神崎課長 泥沼地獄編
俺は2人の後に続いて5分ほど歩くと霧につつまれた桟橋に着いた。白い幻想的な世界だ。遊園地にある手こぎボードが何艘も並んでいる。霧の中から男の声がした管理人の様だ。全く表情に生気がない。俺は蝋人形の様な管理人に乗船書類を渡すと彼はパラパラめくり「7号艇に乗船してくれ7号艇」と無愛想に言い書類をゴミ箱に無造作に投げ捨てた。
俺はユミちゃんに連れられ7号艇の前まで行くとユミちゃんは俺の腰にスタンガンを押しつけ「私たちの赤ちゃん、どっちだったかな?」感情の無い声で呟きながら倒れた俺を7号艇に投げ込みボートの舫いを解いた。ボートは川の流れに身を任せ白濁した景色を下流に下って行く。どれくらいたっただろう、川下から轟音がする。滝だ!しかしスタンガンで痺れた体は動かずボートは滝壺に飲まれて行った。
女性の声で「神崎さん、神崎さん」と呼んでいる。次は男性の声だ。俺は眼を覚したが焦点がうまく合わない、朦朧とする意識の中で「天国それとも地獄」とつぶやいた。すると男性医師がはっきりとした明るい口調でゆっくりと「ここは病院、白衣の天使はいるけど。白衣の魔女かな?過労と不摂生だね。心臓の血管は異常なし。週末には退院できるから大丈夫。診断書は2週間の療養でだしとくから」と言い看護師に点滴の指示をして病室を出て行った。
しかし、流れは確実にゆっくりと地獄に向かっていた。
退院の日、妻に迎えを頼んだ。会計を済まし迎えの車を待っているが中々やって来ない。携帯に電話するが「この電話は電源が入っていないか・・・・・」のメッセージが流れるだけだ。「仕方が無い。しばらく待つか」と、病院のロビーで新聞を読んでいる時「神崎さん」と呼び止められた。どこかで見た男、そうだ『心臓マッサージ』命の恩人だ。「コーヒーでもどうですか」店内は見舞客、診察を終わった患者などで8割ほど席がうまっている。病院内のスターバックスに席を取り男性にお礼を述べた。男性は名刺を出し「山下法律事務所 片山伸吾です。本日は奥様と村上様からの依頼でまいりました。内容はこちらのファイルにまとめて在ります。連絡は奥様、村上努様でなく事務所の方にお願いします。失礼します」と事務的に言い立ち去っていった。
一人、スターバックスで手渡されたファイルの中を見ると飲んでいたエスプレッソを口から吹き溢しそうになった。妻からは「不倫の証拠写真、車のGPSデータなど離婚、財産分与、慰謝料の請求。村上努?マキちゃんの旦那からは慰謝料の請求だった」まあ妻との生活は子供もおらずお互いに仕事を持っていたので同居人に近かったか。良いとして、マキちゃんの旦那からの慰謝料の請求額はかなりの額だった。彼女、独身て言っていたのに・・・・
タクシーでマンションに帰るといつもと同じ空間が広がっていた。うっすら埃をかぶったフローリング、無造作に脱ぎ捨てられたパジャマ。妻と妻の荷物が無いだけで全く違和感がない。
インターホンが鳴った。モニターを見ると階下の木村老婆だ。偏屈者でマンション中の嫌われ者、同居していた息子夫婦も出て行った。まあそれが偏屈に輪をかけたのだが。「神崎さん、引っ越しなさったの?荷物を運び出すなら近隣に挨拶しておくのがマナーじゃないの」俺は「急な搬送だったのでご迷惑をおかけしました」と謝罪し引き取ってもらった。
改めて部屋の中を見渡した。テーブルに無造作に置かれた合い鍵、突き立てられた包丁と離婚届けが妻からのメッセージだった。
その夜、離婚届けにサインし山下法律事務所に郵送した。
体調も回復し久々に出社した。しかし通勤途中の部下、同僚の視線が冷蔵庫の腐った野菜を見るように嫌悪間をあらわにしている。いつもの様に社員IDパスを入館セキュリティーにかざすと赤いランプが点滅した。セキュリティー部門のチーフ松下ー元自衛官 身長180cm 体重90kgの巨漢ーが部下3名をつれて現れた。俺のIDカードを確認すると松下は抑揚の無い声で「神崎課長。役員の皆様がお待ちです」と四方を囲まれ囚人の様にエレベーターに押し込まれた。
セキュリティー要員4名に囲まれ役員室に入った。役員室は10F。ビルの最上階だ。完璧な晴天だ。遠くに富士山が見える。だが今から始まるのはある意味『死刑宣告』だった。
部屋の中には社長以下役員全員が集まっていた。会議用のテーブルの上には俺のノートPC、A4ファイルなどが整然と置かれている。
IT、セキュリティー部門が「課長のPCデータ、メールなど解析させて頂きました。勤務時間内のアダルトサイトの閲覧は大した問題では無いのですが結論から言うと真っ黒です。一部暗号化された部分がありましたので外部の調査機関に依頼解析した結果、製品データ、パーツの横流し、架空請求など。それからこれも外部の調査機関の話ですが課長の口座にかなりの金額が振り込まれているそうです。詳しくはA4ファイルを参照して下さい」
次に営業統括部門が「実は山本工業様からどうも中国に製品データが流出している。どうも当社からだとクレームが入りまして。今回は当社にフェイクの製品情報を流して貰ったんですよ。もちろん上層部も承認済みです。そう、あなたが担当した製品です。こちらの予想通りでした。あなたがデータを受け取った4週間後、中国のメーカーから新製品が発表されました。ご存じですよね、神崎課長。スマートホンの発火事件、大量リコールを。それから相羽くん、君と一緒に山本工業の担当だったね。2週間前から連絡が取れないのだが君、何か知らないか?」
最後に人事、総務担当役員から「組合との懲罰会議後処遇を決定します。だだ相当厳しい処分になる覚悟をしておいて下さい。当分の間、自宅謹慎を命じます」
そして俺は懲戒解雇になった。
自分のオフィスに私物を取りに戻った。セキュリティー要員に付き添われ同僚の汚物を見るような視線に耐えながらロッカー、机の中の私物を段ボール箱に片付けている時、市野が近づいてきて小さな声で話しかけてきた。「気をつけて下さい。公安と中国のエージェントが動いてます」俺は意味が判らなかった。「ここでは話づらいので喫煙室に行きますか」確かに自分のオフィスでは周りの目もあるので喫煙室に移動した。喫煙室には先客が数名いたが俺の顔を見るなり舌打ちしながら部屋を出て行く。
市野は缶のHOTコーヒーを2本買い1本を俺に渡した。会社の中で唯一の温もりかもしれない。
「課長がどれだけの報酬で製品データを流出させたか知りませんがファミリィーに莫大な損失を与えています。あと山本工業さんの主要取引先をご存じですか?」
「山本工業。何処にでもある大手通信機器メーカーの下請けだろ?」
「宇宙関連事業ですよ、しかも最先端の。本当にあなたは何も知ら無かったんですか?なんで中国のエージェントがあれだけの報酬を出したか考えなかったんですか。しかも海外に法人名義で口座まで作って。確かKZカンパニー、KZエンタープライズですよね。スマホ関連の通信事業関連でそこまで報酬を出すと思います?彼らがやろうとしたことはあなたのパソコンから山本工業のデータバンクにウイルスを侵入さて情報を丸ごと吸い上げることだったんですよ」さらに市野は「課長が過去に流出させたデータ。通信制御関係の会社ですけど彼らも気付いていたんでよ。1週間前、タイの都市間鉄道が開通直前に信号系統、運行システムのプログラムのバグで開通延期になった話ご存じですよね。中国系企業が落札、施工したあの事業ですよ。彼らも情報が流出していることに気付きウイルスに感染しているパソコンに偽りのデータを入れていたんですよ」
「なんでそこまで込み入った事情をお前が知っているんだ」
「そのうち判りますよ、ではお元気で。ただ中国のエージェントには注意して下さい。彼らはミスを認めません、ただ償わせるだけです。相羽さんのように。では元課長お元気で」と言い残し市野は喫煙室を出て行った。
相羽。相羽 進。<俺をこの道に引き込んだ同僚。しかもエージェントに近い位置にいる>彼が行方不明。
俺は顔色を失い脇の下から大量の汗が染み出した。
総務部に寄り退職の手続きを行い、私物の段ボール2箱を自宅に着払いで送付して貰うよう依頼した。
誰一人社内の人間で俺に眼を合わせる者は居ない、だだ汚物をみるような嫌悪感を露わにした視線が背中に突き刺さるだけだ。
セキュリティー要員に付き添われ社外にでた。駅に一人寂しく歩いていると「神崎さん」と呼び止められた。どこかで聞いた声だ。振り返ると山下法律事務所の片山だ。
白のA4サイズの封筒を2通手渡された。左隅に事務所のロゴが入っている。まるで感情も無くただ事務的な声で「こちらが村上様から和解の承諾書。もう1通が奥様からのです」
妻からはお互い独立採算だったから判るが村上さん、マキちゃんの旦那からの和解は意味がわからなかった。
「片山さん、マキちゃんの家庭はどうなったか教えて頂けませんか。原因は自分にあるのですが気になって」すると片山は非常識な異物を見るような視線で「秘守義務がありますので失礼します」と言って去っていった。
マンションに帰り汚れた部屋を片付けている時微妙な違和感を感じた、が空腹には勝てず近くのファミリーレストランに出掛けた。全国に展開しているチェーン店だ。店内は夕食には早い時間だったので主婦グループ、遅い昼食のサラリーマンが数名いるだけで空席が目立った。道沿いの席に座りハンバーグセットとビールを頼んだ。今後のプランを考えつつ下校中の子供を眺めながらビールを追加した。どのくらい時間がたったのだろう日差しが西に大きく傾き道行く人々がサラリーマンの群れに変わり店内も混み始めた。 帰ろうかとレジの女性店員にKZカンパニー名義のカードを渡すと「すいません、お客様このカードお取り扱いが出来ません。一度カード会社にご確認して頂けますか」と女性店員が言った。
俺は訳が判らなかった。病院の精算など先週まで問題なく使えたカードだ。俺の後ろに数名の客が並んでいる。しかたなく自分名義のカードで精算をすませ足早に店を後にした。
夕暮れの町を歩きながら近くのATMに寄り総務部員が言っていた未取得の年休、傷病見舞金が振り込まれていることを確認し空の冷蔵庫を満たすためコンビニによりインスタント食品、冷凍ピザ、ビール、夕刊を買いマンションに戻った。ビールを飲みつつ夕刊をみると『近隣の雑木林で頭部が無い男性と思われるバラバラ遺体発』の記事が載っていた。
翌日、簡単な朝食を取り部屋の清掃に掛かった。山下法律事務所の封筒を開けた。妻、マキちゃんの旦那に高額の和解金、慰謝料が振り込まれている。やはり何かがおかしい。現金の入った封筒、鞄、貴重品類を確認するが。ただクローゼットのファイルの位置がちがう。昔からの癖で左から白、黒、緑、紫、グレーと並んでいたはずだ。いや、並んでいた。それが左から白、緑、黒、紫、グレーと並んでいる。特に緑のファイルはKZカンパニー、KZエンタープライズ、私有財産、株、その筋の連中とのやり取りが暗号化して記載してある。一見、普通の請求書、支払い伝票、領収書だがログインID、パスワードなどを暗号化した物だ。だが何か得体の知れない不安が襲ってきた。ただ市野が分かれ際に言っていた『彼らはミスを認めません、ただ償わせるだけです』が気がかりだ。
パソコンを立ち上げメールをチェックする、商品のPR、キャンペーンなどばかりで海外の銀行口座、株など取引、引き出し確認のメールは無かった。次にKZカンパニー、KZエンタープライズ、証券会社にログインし個人資産の状態を確認した。動かされた様子も無かったが念のため残額をプリントアウトした。だがあの金額はどこから出されたのか。俺は何か得体の知れない大きな流れに巻き込まれている。もう後戻りは出来ない所まで来てしまったのか。
ミネラルウォーターを一揆飲みし状況を整理してみた。妻、マキちゃんの旦那合わせて億近い和解金、慰謝が俺から振り込まれている。変動のない海外の銀行口座、株。しかし到底、会社から給料で振り込み出来る額では無い、また振り込んだ記憶もない。あの資金以外考えられない。しかし海外の銀行口座、株には変動が無い。何故だ。
俺の頭の中には『彼らはミスを認めません、ただ償わせるだけです』そして昨日夕刊の『近隣の雑木林で頭部が無い男性と思われるバラバラ遺体発』この2つのワードが頭の中で渦巻いた。
突然インターホンが鳴り俺は身構えた、エージェント?公安?心臓の鼓動が高まり破裂しそうだ、不快な汗が噴き出る。しかしインターホンから聞こえてきたのはいつもの宅配業者の声だった「神崎さん、宅配便です」俺は安堵のため息を吐き額の汗をぬぐった。「段ボール3箱ですね、こちらにサインをお願いします」と宅配業者は言った。
俺は「着払いで2箱でお願いしたんだけど、支払いはいいの?」と聞くと「発送元が支払ったんじゃ無いんですか、ここにサイン良いですか」とめんどくさそうに言った。俺に受け取りのサインを貰うと駆け足でトラックに戻って行く。段ボール箱は会社から俺が総務部に頼んだ物だった。だが1箱は見覚えが無い。
俺は段ボール箱を一つずつ丁寧に開封した。
最初の段ボールはロッカーの私物、次の段ボール箱は俺がデスクで使っていた事務用品と市野からのメモ『何かあったらこの携帯で連絡下さい』が貼り付けられた充電ずみの携帯電話が入っていた。携帯電話には連絡先が1件だけ登録されている地味なガラケーだ。「何の意味があるんだ」と心の中でつぶやいた。
そのメモの意味を理解するのに数分も掛らなかった。
最後の段ボール箱を開けた、中にはジップロクが1袋と発砲スチロールの小箱が入っていた。ジップロクを手に取るとぐにょぐにょ柔らかい肉の様なものが丸めて入っていた。次に発砲スチロールの小箱を開けると
ドライアイスの煙のなかに霜の付いた丸い白いタマが2つ、よく見ると人間の眼球が・・・
ジップロクの中身を恐る恐る開けると肉の腐った臭いとともに人間のマスクが、相羽さんの顔が・・・・・
俺はトイレに駆け込み激しく嘔吐し、無意識に市野から送られた電話を手に取っていた。
「市野、俺。相羽さんの、か、顔と目が来た。宅急便で、会社の段ボール開けたら、相羽さんが」俺は気が動転しうわずった声で助けを求めてていた。
市野は冷静だった「すぐに駆けつけます、まず玄関をロックして下さい。家の電話は盗聴されている可能性があるので使わない様に。あと5分でそちらに向かいます、到着次第携帯に着信するので。それまで頑張って」
5分後、グレーのメンテナンス業者のミニバンがマンションの駐車スペースに泊まり、例の携帯が鳴った。
インターホンが鳴り、腐臭が充満している部屋に市野と3人の男が入ってきた。彼らは眉一つ動かさない。市野以外の3人はそろいの作業服、背中に大きく日野メンテナンスと入っている。
市野が声を掛けてきた「大丈夫ですか」俺は只、力なくうなずくだけだった。
彼らは部屋に入るなり鑑識係の様にゴム手袋、シューズカバー、マスクそして頭髪の保護キャップの完全装備になった。プロ中のプロだっだ。
室内の監視カメラーいつ取り付けたんだーの確認、相羽さんの残骸処理、そして俺のPCの解析をはじた。
俺は作業を思考の抜けた目でただ呆然と見つめているだけだった。
監視カメラをチェックしていた小柄な作業員が「進入者なし、他に盗聴、監視カメラも大丈夫です。ただ公衆電話はグレーですね」市野は「PCはどう」と目つきの悪い作業員に声をかけた。「プログラムは正常動作、例のソフト、アンインストールします。10分もあれば大丈夫です。GPSもセットします」」相羽さんの残骸処理も完璧に終わり、部屋に漂う腐臭も除去された。そして30分後すべての作業は終了した。
市野は作業員に車に戻る様指示を出した。室内には2人だけになった。
先ほどまでの慌ただしさは何だったろう。市野が冷蔵庫から俺がコンビニで買ってきたビールを取り出し二人で乾杯をした。
冷えたビールが細胞まで行き渡る、俺は冷蔵庫からもう一本取り出し一揆に飲み干した。
冷静さを取り戻し「日野メンテナンス、お前転職したのか?どういう会社だ。それと例のソフトって何だよ」市野は冷静に「あなたの会社には出向。いや調査依頼かな?まあ日本をメンテナンスする会社ですかね。ソフトは話が長くなるので簡単に説明すると特定のサイトの偽装ですかね」そして淡々と市野は語り始めた。
「神崎さん。相羽さんが処分された理由、ご存知ですか?簡単に説明するとあなたの処分に失敗したからです。薬を渡し、あなたが心臓発作を起こす所までは完璧でした。ですがこちら側も彼をマークしていたんですよ。片山、そうあなたに心臓マッサージをした人物です。薬物の種類も判っていたので中和、蘇生も簡単でした。」さらに市野は「山本工業の山田さん。今朝、火災で亡くなったのはご存知ですか?消防の話では寝たばこが原因らしいですね?あなたが200万で山本工業のPCにウィルスソフトをインストールさせたあの山田さんです。奴らも盗んだデーターでかなりの損失を出しましたからね。最新の情報だと奴ら、資金の回収を急いでるみたいです。まあ中間業者、回収出来なければ沈められるか、魚の餌ですからね」
市野のスマホに着信が入った。急に表情が引き締まり部下に指示をだした。「神崎さん、奴らがこちらに
向かってます。李ファミリーの魏と崔、後10分ぐらいで。では私はこれで失礼します」「おい、待ってくれ。魏と崔と言ったら元人民解放軍のエリート隊員だろ。どうしたら良いんだ頼むよ。助けてくれ」 市野は今まで見せたことも無い険しい表情で「何を今更言ってるんだ。少し頭が足りていたらリスクが判るだろ。さんざん日本の技術を垂れ流しにして。この売国奴」と言い部屋を出て行った。
奴らの到着は予想より早かった。
いきなりマンションのドアが開き、サングラスに黒のスーツ、いかにも『僕たちエージェントです』と言う出で立ちの2人組が乱入してきた。崔は市野が仕掛けた監視カメラを破壊し魏が流暢な日本語で「精算しましょうか神崎さん、我々があなたに投資した資金の回収にきたんですよ。意味が判りますよね」口調は穏やかだがサングラスに隠れた瞳からは明らかに殺気を感じる。「で、何処にかくしたんですか。口座の残金が1週間前、何処かに持ち出されたんですよ。」俺はKZカンニー、KZエンタープライズ、にログインした。しかし全ての口座が解約されていた。魏はサングラスを外し平然と俺の左手の小指と親指をナイフで切り落とした。「で、何処に隠した?」俺は激痛に耐えながら「し、知らない。病院はカードが使えたが、ファミレスだめだった。昨日残高も確認した。ほらその時の資産状況だ」プリントアウトした資産状況を魏に手渡した。「ほんとに知らないんだ。そうだ奴ら、日野メンテナンス。市野がパソコンをいじっていた」魏は崔にパソコンの調査を命じた。魏は呟くように「日野メンテナンス。市野?だそれ。相羽、山田も組織の金を隠した。その結果判るね?で、何処に移した?」魏の口調はだんだんと荒くなり目には殺気が充満していた。
PCを調査していた崔が「ライセンスID、製造番号。間違いなくファミリーが貸与した物だ、ウイルスソフトも機能している。ちょっとプリントアウトした資産状況を見せてみろ」崔はまじまじとプリントアウトした用紙をみつめた。顔色だんだんと紅潮し爆発するように「これプロの仕事、また奴らアルネ」叫んだ。「お前、偽のサイト見てた、お前もう終いよ」崔は押さえていた感情を爆発させた。プリンターを俺の顔面に投げつ中国語でわめき始めた。魏は崔を宥めつつ、スマートホンを取り出し中国語でやり取りしている。その時だ遠くからパトカーのサイレン音が近づいてくる、階下の木村老婆が警察に電話したのだろう。
予想通りパトカーはマンションの前で停まりインターホンが鳴った「神崎さん、中央署の高塚です。近隣の住民から苦情が多数来ています。一度、お話願いませんか」モニターには2人の警官の姿が。この状況から抜け出せる、助かる。心のなかで「たまには役に立つぜクソババア」と呟いた。
市野は神崎の部屋を後にすると1台のパネルトラックに乗り込んだ。
「どう、状況輪は?」
「予想以上に魏、崔の到着が早く神崎氏への尋問。いや拷問が始まっています。」とモニター監視の係員が冷静に答えた「崔によって監視カメラが1台破壊されましたが、他の5台は動作してます。あと神崎氏がプリントアウトした残高証明のアドレスからダミーサイトだと見破られました」
「さすが崔だね。やつ人民解放軍でIT専門の部隊のエリート隊員だったんだよ。西側でも結構有名でね、でもある事件、まあ上層部のゴタゴタに巻き込まれて粛正される所を李ファミリーに拾って貰ったんだよ」
盗聴部門の係員が「魏が電話をかけています。後、階下の住人が騒音で110番通報しています。所轄のパトカーが現地に向かっています。あと1台県警本部の車両が向かっていますが先ほど識別コードが切られました」市野は表情を曇らせた。これから起こる惨劇を思いながら「所轄の警官か。奴ら相手だと10秒も持たないぞ、あと識別コードを切った車両の特定を急いでくれ」そして市野は携帯で公安に電話を掛けた「片山、フル装備で神崎のマンションに来てくれ、内通者が動き出した」
魏は流暢な日本語で警官を部屋に招きいれた。俺は助かったと思うのも束の間の夢に過ぎなかった。「助けてくれ」と叫び終わる前に2人の警官は魏と崔に首を折られほんの数十秒で息絶えていた。
「神崎さん、私たちあまり時間ナイ、正直話してほしい、カネどこ?奴ら何者。教えてほしい。私たちも家族の元帰りたい、五体満足で」魏は家族の写真を見せた。その目には哀願が感じられる。「さあ、話してお願い」俺は吐き捨てる様に「だから何も知らないんだ。知らないうちに無くなってんだ。たぶん市野。そう奴らのグループがやったんだ」「市野だれ、もしかしてこいつか?」魏はスマートホンの写真を俺に見せた。隠し撮りをしたのか写りは良くない。「ああそうだ、市野だ」その瞬間、奴らの表情が一変した。
魏は崔に中国語で支持を出し、慌ただしく何処かに電話をかけ何か指示を受けてるようだ。
崔は俺のPCの回収に掛っている、魏は誰かが来るのを待ってる様だ。
数分後、突然マンションのドアが開き2人の男が入ってきた。セキュリティー部門のチーフ松下ともう一人はヤクザ風の小太りの男だ。「嵌められた」崔は2人を見るなり恐怖で顔を引きつらせ「奴らが、奴らに嵌められた。俺たちは悪く・・・」魏は日本語で弁明を始めた。明らかに日本人だ。俺は助けを求めようと声を掛けようとした。ヤクザ風の小太りの男が「2袋、追加だな」と呟き魏と崔を消音器付きの銃で撃ち殺した。
銃弾は魏と崔の額から後頭部に抜け、後頭部からピンク霧が飛び散り俺の顔に何か柔らかい物が飛び散った。奴らの脳髄だ。俺は泣き叫びそして失禁した。松下が近づいてきた。手に持っていた荷物を床に置きにこやかに「神崎さん、大したもんですよ。普通は大きい方も漏らしますからね」そして俺の首に手を掛けようとしたその時インターホンが鳴った。「神崎さん、いい加減にしておくれ」階下の木村老婆だ。松下はドアに近づき木村老婆を部屋に引きずり込み、まるでリカちゃん人形の首を捻る様に老婆の首をへし折った。部屋に鈍い音が響き俺は脱糞した。
市野はモニター監視の係員にマンションの防犯カメラのハッキングを命じ、モニターを注視していた。 ハッキングを担当した係員は「このマンション、めちゃくちゃセキュリティーが甘いですね、ほかにもハッキングしてる奴らがいますよ」しばらくすると駐車所に黒いセダンが停まり男がおりてきた。大柄の男は大きなリュック、両手に大きなバッグ。小太りの男はスーツ姿で手ぶらだ。スーツのボタンは留めていない。たぶん銃をすぐに取り出すためだろう。
モニターにはエントランス、エレベーター、神崎のフロアの分割映像が写し出されている。市野はエレベーターの映像を拡大し声を詰まらせた「松下と県警本部の黒岩か、そうか奴らだったんだ。この映像、片山のスマホに送ってくれ静止画像でいい」部下が「何者なんですか、こいつら」「大柄の男は前に依頼のあった会社のセキュリティー部門のチーフ、元自衛官。海外派遣の経験者だがその後不名誉除隊。片山の話だと国家機密扱いの事を派遣でやらかしたらしい。小太りの男は現職の刑事だ。マル暴の狂犬だよ」二人は神崎の部屋に入って入った。。
数分後片山から電話が入った「後20分ぐらいで現場に着く、松下と県警本部の黒岩が内通者か。で、現状はどう?」市野は冷静に答えた「惨劇の嵐だよ、今までの例だと後5分で火の海だよ」
部屋中に屍臭と糞尿の臭いが充満していた。松下はリュックの中からトマホークを取り出しポンチョを着込み5人の死体をバラバラにした。どんどん人間が只の肉の塊に変わっていく。眼球、内臓が辺りに飛び散りはじめた。「ほらよ」松下が大腸を俺に投げつけケタケタ笑っている。
小太りの男が近寄ってきた。俺の耳元でささやく様に「これからがお楽しみだよ」と言い何かを俺の首に注射した。そして死体の山にガソリンを撒き、火をつけた。
部屋の監視カメラで火災を確認した、部屋中に煙りが充満しカメラの視界が遮られる。監視カメラが全てダウンした。市野たちはマンションの防犯システムのハッキングを試みた。しかし全てのシステムが切り離されており、管理会社に異常通報はおろか、スプリンクラー、防災ベルも鳴らない。防犯カメラも5分間隔で同じ映像が流れているだけだ。
数分後ハッキング担当の係員が管理会社経由で119に通報することに成功した。
市野たちは消防が来る前に撤収した。
部屋には肉の焦げる臭いと煙が充満している。松下と小太りの男が俺のPCを抱えて足早に部屋の外に出て行くのが見える「待ってくれ、おい助けてくれ」おれは叫んだ。しかし体全体が麻痺していて声、身動きが出来ない。煙が充満し涙があふれ、咳が止まらない。
どんどん煙りが充満してくる「だれか119番、助けて」叫ぼうにも声にならない。
煙で息苦しい、火が出ているのだろう猛烈な熱さだ、涙とよだれが止まらない。
だんだん意識が遠のいていく。いよいよ最後の時が来たのか、目の瞳孔が開きはじめた、世界が白い光の中に溶け込みはじめた。そして俺は気を失った。
「起きろ、何時までも寝てるんじゃないこの豚、立て!」
俺は聞き覚えのある声で目を覚した。そう俺はあの部屋に戻っていた。あの見栄えは良いが安っぽい合皮製のソファー、ラブホのエントランスの様な間接照明。ただ暗闇から垂れ下がるロープがなかった。
総務部ユミちゃんがSM嬢ではなく赤鬼のコスプレで金棒を持ち仁王立ちで立っていた。
周りに部下だろうか青鬼数名もいる。
俺はユミちゃんに「また三途の川の手前?人生の走馬燈の所?」と聞いた。
「バーカ。地獄だよ。無限地獄の刑ギャハハハ」
「こちらまで神崎様」俺は青鬼に連行された。「こちらで服を脱いで下さい」「なんで?脱ぐの?」俺は軽めに抵抗するが鬼たちの力には適わず、あっという間に全裸にされた。
「私の気持ちが少しでも判った?アンタ好きだったよね。こういうプレイ。恥ずかしがっているんじゃない。このバカ」天井のスピーカーからユミちゃんの罵声が聞こえる。
鬼たちは白い防護服に身を包み、俺を小さな部屋に連れていった。
「ここで滅菌消毒をします。一切の雑菌を処理し腐敗の進行を遅らせます」鬼たちは言い、エアーシャワーを浴びせられた。そして、いよいよ処刑室に連れていかれた。
そこには赤い防護服に身を包んだユミちゃんが待っていた。
部屋はLEDライトが壁一面に埋め込まれ天井が高く解放感が有り、ショピングモールにある幼児用のプレイルームの様だ。ただ違うのは部屋の真ん中に台が有り手足を拘束する金具が着いている。「おい、待ってくれ」俺は抵抗した、しかし抵抗むなしく部下の鬼たちは俺の手足を金具で拘束した。
ユミちゃんは楽しそうに「さーて、どうしようかな。無限地獄は最低だよ。だって苦痛が無限に続くんだよ。あっごめん、無限と入っても地球の誕生以上長くないから」
彼女は恍惚の表情を浮かべ鬼の金棒を俺の頭めがけ振り下ろした。グシャリと音がし俺の頭が潰れ眼球が左右別々に飛び出した。不思議なのはその眼球から映像が送られてくる、ひしゃげた顔面、頭蓋骨からはみでた脳みそ、体が激しく痙攣している様子もわかる。そして激痛も。
「ごめん。言い忘れた。無限地獄って入っても体はゆっくり腐るから。あとハエ、ゴキブリ、ネズミがたかりに来るから全部食べられたら終了だから。特別サービスで時間の経過が判る様にディスプレイも置いて行ってやるよ。それまで頑張ってねバイバイ」彼女は陽気な笑い声を上げ部下の鬼を引き連れ部屋を出て行った。
ディスプレイは120年と15日を過ぎた所だ、俺は飛び出した眼球から腐敗していく体を激痛にたえながら唯々眺めているだけだった。
一日も早く腐って消える事を願って。