第16話 姫、芸能界デビューする
間が空きましたが、再開します。章別には分けていませんが、実質ここから第二章です。
芸能界篇スタート!
それから10日が経った。
ソフィの、じゃない、俺たちのイベントデビューは大変な評判になった。
『あの美女は誰!?』
実のところ、俺たちはアニメイベントの終盤に、今後の筈巻書房のキャンペーンガールとして紹介され5分程度ステージに登壇しただけだったが、即ネットで話題になり翌日のスポーツ紙各紙のトップを飾った。
テレビの情報番組でも、イベントそのものの話題より俺たちが大きく取り上げられた。
いや、注目されたのはソフィの容姿だが、俺も頑張って受け答えしたんだよ。
『日本語上手い設定』でデビューすることにしたからな。
わずか5分間だったけど、長い5分間だった。
鶏冠井さんが、「想定どおり!」と喜んでいたから、マーケティング的にはこれでいいんだろう。
俺の事務所、ゴッデス・エンジェルにはオファーが殺到した。これも鶏冠井さんの予想どおりだった。
当の鶏冠井さんがマネージメントを引き受けてくれている。
予定は、あっという間に埋まった。
誰だよ1日1仕事とか言ったのは。
当初計画していたレッスンはその分大幅削減になった。
歌とダンスは、そもそもレッスンの必要がないくらい、ソフィの身体能力が大したものだったという事情もある。
というわけで、基礎練習は飛ばして、デビューに向けたカバー曲の練習。
姉ちゃんのアニメ主題歌をシングルカットするのはもちろん、アルバムの同時リリースも決まったのだ。
ソフィの『ジャパニメーション好き』をフィーチャーしたトリビュートアルバム。
ソフィの希望で、『魔法の美少女キューティプリティR』のオープニングを収録予定だ。
もちろんそのほかの魔法少女系ソングも。さらにそれだけじゃなくて、セカイ系や、俺が好きなロボアニメをも。
熱唱系だぜ! イエいっ!!
で、それに合わせたダンス。
ソフィの出来の良さに、歌いながら踊ることになったので、同時レッスンとなった。
歌は、寝子ヶ山弓槻さん。
ダンスは、肱谷庇さんがレッスンをつけてくれる。
二人とも実力派で、有名歌手の指導を長くやってきた先生だ。寝子ヶ山さんが40歳くらいの女性、肱谷さんは聞いてもいないのに、35歳独身と言っていた男性。
二人がかりのレッスンはちょっと怖いけど、ソフィがにっこりするとたいがい許してくれる。
ちょろいぞ。
……問題は俺担当の演技力。
演技指導の葛籠屋真苧先生には叱られてばかりだ。この人には、ソフィのにっこりも効かない。
「ほんとにやる気があるの! そんな芝居で心が動くと思って!?」
怖い。演技してるのは俺だからなあ。男の芝居だって難しいのに、女の芝居なんて出来るかよ!
葛籠屋先生は舞台の演出経験が長い。寝子ヶ山先生と同じくらいか、ちょっと年上ぐらいの女性だ。
え、女性の実年齢なんて聞けないよ! セクハラ、ダメ、ゼッタイ!
(困ったな……。すまん、ソフィ)
(ディーゴ、体や表情のコントロールを私が行います。言葉だけ、お願いできますか?)
(なるほど、アテレコか。それなら)
二人三脚というか、合体技というか。
それでも葛籠屋先生には厳しく指導されたが、まあまあになったわね、といわれるまでにはなった。
なんとか……。
ソフィのおかげで助かった。
俺の元の体は鶏冠井さんに紹介された病院に移った。完全看護なので見舞いには来なくてもいいといわれた。目覚めるまでしっかり預かるから心配しなくていいって。
その代り、自由診療扱いなのでかなりお高い。まあ、仕方あるまい。
かといってずっとほっとくわけにもいかないが、今のスケジュールだと確かに毎日見舞いに行くのは難しい。
目覚めることはないとわかっているし。
それに、パパラッチ対策もある。
義理の父親兼事務所の社長が昏睡状態って、バレるとまずいよね。やっぱり。
マンションのコンシェルジュさんたちとも親しくなった。
朝から夕方までは女性2名が勤務。
山端雲母、柊谷柘榴、樒原薊、女郎花伯耆、さんの4人が交代制で出勤している。
夜は男性1人体制。童仙房間人、室牛是安、さんの2人が交代で詰めている。
驚いたことに、全員武道の実力者だ。山端さんはレスリング、柊谷さんと樒原さんは空手、女郎花さんはムエタイ。
童仙房さんと室牛さんは柔道と剣道。
全員から、何かありましたらお任せください! と言われた。
うん、頼むね。俺より遥かに強いよ、この人たち。
もちろん、俺、いや俺たちの正体は誰にも明かしていない。
今でも、知っているのは姉ちゃんと鶏冠井さんの二人だけだ。
さて、肝心の姉ちゃんの魔法解析であるが……。
レッスンの途中に、姉ちゃんちに菓子折りもって行く。また徹夜してるに違いない。
「やあ、ソフィ、今日もきれいだね」
「すまん。今は俺だ」
「醍醐でもきれいなもんはきれいだ。あんたにしては差し入れとは気が利くな」
「俺とソフィのために頑張ってくれてると思うとさ、ありがたいよ」
「んー、まあ世界制覇のためでもあるがな。がはは!」
「悪の秘密結社かよ」
「まあ、それに近いかもな」
「んで、電素魔法はどうよ」
「明かり魔法の術式はもう少しで全部解読できる。けどなあ」
「けど?」
「術式の翻訳が出来たところで、魔法が発動するわけじゃない」
「はあ?」
「考えてもみろ。文章を書いたら魔法が使えるなら、とっくの昔にこの世界は魔法使いだらけになってる」
「なんじゃそりゃ? じゃあ翻訳の意味ないじゃん!?」
「単に訳すだけじゃダメなんだ。魔法は数学の構造をしているのは前にも話しただろ。数式化し、かつその式を展開する実体が必要なんだ」
「どういうこと?」
「ソフィがネットで時空魔法が使えるのは、電子回路やネットワークそのものを式の展開に使っているからだ。異世界で外に向かって魔法が発動するのは、魔素と術者が同様の回路を形成するからだろう。魔法陣が目に見えると言ってたよな」
「ああ、見える。アニメや漫画でよくあるシーンだから当たり前のように思っていたが、確かに空間に文字が書けるって、それ自体、異常だな……」
「この世界では魔法陣が描けない。だから、その代わりになるものが必要だ。魔法をドライブする何かが」
「なるほど……。術式とドライバーが揃えば、魔法が使えるということか」
「うん」
「ア、ナルホド。タシカニココデハ、マホウジンガ、カケマセン」
ソフィが割り込んだ。
「魔法陣を空間に描くときって、どうやってるんだい? ソフィ」
「アンマリ、イシキシタコトガ、アリマセン。フツウニ、カケマスノデ」
「ソフィの世界じゃ言葉を話したり、体を動かしたりするのと同じように当たり前のことなのかもしれないね。魔素の代わりの電素で陣が描けないものなのかねえ」
「ねっとノナカナラ、ゴクフツウニ、マホウガ、ツカエルノデスガ……」
「そうなんだよねえ。ネットの中の仮想魔法が現実魔法にならないもんかねえ。なにか突破口がないもんかとずっと考えてるんだけど、思いつかない」
「姉ちゃん、魔法の解析をやってくれていてこんなこと言うのもなんだけど、執筆の方は大丈夫なん?」
「ああ、時間決めてるから。午前二時を回ったら小説に専念してるよ」
「いつ寝てるんだよ!」
「んー、昼寝かな。まあ時々仮眠もしてるし」
「体大事にしろよ。もう歳なんだから」
「あんたに言われたくないよ」
「俺今16歳だもん」
へへん!
俺は、もう一つ聞くことを思い出した。
「そうそう、ノイマン王国に移住しようって件、どうなってるの?」
「まだこれからだ。港を整備しないと資材も運べないしな」
「事務所の方では公開してないんだけど、ソフィが元ノイマン王国の王女ってのがネットで割れてるようなんだけど」
「これだけ話題になれば出自もバレるよな」
「大丈夫なんかな? ノイマン王国がでっちあげだと知れたら、大騒ぎにならないか?」
「ああ、その点はもう一段階細工したから、大丈夫だよ」
「え?」
「チョットカクニンシマス……。アア、ナルホド」
「何がなるほどなんだ?」
「ソレハデスネ……」
数か月前に大型ハリケーンがカリブ海を襲った。これは本当の話だ。
実際、俺たちがノイマン王国として買った無人島も、大きな被害を受けた。
人が住んでないから被害といっても樹木が倒れたり、海岸線が崩れたりというだけだが。
それで荒れたこともあって安く買えたのだ。というか安く買える島を探したのだ。
もっとも、120万ドルという価格がどの程度安いのか俺にはわからんが……。
「だから、ノイマン王国は今復興中ということにした。ついでに復興費用をクラウドファンディングしてる。最低1万円から最高1000万円まで!」
「そのファンディングの見返りって……」
「1万円は元王女ソフィーリアのサイン入り生写真付きデビューCDプレゼント。最高1000万円はノイマン王国に別荘を建てられる土地を持てる権利! その際、出入国はソフィも同行!」
「えええ? 聞いてないよ!!」
「今言った」
「だから決める前に相談してくれってこないだも」
「大丈夫だよ。ソフィーも同行といっても、私や鶏冠井も一緒だし。間違いは起こさせないよ」
「いや、起きたら困るけど、そういうことじゃなくてだな……」
「まあ実際港や空港作れるだけ金が集まるかどうかだしな。実現したとして、だいぶ先の話だ。もしかしたらその頃にはソフィーは異世界に帰っているかもしれないしさ。気楽に考えとけよ! がははは!」
それって詐欺じゃないのか……。
そもそもノイマン王国そのものが詐欺なんだが。
考えるだけ、無駄か。
さて、そろそろ俺も仕事だ。連絡しておいたから、鶏冠井さんがこっちに車を回してくれる時間だ。
ティン・トーン。
時間ぴったり。
『鶏冠井です。女神さまをお迎えに参りました』