小さなかけら
その日から、ぼくとカズキは学校が終わると、毎日のようにセンゴク教授のお屋敷に通った。
重い玄関のドアを開けると、必ずモップが嬉しそうに飛びかかってくる。
「こんにちは、モップ」
声をかけると、モップは「ワンッ」と元気良くほえる。
モップはテンテンが大好きで、テンテンがふわふわと飛んでいると、必ず飛びかかって、ぱくりと口にくわえてしまう。
『ヒロト、助けて!』という、テンテンの声がモップの口の中から聞こえたときは、心臓が飛び出そうなほどに驚いた。テンテンが食べられちゃったのかと思ったんだ。
センゴク教授が、どうにかモップの口の中から助け出してくれたテンテンの羽には、モップの歯形がついていた。
だから、モップの目に届かないように、テンテンをポケットの中にしまうようにしている。
モップはお利口だけど、ときどき興奮すると言うことを聞かないので困ってしまう。そうセンゴク教授に言ったら、「それが本物の犬の良いところじゃよ」と笑って言った。
最初の数日間は、重たい本を持つせいで、腕が痛くて仕方なかった。けれど、青い【絵の具】のために、ぼくは頑張った。
カズキが文句を言いながらも、毎日付き合ってくれるのは、きっとセンゴク教授のお屋敷には、ぼくたちの知らないことが、たくさん詰まっているからなんだと思う。
片づけ作業の合間に、センゴク教授は砂糖とミルクがたっぷり入った紅茶を入れてくれた。
そんな時間に、センゴク教授はいろんなことを教えてくれた。
【地球】の表面の七十%が、【海】や【川】と呼ばれる水でおおわれていること。
水がたくさんあるおかげで、【地球】はたくさんの生命が満ちあふれていること。
ときどき、【地球】が怒ったように暴れることを、【嵐】と呼ぶこと。
そして、【地球】の空が青い理由も教えてもらった。たくさんの植物が生み出す酸素などの小さな粒子が、太陽の光を青く変えているんだって。
おじいちゃんのお話と違って、学校の授業みたいなのは、センゴク教授が先生だから仕方がない。
それでも、ぼくはいつもわくわくしていた。きっと、おじいちゃんがすぐ近くにいてくれるような気がしたからなんだと思う。
「あった!」
本の山をかき分けて、小さなかけらを拾う。
ぼくは立ち上がって机の上の青い球体に、パズルのようにかけらをはめ込んで、「ふう」と息をついた。
「ねえカズキ、そっちにはあった?」
「いいや。見つからないよ。ずいぶん片付いたのに、まだ半分も見つかっていない。最初のかけらが本の間に挟まっていたことを考えると、他のかけらもどこかに紛れているかもしれないな」
カズキは背の高い本棚を見上げて、ため息をついている。
「せっかく片付けたけど、また部屋中をひっくり返して見てみないといけないぞ」
「ええー! そんなことしたら、センゴク教授に怒られちゃうよ!」
「探してあげるって約束したのは、ヒロトなんだからな」
ぼくがせっかく片付けた本を、カズキが取り出そうとするので、慌てて止めに入る。
今日は、センゴク教授がフロントサイドの学校に行っているので、お屋敷にはぼくとカズキとモップだけだ。探すなら今のうちだけど、センゴク教授が帰ってくるまでに、片付けられるかどうかわからない。
「良いのか、ヒロト? センゴク教授との約束を破ったら、【絵の具】を分けてもらえないかもしれないぞ」
「でも! 片付けを手伝うのも、約束でしょ!」
ぼくたちが本棚の前で押し問答していると、開けっ放しにしていたドアからモップが入っていた。鼻をヒクヒクとさせながら、机の上に頭を乗せて、【地球儀】をじっと見つめている。
「あれ? どうしたの、モップ?」
それに気がついたぼくは、モップに声をかけた。けれど、モップは【地球儀】に夢中になっていて、ぼくが呼んでも気がついていない。
どうしたんだろうと見ていると、モップが前足を伸ばして【地球儀】を引っかきはじめる。
「モップ、何をしているの?」
と聞こうとして、ぼくは「あ!」と声を上げた。
せっかくはめたかけらが、ぽろりと落ちていく。モップはそのかけらを足で引き寄せて、パクリとくわえてしまった。
「ダメだよ! モップ!」
駆け寄ろうとすると、カズキが「待て」とぼくを引き留めた。カズキはメガネを押し上げながら、モップを注意深く観察している。
モップは、ぼくたちのことに気がついていないように、スタスタとドアから出て行ってしまった。
「もしかしたら、残りのかけらが見つかるかもしれないぞ」
カズキはそう言って、こっそりモップのあとをついて行く。




