異聞 第5話 バトンを託す為に
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クロードの記憶を継承した青年カムロは、クマ国の村人達と共に襲ってきたドラゴンを打倒した。
「カ、カムロよ。ほら、吾輩達も色々頑張っているんだ。やり方さえ教えてくれたら、ドラゴンとだって戦えるんだ」
オウモが、作務衣から伸ばした白い腕をぶんぶん振って主張した。
「わかった。こうなった以上、僕を利用するのは構わん。その代わり僕もお前たちを利用する。今日から、セイとアリスが考案したブートキャンプだ」
「「願ってもない。よろしくお願いします!」」
村長を筆頭に村の若者達は乗り気だったが、オウモは自分も頭数に含まれていることに気づいたらしい。
「わ、吾輩は魔女で文官だから、別の形で貢献するよ」
そう言ってきびすを返す少女の手を、三白眼の細身青年はがっちりと掴んでいた。
「残念だったな、オウモ。僕が受け継いだ記憶の主人は、とんでもないブラック領主だったんだよお。働ける限りは働いてもらうぞ」
「ひいい、とんだ荒神じゃないか!」
生前のクロードが空の隅で『風評被害だあ!』と絶叫している気がしたが、カムロは拳を突き上げて、村人達の前で宣言した。
「そうだ。僕はカムロだ。ドラゴンどもは一匹残らずクマ国から駆逐してやる。だからお前たち、戦う気があるのなら僕に手を貸せ!」
「カムロ様、万歳!!」
「スサノオノミコト、我らを導いてください!」
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かくしてカムロは、クマの国、クマの里の民衆を率いて、竜退治の旅に飛び出した。
彼にとって幸いだったことは、ドラゴン達に襲われて焼き払われることはあっても、クマ国の村落は一定以上の生活水準を維持していたことだろう。
「よし。これなら里の自治に任せつつ、僕はドラゴン討伐に集中できる」
カムロの記憶にあるクロードだって、何もかもを一人でやれたわけではない。
手の回らない部分は、奥さんや頼れる仲間に支えられていたのだ。
クマ国の民衆は学習意欲も旺盛で、あたかも乾いた布が水を吸うように、身体に戦う技術を染み込ませ、竜を討つための武器や道具を作り出していった。
「オウモ、全ての里に伝えろ。カムロの名の下にクマ国の戦力を結集し、ドラゴンをこの地上から消す。この同盟軍を〝前進〟と名付けよう」
「へえ。前へ進む、か。カムロ様が来て、止まっていた我々の時間も進み始めた。縁起の良い名前だね」
オウモは無邪気に賛成したが、カムロは首を横に振った。
「オウモ。お前にだけは伝えておくよ。〝ゼンシン〟という名前は、クロードの記憶にある、夢破れて滅んだ国〝前秦〟にかけている」
「……待ってくれ。なぜ、そんな不吉な名前を選んだ?」
震える手で自らの肩を掴むオウモに、カムロは諭すように答えた。
「僕のような幽霊に導かれねばならない同盟なんて、いずれ無くなるべきだからだ。オウモ、クマ国のことはクマ国の民が決めるんだ。僕という存在は、ドラゴンを討った時点で消えよう。その為に召喚されたんだから」
「……わかったよ。カムロ様、いいやカムロ。貴方が納得できるよう、吾輩も力を尽くす」
カムロとオウモは、およそ一〇年の時間をかけ、クマ国中の里からドラゴンを追い払った。だが戦いはいつになっても終わらなかった。
「ドラゴンめ、千年前、クロード達に負けて学習したようだな。奴らも進化して、今や本体は〝赤い霧〟と〝黒い雪〟だ。跡形もなく潰しても、時間をかければ再生してしまうようだ」
「それだけなら、毎度同じ顔ぶれとぶつかるはずだ。襲ってくるドラゴンには、いつも新種が混じっている。だから、どこかに奴らの拠点があるんだと思う」
カムロとオウモは調査の為に各地を転戦し、遂に原因を突き止めた。
「オウモ、人の住まない辺境の地底に〝空間の裂け目〟が出来ていて、不可思議な迷宮に繋がっていた。おそらくドラゴンの本拠地は、そこだろう」
「カムロ、こっちも同じものを見つけた。しかも連中は、クマ国だけでなく他の世界にも食指を伸ばしているらしい」
カムロとオウモが踏み込んだ自然渓谷に似た迷宮には、クマ国に存在しない洋服の切れ端や、機械の欠片が転がっていた。
「オウモ、僕はクマ国を守る為に召喚された幽霊だ。そのせいか、地底に入ると消えかけた。消滅覚悟で踏み込んだとして、どこまで進める?」
「表層がせいぜいだ。そして、カムロを欠いては元凶を断つことは不可能だ。吾輩達の戦いはここまで、なのか」
カムロとオウモの前進は、止まった。
あたかも同盟に名付けられた、裏の意味が成就したかのように。
「いや、そうじゃない。
オウモ、里を解放する途中で……。
クロードがファヴニルを倒した短剣。
レアが竜封じの力を込めた勾玉。
ソフィが作った対怪物災害用の鏡。
の三つを見つけただろう。あれらを使ってドラゴンの力を封じ、倒す為の研究を続けるぞ。僕やお前が届かずとも前に進み続ける限り、いつか必ずゴールテープを切る奴が現れる」
カムロは思う。自分はやはり〝グリタヘイズ湖の龍神〟にも、〝レーベンヒェルム領の悪徳貴族〟にもなれなかったのだと。
(いや、それでいいんだ。ファヴニルもクロードも、きっと僕にはなれないのだから)
召喚された古神の役目は、過去を追い求めた邪竜とも、未来を掴んだ竜殺しとも異なるのだろう。
「僕は決めた。僕は過去を受け継ぐ者であり、未来に託す者だ。このクマ国を、ドラゴンに蝕まれた複数の世界を救う者にバトンを託す為に、戦い続けよう。絶望に抗う誰かを迎えるために!」
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拙作をお読みいただきありがとうございました。
以上をもちまして、異聞の幕を引きます。
本章は、七つの鍵の物語【悪徳貴族】が終わった後
新作 『カクリヨの鬼退治』
との空白を埋める、〝もしも〟の物語であり――
クロードが〝もしも〟最初から強かったら?
ファヴニルが〝もしも〟道を誤らなかったら?
という〝もしも〟描く物語でもありました。
異聞の主役カムロは、クロードとファヴニルの役割を演じつつも、異なる答えに辿り着きました。
彼からたすきを受け取り、ゴールテープを目指す者、〝異聞の世界と繋がった地球〟を舞台に、新たな主人公達が活躍する新作も是非どうぞ! ページ下のリンクより移動できます。
お読みいただきありがとうございました!