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死神と少女と新月と

死神と少女と新月と(4)

なんだか続きまくっている一発モノです。これだけでも楽しめますが,以前から投稿しているものを参照していただければ彼らの関係がもう少しわかりやすくなる……はず。

 今日も死神・スレアは仕事でいない。だだっ広くて黒っぽい誰もいなくて静かな屋敷に一人留守番と私はちょっと不機嫌だった。

 最近のスレアはどうも忙しそうだ。死神の仕事がどんなものかは知らないけれど,こうも頻繁に出かけなくてはならないようなものなのだろうか。主である私をほっぽり出して一体どこで何をしているのかと問えば,曖昧な答えばかりではぐらかされるし,こっそりと尾行しようにも人外相手じゃまともなことにならないし。(廊下の角を曲がったらいない,なんてことザラだ。)日によってはまだ温かい朝食と,冷めても美味しく食べられる昼食が私の部屋に用意してあって私が昼寝をしている間に,ちょっと温めればこれまた美味しく食べられる夕食が厨房に準備されていて,肝心の用意した本人の姿をほとんど見かけない。一度,厨房にずっと居座っていれば姿を捉えられるんじゃないかと思って張り込んだことがあったのだが,はっと気が付いたその時には既に食事が食堂の机の上に(ご丁寧にも)フルコース(しかも,多過ぎることのない量)準備されていたなんて笑える話が出来上がっていた。

「だーから,このバカみたいに広い屋敷に置き去りにされたら退屈じゃないの……。」

 書斎にはまだまだ読んでいない本が山積みになっていたが私には難しすぎて読めない本もいくらかある。中にはそもそも人間の言葉なのか怪しい本もいくつか紛れ込んでいたし。とにもかくにも自分の興味を引いてなおかつ読みやすい本はあらかた読んでしまっていた。大体,私はそこまで勉強というものが好き部類の人間ではなかったので,来る日も来る日も本ばかり読む,というのは苦手なのだ。それでもここに来てだいぶ読むようになったけれど。そんなこんなでかれこれ2週間はろくに相手の顔を見ていない。もっとも,相手の顔を見ていないのはこちらだけで向こうはこちらの寝顔を覗いたりくらいしているんだろうけれど。

「退屈だなー……私の人生にこんなに退屈な時間が溢れてるなんて思わなかったわ。」

 あの忌々しい屋敷にいたときは,常に執事やメイドがつきまとい,日中は清く正しく美しい妻になるための”英才教育”が施され,夜は両親とマナーや言葉遣い,立ち居振る舞いを死ぬほど気遣いながらの夕食と,一般教養の座学,そして就寝といったところか。新月の晩に家出をするまではあの家にいるのが嫌で嫌でたまらなかったものだ。見るところから見れば随分と恵まれた環境で暮らしていたのだろうけれど,人は自分が持っていないものをどうしても求めてしまう。この場合,持ち過ぎていた私が求めたのは”持たないこと”だったのだけれど……。

「ここまで暇とは想定外だっ!」

 そう叫んで起き上がる。絵だけが壁にかけられて,そのほかには特に何もない画廊とも言えるようなガランとした空間に声だけがわー…んと反響して静まり返った。

「……虚しい。」

 そういえば,この生活始めてから独り言が増えた気がする。

 もう一言そう呟いて私は画廊を離れた。



 本当に屋敷の中に誰もいないのかと本日何度目かの屋敷の見回りを始めた。どうせなら普段できないことをしてやろうと,この前見回った時に確認した倉庫に入っているメイド服を(これまた古風でいいデザイン)拝借して着てみる。

「おぉぉ……。」

 意外と体にフィットしている,ていうか凄く動きやすい。思っているよりずっと柔らかな布地に,白と黒だけの色彩,ロングスカートのワンピースのところどころに品よくあしらわれた黒いレースのデザインがいたく気に入った。

「……思ったより似合うものね……。」

 ある意味初めて見る自分の姿にちょっと鏡の前でくるりと回ってみたりなんかして。まるで服を買いに来た時のようだった。

「さて,と。」

 せっかくこの格好になったのに倉庫の中で終わらせてしまってはもったいない。そっと扉を開けて颯爽と廊下に踏み出した。長いスカートなのに脚に絡まないこの歩き心地,なかなか魅力的だ。

 いつも通りに屋敷の中を見て回る。ほとんどの部屋は見てしまっているので,特に目新しい物はないが,この服を着ているといつもよりもほんの少しだけ違う場所に見えた。

 足を運び過ぎて飽きてしまい始めた書斎に足を向けると,突然,いつもと違う音が聞こえてきた。肌に突き刺さるような沈黙の中に響く羽箒で埃を払うような,パタパタという音。一人寂しく屋敷で留守番していた今まで聞いたことのない音に,私の聴覚が一気に覚醒した。誰かいるのだろうか……?音をたてないように扉を開けて,忍び足で書斎の中に足を踏み入れる。広い室内に天井近くの小さな窓。普段は誰もいないそこに,確かに人影があった。

「……?」

「あら,新入りさん……?じゃなくてお嬢様!?」

「はい!?」

 その人影が突然こちらを振り返ってそんなことを言うもんだから,思わず驚いて聞きかえす。心臓の鼓動が数回飛んだような感覚に,思わず息を詰まらせた。

「え,お嬢様ってどういうこと……ですか?」

「スレア様のご主人さまですもの,とはいえご主人様とお呼びするのは少し固いかしらと言う話になって,私たちの間ではお嬢様とお呼びしているのですわ。というか,お嬢様とあろうお方がなぜそのような格好を……?」

「私たち……って?」

「あぁ,ええと,姿を見られてしまったからにはお教えしますね。お嬢様,スレア様お一人でこの屋敷を管理しているとお思いですか?」

 目の前の女性にそう聞かれて思わず考える。確かに,一人で管理していたのではないかと考えたこともあったけれど……。

「いくらスレア様が万能とはいえ,不在の間はこの家の管理をする事まではさすがにできません。そこで,管理のために魔力でこの家を任されているのが私たちです。お嬢様とも本当は何度かお会いしたことがありますのよ?」

「え?あるんですか?」

 こんな絵に描いたように綺麗な人,一度見たら忘れそうもないけれど。

 胸元まで下された鴉のように黒い髪に少し緑がかっている金色の瞳。透き通るように白くて柔らかそうな肌に華奢な体。清楚,という言葉が具現化したかのようなそのいでたちは,一度見たら忘れられない。

「えっと,ごめんなさい,身に覚えがないのですが……。」

「無理もありませんわ。スレア様がいらっしゃるときは私たちはこの姿では屋敷にいませんので。」

「そ,そうですか……。」

「しかし困りましたわ……なるべくこの姿を見られないようにしろと仰せつかっていたのに……お嬢様がメイド服を見つけてしまう事までは,スレア様も想定していらっしゃらなかったのね。」

 目の前の女性が少し困ったようにため息をつく。どうやら好奇心であまりよろしくないことをしでかしてしまったようだ。けれど,屋敷の中を詮索するなとは言われていないし(さすがにスレアの部屋を覗くようなことはしていないが。)なんて言い訳じみた言葉を少し考えついてから口を開こうとすると,すっと私の目の前に細くて整った指が差し出された。

「……?」

「シャルと申します。以後お見知りおきを。」

「あ,え,えっと,クレアです,クレア・アリバーン。」

「ええ,存じ上げております。では,私は掃除がありますのでまた。」

「あ,お邪魔してすみませんでした。」

 掃除に戻った彼女に背を向けて,私は書斎を後にしようとした。

「あ,お嬢様!」

 扉に手をかけたところでシャルに呼び止められた。

「……そのメイド服,よろしければ元あった場所に戻しておいてくださいませ。スレア様に着ていたことがばれてしまってはお嬢様も何かと不都合かと思いますし。」

「わかりました。ありがとうございます。」

 彼女の言葉にそう答えて,私は今度こそ書斎を後にしたのだった。



「そういえば,シャルに会ったそうですね,我が主?」

「……やっぱりまずかったの……?」

 翌朝。久しぶりに屋敷にいたスレアにふとした瞬間にそんな風に言われた。その物言いにやはり何かまずいことをしたのかと,私は怒られる覚悟を決めて彼の次の言葉を待った。彼が次に発したのは少し意外な言葉だった。

「いえ,まずいことはありませんけれど。我が主,私が契約の時に主に申し上げたことを覚えていらっしゃいますか?」

「えっと……確か,孤独と引き換えに不老長寿がどうとか……だったかしら。」

「ええ。大体正解でございます。『他者との関わりは、いずれ私の魔力の暴走を招き貴女を破滅へと追いやる。貴女は常人では考えられぬ程の孤独を代償に常人では考えられぬ程の不老長寿を得ることになります。』ですよ。」

「……よく覚えてるわね。」

「死神とはいえ,一応神ですから。」

 にっこりと笑って彼はそんなことを言う。確かに一応神さまだけれど,こんな人間臭い神様も珍しいのではないかと,ふとそんなことを思ってしまった私だった。そんな私の顔を見て,スレアは続ける。

「何も彼女に会うなとは言いません。ただし,貴女が感じているその孤独感こそが,我々死神の魔力の糧となり,またその魔力を魔力たるものにするために必要な物なのでございます。我らも,死を司る崇高であり,かつ地獄の番人という卑しい存在でありながらも,その魂を護る忠誠を誓った主の身体を魔力ならざる物で蝕み,あえて魔力供給を受けられるという利を潰えさせることはしたくはないのでございます。そうあるためにも,我が主,貴女には孤独を強いなくてはならない。ここ数日,貴女に何の理由も説明せず,ただ独りきりまだ来て日も浅いこの広大な屋敷に取り残して私事にばかりかまけていた私にも非はあります。我が主,至らぬ私のこのご無礼,お赦し頂けますか。」

 深々と丁寧に頭を下げるスレア。理由の核心が小難しい言葉ではぐらかされたような気がしたが,私は頷いておくことにした。そういう物だと思って納得しておけば,理由もわからず独りでいるよりはずっと良さそうだった。そこで私は,代わりに気になっていたことを彼に尋ねることにした。

「シャルって,誰なの?」

 ……幽霊と一緒の屋敷に一人だとしたら嫌だったのだ。するとその問いかけに対してスレアは意外にもさらりと答えを返してくれた。

「彼女は私の使い魔のうちもっとも優秀な者たちのうちの一人です,我が主。彼らは普段は人の姿ではなく,もっと目立たない姿……動物などに変化していますが……私の許可と魔力供給によって本来の人の姿に戻ることができます。」

「そうなんだ……。ありがとう。」

「……?いえ。お安い御用でございます,我が主。」

 彼の言葉に私はあることを思い出していた。



 またあくる日。スレアはいない。私はあることを確かめたくて庭を歩きまわっていた。

「あ,いた。」

 庭の木の影の下。真っ黒で金色の瞳を持った黒猫が気持ちよさそうに昼寝をしている。そこにそっと近づいてしゃがみこむと,私はこう囁いた。

「シャル……?」

 すると黒猫は片目を開けて,にゃあん,と小さく鳴いたのだった。

この死神シリーズ,ぽつぽつと続くかもしれません。

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