ラピスラズリ
カズキはあちこちに散らばった紙を、破れないように恐る恐る拾い集めている。集めた紙は、センゴク教授に言われるまま、三つの箱の中に分けて、ていねいに重ねて入れた。
ぼくはと言うと、床に積み上げられた本を、表紙の色ごとに分ける作業だ。
紙がぎっしりと詰まった本は、タブレットとは比べものにならないくらいに重たくて、すぐに腕が痛くなってきた。
でも、【地球】から持ってきたと言う古い本の表紙は、擦り切れてボロボロになっているので、乱暴には扱えない。
本当なら本は、博物館で大切に保管されていなければいけないものだ。もしも破いてしまったら、【絵の具】を分けてもらえなくなってしまう。
ぼくは、慎重に本を両手で持ち上げた。
そのときだ。何かがすべって、カラカラと音を立てて床に落ちた。
「いけない!」
ぼくは小さな声でつぶやくと、慌てて本を床に置いて、何が落ちたのかを確認した。見ると、ブーツのような形をした、黄色の平べったいかけらが転がっている。
「なんだろう?」
拾い上げてみると、意外に重い。プラスチックじゃないみたいだ。断面がギザギザしているので、もしかしたら欠けてしまったかもしれない。
「どうしよう?」
怒られるかもしれないと思うと、言い出すのが怖かった。けれど、ぼくは覚悟を決めて、部屋のすみで紙を分けているセンゴク教授のところに向かった。
「ねえ、センゴク教授。こんなものが落ちていたよ」
紙の入った箱をまたいで、センゴク教授に黄色いかけらを見せる。
すると、センゴク教授は「ほうほう」と嬉しそうに声を上げた。
「どこにあったんじゃ?」
「本の間に挟まっていたよ。知らないでいたら、落としちゃったんだ。ごめんなさい。もしかしたら、欠けちゃっているかもしれない。はしっこがギザギザになっているから」
すると、センゴク教授は丹念に黄色いかけらを眺めた。
「心配はいらぬぞ、ヒロト。これは、欠けているわけではないのじゃ」
そう言うと、「よっこいしょ」とイスから立ち上がり、机の上にあるでこぼこの青い球体を、ズズッと引き寄せた。
カズキも何事かと顔を上げて、机に駆け寄ってきた。
「これは、ここにぴったりはまるんじゃよ」
パチッと音を立てて、黄色いかけらが青い球体にぴたりとはまった。
「これでよし」
センゴク教授が満足そうに、うなずいている。
「これは何?」
様子をうかがっていたカズキが、不思議そうにたずねた。
「これは【地球儀】という、【地球】の模型じゃよ。学校の授業でホログラム映像を見るじゃろう?」
「でもこれは、でこぼこの青い球体だよ。とても【地球】には見えないけどなあ。陸地だってないじゃないか」
カズキはメガネを押し上げながら、首を振っている。
「このでこぼこのところに、陸地のピースがはまるんじゃよ。わしが子供の頃は、全てのピースがそろっていたんじゃが、いつのまにか無くなってしまったんじゃ。大切なものじゃったんだがの」
センゴク教授が悲しそうに首を振った。
「じゃあ、ぼくたちが探してあげるよ!」
そう言うと、ひげの奥の口が嬉しそうに笑った。
「ほーほほう! 本当かい? それは嬉しいの!」
「うん! ぼくとカズキで探してあげる!」
「ええー。おれも?」
不満そうに声を上げたカズキを知らんぷりして、ぼくはセンゴク教授に聞いた
「ねえ、このかけらは、プラスチックじゃないの? 重みがあったけれど、何かの鉱石?」
「そうじゃよ。これは地球の鉱石で出来ておるんじゃ。この青い石は、【ラピスラズリ】という宝石じゃよ。」
「【ラピスラズリ】?」
「そうじゃ。【地球】の古い言葉で、【群青の空色】と言うんじゃよ」
空色?
ぼくはでこぼこの【地球儀】をじっと見つめていると、カズキが横から顔を出した。
「センゴク教授は、学校で何を教えているの?」
その質問には、ぼくも興味があった。こんなにたくさんの本を持っているし、どう考えても、算数や社会を教えているようには見えない。
「わしは【地球】の先生じゃ。フロントサイドの大学で、君たちより大きな学生に、【地球】のことを教えておる」
「たとえばどんなこと?」
「そうじゃな」
センゴク教授は、「はて」と考え込むように、ひげをなでなでる。しばらくして、名案を思いついたと言わんばかりに、ぽんっと手を叩いた。
「知っておるかな? 月と違って、【地球】の空は青いんじゃ」
とたんにぼくは、目をめいいっぱい開いた。
「ねえカズキ、聞いた? 【地球】の空は青いんだって! おじいちゃんの言ったとおりだ!」
「ほう。ヒロトのおじいさんは、【地球】の空が青いことを知っておるのか」
「うん! どこまでも真っ青に広がっているんだって、言っていたよ! ぼく、おじいちゃんと約束をしたんだ。一緒に青い空を見ようねって。だから、その約束を守るために、空を青くしたいんだよ!」
「そうか。そうか。ヒロトのおじいさんは良い孫をもって、幸せじゃのう」
ぼくは嬉しくて、飛び跳ねるかわりに、思い切り笑った。けれど、カズキがメガネを持ち上げながら、口を挟んできた。
「でも、ヒロトのおじいさんは、一月前に死んじゃったんだ」
それを聞いて、センゴク教授は悲しそうな顔になる。
「それは辛かったじゃろう?」
「すごく悲しくって、いっぱい泣いたんだ。でもね、ぼくは決めたんだよ。おじいちゃんとの約束を果たすまで、もう泣かないって」
「ヒロトは強い子じゃの。いつか、約束が果たされればいいのう」
「うん! だから、ぼく頑張るよ!」
そう言って、ぼくは本の仕分け作業に戻った。




