地球
シャトルは、広い草原の丘に降り立った。
堅いドアを開けるとき、カズキが心配そうに「大丈夫なの?」と、センゴク教授を見上げていた。きっと、【嵐】を心配しているんだろう。
けれど、センゴク教授は、にっこりと笑っている。
「心配はいらんぞ。今日の【地球】はとても穏やかじゃ」
ぼくはわくわくが止まらなくて、早く外に出たくて仕方がなかった。
だから、ドアが開いた瞬間、ぼくは一番に走り出していた。
「うわー!」
目に見える世界の半分が、真っ青だった。あの【地球儀】と同じ、ラピスラズリの色。【群青の空色】。
ぼくが想像していた青い空よりもずっと、高くて透明でどこまでも終わりなく続いている。
白く浮かぶ【雲】が、ぷかぷかと揺れている。もしかしたら届くんじゃないかと、手を伸ばすけど、【雲】はずっと高いところに漂っていて、捕まえられない。
これが【地球】! これが青い空!
「どうじゃ、ヒロト? 本物の空はどんな感じがするかの?」
気が付くと、センゴク教授が隣に立っていた。
「真っ暗な空とは、ぜんぜん違うよ! すっごく広くて、ひとりぼっちじゃないって思える!」
「ヒロトは、ひとりぼっちなんかじゃないだろ? おれも、センゴク教授もいる」
『ボクもいるよ』
テンテンが、ふわりとぼくの肩にとまった。
「そうだね。テンテンもいる。でもぼくは、ダイダロスシティの真っ黒な空を見上げるたびに、ひとりぼっちになったようで怖かったんだ」
ぼくは胸いっぱいに、空気を吸い込んだ。
「おじいちゃん。【地球】の青い空だよ」
そう言って、テンテンをそっと取り上げた。
おじいちゃんに青い空を見せてあげようと、テンテンのお腹をそっと外す。白い灰がいっぱいに詰まっている。
そのとき、びゅーっと強い風が吹いてきた。
「あっ!」
慌ててテンテンのお腹を押さえたけれど、おじいちゃんの灰は風にさらわれて、高く空に昇ってしまった。
「おじいちゃん!」
いつもぼくたちと一緒にいてくれたおじいちゃんが、いなくなってしまう!
そう思うと悲しくて、涙がポロポロとあふれてきた。ぼくは上着のそでで何度も涙をぬぐった。泣かないって決めたのに!
「ヒロトのおじいさんは、【地球】に帰って行ったんじゃよ」
センゴク教授がぼくの手から、そっとテンテンを取り上げた。開いたままだったお腹をしめて、空に放つ。
テンテンはふわふわと飛びながら言った。
『ねえ見て、ヒロト。ボク、本物のてんとう虫みたい?』
くるくると円を描きながら飛ぶテンテンは、嬉しそうだ。いつか描いた、青い空を飛ぶテンテンの絵と、同じだった。
「見てごらん、ヒロト」
センゴク教授が空を指さした。
「おじいさんは、ヒロトにありがとうと言っておるぞ。ヒロトも、ちゃんとあいさつをしないといけないの」
見上げると、空は青と茜色が混じり合っていた。白かった【雲》】も、うすい桃色に染まっている。
【夕焼け】だ。さっきまで頭の上で輝いていた太陽は、空の端っこでだいだい色の光を放っている。
「お祭りみたいだ」
カズキが空を見上げて、ぽつりとつぶやいた。
「本当に、【地球】はいつでもにぎやかなんだね。おじいちゃんは、星じゃなくて、【地球】になったんだね」
ぼくは大きく息を吸い込んで、出来るだけ高くまで届くように、大きな声で叫んだ。
「おーい! ぼくはここにいるよ! おじいちゃん、そこからぼくが見える?」
良く見えるように、大きく手を振った。どんなに遠くても、ちゃんとぼくが見えるように。
やさしい風がそよそよと吹いて、ぼくの髪をふんわりとなでた。
空は、キラキラと光る太陽を飲み込んで、どんどん茜色に染まっていく。まるで、ほほえんでいるように。
「見えているよ」
おじいちゃんがそう言っているように、ぼくには見えたんだ。
ねえ、そこに広がる空は、どんな色をしている?
どんな顔をして、君を見守っている?
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
「そこからぼくが見える?」をテーマに書いた物語です。
どうしてもこの台詞をヒロトに言わせたかったりしました。




