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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第二部/第四章 暴れん坊貴族、圧制の大地へ向かう
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第69話 勇気を心に燃やすもの

69


 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 紅森の月(一〇月)二五日。

 緋色革命軍マラヤ・エカルラートを率いる、『一の革命者』ダヴィッド・リードホルムと、『オッテルの巫女』レベッカ・エングホルム、『革命軍司令官』ゴルト・トイフェルは、マラヤ半島最南端の領都エンガを出立、傭兵を中心とした二万人の軍勢を率いて北上を開始した。

 レベッカは十賢家という大貴族の猜疑心さいぎしんを煽り、ゴルトは戦火に追われた難民をあえて流出させることで、クロードとレーベンヒェルム領を1ヶ月の間足止めすることに成功し、――その間に、旧エングホルム領の組織を掌握したのである。

 これは、会議でクロードに掣肘せいちゅうを加えた、メーレンブルク公爵や、ソーン侯爵、グェンロック方伯にも想定外のことであり、状況を把握した彼らは恐慌状態に陥った。


「頭は革命一本槍、指揮官は外様とざまで、内務を取り仕切るのは年端もいかない小娘。ええ、侮る気持ちもよくわかります。でも、ね。ワタシには『前世の記憶』がありますのよ」


 レベッカは、燃えるような緋色の髪を風になびかせて、馬上でそう嗤うと、首からネックレスのように下げた養父母のしゃれこうべを漆黒の瞳で見つめ、接吻キスした。

 彼女の言う『前世』とは、魔法で覗き見た平行世界の記憶だ。成長したもうひとりのレベッカは、妖艶な美貌を活かしてテロリスト集団”赤い導家士どうけし”の幹部達をたらしこみ、樹立した革命政権の一翼を担っていた。

 洗脳、脅迫、色仕掛け。成長した”もうひとりの自分”の手管を駆使して、レベッカもまた旧エングホルム領の有力者や官僚をとりこにした。

 中でも、もっとも有効だった手段は、ごらくきょうふだろう。


 紅森の月(一〇月)二八日。

 緋色革命軍は、制圧下にあるエングホルム領と、北東のユーツ侯爵領、北西の首都クランを擁するユングヴィ大公領を結ぶ商業都市ティノーに駐屯し、マラヤディヴァ国軍の南下を牽制けんせいした。

 彼らは防衛の準備を整えると、競技場を召し上げて、かつては健康的なスポーツや文化的なコンサートで聴衆を楽しませた場所で、退廃的な娯楽あめ恐怖むちの一大イベントを始めた。

 競技場の中央に追い立てられたのは、捕虜となったエングホルム領の兵士や協力を拒んだ民衆だった。

 彼らはドクター・ビーストが創りあげた焼きごてで肩や胸に刻印を焼き付けられ、魔法の力を封じられていた。

 司会が声も高らかに開会を宣言し、処刑ショーが始まった。無作為に選ばれたクジにより、ある者は首を刃で落とされ、ある者は油をかけられた上で火をつけられ、またある者は獣に四肢を引かれて八つ裂きにされた。

 上階のVIP席では、ダヴィッドたち緋色革命軍の指揮官が捕らえた良家の子女を引きずり出して、陰惨な悲鳴をBGMに酒池肉林の宴に溺れている。


「ああ、なんて心に染みる悲鳴。素晴らしい光景ですわ。そう思いませんか? ゴルト卿」

「おいには、よくわからんよ」


 上気したレベッカ・エングホルムに水を向けられて、牛のように巨大な体躯を誇る浅黒い肌の若者、ゴルト・トイフェルは伸びた芥子色の髪の下、褐色の瞳を歪めて眉間にしわを寄せた。

 ゴルトは思う。きっと聡明なグスタフ・ユングヴィ大公も、偉大な政治家であるマティアス・オクセンシュルナも、このような狂気が行われると想像すらしていなかっただろうと。

 緋色革命軍は、狂っていた。

 狂っていることこそが、彼らの強みだった。

 そして、この目前の惨劇を見ながら、レベッカとのチェスに興じているゴルトもまた、すでに正気とはいえないだろう。


「レベッカよ、これからどうするつもりだ? 海を渡り、ヴォルノー島のレーベンヒェルム領に乗り込んで決戦するという選択もあるが」

「やめておきましょう。彼我の戦力差を考えれば、賭けとなります。マラヤ半島を支配し、ヴォルノー島に橋頭堡きょうとうほを築く。それを決戦の狼煙といたしましょう」


 マラヤディヴァ国の国土は、エングホルム領のある西のマラヤ半島南部と、レーベンヒェルム領がある東のヴォルノー島北部に分かれている。

 まずはユングヴィ大公領、メーレンブルク公爵領、グェンロック方伯領、ユーツ侯爵領、エングホルム侯爵領のあるマラヤ半島を制圧し、その強勢を駆ってヴォルノー島に進軍すべきだというのがレベッカの提案だった。


「それとも、ゴルト。今の状態で勝てますか? あのレーベンヒェルム領の領軍総司令官に?」


 ゴルトは、10倍以上の兵力差を覆した薄墨色の髪と葡萄色の瞳を持つ少女を思い返した。


「戦術家としてそれほど差があるとは思わんが、セイという女にはおいにも、そしてレベッカにもないものがある」

「人を狂わせる才能、ですか?」


 お前も大概だろうに? そんな煽りを酒と一緒に飲み込んで、ゴルトは白のポーンを盤上に進ませた。


「そうだ。兵士が戦場に立つ理由なんてひとつだ。明日を生きるため――、傭兵も軍人も変わりなんてない。だが、あの娘は、そんな当たり前の前提さえ、塗りつぶしてしまう。この女のためなら死んでも構わないと、部下達を死地に駆り立てる。性質の悪い伝染病みたいなものだ」


 効果の実証されていない新兵器を装備して、自爆前提の拠点に立て籠もって10倍の敵を迎え撃つ……冷静に考えれば、そんな作戦に付き合う兵士などいるはずがないのだ。だが、セイという少女に魅了されたオーニータウン守備隊は、まるで怖れなどしなかった。

 信じられない高い士気で戦って、結果的には、ただの一人も脱落することなくアーカム・トイフェルの集めた傭兵団を壊滅させてしまった。


「運命の歯車がもし噛み違えば、悪質な宗教の教祖にでもなったか、あるいは、おいたちと同じような反乱をやらかしたんじゃないか?」


 ゴルトが進めた白のビショップを、レベッカは黒のクイーンで討ち取った。

 しかし、盤面はゴルトが圧倒的に優勢で、もはやレベッカの自陣にはほとんど駒がない。


「勝利する方策はありますか?」

「強すぎる将は反発や猜疑心を呼ぶ。いかに最強の女王とて、一枚一枚味方を剥ぎ取り、衣すら奪ってしまえばただの女子だ。煮るも焼くも思いのままに……といきたいが」


 複数の駒に囲まれて逃げ場を失い、ついにレベッカが操る黒のクイーンは、生き残った白のポーンによって敢え無く最後を遂げた。

 半ば勝負を制したはずのゴルトは、しかし、膨大な黒色の駒が盤面を埋め尽くす光景を幻視した。それは、オーニータウン攻防戦で、実際に起こった事実だ。

 もしも、叔父のアーカムではなくゴルトが全面的な指揮を取り、戦況を優位に進めたとしても、最後にはあの援軍によって包囲殲滅されただろう。

 つまり、セイという少女は、そこまで打ち合わせた上で囮を引き受け、己が任務を全うした。


「キングが、クローディアス・レーベンヒェルムがいる限り、クイーン、セイには潤沢な補給と兵士が供給されてしまう。忌々しいことですね」

「だから、くさびを打ち込むなら、そこだな。セイを倒すなら、彼女を孤立化させるのが一番手っ取り早い」

「聞けば、彼女、クローディアスの愛人を自称してはばからないとか。恋愛感情を刺激して、ソフィおねえさまあたりと分断しますか。絶望に曇るおねえさまの目が今から楽しみです」


 レベッカは、黒のキングが討ち取られるその時まで、投了をしなかった。彼女の信じる勝負とは、そういうものであったためだ。

 ゴルトが前進させた白のポーンが昇格プロモーションし、クイーンとなって王が落とされてなお、レベッカはあやしげな薄笑いを浮かべていた。


「それにしても、最後に邪魔になるのが、クローディアス・レーベンヒェルムを演じる影武者だなんて。忌々しいこと……」

「最初にファヴニルと盟約を交わしたのは彼だろう。当然のことだろうに、どうかしたのか?」

「いいえ。なんでもありませんわ」


 レベッカは、一週間ほど前、出資金を募り、裏工作を進めるために西部連邦人民共和国に渡った。

 そうして訪れた大陸有数の商業都市シャンファで、仕官先を求めるムラサキという少女と出会い、二人は意気投合して一夜を共にしたのだ。

 少し年上のムラサキという少女は、レベッカに迫る淫猥さと、刮目かつもくに値する知識量、奇妙な迫力をもった傑物で、緋色革命軍に勧誘したものの断られてしまった。

 ファヴニルと盟約を交わした名高い悪徳貴族と戦おうというのだから、尻込みしたとしても無理はないのだが、ムラサキの断った理由が、レベッカの心を逆撫でした。


『レベッカ・エングホルム。君は確かに特別な存在のようだ。だからこそ、その愛すべき凡人に敗れるだろう』


 ソフィも、ファヴニルも、ゴルトも、そして出会ったことの無いムラサキさえもが、影武者風情を無駄に高く買っている。


「たまたま見初められただけの玩具、チェスで言えば、ポーン風情にいったい何が出来るというのです?」

 

――

―――


 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 木枯の月(一一月)二日。

 緋色革命軍は、首都クランに向けて軍を侵攻。同時に、ユーツ侯爵領へと、ゴルト・トイフェルが率いる別働隊を派遣した。

 ドクター・ビーストの創りあげた数々の新兵器を十全に振るったゴルト隊の活躍によってユーツ侯爵領軍は壊滅的な被害を受け、動揺したマラヤディヴァ国軍もまたダヴィッド・リードホルムによって蹂躙じゅうりんされ、甚大な被害を出した。


 そして翌日、三日夕刻。

 マラヤ半島最南端に位置する都市国家シングに近い、旧エングホルム領の漁村ビズヒルで火の手があがった。

 緋色革命政府マラヤ・エカルラートから派遣された監察官が、結婚を間近に控えた村娘に暴行を加えようとたところ、婚約者が抗ったことから、村全体が反革命分子というレッテルを貼られてしまったのだ。


「これだから、乱暴狼藉らんぼうろうぜきはやめられねえ」


 緋色革命軍の兵士達は、家々に火をつけて村人達を炙り出し、男は殺し、女は組み伏せた。

 村人の中には、斧やくわを手に抗おうとした者もいたが不可能だった。

 兵士達は、ドクター・ビーストが製作した全長6メルカほどの有人駆動ゴーレムの亜種、ずんぐりとした蛙型の人形装甲車を村に持ち込んでいたからだ。

 蛙の背から、青白い複数の光線が黄昏の空へと伸びて、まるで雨が降るように拡散して地上へと注がれた。


「我々に楯突く貴様達のような古臭いネズミはカビだ。果実を腐らせる菌だ。汚物は消去しないとなぁああっ」


 青白い光を浴びた者は凍りつき、ある者は首を刎ねられ、ある者はそのまま絶命した。

 ひとりの幼い少年が、父母に庇われて、港へと逃げ延びていた。

 しかし、彼一人では船を動かすことも出来ず、ただ迫り来る死を待つだけのように思われた。

 港には、痛んだ海賊船のような小船が五艘、入港していた。

 桟橋さんばしを五十人程度の見知らぬ男達が歩いていた。

 先頭を歩く一人、なぜか黄金色のもこもことしたヌイグルミを肩に乗せた男に、幼い少年はすがりついた。


「たすけて、たすけてよ。ぱぱとままがころされちゃう。たすけてっ」



 クロードは幼い少年を抱き上げると、肩に乗った黄金色の獣、アリスに向かってささやいた。


「アリス、この子を見てやってくれ」

「しょうがないたぬね。坊や、たぬと遊ぶたぬ」

「ぬ、ぬいぐるみが、しゃべった?」


 クロードは、アリスに幼い少年を預けると、部隊を率いて村の中へと踏み入った。

 目撃したのは、緋色革命軍の兵士達と、蛙型の奇妙なゴーレムが村で非道の限りを尽くす有様だった。


「悪党ども、蛮行はそこまでだ! 武器を捨てて投降しろ」


 夕暮れの村に響き渡ったクロードの一喝に、兵士達は一瞬呆けたように棒立ちになり、腹を抱えて笑い始めた。


「おいおい、何様ですかぁ!? 俺達を誰だと思ってるの。緋色革命軍だよ、緋色革命軍。世界を変えようとする俺達に逆らおうなんて、さてはお前、反革命分子だな」

「革命? この愚行が革命だと言うのなら、お前たちの脳みそは肥溜めにでも突っ込んでおけ。その方が、世の空気がマシなものになるだろうさ」


 クロードは、すでに右手に雷切らいきりを、左手には火車切かしゃぎりを抜き放っており、続く兵士達も、弩に銃、魔法の杖を構えていた。


「どこの傭兵か知らねぇえが、こびりついたカビが何をぬかす。新しい思想、新しい技術、新しい武器こそが、世界を変えて、新時代を切り開くんだ。やっちまえ!」

「あの蛙ゴーレムが装備しているのは、垂直発射装置(VLS)か。ミサイルじゃなくて冷凍光線なのが辛いが、対応はできる。魔法支援隊αからβ、防壁準備。火車切っ」


 クロードは左手で火車切を宙に投げて、炎のカーテンを創りだした。冷凍光線は、熱感知式のホーミング機能でも備えているのか、分散してカーテンを突き破り、結果弱体化して、クロード隊の魔法障壁を打ち破れなかった。


「魔杖隊、雷撃準備! 行けっ、雷切っ」

 

 クロードは、次に雷切を投げて魔法で操作し、蛙型の人形装甲車へとぶっ刺した。

 突き立った刀を狙い、クロード隊から雷の魔法が次々と浴びせられ、衝撃のせいか冷凍光線の発砲が停止した。


「な、なんだぁ。何が起こってやがる! 撃てよ、早く撃て!」


 パニックになった緋色革命軍の兵士達を尻目に、クロードは冷静に解説と、指揮を続けた。

 クロードすら知らない異世界の技術の産物。それを打ち破れることを、彼はいまここで証明しなければならなかった。


「魔法であったとしても、半導体に近い集積回路、魔術回路を積まれている。そこに大量の魔力を流し込んでやれば強制的にフリーズさせて、一時的に足を止めるくらいはできる。弩隊、撃ち放て!」


 開発したばかりの無色火薬を潤沢に使った金属製の擲弾グレネードを括りつけた矢が、雨あられと蛙型装甲車に射掛けられた。


「あとは、物理的にぶっ壊せば片付く。装甲車だって、グレネードランチャーで狙い撃たれれば無傷じゃすまないんだ。はたき一〇二四個なんて言わない。その車両は何発耐えられる?」


 轟音と共に、蛙型装甲車は爆発、四散した。

 クロードが今回使った手段に、特別なものはない。

 敢えて言えば、火車切と雷切だろうが、複製に過ぎない二刀は、第六位級契約神器で容易に代用が叶うだろう。

 この世界でも製造可能な武器と、ごく普遍的な戦術を用いて、クロードは緋色革命軍が頼みとする新兵器を完膚なきまでに打ち破って見せた。


「なんだよ、おまえ。なんなんだよ、お前らは!?」

「義勇軍だよ。たかが目新しい技術と、ご立派な人殺しの道具をちらつかせて、世界を変えるだと? 思い上がるなよテロリスト」


 漁村ビズヒルを占拠していた緋色革命軍は、クロード率いる義勇軍によって拘束され、牢へと放り込まれた。

 この時、マラヤデイヴァ国軍との戦闘の最中にあったレベッカは知らない。

 しかし、彼女の脳裏では、シャンファで出会ったムラサキという少女の忠告が、まるで早鐘のように鳴り響いていた。


『心せよ、我が友、レベッカ・エングホルム。彼はきっと、我々のような存在にとっての天敵だ』

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◆上野文より、新作の連載始めました。
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