフィ。
「て、転送していただいてもいいですか???」
「じゃ、メッセージアプリで」
何枚かフォト転送する。おお、またもナチュラルに女性とふるふるで繋がっちゃったよ。しかも人気声優さんと!
「あああありがとうございます!!!」
松本さんが顔真っ赤にして喜んでいる。うん、なによりだ。
「じゃあ! ありがとうございました! またふるふるで連絡します! あっ、私の公式SNSのID、後で送っておきますね!」
と言いつつ、スキップするように松本さんは控室を出て行った。
「着々と味方が出来ていきますね。さすが女神さまです」
「味方というか、単に繋がっただけじゃないのかなあ……」
「何をおっしゃいますか。松本さん、部屋に入るまでは女神さまに断られたらどうしようとドキドキされてましたよ。あれは恋する乙女ですね」
…… 松本さんも百合かよ……。
まあ、鶏冠井さん独特のジョークだろうな。この人真顔でギャグ飛ばすし。
「さて、そろそろ出発しないと。午後も各局回って収録です」
「はい、そうでした。頑張ります……」
コスプレと松本さんで盛り上がったテンションだったが、お仕事は続くよ。
辛いなあ。
◇◇◇
翌週。
早いもので、ソフィが現実世界に転移してきてから半月がすでに過ぎた。
そして、初めての番組生出演が決まった。
水曜日の『おはチョー』、メディアマーケットのコーナーだ。
ちょうど、俺が先週録画で出演した1週間後になる。テレビ朝陽の神足ディレクターには鶏冠井さんがかなり、かなーり恩を着せていた。
俺がちょっと引くぐらい。
さすが出来る女性社員!
火曜日の夜、他局での収録の後、鶏冠井さんから生放送の台本を貰った。台本といっても進行表程度のもので、ことこまかにセリフが書いてあるわけではない。
つまり基本アドリブで受け答えするということだ。
初生出演なので、鶏冠井さんからいくつか押さえるべきポイントを指導してもらう。
当然ながら本筋は筈巻アニメのプロモーション活動なので、テレビ朝陽オンエア『レベル999魔王』を軸にし、他局アニメはノベルまたはコミックスを紹介する形にする。
それはイベント会場と同じようなものだからスムーズにコメント出来ると思うが、俺の、いやソフィへのプライベートな質問に対してどこまで答えていいかが問題だ。
身長とスリーサイズは公式プロフィールにある。身長179、バスト98、ウエスト53、ヒップ89センチ。これはOK。
体重は公式にもないからNG。それが乙女のポリシー。ホントは56キロだけど。
秘密だよ!
星座、干支。これは姉ちゃんが作った戸籍に成年月日があるから、これもOK。3月3日生まれ、うお座。干支は○○ね。
もちろん公式プロフィールにもある。
血液型。なんとソフィはO型なんだ。A型B型ともに抗体反応がないからね。例の病院で輸血が必要になるかもって言われ、調べたんだ。
反応がないだけで、本当に現実世界のO型と同じなのかどうかはわからないけど。なにせ異世界人だから未知の血液型なのかもしれない。が、検査のしようがない。なので公式プロフィールはO型。
学校を尋ねられたら、行っていないと答える。これは事実だからだ。ごまかせないし、ごまかしても意味がない。
問題は出自を聞かれたときだ。
鶏冠井さんと相談した結果、尋ねられた場合、カリブ海の独立領出身で、両親が事故で亡くなったため懇意にしていた日本の椥辻家に引き取られたというところまでは、答えることにした。
テレビ局の本気の取材能力は侮れない。
おそらく、独立領ノイマン王国の件はもう掴んでいるとみるべきだ。
なら、下手に隠すより、公開してしまう方が安全。
出自を話したら、ノイマン王国は飛び級制度があって、すでに日本の高校レベルの学習は終えていることにする。
日本語完璧だし。
でも英語はさっぱりだけど! そのほかの地球世界の言葉も!
元王女である(という設定であるが)ことは、こちらからはあえて言わないことにした。
両親である王と后を失い天涯孤独となった悲劇の王女の話は、自分で言うより第三者から語られる方が効果的だ。明るく振る舞う裏で、重い運命を背負ってる美少女。
「これはまたキますよ! 自分からは決して語らず、調べてみたらなんと! ってのがいいのです!」
鶏冠井さんが熱弁する。なるほど、不幸自慢は鼻につくもんな。たしかに。
義父の椥辻醍醐については、一般人ですので…… とごまかすことにした。芸能事務所の社長が一般人とは言えないだろうが、昏睡中だしな。
有限会社ゴッデス・エンジェルの登記を調べたらすぐわかることだが、登記上だけで実質筈巻の事務所だからな、ウチ。
名前を貸しているだけの一般人です! で、押しきることに。
おばが甘南備台朱雀なのは黙ってることにする。これは例の二心同体BL企画が進んでいるからだ。シングルデビューまでは筈巻の企業秘密。
「こんなものかな?」
「いえ、まだまだです。好きな食べ物とか、休日は何してるかとか、尊敬する芸能界の先輩とか、いろいろあります。最近は時事問題についても意見を聞かれたりしますし」
「ええ、なにその入試面接みたいな質問……」
「いや、本当です。一昔前おバカタレントが流行ってましたが、所詮キャラづくりだったのがバレたので、もうそのジャンルの芸能人はほぼ絶滅しました。今はトークでどれだけ機転が利くか、頭の回転の良さ、コメントの的確さが重視されます。タレント対抗のクイズ番組も多いですし。まあこれは、製作コスト削減という局の事情もあるのですけれど」
「企画はコストダウンして、面白さはタレントに押し付けるわけか」
「そうですね。タレントに押し付けるならまだましで、素人さんに押し付けてるような番組が増えてきました。残念です。その点弊社は変わらずアニメ中心なので、製作コストは上がる一方ですけど」
そういえば、シナリオのないハプニングの面白さを追求します、みたいなバラエティ増えたな。
それって単に仕込みを作るだけの予算がなくなっただけだ。
ただの言い訳だ。
筈巻書房は昔から多チャンネルで事業を展開するメディアミックス戦略を進めていた。
先見の明があったということだろう。いずれテレビは衰退するだろうと予測してたんだ。
実際、SNSやネット配信をはじめとして、テレビ局に資金が集中する時代ではなくなったのは、民主的で良いことだと思う。
「その分をイベントや円盤やグッズでカバーしてるわけか」
「メディアミックス展開は、ファンにとっても好ましいことで、winwinな関係だと思いますが」
「まあ、そうかもね。俺もキャンギャルの仕事もらえたし」
好きなアニメのグッズは欲しい派だ、俺も。
「ちょっと横道に逸れました。質問と模範回答、もう少し練りこみましょう」
「だよね……」
そうそう、鶏冠井さんと生放送の準備を進めていたら、思い出したことがある。
急にスケジュールが混んできて、各局でのビデオ撮りが増えた先週、実は困ったのが、私服が少ないことだった。
スタイリストさんがいるわけじゃないので、オンエア用の衣装は持ち込みなのだ。
最初に買った4着で着回ししてたんだけど、順列組み合わせしても足りなくなった。
情報番組出演タレントとして、着たきり雀ってわけにもいかず。
で、澤井店長の店にまた服を買いに行ったんだ。
◇◇◇
「ここここれはまたおおおおおいでいただきありがとうごごごごございます!」
サングラスで変装してたけど、澤井店長が飛んできた。さすが店長。目ざとい。
「よよよようこそでございます! ななな椥辻ソフィーリア様!!!!」
あれ? 俺の名前なんで知ってるの?
「ててててテレビ拝見いたしました! オーラが違うとは存じていましたが、げげげ芸能界のたたたタレント様でいらしたとは!」
「カケダシデス。マダホンノ、シンジンデスヨ」
「ぐはっ! 片言萌えです! オンエアでは普通にお話しされていたので、この片言は不肖澤井へのご褒美と受け止めさせていただきます!」
「アー、サワイサン、ソウイウ……わけじゃないの。あれから日本語の特訓したので」
苦しい言い訳だ、我ながら。
「ぐはっ! ではますますソフィーリア様の片言はレアものです! ありがとうございます!!」
「お礼を言われるようなことなのでしょうか……?」
俺は苦笑するしかなかった。
「あっそれよりも!! ソフィーリア様には店としてもお礼を申し上げなければ! テレビで着ておられた当店の衣装でございますが……」
服はここの店で買ったものしかなかったからね。
「直後からバカ売れで、全店で在庫がなくなりました! 急遽予約販売で絶賛増産中です! あのとおりでございます!!」
店長が指差したところには俺の出演ビデオを切り出した写真と、『ソフィーリア着用モデル予約受付中』の看板があった。
え、これいいの?
「うちの親会社が各局のスポンサーやってるので、番組を宣伝に使うことには許可いただいてます」
そうなんだ。
金持ってるな~。そういえば姉ちゃんも知ってたな。このブランドは有名だって。
「あ、親会社が、ですよ。別会社のネット通販事業で伸びてますので。店頭は相変わらず厳しくて……」
「リアル店舗の店長さんも大変ですね」
「そそ、そうでございます! そそそソフィーリア様に、おおおお願いがございまするっ!」
また『まする』って……。
「そもそもは、ここでこの澤井からお買い上げいただいたことが特需の始まりなのに、証拠がないので会社が信じてくれないんです! ご来店の記念に、ぜひこのポップにサインをお願いいたしまするっ!!」
サインか。一応イベント用に考えてはあるんだ。まだ機会がないから披露してないけど。
ファンは大切にしないといけませんよと鶏冠井さんにも言われてるし。
サインくらいなら、大丈夫だろう。
澤井店長にメリットがあるなら、人助けにもなるしな。
「わかりました。澤井さん。その代わりといっては何ですが、服選ぶのお手伝いくださいね」
「よよよよよ喜んで!」
本来の仕事だけどね、接客は。
ポップはストック含め4枚あったので全部にサインした。さらに澤井さんがどこからか持ち出した色紙にも。これは澤井店長個人用らしい。
サインを終える頃には、遠巻きに人垣が出来ていた。
まあ、サングラスで誰かは分からなくても、雰囲気で芸能人が来てるってわかるよね。
何人かは、あれって筈巻書房の……、とか言ってる。
おお、有名になりつつあるな。実感した!
澤井店長は、これで売り上げ倍増です! とか喜んでたけど、そううまくはいかんだろ。
衣料品はしんどい時代だが、まあ、がんばれ。
各業界用語は専門的にならないよう控えめにしています。その旨ご了解ください。
血液型についてはものすごく省略しました。いろいろ嘘ですが、そっち系でこだわる話ではないので端折りました。
体重についても、重力定数が同じわけがないので、意味がないといえば意味がないのですが、まあ地球で計ったらそうだった、という程度で納めてください。
その代わりといっては何ですが、現実世界での魔法の行使についてはがっつりハードに書く予定ですので、ご期待ください。