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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第二部/第六章 夜明け前に輝く星々
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第85話 譲れないもの

85


 アリス・ヤツフサは、首輪と足枷をつけられ鎖で縛られて、不可思議な装置の光で泥中に溶け落ちながらも、クロードを見ていた。

 右腕を斬り落とされ、左二の腕と両太ももに穴を穿たれ、それでもクロードはソフィとアリスに向かって這い続け、遂には銃撃を浴びて殺された。

 彼が蘇生したのは、ソフィが迅速に心肺蘇生法を行ったからだろう。アリスは、クロード、レア、ソフィが、三人がかりで瀕死のセイを助けたことを思い出した。


(クロード、ソフィちゃん、たぬはいいから逃げるたぬ)


 アリスは叫ぼうとしたが叶わなかった。すでに彼女の口も喉も半ば以上溶け落ちていたからだ。

 クロードの顔色は死人のように真っ青で、もやしのように細い体からは普段以上に生気がなかった。当たり前だ。さっきまで本当に死んでいたのだから。ソフィが治癒の魔法をかけ続けているようだが、到底追いつくものではない。

 クロードはいかなる手段を使ったのか、雷の雨と炎の輪を呼びだして、天空を舞う大太刀と丘を埋め尽くす菌兵士団を吹き飛ばした。


「やるな小僧。じゃが、わしの兵器はまだ残っておる」

「邪魔をするな爺さんっ」


 アリスに光を浴びせ続ける白衣を着た老人、ドクター・ビーストが杖で魔法陣を刻んで、一口の大太刀を呼び寄せる。

 クロードは、風を引き裂きながら迫る刃を、雷の翼と焔の噴射口を巧みに用いて回避した。

 そのまま後方へと抜けた大太刀に、一八〇度ループするように上向きに旋回して追いすがり、左手に握った刀を振るって撃墜する。

 しかし、それが限界だった。インメルマンターンじみた無茶な機動が負担となったか、クロードの翼と噴射口が徐々に形を失って瓦解する。


「ソフィ、降りるよ」

「はい!」


 クロードは、辛うじてベナクレーの丘中腹に着地してソフィを降ろすも、燃えるような赤い髪を怒りで逆立てたレベッカが、残された三本の青白く輝く杭を投じていた。


「おねえさまから離れろ。お前のようなやつがいるから世界が歪む。正しい未来へたどり着けない!」


 レベッカの憤怒と憎悪のこめられた投擲とうてきは、ノコギリの歯のように幾度も折れ曲がりながら複雑な軌跡を描き、時間差でクロードを襲う。


「ふざけるなっ。貴様たちが殺めた人を、壊した町を、踏みにじった国を見ろ」


 アリスは知っている。

 クロードがエングホルム領への出征前に、レアが投じる一〇二四本のはたきに打たれ続けたことを。

 利き腕でないといえ、所詮は3本だ。杭がどれほど鋭くどれほど強力な軌道を描こうと、彼の剣先は誤ることなく追い続ける。


「何が緋色革命軍マラヤ・エカルラートだ? ゴテゴテとメッキの嘘で飾りたてたって、貴様たちが今やっている革命ごっこは醜悪な鬼畜外道に過ぎない」

「大切なのは未来あしただ。現在いまなんて、蹴り飛ばすための石ころでしょうにっ」


 クロードとレベッカは、まるで刃のように言の葉を交わし、刀と杭もまた交錯して火花を散らした。


「ワタシは取り戻す。夢見た明日てんごくをっ」

「惨劇に満ちた未来じごくなんてクソくらえっ」


 アリスは知らない。

 二人の言葉が一見まるで噛みあわず、しかし、実は精密な歯車のように噛みあっていたことを。

 クロードは、レベッカの背後に朗らかに嗤うファヴニルの影を見ていた。レベッカは、クロードの横顔にむっつりと黙るロジオン・ドロフェーエフの面影を重ねていた。

 彼と彼女が斬り伏せ、穿ち抜こうとしたものは、互いが目指す世界の行く末にこそ他ならない。


「これで」


 クロードは、中段に構えた刀の鍔元で杭を受け止め、弾かれた標的を叩き斬った。


「ラスいち!」


 更には返す刀で切り降ろし、後方から飛来する二本目の凶器を両断する。


「まだまだぁっ」


 残されたファヴニルの爪は一本だけ。レベッカは焼失した菌兵士が落としたのだろう半壊した槍を掴み、槍頭に杭を挿し入れた。

 クロードは迎撃に向かおうとして、けれど、両手を広げたソフィに阻まれた。

 彼女の引き裂かれた半裸の胸がわずかに揺れて、むき出しになった下半身の白さが彼の目を射る。


「クロードくんの、えっちっ」


 ソフィは、ちろりと舌を出して微笑み、クロードに断たれ砕かれた杭を両手で拾い集めた。


「アリスちゃんを助けてあげて。レベッカちゃんは、わたしが抑えるから」


 ソフィが、己の細い指先を噛み切り、魔術文字を杭の残骸に刻む。

 邪竜の爪から打ち出されたという杭は、球形の魔法陣に包まれ、二本の円筒状に変化して、両端から青白い魔力光が伸びた。

 連なった円筒と魔力光が形作った輪郭りんかくは、あたかも薙刀のようだ。


「ソフィ、頼んだ」


 クロードは頷くと、アリスに向かって走り出した。

 彼が手にした刀、八丁念仏団子刺しの刀身には、わずかなひびが刻まれていた。

 レベッカによって、ファヴニルとの契約経路パスが閉ざされた今、彼に残された魔力は少なかった。


「おねえさま。どこから力を借りたのか知りませんが、先ほどの雷と炎、鋳造魔術で創られたマジックアイテムでは有り得ない出力です。そして、貴女が手にしている薙刀……、魔術道具への干渉と強化こそが、おねえさまの巫女としての異能ちからでしたか?」

「自分じゃ、よくわからないんだけどね。さっきのは、絶対レアちゃんがなにかしたし」


 ソフィは、青白い魔力光で形成された薙刀の切っ先を下げ、刃筋を上向きに立てて半身に構え、下段の姿勢のままレベッカとの間合いを詰めてゆく。


「この期に及んでの足狙いなんて。おねえさまはワタシを馬鹿にしているのですか? オッテルの巫女として、ワタシが振るう力と速さは、常人を遥かに凌駕りょうがする!」

「でも、どんなに魔力で底上げしても、技量が突然上達するわけじゃないでしょう?」

「なっ?」


 レベッカが不意打ち気味に放った突きは、あっさりとソフィにかわされた上、皮鎧の膝部分が薙刀によって切り裂かれていた。


「ササクラ流薙刀術のひとつ水扇みずおうぎ。足狙いって避けづらいでしょう? フェンシングでも有効面は上半身だけってルールが多いから、慣れていないんじゃない?」

「関係ない。ワタシの方が速くて、力も強いんだ。だったら!」


 薙刀がゆらゆらと揺れる。魔力光が編み出す石突が、力任せに振るう槍を逸らした。

 ソフィは、八相、中段、上段と目まぐるしく構えを変えながら、的確なカウンターで反撃を返した。

 オッテル。否、ファヴニルの加護は不可視の鎧となってレベッカを守っているが、薙刀もまた邪竜の爪から生じた魔力で創られた。ゆえに、わずかといえ、攻撃は通るのだ。


「ワタシはオッテルの巫女だ。ファヴニルの力も使いこなせない悪徳貴族とは違う。降伏してください、おねえさまっ」

「そう。レベッカちゃん、貴方達は違う。だから、クロードくんは、わたしが大好きなあのひとは負けない!」


 アリスもクロードも与り知らぬことだが、レベッカ・エングホルムは、極めて近く限りなく遠い、平行世界を覗き見る異能の力を宿した巫女だ。彼女は、自覚した瞬間から確かに特別な存在で、だからこそ平凡で当たり前の視点を取りこぼしていた。

 これもそのひとつ……。平行世界のレベッカは、一組織の幹部を務めるに足る卓越した能力を有していたかもしれない。だが、それは数年に及ぶ実戦を経て身に付けた技術であって、こと戦闘のみに限って言えば、わずかな経験しかもたない、この世界の彼女が容易に再現できるものではなかった。


「レベッカちゃんはわたしが足止めする。クロードくん、アリスちゃんをお願い」

「ドクター・ビースト。本気を出しなさい!」


 すでにクロードは、菌兵士を松明で焼き払い、ドクター・ビーストとしのぎを削っていた。


「良かろう。小僧、ここまでわしを追いつめた褒美に、狂魔科学者マッドサイエンティストの矜持を見せてやろう。わしが生み出した最強の兵器のひとつ、それは、わし自身のことじゃ!」

「わけのわからないことをっ」


 ドクター・ビーストの杖が爆発する。クロードはもんどりうって倒れ、爆風を浴びて半身に大火傷を負った白衣の老人は、真っ赤な裏地が特徴的な漆黒のマントを羽織った。


「吸血鬼かよ。爺さん、その年で一四歳みたいなセンス」


 クロードは、言葉の途中で絶句した。

 マントに包まれたドクター・ビーストの身体が溶け落ちたからだ。


「つまらん、つまらんぞ、糞ガキ。夢を忘れ、ニヒルを気取って無気力に生きる。貴様らは去勢でもされたのかぁ? 貴様も男ならば、ロマンのひとつでも語ってみせい!」


 そこにいたのは、老いたる博士などではなく、ミュータントとでもいうべき白い怪物だった。

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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