第13話 おっさん、セクハラされる
「シートベルトよし。全センサー異常なし。進路オールクリア。鶏冠井、発車します」
2トントラックはギュンとバックし、90度回頭して車道に出た。4WD特有の横Gが強い。
「病院に向かって、発進!」
ぎゅーんとアクセルを踏み込む。って今時マニュアルですか。でもシフトショックがほぼない。
天然ガス車なのに、トルクの細さを感じない。アクセルコントロールが上手いんだ。鶏冠井さん、実は走り屋?
俺は姉ちゃんの指示で、助手席に乗ってる今も帽子、サングラス、マスクは装着したままだ。
姉ちゃん曰く「周りの車があんたに気がついたら大事故間違いなし。絶対に取るな!」
トラックの運転室は高いから、見えやすいしな。
道は混んでいたが、鶏冠井さんの脇道選択が的確で、若干遠回りしたのにさほどの時間もかからず、午後1時過ぎには病院に到着した。
「病院の駐車場には入れられないので、あっちの時間貸し駐車場に停めてきます。後ほど病室に伺います」
「まだ集中治療室の中かどうかわかんないよ?」
「では、スマホで連絡を。ふるふるしていいですか」
「ふるふるもいいけど、今後のこともあるし、番号も交換しよう」
「えっ、女神さまの電話番号ゲットですか!?」
「俺のだけどね。鶏冠井さんのいうやさぐれバージョンだけど」
「やさぐれてるのも、それはそれでよいものです! 超絶美少女の中身がリストラ熟年オヤジって、ギャップに萌えるじゃないですか!」
「なんかさらっとディスられてない? 俺……」
「これは失礼しました。テヘペロ」
淡々とギャグ差し込んでくる人だな!
それはともかく、ふるふるして、番号も交換した。
おお、嫁にしたい候補暫定1位、鶏冠井さんの携帯、ナチュラルにゲット!
(ディーゴ、手を出したらダメと先生がおっしゃったはずですが!)
(ソフィ、急にどうした。これは必要なことだぞ。これから強い味方になる鶏冠井さんと連絡取りやすくするのは、当然のことだろ)
(そ、それはそうですが。ディーゴ、嬉しそうです)
(俺が嬉しそうだったら、なんか問題あるのか?)
(いえ、そんなことはないですが……。すみません。なんでもないです)
変な奴。
鶏冠井さんに嫉妬したのかな? なーんて、ないない。
病院正門前で降ろしてもらって、鶏冠井さんはトラックを停めに行った。
俺はマスク姿のまま、入院窓口に向かった。面会時間は午後1時から午後5時まで。ちょうどだ。
「昨日入院した椥辻醍醐の身内ですが、病室はどこでしょうか」
体の制御は俺がしている。この病院では片言の日本語じゃなかったからだ。
「椥辻さんですね。今も集中治療室ですよ」
昨日の人ではなかったが、普通の応対で、ホッとする。
俺も顔を隠したままだし、それに昨日も多少ぎょっとはしても、職務を忘れず話してたっけ。
「ありがとうございます」
2階の集中治療室へ上がった。手をアルコール消毒し、帽子とマスクを備え付けのものに変える。サングラスは……外した。
インターホンを押して、扉を開けてもらい、中に入る。
救急らしい患者さんが呻いている横を通り、奥へ。
カーテンに囲まれたベッドに、俺の体が寝ていた。
相変わらずコードがいっぱいくっついている。
小太りで禿げ頭でなまっちろい俺の体。
運動なんて学生以来ほとんどやってないから、あちこちたるんでぶよぶよだ。
よく見たら、目ヤニやよだれが。もう、汚いなあ。
ハンカチで拭いてやる。新品じゃなくて姉ちゃんに借りたものだから、気にしないで使う。姉ちゃんも返さなくていいと言ってたし。
俺の顔、あったかいなあ。
姉ちゃんもそうだったけど、体温高めなのか? 自分の平熱が何度かなんて知らないや。それともソフィが低いのかな?
胸がゆっくり上下している。うん、生きてる。
魂は抜けているけど。
なんか頬に違和感が。
触ったら、濡れていた。
涙?
俺、泣いてるの?
なんで?
あれ? 俺なのか? それともソフィか?
ソフィの感情が読み取れなかった。心を閉ざしている?
どうしたんだ? ソフィ。
……。
しばらくして、涙は止まった。
(すみません。ディーゴ、私のせいで。ディーゴを危険に巻き込んでしまって)
(なんだ、病院なら安心だって言っただろ。心配するなって)
(いえ、そういうことでは……。そもそも私が召喚したのが始まりですし……)
(それは、そうだけど。それはもう気にしなくていいよ。俺、今、どっちかというと楽しいしな!)
(そ、……そうなんですか)
(ああ、なんか、やる気というか、前向きな気持ちになってる。年甲斐もなく、わくわくしてる)
(な、なら……。よかったです)
(だから、泣かなくていいから。ほんとに大丈夫だから!)
(はい)
俺はマスクで顔をぬぐった。目ヤニやよだれの付いたハンカチで拭けるかい!
周りの看護師さんがもらい泣きしているのに気がついた。
いや、違いますから!
って、まあ誤解されててもいいか。お父さん想いの献身的な娘です。はい。
この時のソフィの涙の本当の理由を知るのは、もっと後になってからだった。
詰所で先生の話を聞いたが、昨日から進展はなかった。明日まだ目を覚まさなかったら、再度MRIを撮るとのことだ。
明日どころか、ずっと目を覚まさないことは分かってるけど。
詰所を出ると、鶏冠井さんが待っていた。メッセージで居場所を伝えておいた。
「転院を考えた方がいいかもしれません」
「え?」
「昏睡状態は続きますから、いずれ、珍しい症例として学会などで話題になるかもしれません。騒ぎになると、いろいろ差しさわりが」
「それはそうか」
「さすがに弊社グループも病院は経営しておりませんが、口の堅いところに心当たりがあります。打診しておきましょう」
「なんだか不穏な雰囲気があるんだけど」
「大物政治家なども匿うところですから、完全にクリーンです。すぐに転院を言い出すのも怪しまれますから、1週間後ぐらいに、甘南備台先生から病院に申し出ていただくのが自然でしょう。実のお姉さまですから」
政治家匿うって言ったよ! それ、クリーンの基準が違うよ! 清潔だけど、清潔じゃない!
「では、荷物を引き取りに参りましょう。あ、退去の手続きは後日弊社で行いますから、気になさらなくて結構です」
ああ、そうか。ソフィの体では出来ないもんな。不動産屋が誰あんた状態になるな。
トラックで安アパートに向かった。発車する時「鶏冠井、行きまーす!」と言ってたのは、華麗にスルー。
◇◇◇
そのマンションの駐車場は広く、2トントラックも入庫出来た。
屋根のある、自走式二層駐車場。屋根も高い。
停まっているのはほとんど外車。英国の某超高級スーパーカーまである。確か1台1億5千万円ぐらいじゃなかったっけ? すげえ、本物初めて見たよ。
ぶつけたら修繕費だけで年収の何倍もしそうな高級車の合間を、すいすいとトラックを通しちゃう鶏冠井さんの心臓もすごいが。
トラックを停めると、誰かがこっちにやってきた。
あ、やっぱりでかいトラックで入ったらまずかったんじゃないかな? おこられちゃう?
「手伝いが来ました」
「え?」
「本当はアパートから荷物を出すときも手伝ってほしかったんですが、ここの部屋の掃除なども必要でしたので」
鶏冠井さんの会社の人? 部下に頼んだのかな。
「部長、よろしくお願いしまーす!」
俺はまた脳内で盛大に転んだ。
「おお、鶏冠井。時間どおりぴったり。お前らしいな。じゃ、荷物降ろすぞ。……彼女が女神さまだな。うん、鶏冠井の言うとおりだな」
俺、ちゃんと顔隠してるけど。なにが言うとおりなんだ?
「素顔は部屋で拝見しよう。あ、俺は桂後水。よろしくな!」
えらくフレンドリーな部長だな。どの部長なんだ? 後で名刺もらおう。
1時間ほどで荷物は片付いた。
荷物の大半は俺の着替えだから、廊下の収納ボックスに入れた。ソフィの服や下着はベッドルームのクローゼットへ。
ベッドルームにはちゃんとベッドがあった。布団、いらんかったな。というわけでこれも廊下のボックス行き。
ベッドだけじゃなくて、テレビや冷蔵庫、エアコン、洗濯機、カーテン、ソファセット、照明等も完備していた。賃貸だからかな?
それに、ここ一応3LDKなんだけど、リビングだけで30畳ぐらいあるよ。それにトイレが二か所、風呂も二か所。めっちゃ広い。角部屋だし。
トイレと風呂の片方は、ベッドルームからしか入れない。マスター専用なんだな。廊下から入れるもう1セットは、ゲスト用なんだろう。
1階のロビーにコンシェルジュがいるのは聞いてたけど、二人も座っていたのには驚いた。
制服を着た若い女性だった。夜中もいるんだよな。さすがに夜は男性スタッフだと思うけど…。
「さて、あらためて挨拶しよう。HAZUMAKIホールディングス、メディア事業部長の桂後水だ」
「あ、どうも」
慌てて立ち上がり、マスクを外して名刺を受け取る。帽子とサングラスは部屋の中に入ったときに取ったが、マスクは付けたままだった。
だって荷物片づけるのって埃っぽいし、感染症に気を付けないと。
桂後水部長が目を剥いた。
「こ、これは……。仕事柄タレントには数多く会ってるし、美男美女には免疫があると思っていたが、こいつはすげえな……。いや、写真を見てるからある程度は覚悟してきたが、生で会うと圧倒的だ。同じ人間とは思えんな」
「女神さまですからね。部長」
「ああ、確かに神の領域かもしれん。異世界からやって来たと言われても、信じるぞ!」
恐るべき慧眼だ! さすがメディア事業部長だけのことはある!
まあ、ジョークだろうけど。
「いやあ、鶏冠井に頼んで手伝いに来させてもらえてよかったよ。鶏冠井以外で、社の誰よりも早く実物を見た! 自慢できるな!」
押しかけかい! まあ、手伝ってもらって助かったけど。早く済んだし。
「ええと、椥辻ソフィーリアです。今日は助かりました。ありがとうございました、桂後水部長」
「堅苦しいな。もっとフランクに話してくれていいぞ。これから仕事のパートナーになるんだからな」
「親しき中にも礼儀ありです。それに、今お会いしたばかりですし」
「真面目だねえ。それにしても日本語上手いね。まだ5年だっけ? 日本に来て」
つい俺の制御で話してたな。ソフィのほうが良かったのか。
どっちのバージョンで話したか、覚えておかないとややこしいことになりそうだ。今のところ身内以外でソフィが喋ったのは澤井店長だけだっけ?
「ええ、今は日本人ですし。でも、メディア的に片言の方が受けがいいのなら、カタコトデ、シャベッテモ、イイデスヨ」
「うーん、仕事の幅という点では流暢に話してくれた方がいいかな。片言も可愛いけど」
「わかりました。あ、さっき駐車場で鶏冠井さんの言うとおりっておっしゃってましたよね。わたし、顔を隠していたと思いますが、どういう意味だったんですか?」
「顔隠してたって、小顔だし、鼻筋とおってるし、プラチナブロンドのヘアだし、なによりそのプロポーション。爆乳! おっとセクハラ失礼!」
笑いながら言うな! わざとだな。
「ああ、このおっぱいでバレちゃうんですね。これは隠しようがないですからね。男の人は本当におっぱい好きですね」
おっぱいを強調したのは嫌味だ。セクハラに勝てるのはセクハラだけ!
「あははは! 今着てる服、隠す気全然ないじゃん。むしろ強調しているじゃん! ソフィちゃん案外強気だね!」
このくらいではひるまんか。さすが部長。
「部長、仕事の話をしなくてもよいのですか?」
鶏冠井さんが割り込んだ。
「悪い悪い。ほんの冗談。鶏冠井は厳しいね」
桂後水部長は俺に書類袋を渡した。
「まだ事務所が出来てないから仮りのものだが、今後のスケジュールだ。学校は行ってないと聞いてるから、そのつもりで組んである」
俺は袋からスケジュール表を取り出した。ええ、これは……。
「なんか、びっしり埋まってるんですけど!」
「そうかい? はじめてだから1日1仕事に抑えてるし、詰まってるようにみえるのは、仕事の合間に歌とダンス、芝居のレッスンが入ってるからだよ」
「そうですね。見れば時間単位ですし。女神さまなら、すぐに分単位になると思いますが」
鶏冠井さんまでそんなことを!
頼れる味方じゃ、なかったんですか~~!!
若干タイトル詐欺でしたね。すみません。