月の夜
太陽が沈んで、五日目の朝。空が光を取り戻すまで、あと九日。
おじいちゃんは、「夜週」のさなかに、眠るように死んでいった。
「昼週」の間だったら良かったのに。そうすれば、真っ黒な空の中にまばゆく光る太陽の光が、ほんの少しぼくの心を、照らしてくれたのかもしれない。
町は人工灯の青白い光につつまれて、ひっそりと息をひそめている。その上に広がる真っ黒でさみしい空は、今のぼくの心を、まるで鏡のように映していた。
遠い昔に、人間が失ってしまった記憶を、ぼくはひとつひとつ思い出した。おじいちゃんのやさしい声が紡ぎ出す【地球】の物語は、もうぼくの心の中にしか残っていない。
「いつか、一緒に青い空を見ようね」って、約束したのに。
ぼくは、ポロポロとあふれてくる涙を、上着の袖で何度もぬぐった。
けれど、いくらぬぐっても、涙は止まってくれない。仕方がないので、「うわーん」と声を上げたら、肩にとまっていた、テンテンが『悲しいね』と、つぶやいた。
町はずれの葬儀センターで、灰になったおじいちゃんを、みんなでカプセルにつめる。
カプセルは、ドームの排出口から小さなロケットで飛ばされて、広い宇宙に投げ出される。学校の先生が言うには、そうすることで、死んだ人たちは星になるらしい。ずっと忘れないでいるために。
でもぼくは、そんなことをしなくても、おじいちゃんのことを忘れたりなんてしない。出来ることなら、おじいちゃんを【地球】に連れていってあげたかった。大昔のように、青く広がる空の下に、埋めてあげたかったと思う。
だから、ぼくはこっそりおじいちゃんの灰を、テンテンのお腹の中に詰めた。
「いつか、ぼくが青い空を見せてあげるからね」
小さな声で言ったら、テンテンが不思議そうにぼくを見上げて、『どうしたの?』と聞いた。
「テンテン。いつか、おじいちゃんに青い空を見せてあげようね!」
ぼくはしゃくり上げながら大声を出した。するとテンテンはふわりと飛び上がる。
『おじいちゃんは、もういないよ。死んじゃったんだから』
「違うよ。おじいちゃんはまだ、ぼくたちと一緒にいる」
ポロリと流れ落ちた涙を、手のひらでぬぐって、ぼくは精一杯、テンテンに向かって笑顔を作った。おじいちゃんとの約束を果たすまで、ぼくはもう泣かないよ。
『ヒロト。ボクにはよく分からないよ』
テンテンは、相変わらず不思議そうに、ぼくの周りを飛び回っている。




