セーブ12 これはいったい何のためなのか?
「何だこれ?」
もたらされた情報は奇妙なものだった。
「特設サイトって…………」
表示されたメッセージには、初回ログイン御礼としての特設サイトへの案内が書き込まれていた。
こういった場合、ゲームに用いる事ができるアイテムなどが定番である。
てっきりそういった物でも来るのかと思っていたが。
(何だろ。
壁紙か動画でも配信するのか?)
期間限定でそういったサービスもありえるとは思った。
興味がないわけではないが、特別欲しいとも思わない。
普段だったら、暇なときに見ようと放置してそのまま忘れていただろう。
だが、今回は違う。
何かがあるかもしれないと思うといてもたってもいられなかった。
表示されたURLをクリックして、特設サイトへと向かう。
サイトに移動して更に驚いた。
「…………なんだこれ」
そこに並んでるのは、野菜やら肉やら。
それらの販売サイトであった。
ただし、陳列してる商品が普通とは違う。
「これ、向こうの世界のじゃないか?」
先ほど戻ってくる前にカリンに振る舞われた物が幾つかあった。
こちらの世界における一般的な食材と見た目が似たものが多い。
中には「これは、本当に食えるのか」と思える物もある。
特に果物あたりは、どんな味がするのか分からない物がある。
その他にも果物や魚なども揃っていた。
また、よくよく見ると、木材や鉱物などもある。
こんなもんどうするのだろうと思ってしまう。
一応それらにも値段が付いてるので購入は可能なようであった。
だが、その値段がどうにもおかしなものになっていた。
「おいおい。
なんで五千とか一万とかいってるんだよ」
食材何個でその値段なのか分からないが、これが一個や二個の値段だとするならとんでもない事だった。
「カネールでこれって、さすがにやばくないか?」
どこが担当になるのか分からないが、とりあえず財務省とか公正取引委員会とかが黙ってないような気がした。
一カネールが一円なので、これだと一個五千円とか一万円になってしまう。
そもそも特設サイトまで作ってこんな物買ってどうするのかと思う。
が、よくよく見てその考えが間違ってるのに気づく。
「……これ、ゼーニで売ってるのか?」
値段の単位がカネールではなくゼーニだった。
どうも、ゲーム世界における通貨での購入になってるらしい。
「なんだ、ゲームアイテムの話か」
少しほっとした。
おそらく、ゲームで用いるアイテムになるのだろう。
やたらと日用品が目に付くが、何かで使う機会があるのかもしれない。
しかし、それにしても高い。
「五千とかいったら、何匹倒さないといけないんだよ」
ネズミを基準に考えれば、最低でも千匹は倒さないと無理である。
そこまでして買い込む必要があるのか?
この先何らかのイベントが発生した場合に必要なのかもしれないが、今は全く不要である。
「何のためのサイトなんだよ」
存在価値が分からない。
ただ、何かの意味があるのかもしれないと、ブックマークだけはしておく。
ブラウザーに直接登録をする。
ついでに、パソコンの方のメモ帳にもURLをコピーしておく。
何かあった時に、こういうのがあると便利だったりするのは過去の経験で学習していた。
「まあ、こんな所か」
他にめぼしい情報もなさそうだった。
運営からの案内もそれ以外は無かったので、当初の予定通りに関連しそうなサイトを巡り始める。
時間も既に夜に入った。
学校帰りや仕事帰りの人間も集まりはじめる。
朝からゲームに入り浸ってる者達なら、最初の感想を書き込み始めてるだろう。
それらを巡っていけば、何かしら情報が得られるのではないかと思った。
(ついでに、何か書き込んでおこう)
とりあえず当たり障りのない事を。
(カリンと村長の事にでもしておくか)
最初の村で出て来たキャラとして二人について書き込もうと思った。
グラフィックとテキストだけだけど、結構気に入ってるとでも書いておけばそれっぽいだろうと。
核心的な事には何一つ触れてないが、最初はこの程度で良い。
とにかく、きっかけを作っていかないと影響力を出せないのだから。
鬱陶しがられる可能性の方が高いが、その危険を覚悟しなければ何も手に入らない。
(どうせネットだけの付き合いだし)
身元を特定されるような情報は出さない。
それを徹底しておけば、あまり問題はない。
もちろん、匿名を利用して酷いことを書くつもりもない。
(ネットでウザがられても、死ぬわけじゃないし)
モンスターに切り込んでいくよりはよっぽど楽だと思った。
翌日。
妙にすっきりとした目覚めをしたトモヤは、さっそくパソコンに向かってログインをした。
すぐに目の前の景色が変わり、ログアウトした村長宅の庭に出現する。
時間にして朝の八時ほどであるが、既に村の者達は活動してるようだった。
ちらほらと見える広間や道の方に、人影が幾つか見えた。
(あれがこの村の人かな)
まだカリンと村長以外の者達とは話しをした事もないので面識はない。
いずれは挨拶はしないと、と思いながら村長宅の方を見る。
まずはこっちに挨拶をしておかないと、と思って玄関の方へと回ろうとした。
それより先に、庭に面した勝手口(のような扉)が開いてカリンが出て来る。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
向こうから出て来てくれて助かった。
「遅かったですね。やっぱり準備とか大変なんですか?」
「え、いや、そういうわけじゃ……」
準備に時間がかかる訳ではない。
何せこちらにログインすればいいだけなのだから。
それより、「遅い」というのが気になった。
朝の八時というのは、特別早くもないとは思うが、だからと言って遅いという程でもない。
だが、すぐにこの世界の常識が頭の中に浮かんでくる。
(そうか、こっちでは日の出くらいには活動開始なんだ)
灯りが乏しいので、日の出日の入りにあわせた生活が普通となっている。
だいたい、朝の五時から六時が起床時間となるだろうか。
八時というのは、起きてから少し仕事などをして、それから食事を始める頃合いとなる。
(こりゃ、もうちょっと早起きしないとまずかな)
いつも日付が変わってから寝る習慣のついてるトモヤにはつらいものがあった。
そんなトモヤに、
「でも丁度よかったです。
これからご飯にするので。
良かったら中で待っててください。
村長さんもいるので」
カリンは笑顔でそう言ってくる。
「いいの?
ご飯もらっちゃって」
「大丈夫ですよ。
だって、今日から仕事をしてくれるんですよね?」
「ああ、そのつもりだけど」
「だったら、これも報酬のうちですから」
「なるほど…………」
なら遠慮する事もないと考えて屋敷の中に入る。
勝手口と思ったのは本当に勝手口で、入るとすぐに台所になっていた。
土間と竈が目に入る。
換気用と思われる穴が壁にあったが、煙が中にこもっている。
「そっちの戸の向こうが食卓です」
言われるがままにそちらに向かう。
カリンは食事の準備があるようで、竈の方へと向かっていった。
ここにいても邪魔になるだろうから、素直に戸を開けて進む。
そこは確かに食卓があって、村長が座っていた。
さすがに土間という事はなく床張りになっている。
既に村長は座っていて、食事を待ってるようだった。
入ってきたトモヤに少し驚いたようではある。
すぐに「おはよう」と声をかけてくれたが。
「今日はこれからモンスター退治ですか」
「ええ、そのつもりです。
でも、カリンがご飯をって言ってくれて」
「それでここに来たと」
面白そうに笑う。
「なるほど、食べなければもたないですからね」
「ええ。
朝から申し訳ないですが」
「かまいませんよ。
私も一人で食べるのも寂しいですし。
いつもカリンに付き合ってもらってますから」
「…………でも、ご家族がいるのでは」
「まあ、いるにはいるんですが、この時間だと畑や会合に出てたりするので。
だいたいいつも私だけになってしまって。
孫も、寺で手習いです」
「なるほど」
朝早くから行動するなら、この時間に家にいる者はほとんどいなくなるのだろう。
「だから、食事に付き合ってくれる者が居るならありがたい。
居てくれるだけで楽しいものですから」
「それじゃ、その言葉に甘えます」
村長は嬉しそうに頷いた。
程なく運ばれてきた食事を、三人は食卓を囲んで食べる事となった。




