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そらいろ  作者: ましの
3/8

学校

 どこまでも続く青い空は、どんな感じがするんだろう?

【雨】という水を降らせる空は、何を考えているんだろう?

 きっとおじいちゃんなら、そんなぼくの疑問に答えをくれたに違いない。

 ぼくはお絵かきモードにした、タブレットの画面を青い色にぬって、めいいっぱい高く掲げてみた。もしかしたら、青い空に見えるかもしれないと思って。

 けれどそれは、空と言うよりただの天井だった。どこまでも広がる青い空にはほど遠い。

 ぼくがふくれっ面をしながらタブレットを眺めていると、隣に座っていたカズキが不思議そうにたずねてきた。

「何をしているんだい? ちゃんと絵を描かないと、先生に怒られるよ?」

「そうだね」

 今は図工の時間。自分のペットロボットをモデルにして、絵を描かないといけない。



 大昔、まだ人間が【地球】にいた頃は、絵は【絵の具】を使って紙に書いていたらしいけれど、ぼくたちはそんなことはしない。

【地球】のように、資源がたくさんあるわけではない月面都市では、木から作られる紙は貴重な高級品だ。だから、簡単に紙を使うことは出来ない。

 当然、紙の本は博物館でしか見られない、歴史的遺産になっている。

 ぼくたちは、それぞれが持っているタブレットに文字データや画像データを映しだして、紙の本の代わりにしている。

 もちろん、読んだり見たりするだけじゃなくて、書くことだって出来る。図工の絵はもちろん、文字の練習も全部タブレットだ。データさえあれば、タブレット一つでなんでも出来る。

 おじいちゃんが言っていたけれど、大昔はわざわざ重たい本を持ち歩いていたらしい。今では、誰もそんなことしようとしない。



 ぼくは、机の上でじっとしているテンテンと同じ赤い色を、青い色の中にぽつんと、乗せてみた。

『上手く描けた?』

 テンテンがソワソワしながら聞いてくるので、ぼくはタブレットの画面をテンテンに見せてあげた。まん丸の目がチカチカと点滅している。

『ボクはどこにいるの?』

「ここだよ」

 そう言って、赤い点を指さすと、テンテンは不満そうに目を点滅させた。

『ボク、こんなに小さいの? もっと大きく描いてよ』

「テンテンが空を飛んでるところを描いたんだよ。本物のてんとう虫みたいに、青い空を飛んでいるんだ」

 説明してあげると、テンテンは「わからない」と言いたげに、『ふーん』とつぶやいた。

「ねえ。青い空って、どんな感じがするのかな?」

『わからないよ。ボクは、青い空を飛んだことが無いんだから』

「なにかプログラムされていない? きれいだとか。気持ちがいいとかさ」

 テンテンはしばらく考え込んでから、小さな頭を振った。

『そんなプログラムはないよ』

「そうなんだ」

 ぼくは、がっくりして頭をたれた。

 テンテンはおじいちゃんが作ってくれたから、もしかしたら、おじいちゃんがこっそり何かを、仕込んでいてくれたんじゃないかと思ったんだけど、違ったみたいだ。

 一人で考え込むぼくを見て、カズキがまた声をかけてきた。

「どうしたの?」

 カズキは、最新型のペットロボット、ホログラムの黄色いインコを描いている途中だった。

 今にも飛び立とうと羽ばたく黄色い羽根が、タブレットの画面いっぱいに描かれている。

 ぼくは、青くぬった自分のタブレットをカズキに見せて、テンテンにした質問と同じことを聞いた。

「青い空って、どんな感じがすると思う?」

「青い空?」

 カズキは、ずり落ちそうなメガネを持ち上げながら、ぼくの方に顔を向ける。

「どうして青なんだい?」

「【地球】の空は青いからだよ」

「【地球】の?」

「そう。【地球】の空は月の真っ黒な空と違って、青いんだ。知っていた?」

 カズキは「ううん」と首を振る。

「知らないな。 【地球】が宇宙の青い宝石だって言われているのは知っているけど、空まで青いって言うのは聞いたことがないな。それは本当かい?」

「本当だよ。おじいちゃんが言ってたんだ。五百年前の【辞書】って言う紙のデータベースにも、そう書かれているんだ。空色は青色だって。空の本当の色は、黒じゃないんだよ」

 ぼくは教室の窓から外をのぞいてみた。

 おじいちゃんが死んでから、丁度太陽が一巡りして、ダイダロスシティには再び「夜週」が訪れていた。

 空は吸い込まれそうなほど真っ黒で、数え切れないほど輝いている星の小さな光は、人工灯の明かりが邪魔をしてよく見えない。

「本物の【地球】を見たことが無いからなあ。青い星だって言われているけれど、本当はどうかわからないじゃ無いか」

「そうなんだよね」

 カズキの言葉に、ぼくはしょんぼりと肩を落とした。

 真っ暗な宇宙の中で青く輝く【地球】は、学校の授業でもホログラムで、飽きるほど見ている。けれど、ぼくたちバックサイドの人間が本物の【地球】を見るためには、月の表側、つまりフロントサイドまで行かないといけない。

 乗り心地の悪いバギーに五日間も揺られるか、高級レストランで、一ヶ月晩ご飯を食べられるだけのお金を払って、シャトルに乗らないとフロントサイドには行けない。

 つまり、滅多なことでは本物の 【地球】を見られないということだ。

 本当に青い色をしているのかさえ、ぼくたちには確かめる方法が無い。

「でもね。ぼくは、どうしても青い空を見たいんだよ」

 ぼくはもう一度、タブレットを高く掲げた。青くぬった画面を見上げて、どうにか青い空を想像しようとしたけれど、上手くいかなかった。

 おじいちゃんがお話をしてくれたときは、どこまでも青く広がる空をすぐに想像できたのに。

 カズキも一緒になって、青くぬったタブレットを見上げていると、突然カズキが「そうだな」と考え出した。

「もしドームに、タブレットみたいな液晶パネルがついていたら、青くぬって、青い空に見立てることは出来るかもね」

 カズキの言葉を聞いて、ぼくは「どういうことだろう?」と考えてみた。

 もし、あの透明なドームが青かったら? 想像してみる。

 ドームの高さは決まっているから、どこまでも広がる空というわけにはいかないけれど、それでもずっと高いところに青い色は広がるだろう。

 うん! とっても良い感じだ!

「それは、とっても良いアイディアだね!」

 するとカズキは、「でもそれは、無理だよ」と首を振る。

「例え話だよ。実際、ドームに液晶パネルはついていないから、それは出来ない」

「そうかあ」

 カズキの言葉に、ぼくはもう一度しょんぼりと肩を落とした。

 その拍子に、掲げていたタブレットが、ガタンと落ちた。

「あ、いけない!」

 拾い上げようとしたら、画面いっぱいにぬっていた青い色が消えていて、教科書モードに切り替わっていた。【美術の歴史】というページが立ち上がっている。

 ぼくは、そのページの端っこに書かれた【道具】を見たとたんに、ぱっとひらめいた。

「カズキ。これだよ! これなら、ドームを青く出来る!」

 そう言ってぼくは、タブレットを指さした。画面をのぞき込んだカズキが、「なるほど」とうなずいている。

「【絵の具】かあ。それは良いアイディアかもしれない。【絵の具】だったら、どこにでも色がぬれるからね」

「うん! そうだろう!」

 ぼくは嬉しくなって、チューブに入った【絵の具】の画像をながめた。

 これで、おじいちゃんに青い空を、見せてあげられるかもしれない!

「でもさ、ヒロト」

 喜んでいたぼくに、カズキが言った。

「ドーム全体に色をぬろうとしたら、きっとたくさんの【絵の具】が必要になるよ。それに、【絵の具】なんて高級品は、きっととても高くて、ぼくたちのおこづかいじゃ買えないよ?」

 そう言われて、ぼくは先生に見つからないように、こっそりテンテンに聞いてみた。

「テンテン。ダイダロスシティのドームを青くするには、何本の【絵の具】が必要になる?」

 テンテンは、まん丸の目をチカチカと点滅させて、ネットワークにアクセスしている。

『ダイダロスシティのドームの面積は五百七十二キロ平方メートル。【絵の具】一本につき一平方メートルと考えて、全部で五十七万二千四百六十八本の【絵の具】が必要になるよ』

「五十七万?」

 カズキがびっくりして声を上げる。

 算数のかけ算でしか、見たことのない大きな数字だ。

 テンテンはまだネットワークにアクセスしているのか、目を点滅させている。しばらくすると、テンテンは羽を振るわせてふわりと飛び上がった。

『残念だけど、月中にある青い【絵の具】を全部集めても、六十二本しかないよ。あと、五十七万二千四百六本も足りない。ヒロト。ダイダロスシティのドームを【絵の具】で青く塗るのは、現実的じゃないよ』

「そんなあ」

 ぼくは再び、がっくりと肩を落とした。そんなぼくの鼻先でふわふわと飛びながら、テンテンは続けた。

『ダイダロスシティにある青い【絵の具】は、三本。全て個人の所有物で、持ち主はセンゴク教授になっているよ』

「センゴク教授」と聞いて、ぼくとカズキは思わず顔を見合わせた。

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