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意識と無意識の境界線(短編)

意識と無意識の境界線 〜 veki

 薄暗い時間ーーーまだこの集落は眠りについている時間、僕は必死になって逃げている。


 (捕まったら最期だ。何をされるか分からない。逃げなきゃ逃げなきゃ、一分一秒でも早くここを去らなきゃ)


 いい知れない焦りがどんどん大きくなり、必死で動かしている足がもつれそうになる。


 (あ、あそこに身を潜められるかも)


 目の前に塀で囲まれた庭が見えた。広い庭のようで自然を模した山や大きな木や石灯籠、池などが見える。

 開いている門から忍び込むと、周囲を背の高い草で囲まれた太い松の木の陰に身を隠すせば、いっときの間ほっと一息つきようやく状況を確認できるようになった。


 肌に刺さる様な空気の冷たさから季節はきっと冬だろう。僕は分厚い毛布を体に巻き付けてはいるが、着ているるものは半ズボンと半袖姿。これはいつもの僕の寝るときの服装だ。足下はなぜか裸足。冷たい地面を裸足で駆け抜けてもう足の感覚が無くなり、くたくたになっている。

 寒さのせいか、恐怖のせいかは分からないが、体が小刻みに震えている。


 (逃げ切れるだろうか。どこまで行けば、見つからずに済むだろうか・・・)


 鳥の声一つしない静かな状況に自分の呼吸だけがやけに響くように感じ、見つかるんじゃないかと気が気で無い。だが、ここで冷静さを失えばそれこそ逃げ切れないだろう。僕は出来る限り冷静になれるように、ゆっくりと深く冷たい空気を吸い込み、静かに口から吐き出す。それを何度か繰り返せば、震えている体も落ち着いてきた。


 (ここは一体どこだろう。僕は一体・・・何をしていた? 僕は・・・いったい・・・)


 頭を整理しようと直前の記憶を遡ろうとすれば何も思い浮かばない。そんな自分に僕は呆然とする。


 (は・・・なんなんだ、これ。僕は一体何から逃げているんだ?)


 自嘲気味に顔が引きつるのを感じる。幾ら考えてもなぜ逃げているのか、何から逃げているのか思い出せない。ただ、逃げなければならないというその思いだけが僕を突き動かしている。


 薄らと暗かった空が徐々に白んで来た。周囲の色もはっきりと分かるようになる。


 (太陽が昇ったらおしまいだ・・・。その前に何とかしなければ)


 ぐるぐると思うように働かない脳で必死に考えている。

 突然、静かだった空気が何かのざわめきの波を運んで来た。


 (人の気配・・・? 数人か?)


 なぜか分かる。数人がこちらへと近づいてきている。


 (奴らだ! 奴らがきた・・・・ちくしょう!)


 ギリッと奥歯を噛む。自分が入ってきた門へ顔を向け様子を窺うと左手から一台の大きな大きな高級車が静かに走って来るのが見えた。それは逃げようと思っていた方向からやってくる。きっとあちらに何かがあるに違いない。

 僕は少しだけ木の陰から顔を出し、車の動きを目で追う。あいにく硝子越しに車内は見えなかったが確信した。


 (あいつだ。あいつが戻ってきた。やばい。ヤバい。やばい。ここに居るのは危険だ)


 顔から血の気が失せるのを感じる。捕われてしまった時の事を考えれば再び小刻みに体が震え出す。


 スーツ姿でサングラスをした男達が数人、車を守るようにしてこちらへ向かってきた。奴らに捕まれば死ぬより酷い事になる、それだけは分かっている。だから正気を保つため頭をブンブンと振り恐怖を追いやり、ここから逃げ出す方法を必死に考えるが、疲れ冷えきった体はいう事をきかない。


 (・・・誰か、誰か、助けて。僕をあるべき場所へ戻して・・・誰か・・・)


 自分の置かれた立場に急に不安になり、内心弱音を吐いた。何がどうなって自分がここにいるのか思い出せない。どこへ行けばいいのかも分からない。だけど、ここに居るのだけは間違いだ、一刻も早く離れなければならない事だけは分かっている。


 門のところへと車がさしかかる。同時に車を取り囲んでいる男達も門の前にさしかかる。僕は息を潜め見つからない事を必死に祈り木陰に身を隠しているが、ふと、一人の男がこちらを振り向いたのを感じる。


 (見つかったのか・・・?)


 急にドクドクと鼓動が早鐘のように打っているのを感じギュッと目を瞑る。


 (夢なら、夢なら早く覚めて! 僕の夢! こんな恐ろしい事は夢で終わらせて!)


 必死の祈りが通じたのか車と男達は立ち止まる事無く門を通過して行った。動きの鈍くなっている自分の足をバシンと叩き活を入れた。一つ大きく呼吸をすると、僕は意を決し、松の木の陰に隠れながらもゆっくりと門へと進む。そっと様子を窺えば先ほどの車と男達は一つ先の角を右へ曲がって入って行くのが見えた。

 それの意味する事は、いずれ僕が居なくなった事が知られるということだ、そして、必ず追っ手がやってくるはずだ。


 そろりそろりと門を出て道に出る。そして車がやって来た方向へ向かい全速力で走り始めた。少し休んだお陰かちょっとだけ体が軽くなっている気がする。


 隠れていた庭を出れば両側は田んぼが広がっている。その少し先には再び個人宅が三々五々に建っている。そこまで行けば何とか身を隠しながらこの集落を抜けられるに違いないと微かな希望を胸に田んぼの中の一本道を走りだした。



  *



 私はガバっと勢い良く上半身をベッドの上に起こした。肩が激しく上下する程に知らず知らずのうちに呼吸が荒くなっている。そして鼓動が早鐘のように打ち付け、酷い動悸を感じる。


 (一体、何なのよ。目が覚めるまでは覚えているのに、目覚めると奇麗に忘れちゃうなんて・・・。でも、また見たわ、あの夢・・・)


 内容は覚えていないが、最近何度も繰り返し見ている夢だということは分かる。目覚めるといい知れぬ不安と強い緊迫感を感じ、体はまるで全速力で駆け抜けてきたように肩で息をする程の息切れを起こしている。


 (何が起きているっていうの・・・? どうして何度も同じ夢を見るのかしら? せめて、内容さえ覚えていれば・・・)


 最近はこの状態で目覚める事が多い。だからか、眠るのが怖いと感じる事もしばしばだ。出来る限り睡眠時間を短くしようと宵っ張りを続けているが体が睡眠を欲するせいでいつの間にか眠りに落ちている。これが毎日繰り返されているのだ。


 (心療内科にでも行った方がいいのかしら。睡眠薬を貰って飲めば、夢なんて見なくて済むかしら)


 正直言ってもう体も心もくたくただ。たかが夢なのに、心が悲鳴をあげつつある。


 (ほんの何日か前までは心穏やかな、充実した目覚めを感じていたのに・・・)


 あの穏やかな、誰かがまるごと私を受け止めてくれているかの様な安心感が酷く懐かしい。


 (今日はもう、これ以上眠る事は出来そうにないわ・・・)


 深い溜め息をつき、ごそごそとベッドから這い出た。



  *



 「待て! 止まれ!」


 背後からの怒号と複数の足音が聞こえて来る。


 (止まれと言われて素直に止まるなんてナンセンスだ)


 僕は巻き付けていた厚手の毛布を後ろへ向かって投げつけながらも足を止める事無く走り続ける。そしてようやく、人家のあるエリアへと入った。だがホッとする間も後ろを振り返る余裕は無い。奴らにとってはここは庭も同然、きっとどこへ隠れても見つけ出されてしまうだろう、ならば、少しでも遠くへ逃げるに限る。


 (それに今日は何故か体が軽い。昨日までの僕じゃないようだ。幾らでも走れる様な気がする。この勢いに乗じてどんどん逃げてやる)


 勢いのまま全速力で人家の間を走り抜ける。まるで列車に乗って車窓から見る景色のようにどんどんと風景が後ろへと流れて行く。幸い誰ともすれ違わない。僕は周囲に気を配る事無く勢いのまま駆け抜ける。


 目の前に大きな道路が横たわっている。それは真っ直ぐに進むのではなく、右か左への道を選択させようとしているかのようだ。


 (だが僕は“真っ直ぐに”進みたい。その先に僕の目的地があるのだから)


 不本意に足を止め逡巡する。


 (本当に右か左の選択しか無いのか?)


 疑うも目の前の事実がそう告げている。しかも追っ手はすぐそこまでやってきているはず、このままぐずぐずと右か左で悩むよりも一か八か、気の赴くままに進んでみた方がいいのではないか、そんな諦めにも似た心境になっている。


 (真っ直ぐ進みたいのに、道がない・・・)


 ええい、ままよ、と頭を強く振り右へ折れようと右足を一歩踏み出そうとした。すると、頭の中で「違う」と響く。慌てて左へ折れようとすればこれまた「違う」と言う。確かにその通りだと自分自身でも思うが、いかんせん、道は右か左にしか進めない。


 『こっちよ。こっち。気づいて、ねぇ、こっちなの。あなたの直感を信じて“真っ直ぐに”いらっしゃい』


 頭の中で女性の声がこだまする。訳が分からず混乱するも、危険が差し迫っているこの状況は刻一刻と悪化している。


 (立ち止まっている暇はない! 右と左、どちらも駄目なら、捕まってしまうのなら、真っ直ぐに進んでみても悪くはない)


 腹をくくり最初の直感のまま、声の導くままに真っ直ぐに足を一歩踏み出す。

 横たわる足下の道路から異様な悲鳴にも似た声が発せられ心を抉られるように感じるが、負けるものか、と歯を食いしばり目は前方へ睨み据え怖じ気づきそうになる足を叱咤し、一歩、また一歩、焦る気持ちを抑えながら確実に歩を進める。

 横たわる道を渡り切る頃、不思議な事が起こった。“閉じていた見えない壁”が音を立てて崩れ落ちたのだ。崩れ落ちる間から柔らかな光が差し込んで来るのが見えた。


 「ああ、戻ってきた。僕の行く道はここだ」


 自然と口から声がこぼれ出した。その言葉を裏付けるように光の中から一本の道が現れ、まるで僕を呼んでいるようだ。思わず頬が緩み口角が上がる。


 「待ってて、僕が行くから。今度は僕が君の側に行くから」


 僕は心の底から溢れて来る笑顔を抑え切れず、真っ直ぐ延びた道に導かれるように走り抜ける。


 (ああ、ようやく到達できた。ここに来たかったんだ・・・)


 差し込む柔らかい光が僕を包み込む。それがとても心地良いと感じ、今までの不安は消え去っていた。


 「ありがとう・・・」


 そして僕は光の渦に飲み込まれた。



  *



 「良かった・・・」


 涙が目尻からつぅっと零れ落ちるの感じる。涙の粒が耳にかかり違和感を覚えて目が覚める。手を目元に持って行けば指先が濡れた。


 「泣いて・・・? どうしたのかしら」


 私はベッドの上で上体を起こす。その間にも涙は後から後から流れ落ちる。だが、嫌な涙じゃない。零れ落ちる涙を止める事無く流れ落ちるままにしている。


 (暖かい)


 昨日まで私を悩ませていた酷い目覚めでは無かった。流れる涙が心から温かいと感じる。


 (終わったんだわ。全て、終わったのね・・・)


 目覚めると同時に夢の内容を覚えていないのは今日も同じだったが、今はそれで良かったと思う。誰かは分からないが、満足していたのを感じたし、最後はとても美しかったように感じる。


 そしてこれでもうあの怖い思いをしなくても良いのだと安堵感を覚えた。



  *



 ーーー暖かい。

 ほっとする暖かさが“わたし”を包んでくれている。この温もりをくれる人を“わたし”は知っている。


 「瑠璃」


 耳心地の良い声が“わたし”を呼ぶ。まだまだこの温もりに包まれていたいが、優しい声の主は“わたし”が目覚めるのを促すように“わたし”の名前を呼ぶ。


 「瑠璃」


 声の主は“わたし”の背中を優しく撫で、額に暖かく柔らかいものを押し付ける。


 「早く、目覚めて。その目に私を映して」


 目蓋にも柔らかいものが押し付けられる。


 「ん・・・」


 “わたし”は、もうちょっとと抵抗を試みるが声の主は容赦してくれる様子はない。せっかく心地よい微睡みにいるのにと不満を持ちつつも、のろのろと目蓋を開けた。


 最初に飛び込んで来たのは“わたし”を見つめる美しい双方の瞳だった。見つめ返すと、その瞳は更に優しい色を湛えた。


 「おはよう、瑠璃」


 「おはよう、青蓮」


 “わたし”は青蓮の腕の中にいた。ゆっくりと目蓋を閉じ、再び目を開く。


 「もう、大丈夫よ」


 そう言って青蓮に向かって微笑むと、“わたし”を包んでいた腕に力が込められるのを感じる。全身で温もりを感じ、うっとりと目蓋を閉じれば頭の上から声が聞こえる。


 「・・・良かった。なかなか目を覚まさないから、心配した」


 そう言う声が微かに震えている。“わたし”は、そっと手を青蓮の背中にまわし擦った。


 「心配かけてごめんなさい。わたし、どの位眠っていたの?」


 青蓮の腕の中から彼の顔を見上げる。


 「10日ほどだ」


 青蓮から重い声が返って来る。


 「そんなに・・・。ずっと側についていてくれたの?」


 青蓮はこくりと頷いた。


 「ありがとう。最後は手伝ってくれたでしょ? 青蓮の力がわたしに流れ込んで来るのを感じたわ。お陰で早く戻って来る事が出来たわ」


 意識の沈んでいたままの時を思い出せば、確かにそれくらいの日数は経っていただろうと思う。おびえる“あの子”を何とかして落ち着けようとするのに3回、実際に行動させるのに更に3回、後一歩を踏み出させるのに更に3回同じ夢を繰り返した。そして先ほど終に“あの子”は無事にあるべき場所へと戻って行った。


 「わたし一人だったらきっともっとずっと時間がかかっていたわ。青蓮が側にいてくれていたから“あの子”も無事に天帝の御許へ渡れたわ」


 「・・・そうか。ならば、その内に会えるかもな。・・・会った時には文句を言ってやる」


 冗談か本気か分からないが青蓮は微妙な表情をしており、少し腹を立てているようだ。


 「どうしたの? 青蓮。怒らないで」


 青蓮の腕から抜け出し・・・実際は抜け出せなかったが、体勢を立て直し自分で座り直す。そして、青蓮の顔に手を沿わせた。微妙な表情をしていた青蓮の顔から緊張が緩まるのを感じる。


 「怒りたくもなる。私は10日も瑠璃と会えなかったのだぞ。その間、瑠璃はあいつにかかり切りだったんだ、少し位、文句を言ったって許される」


 「青蓮は子どもみたいね」


 すねた様な口調で青蓮が言うので、それが可愛らしく思い、クスクスと笑えば


 「笑うな」


 そう言って、青蓮は私を抱え上げ再び膝の上に捉える。


 「言ったはずだよ。私は嫉妬深いって。そして執念深いってね。相手が子どもだろうと関係ない。私が瑠璃と一緒にいるのを阻むヤツは許さない」


 青蓮の瞳をじっと見ていて気づいた事は、青蓮はけして冗談で言っている訳じゃないということだった。


 「どうすれば気を鎮めてくれる? これでは駄目?」


 “わたし”は両手で青蓮の顔をつつみ、ゆっくりと唇を重ねた。すぐに離すつもりだったのに青蓮は“わたし”の頭に手を添えると離れないように押さえつけた。“わたし”は唇を塞がれたまま目を大きく見開くと、青蓮が意地悪っぽい色をその目に宿しているのが見えた。


 (ああ、もう・・・)


 こうなれば青蓮から逃れる術は無い。目を開いて見ているのも癪なのでギュッと閉じれば、青蓮はますます深く口づけをする。どのくらいそうしていたのだろうか。最後は肩で息をするはめになっていた。


 呼吸を整えて最初にしたことは青蓮を睨みつける事だった。


 「そのような目で見られても怖くはない。むしろ、そそられる」


 完全に失敗だったと悟ったのは、再び容赦なく口づけられた時だった。・・・様子を見に来たリクオ君に青蓮の袖が引っ張られるまで続いた。


 「リクオ。邪魔するな」


 「シャー!」


 リクオ君は威嚇の声を発すると、ぐいっと“わたし”と青蓮の間にその大きな体を捻り込んで来た。


 「リクオ君、助かったわ。ありがとう」


 ぎゅっとその大きな体を抱きしめ、両手で顔周りとマズルをぐりぐりとなで回せばリクオ君の喉からゴロゴロと心地よい音が聞こえてきた。リクオ君の顔がうっとりとして気持ちのよい事を伝えて来る。その表情がかわいらしくて暫く撫でていたら、“わたし”の両手は強制的に引き離された。


 私の手は青蓮によって青蓮の顔に持って行かれる。


 (そういえば言っていたわね・・・相手が誰だろうと、焼きもちを焼くって)


 真面目な顔で焼きもちを焼く青蓮をかわいいと思ってしまいクスリと笑う。そして、望み通りに優しく青蓮の頬を包み込み、軽く口づけをした。


 今度は頭を固定される前に直ぐに離れる。


 ちらりと青蓮を見ればいささか不満そうだったが、何度か軽い口づけを繰り返せばその表情も柔らかいモノに変わった。


 「青蓮、ほどほどにして頂戴。わたしが貴方から離れる事はないわ」


 「分かっている。分かっているがこればかりは仕方が無い、生まれ持った性格だからな、諦めてくれ」


 青蓮の堂々とした物言いに閉口してしまった。いまだ青蓮と“わたし”の間にいるリクオ君に目を向けると、リクオ君も首を横に何度も振っている。リクオ君も“わたし”に諦めろと言っているようだ。


 「瑠璃が私へと嫁ぐのは、瑠璃が生まれる遥か前から決まっていた事だ。私はずっとずっと待っていた。ようやく瑠璃が生まれた事を知った時の喜びは今でも忘れられない。だから、待った分、その分を瑠璃は責任を持って私を慰めてくれなければいけないんだ。もちろん今回の10日分も加えてな」


 この我儘で美しい()()は、実はゆうに数百年の時を生きている。その彼にとってはたった10日なんて瞬きをする位のものだろうに、しっかりと付け加えている。“わたし”はそっと溜め息をついた。


 どうしてそのような話になったのかはまだ聞いていないが、(せいれん)が生まれてから約200年後、“わたし”の祖先と青蓮の父親である天帝との間でそう取り決めがなされたそうだ。真面目な彼はその間、“わたし”以外の女性を寄せ付けずひたすら“わたし”が現れるのを待っていたという。


 これは最近祖母から聞いた笑い話だが、祖母が生まれた時、“わたし”と波長が似ているということで青蓮が勘違いをして現れたそうだ。この世のものではない美しい男性が真剣に生まれたばかりの赤ん坊に向き合い、何かを見極めようとじっと見つめているのを、祖母の母、私にとっては曾祖母が目にして非常に驚いたそうだ。

 慌てて曾祖父に伝えれば、先祖の書き付けがあるのを知っていた曾祖父が対応にあたり、あなたの花嫁はこの子ではないと必死に伝えたそうだ。

 夢渡りの力を受け継ぐ我が家だからこそ先祖の書き記したものを本当の事として、信じられ伝えられていたのだ。


 その事を聞いた青蓮は、見ていてかわいそうになるほどに落胆していたそうだ。


 “わたし”の近い将来夫になる青蓮は、彼から見たらようやく現れた“わたし”の側を片時も離れようとせずに今に至っている。ただ、“わたし”は現世の人間としての生も合わせ持っている事から、両方の時を生きている不安定な状態にある。その不安定な中で生きる私を生まれてスグから青蓮は自らの結界の中に置いた。その後、成長するとともに自我が確立し、夢渡りの力を意識できるようになってからも青蓮の手厚い結界の中で守られている。


 “わたし”の意識が確立すればする程に、“わたし”自身の力も青蓮に倣うように増してきていると言うのに、これまでの様々な経験からこの過保護さは一生涯治る事は無いだろうとは、一足先に異界の人になっている祖母が呆れながらも笑っている。


 「青蓮。もう少し待ってね。あとはあちらの私の目覚めを待つだけだから」


 そっと青蓮を抱きしめれば「ああ、分かっている」と吐息とともに、“わたし”の頭に頬をすり寄せられる。


 「青蓮、大好きよ」


 そう呟けば息が出来ない程の力で抱きしめられた。

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