第10話 姫、平気で脱ぐ
姉ちゃんが朝ごはん作ってくれた。ごはん、おしんこ、味噌汁、肉じゃが、リンゴ剥いたの。
ソフィはまだ寝ているので、俺は着替えてない。丈の合ってないパジャマの上にカーディガンだけ羽織っている。
「旨いな。姉ちゃん意外と女子力高いね。昨日のメイクといい」
「自炊何年やってると思ってんの。といいながら普段は朝ごはんなんて食べないけどね。昼頃まで寝てるし」
「作家様は優雅だね」
「夜中に執筆してるからだよ。明るいとやる気が出ない」
「それで編集さんも夜来るんだ。昨日鶏冠井さんも遅くまでいたなあ」
「まあ大概作家は夜型だよ。たまに9時5時ってまっとうなタイプもいるがな」
「サラリーマンから専業作家になった、みたいな人?」
「いや、そういう経緯の人は案外昼夜逆転タイプが多いかな。会社勤めじゃ出来ない生活を謳歌する感じだ。あたしみたいに」
「大蔵省は朝早くから深夜までってボヤいてたじゃん。過労死上等! だって。9時5時とは言えないんじゃないかなあ」
「まあね。……ところで醍醐、体はなんともないか?」
「いや、特に。さっきも快調に出たし」
「飯食いながらその話はやめてくれ。……思い出す」
姉ちゃんの顔が赤くなる。俺の意識下の体だったとはいえ、ソフィに触ったからか、……な?
マジで百合か? 百合なのか姉ちゃん!?
「……そんなに長時間ソフィの中にいることはなかったんだろ?」
「うん。魂の感じは昨日と変わらないよ。こうして普通に体も操れるし。自分が希薄になってもいない」
それは実は俺も気になっていた。長くソフィの中にいると、ソフィと意識が混ざったり、自分をソフィだと誤認してしまうようになるんじゃないかと。
今のところそんな兆しはない。俺は俺。間違いなく椥辻醍醐だ。自我は確立している。
「もうひとつ、ソフィがあんたに感染症の話をしただろ。異世界にはこの世界にはいない魔物や魔獣がいる。当然、未知の細菌やウィルス、あるいは寄生虫の類もいると考えられる。もし、ソフィがそれらに感染していたら、パンデミック間違いなしだ」
「うーーん、少なくとも俺はソフィが病気に罹っているとは聞いてないし、そんな兆候はなかったなあ」
「それならいいが、ソフィが起きたら確認してみよう。それに逆もあり得るんだ。その体にはこの世界の感染源に対する抗体がない。風邪ですら命に係わる恐れがある」
「え、そう、なのか?」
「本当に不調はないんだな。微熱も」
「ないよ。って、そうなら昨日の寿司まずかったんじゃないの? 生ものだよ!」
「そうなんだ。つい天使降臨が嬉しくて特上寿司にしちゃったんだよ。お前たちが寝てからこのことに思い至ったんだ。あたしも歳だね、頭が回らん」
いやいや、十分回ってるよ!
「朝あんたがトイレから出てきたときはドキッとしたよ。」
ああ、それであんなに丁寧に拭いたのか。赤ちゃん扱いというわけではなかったんだな。清潔第一。
「すでに常在菌はじめ病原体とも相当数接触しているはずだ。ソフィの基礎体力はかなり高そうだから、数日も経てば心配はなくなると思うんだが」
「病院で診てもらおうか? どうせあの病院に体の様子を見に行くし」
「そりゃ無理だよ。発症すればわかるが、そうでなきゃ検査しても異常なしと言われるだけだ。でも病院か……。そういえば昨日も行ったんだな。感染源の百貨店みたいな場所なのに」
「うっ……。そう言われりゃそうか……」
ナースキャップやマスク、アルコール消毒は伊達じゃない。
防ごう院内感染。
病気の話をしながらも朝ごはんを食べ終わり、洗い物は俺がした。手洗い励行というわけじゃないけど。
歯磨きをしていたら、インターホンが鳴った。
『通販さんの荷物お持ちしやしたー!』
慌てて顔を拭いて出ようとすると、「あんたは部屋に引っ込んでて! その恰好じゃ死人が出る!」と姉ちゃんに制された。
あ、そりゃそうか。おへそが見えてるパジャマのままだ。
「ありゃあとござーましたー!」
配達の人が帰ったのを確認して部屋を出る。
「下着が届いたよ」
おお、さすが通販、早いな。姉ちゃんプライム会員かな?
「中身見るなよ。ソフィのだからな」
早速開けようと思っていたのに、姉ちゃんに先回りされた。ちっ。
「ア、センセイ。オハヨウゴザイマス」
「ソフィ、起きたね」
「ハイ、ユメニ、ゲンジョウインヒカルサマト、ユミカゼソウジロウサマガ、デテキマシタ。アノいらすと、ステキデス」
源城院晄と由海風装爾郎は姉ちゃんの小説『闇の彼方、光の果て』の主人公だ。
昨日読んでた3冊目だな。
「そうかい。ちーこ☆KUSANAGI先生に会ったら伝えとくよ。天使がファンだって」
「ワタシ、テンシジャアリマセン。そふぃーりあデス」
「ソフィーリアと書いて天使と読む。鶏冠井は女神と言ってたっけ。あははは!」
ちーこ☆KUSANAGI先生は人気イラストレーターだ。『闇の彼方…』をはじめ、姉ちゃんの小説の何冊かのカバーや挿絵を担当してる。
(なんだかお腹がいっぱいですね)
(朝ごはん食べたところだから)
(何を食べたんですか?)
(姉ちゃんの肉じゃが)
(あーっ、甘南備台先生の手料理、私も食べたかったーー!)
(じゃあ早く起きろよ! 遅くまで寝なかったんだろ! 読みすぎ!)
(ぶーーー!)
(膨れたいのはこっちだ。いろいろ大変だったんだからな)
(大変?)
(あっ、いや、その、ま、ちょっとな、そんなに大変でも……あったが……)
(? そういえば下腹の方がすっきりしてるような……。ディーゴ、もしかして)
(あっ、いや、ソフィ、ソフィさん、あれはやむなく、事故みたいなもんで……)
(もしかして……私、粗相をしでかしましたかっ!?)
(粗相? あ、いや、大丈夫、それは大丈夫、俺がトイレに行ったから。って、あ、言っちゃった!)
(そうですか、ディーゴが。……良かった。甘南備台先生のお部屋を汚したのかと。本当に良かった)
(え、いいの? 勝手にトイレ行ったんだけど?)
(え、だってこの世界ではうんちやおしっこはトイレでするのでしょ?)
(ソフィさんうんちとかおしっことか言わないで! いやそりゃそうだ、トイレでする。トイレでしますよ)
(じゃあ何も問題ありません。単なる生理現象ですし。ありがとうございました。私の代わりに用を足していただいて)
(は、はあ。そうですか……)
ちなみに脳内会話は考えるだけで伝わるので、早い。この間2、3秒程度。
俺の我慢と葛藤は何だったんだ。あの苦しみを返せ。いや苦しみは返していらんわっ!
「ソフィ、昨日選んだ下着が届いてる。そろそろ時間も時間だ。着替えようか」
「センセイ、アリガトウゴザイマス」
「ソフィの世界にはブラはないんだね。着け方にちょっとしたコツがあるから、あたしが手伝ってあげるよ。醍醐は寝てな」
「はいはい」
「マッテクダサイ」
「どうした、ソフィ?」
「でぃーごモイッショニ」
「え?」
「といれニモ、イッテイタダイタ、トノコト。ワタシノ、イシキガナイトキ、デキナイコトガ、アルノハ、コレカラコマルト、オモイマス」
「そりゃそうだが。醍醐は当分貴女の中から出られないだろうし。かといって、こんな美少女の体を好きに使えたら、こいつ、何するかわからんぞ」
「でぃーごナライイデス。ソレニでぃーごヲ、シンジテイマス」
「ほほう」
姉ちゃんのメガネがキラ――ンと光った。
「ソフィが言うなら仕方がないな! 醍醐、こんだけ信用されてるんだ。あんた、わかってるよな!」
「わかってるよ。でも、ソフィ、本当にいいのか?」
姉ちゃんにも聞いてもらうため口に出す。
証人大事! セクハラじゃないです! 完全に合意です!
「ハイ。でぃーごトイッショガ、イイデス」
◇◇◇
仮眠室で着替えることにした。服がここに吊ってあるからだ。
さすがに、体の制御はソフィに任せた。俺は五感を切らずに見ている。
まずはブラジャーからだ。ソフィはパジャマの前ボタンをはずしていく。だんだんと露わになる形の良い胸。
ごくり。
なんかすげー緊張してきた。これで本当に良かったのか? 誰か教えてくれぇ!!
どきどきどきどきどきどきどき。ばくばくばくばくばくばくばく。
心臓に悪いよっ! 体はソフィのコントロールなので、あくまで脳内イメージだけどね。
って冷静に解説してる場合じゃなーーい!
ソフィは……。普通。うん? BL小説読んでた時もそうだったけど、女の子ってこういうの平気なの? 平然と出来るものなの?
いや、前でブラ持って待ってる姉ちゃんの顔がみるみる赤くなってる。平気じゃない、よな。
おーい、還暦ーー。美少女が脱ぐとこ見て興奮するなーー。
それにあんたは百合違うだろ。BLだろ。腐女子だろ!!
って考えてるうちに、ソフィは上を脱いだ。あっさりと。さっぱりと。ためらいなく。
姉ちゃんの顔がトマトだ。メガネをかけたトマト。丸いからそっくり。
いや、デカいわ……。体が俺だったら鼻血出してぶっ倒れてるわ……。
形も色もめっちゃきれいだし。
張りはあるし。肌が透けてるし。すげえ。
あ、これ以上の描写は割愛! 想像に任せた!
「ヌギマシタ。センセイ。……センセイ?」
「はっ! 天上の夢に見とれていたわ……あたしとしたことが。まずこのブラのストラップを肩にかけて」
「コウデスネ?」
「ブラのカップの下側を持って、少し前かがみに。そうそう、で、バストをカップに入れる」
「ハイ、イレマシタ。デモ、シックリシナイノデスガ」
「それは後で。前かがみのまま、ブラの後ろのホックを止める」
「コレ、ミエナイノデ、チョットムズカシイデス」
「最初はね。そのうち指の感覚だけですぐ止められるようになる。今日は手伝うよ。はい、止めた」
「アリガトウゴザイマス。キツイデスネ」
「それもまだきちんと収まってないせいだ。その姿勢のままで、片方ずつストラップを引っ張ってカップの上側を浮かし、反対の手を差し込んで、バスト全体を斜め上に引っ張り上げる」
「コウ? デスカ?」
「左をやる時は右肩方向に向かって。そして中央に寄せるのを意識して」
「ム、ムズカシイデス……」
「手伝ってもいいが、それ、一人で出来ないといけないからなあ」
「ガンバリマス」
ソフィはなんとか左右ともカップに収めた。
「姿勢よく立って、ストラップの長さを調整して。うーん、微妙に左右のバランスがずれてるな」
「タダシク、オサマッテイルノカ、ヨクワカリマセン。サッキヨリハ、ウント、シックリシマスガ」
「微調整していいか?」
「オネガイシマス。タダシイオサマリカタヲ、シリタイデス」
「んじゃ、失礼して」
姉ちゃんがストラップを緩めてカップの中に手を入れてきた。温くっ!
「これは……なんという……。やわらかいのにしっかりしている……。もちもちなのに手に吸い付く……。張りがすごく押し返してくる……。はっ、いかんいかん!」
姉ちゃんトマトからワインカラーになってるぞ。顔色。
「ア、クスグッタイデス。センセイ」
「ソフィ、じっとして! 我慢!」
「ハイ。アッ」
「変な声出さない! こっちが変な気分になる!」
「スミマセン……」
って言ってる割にはソフィ、冷静じゃないか? あれか? 一定以上の刺激に耐性があるとか、興奮をキャンセルするスキル持ちとかか?
「はあはあ、出来た。なんか疲れた……」
「オオウ、ナンカイイカンジデス。ムネガユレルノガ、ジャマデシタガ、シッカリさぽーとサレテマス!」
ソフィさんや。谷間が深ーく深ーく刻まれておいでですよ。
おお、デコルテ万歳! ファビュラス!
さらに出来るようになったな、ソフィーリア!
「そりゃよかった……。パンティーは自分で履けるだろ。はいこれ」
「ン? センセイ」
「なんだ?」
「コレ、ドッチガマエデシタッケ? コノホソイホウ?」
「それが後ろ。だから普通のにしたらって言ったのに……」
「ダッテシメツケラレルノ、スキジャナインデス。とらんくすガヨカッタデス」
「ありゃ男もんだって教えたろ!」
で、Tバックかよ!
ソフィさん、そんなの履くの!?
てか、あっさりパジャマの下も脱いでるんですけど!
ああああああ!
見ました。はい、すみません。天使の、女神の、いや、王女のアレを……。
姉ちゃんが目を丸くしていた。
「金髪さん……」
言葉にするな! 姉ちゃん!!
すみません。前回土下座したのに、また下着をつけるだけで、1話使ってしまいましたー!
ごめんなさーーーい!