シャトル
モップは長い廊下を抜けて、玄関のドアを器用に開けると、小さく空いたすき間から外に出て行ってしまった。外は「夜週」のせいで薄暗い。
ぼくはポケットに入れていたテンテンを取り出す。光る目をライトの代わりにして、薄闇の中にぼんやりと見えるモップの姿を追った。
テンテンが『どうしたの?』と眠たそうに声を上げるので、ぼくは慌ててテンテンを黙らせた。
モップは、ぼくたちの追跡に気がついていないようで、背の低い生け垣を抜けて、柔らかな芝生の庭を横切って行く。
「おい、見ろよ!」
カズキが小さな声で指さした。
モップが木陰にうずくまって何かしている。けれど、暗くてよく見えない。こっそりと近づいてみると、何かがライトの光に当たって、キラキラと輝いている。
「あー!」
ぼくは思わず叫んだ。
しっとりとした土を掘り返した穴の中に、色とりどりの小さなかけらが埋められていた。
「モップ! 【地球儀】のかけらは、お前が持って行っていたのかい?」
モップはぼくの声にびくりと体を震わせると、「ワンッ」とひと鳴きして、お屋敷の方に走って行ってしまった。
ぼくたちは大急ぎで穴の中に埋まっていたものを掘り出す。そこから、両手いっぱいのかけらが見つかった。
それだけじゃない。他にも、ピカピカと光る小さな車のおもちゃや銀色のスプーン、大きな宝石のついた指輪。
モップは、きれいなものをこっそり穴に埋めていたんだ!
ぼくたちは埋まっていたものをお屋敷に持ち帰って、ひとつひとつていねいに、土を払い落とした。
それを見ていたテンテンが、ふわりふわりと飛びながら、近寄ってくる。
『ねえ、その指輪についている石は本物? とっても高価なものだよ! ダイヤモンドって言うんだ!』
珍しくテンテンが興奮している。
「モップはいけない子だね! 大切なものを埋めちゃうなんて!」
「動物にも、音声機能がついていたら良かったんだろうね」
そんなことを話しながら、かけらを【地球儀】にはめ込んでいく。
嬉しいことに、モップが土に埋めていたかけらで【地球儀】は完成した。
「やったあ! これで【地球儀】は、元通りだね!」
そのとき、門がギギギときしむ音が聞こえた。きっと、センゴク教授が帰ってきたんだろう。
「カズキ! 行こう!」
ぼくたちは完成したばかりの【地球儀】を持って、玄関に急いだ。
「おかえりなさい! センゴク教授!」
「そんなににこにこして、どうしたんじゃ?」
ドアを開けたセンゴク教授が、不思議そうに首をかしげている。
「あのね! ぼくたち、とうとうやり遂げたんだよ!」
「片付けが終わったのかの?」
「それも終わったけれど、もう一つの方」
カズキがメガネを押し上げながら、自慢げに胸を張っている。
「はて。なんじゃったか」
「これだよ!」
ぼくたちは後ろに隠していた【地球儀】をめいいっぱい高く持ち上げた。それを見たセンゴク教授が、嬉しそうに手をたたいた。
「ほーほほう! これはこれは、なんと嬉しいことじゃのう! ずいぶん久しぶりに見るわい。二人とも、ありがとう!」
「これでぼくたち、【絵の具】を分けてもらえる?」
そう言うと、センゴク教授は考え込むように、ひげをなで始めた。
「さて、どうするかのう?」
もしかして、交換条件にはまだ足りないのかな? ぼくは不安になって問いかけた。
「まだ足りない?」
すると、センゴク教授は「いいや」と、首を振った。
「お礼が三本ばかりの絵の具では、とても足りんな。そうだ。良いところへ連れて行ってあげよう。少し遠出をするが、良いかの?」
そう言ってセンゴク教授は、ぼくたちをシャトル発着場へ連れて行く。
「どこへ行くの?」ときいても、「良いところじゃよ」と、センゴク教授はにこにこするばかりだ。
ぼくたちを乗せたシャトルは、あっという間にダイダロスシティを飛び出した。
シャトルはぐんぐんと高くのぼっていく。窓から外を見ると、ぼくたちの住むダイダロスシティの丸いドームが、みるみる小さくなっていった。
「さあ。窓の外を良く見ておれよ。そろそろ目的地が見えてくる頃じゃ」
はるか下には、ダイダロスシティとは、比べものにならないくらい大きなドームが、いくつも並んでいる。
「見ろよ、ヒロト! あのドームは、植物園だよ! 森になってる!」
「本当だ! 動物園もあるよ! ねえ、センゴク教授。良いところって、フロントサイドの博物館のこと?」
ぼくはカズキと一緒になって、窓にへばりついていた。
「ほーほほう。もっと良いところじゃぞ」
センゴク教授がそう言うと、シャトルはぐんぐんとスピードを上げて、フロントサイドから遠ざかっていく。
「待って! フロントサイドからどんどん離れていくよ! 一体どこへ行くの?」
「目的地は正面じゃ」
その言葉に、ぼくたちは急いでセンゴク教授の隣に並んで、フロントガラスをのぞく。
その瞬間、ぼくは思わず叫んでいた。
「【地球】だ!」
そう。そこにあったのは、青く光る命の星。真っ黒な宇宙の中にぽつんと浮かぶ宝石、【地球】だった。
海の深い青と、森の鮮やかな緑が作る模様が、近づくたびにはっきりと見えてくる。
カズキはびっくりし過ぎて、あんぐりと口を開けている。
「【絵の具】でぬった、にせものの空じゃなく、わしが本物の青い空をプレゼントしてやるぞい」
「本物の青い空? 本当に? 青い空が見られるの?」
ぼくは嬉しくて飛び跳ねそうになったけれど、どうにか我慢した。だって、センゴク教授と約束したからね。
「でも。人間はあと千年は、【地球】に行けないんじゃなかった?」
カズキが驚きからようやく立ち直って、不思議そうに首をかしげた。
「わしは、研究のために【地球】に行くことを、許可されているんじゃ。君たちは特別じゃぞ。さあ、ちゃんと座席について、ベルトをするんじゃ。地球に着陸するときは少し揺れるでな」
ぼくたちは素早く座席について、しっかりとベルトをしめた。それからぼくは、ポケットを探ってテンテンを取り出して、手のひらの上に置いた。テンテンは明るいところに出て、自動的にスリープモードから起動する。
『おはよう、ヒロト』
「テンテン、聞いて。青い空が見られるんだよ! おじいちゃんに、青い空を見せてあげられるよ!」
ぼくがそう言うと、テンテンは目をチカチカと点滅させて、小さな首を振った。
『ヒロト。おじいちゃんは、もうどこにもいないんだよ。死んじゃったからね』
今度はぼくが首を振った。
「おじいちゃんは、いつでもぼくたちと一緒にいるんだよ」
そう言って、テンテンをひっくり返して、お腹をなでた。こっそり詰めたおじいちゃんの白い灰は、ちゃんとテンテンのお腹の中に入っている。
「やっと一緒に、青い空が見られるね」
ぼくはテンテンのお腹にそっと語りかけた。