セーブ10 成果としてはあまりにもあんまりな
「けど…………」
あらためて手にしたナイフを見る。
特に意味のある行為ではないが、なぜだかその刃を見ていたかった。
それでネズミを倒した事、それが自分の勝利をもたらした事。
命をつないだこと。
そんな事をつらつらと考えていく。
「戦闘ってこんなもんなんだ……」
口にしたらそれだけの言葉で終わってしまう。
しかし、そこに至るまでの色々な思いが声にこもっていた。
初めての戦闘は、とにかく終わった。
この世界における戦闘がどういうものなのかを確かめようしたが、思ったより大変だった。
このあたりにいるのは、おそらく最弱の部類のはず。
それにも関わらず結構手こずった。
もし技能がなかったらどうなっていたのか。
想像するのも恐ろしい。
思った以上に体が動いてくれて助かった。
しかし、それでも相当きつい作業なのも分かった。
見返りはあるようだが、作業の辛さに見合ってるとはとても思えない。
ただ、最低限の戦いは出来る事は分かった。
(あとは…………)
気持ちが落ち着いたところで周りを見渡す。
見ればあちこちに何匹かのネズミがいる。
もはやネズミというのもはばかられる大きさのそれらは、適度に距離を置いて点在していた。
その一つに足を向けていく。
正直、かなり辛いと思ってる。
これ以上きつい思いをしたくはないとも。
それでも。続けてどこまでいけるのかも確かめておきたかった。
ステータス画面で確認できるHPなどはまだほとんど減ってない。
続けてもう一戦くらいは出来そうだった。
実際どれくらい戦えるのかを確かめておきたくもあった。
また、HPが減るほどのダメージがどれくらいなのかも。
(あんまり痛いのは困るけど)
軟弱な事を考えながらも、トモヤはネズミに向かっていった。
その後、何匹かネズミを倒し何枚かの貨幣を手に入れる。
この世界における物価は、やはり知識系の技能によるものなのか、だいたい分かっている。
それに照らし合わせれば、手に入れた金は泣きたくなるほど少ない。
四匹のネズミを倒して得られたのは、貨幣が十三枚。
この世界の単位で言うと、十三ゼーニとなる。
売却可能なネズミの前歯が一つあたり十ゼーニ。
併せて二十三ゼーニが収支となった。
「少な…………」
それほど強くはないとはいえ、体を動かして倒したのに変わりはない。
およそ三十分ほどがんばって、手にれたのがこれである。
一回の食事が五百から一千ゼーニほどなので、これでは食事代にもならない。
一日中モンスターを倒せば話しは違ってくるのかもしれないが。
それでも、一日三食として最低一千五百ゼーニ。
一匹おおよそ四ゼーニとして、三百七十五匹を倒さないといけない。
「いや、無理だろ」
ざっと計算して頭を抱えたくなった。
とりあえず、モンスターを倒して稼ぐ、というのは考えない方がよさそうだった。
もっと強いモンスターを倒せば稼ぎは増えるかもしれないが。
そこまで行くまでにどれだけ苦労する事になるか。
考えるのも億劫だった。
「こっちにいりゃ、稼げると思ったんだけど……」
現実を捨ててこっちに来て、モンスターを倒して稼げればと考えた。
現実で稼げなくてもこちらでなら仕事がある────そう思ったのだが。
どうもそうはいかないようだった。
食事だけでもこっちで済ます事が出来れば、現実での消費は抑えられる。
そうなれば、もうちょっとだけ長生きできる。
今更生きながらえてどうすんだと思うのだが、生きる可能性が見えてくると、どうしても色々考えてしまう。
もしかしたら、ああしたら、という思いつきが幾つかわいてくる。
モンスター退治で稼ぐというのもその一つだった。
だが、頭で考えた思いつきと、実際にやってみて得られた結果は大きな乖離があるもの。
今回もそんなよくある話の一つのような結果が出てきている。
それでも、もうちょっとやっていくかと思ってモンスターに向かっていく。
他にやる事があるわけでもない。
それに、実入りは少なくても、やっていれば少しはゼーニが手に入る。
まだしもモンスターと戦っている方が生産的だった。
(死ぬ可能性もほとんど無さそうだし)
手間はかかるが、死ぬほど危険というわけでもない。
面倒は面倒だし疲れはするが。
体を動かす事の爽快感をおぼえながら、トモヤはまたモンスターへと向かっていった。
それから三時間。
「結構がんばったな」
成果をゼーニの数で実感する。
合計二百四十七ゼーニ。
およそ六十匹ほどを倒した成果である。
これに前歯が三本ついてくる。
戦って休んで、戦って休んでの繰り返しだったので、それほど急いでやったわけではない。
それでもこれだけ倒せたというのに驚いた。
そして、これだけやってこの程度の稼ぎなのに泣けてしまう。
「時給にしたら、百にもならないのか」
考えれば考えるほど泣けてくる。
まだ体は動くが、気持ちがくじけてしまった。
(とりあえずこのあたりにしておくか)
そう思って村へと戻っていった。
「本当ですか?!」
カリンの声が周囲に響いた。
「…………あ、すいません」
「いや、まあ気にしないで」
ちょっと驚いたがそう言っておいた。
だが、カリンの興奮は結構なもののようで、
「でも、畑に入り込んできたモンスターを倒してくれたんですよね、ですよね」
と身を乗り出してくる。
「あ、ああ、まあ、ちょっとだけど」
「どのくらいですか?」
「数えてないけど、たぶん五十匹はいってると思う」
「そんなに!!」
再び大きな声が上がった。
何事かと思った村の者が、窓を開けて様子を伺う程だった。
それに気づいてないのか、
「ありがとうございます。
畑に入り込んでくるから大変だったんですよ。
おかげで助かります」
と何度も頭を下げてくる。
「いや、そんな大した事してないから」
「そんな事ありません。
あいつらがいると仕事も出来なくなるし。
それに、作物を食い荒らしたりするから収穫も減って困ってるんです」
「それでも、そんな大して強くないのを倒しただけだぞ」
「何言ってるんです。
怪我人だって出るんですよ。
だからいつも何人かで一気に飛びかかる事になるし。
そのせいで仕事が遅れるんですから」
出かける前にそう聞いてはいたが、これほど驚いたり喜んだりするほどだったとは思わなかった。
「そんなに大変だったんだ」
「大変なんです。
おかげで収穫が一割か二割は減ってますから」
となるとかなりの損失であろう。
どれだけ作物が収穫されるのかは分からないが、結構大きな田畑の一割二割はかなりの量になるとは思った。
それが減るなら自分のやった事も、それなりの意義があるのだと思えた。
ここまで大げさに言われる程ではないとも思ったが。
「もし良ければ明日もやろうか?」
「いいんですか?!」
予想外だったのだろう。
カリンの目に期待と歓喜が浮かんでいる。
「あ、でも、タダでやってもらうわけには……」
「いや、気にしなくてもいいよ」
そんなつもりで言ったわけではなかったので、そう言われると逆に申し訳なくなる。
「ああ、でも。
もしお願い出来るなら、メシを出してくれると助かる。
結構腹が減るから」
「そんな事でいいんですか?」
もう歓喜を通り越してカリンは唖然としていた。
「普通、結構お金がかかるんですけど」
「そうなの?」
「ええ。
モンスター退治を頼むとどうしても、その、高くなってしまうので」
具体的にいくらぐらいなのか分からないが、結構するようだ。
「モンスターと戦う人達を雇わなくちゃいけなくて。
結構それが負担だったりするんです」
「まあ、人を使えば金はかかるしね」
「なのにご飯だけでいいなんて」
トモヤにとってはそっちの方が重要だった。
金は欲しいが、それほど困ってるというわけでもない。
モンスターを倒してメシが食えるならそれで十分だと思えた。
とりあえず今は。
「まあ、とりあえず何日かやってみるよ。
その間のご飯だけよろしく」
そう言って手を合わせて頼む。
カリンは、
「はい!
まかせてください」
と元気よく答えてくれた。




