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異聞 第1話 古神召喚


 小鳥遊たかなし蔵人くろうどの冒険は終わった。

 彼は〝竜殺し〟を成し遂げ、四人の妻と幸せの内に天寿てんじゅを全うした。

 故に、これより語られるのは正史ともわからぬ奇譚きたん異聞いぶんの類いである。


――

――――


 青年が覚えている、いちばん新しい感情は、達成感だ。

 焚き火を囲んで、古き宿敵と和解し、もう一人の自分とギターを飽きるまでいた。

 宴は盛大に盛り上がり、家族も先輩も友人も、歌い踊り、劇を演じた。

 誰も彼もが笑っていた。幸せだった。


「……様」


 青年の記憶にある〝彼〟は、すべてをやりきって満足だったのだ。

 だから大勢の人に呼ばれても、もう少し寝かせて欲しかった。


「カムロ様、どうかお目覚めくださいっ」

「勘弁してくれ。この世界を出るのは、明日の夕方だって決めたじゃないか。のんびりしようよ」


 青年は、寝ぼけまなこを必死で見開いた。目と鼻の先にあったのは巨大な鏡で、〝記憶にある〟三白眼と細い上半身が映っている。


(ああ、僕は、クローディアス・レーベンヒェルム、マラヤディヴァ国の悪徳貴族。本名は、小鳥遊たかなし蔵人くろうどで、地球、日本にある白樺高校の演劇部員……!?)


 青年は、唐突な頭痛にうめいた。

 本当に、記憶の通りであったなら、どれだけ幸せだったろう?

 周囲を見渡しても、〝記憶にある〟愛しい家族――。

 青い髪の侍女も、赤い髪の女執事も、黄金色の毛並みの狸猫娘も、薄墨色の髪の姫御前も、一人としていない。

 己を取り囲んでいるのは、和風の紋様が描かれた貫頭衣かんとういを着た、見たこともない人々だけだ。そして。


「おい、お前たち……」


 青年は、木で作られた床を思い切り殴りつけた。

 その力はおよそ人間のものではない。彼が横たわっていた、神社の境内に設置された祭壇さいだんがきしみ、大穴が空いた。


「この肉体はよりにもよって〝人間を模した邪竜〟、ニーズヘッグじゃないか。禁呪を使った阿呆は誰だ? 死人を蘇らせるなんて、生命の尊厳を踏みにじるゲスめ、ぶっ殺してやる」


 青年が怒鳴ると、神社に集まった人々は揃って石畳に膝をつき頭を下げた。


「どうか、お怒りをお鎮めください。カムロ様」

「里長。やはりスサノオノミコト様は、吾輩達が禁を破ったことをお怒りのようだ」

「カムロだの、スサノオノミコトだの、僕のことを好き勝手に呼びやがって。そもそもお前たちは誰なんだ?」


 青年が訪ねると、三代前の先祖らしき人物の名前からつらつらと語り始めた里長を横に追いやって、一人の少女が進み出た。


吾輩わがはいは、むしろ売りの魔女オウモ。貴方様と一緒に、かつて悪しきドラゴンを倒した知恵の神、〝オモイカネ〟の役名を継ぐ者さ」


 そう名乗った少女の格好は、控え目に言ってメチャクチャだった。

 凹凸の少ない未成熟な身体に白いビキニめいた水着をつけて、その上に紫色の作務衣さむえ羽織はおって、前をはだけている。

 彼女はメガネをかけていたが、それが〝ナマズ髭のついた鼻眼鏡〟だから、全くもっていただけない。


「痴女先輩のように人を煙にまく! なにがオモイカネだ? 辻芝居つじしばいをやりたいなら、他所よそでやってくれ」

「……古文書に記されていた学者の正装なのに、おかしいかい? これ以上の誤解を招かぬよう、端的に言おう。一〇〇〇年前、貴方様が倒したドラゴンが復活した」


 青年は巫山戯ふざけるなと、詰め寄ろうとして、出来なかった。


「GAAAAAA!」


 熟れたホオズキのように赤い瞳を輝かせ、コウモリに似た翼が生えた爬虫類。殺意に満ちた全長四メートルを超える黒い飛竜が、甲高い叫びをあげて、神社を上空から襲ってきたからだ。


「竜だ、うわあああ」

「たすけ、たすけてえええっ」


 集まった人々は、ただただ悲鳴をあげて逃げ惑う。


「ちいっ、戦えるやつはいないのか。見ていられないっ」


 青年は、足先で魔術文字を刻み、迎撃魔法を放とうとして失敗した。

 なぜなら、彼は立っているにもかかわらず、幽霊よろしく太ももから先の足がなかったからだ。


「おい、足は飾りじゃないんだぞ」


 青年はやむを得ず、手に記憶にある武器を作り出そうとした。


「鋳造――!」


 が、魔術文字を綴っても、〝世界は書き変わらない〟

 魔力らしい感触はあったものの、奇妙な反動と共に霧散する。


「どうなってる? いや、〝世界の法則〟が前と変わっているのか!」

「GAAAA!」


 その隙を逃す竜ではなく、祭壇を粉砕しながら舞い降りて、ノコギリめいた牙を見せつけるように青年の右手に噛みついた。


(やばい。やられるっ)


 されど竜に噛まれた瞬間、青年の皮膚が裂けて血が流れ、食い込もうとする牙をゴムのように弾いた。


「……!? こっちは使えるようだな。〝鮮血兜鎧ブラッドアーマー〟展開!」


 青年は己が記憶から、生きるための勝算を掴み取る。


「雑草竜め。クロードが庭いじりで、男の甲斐性を見せようと編み出した必殺技をみせてやる。秘技、〝草抜き〟!」


 青年は、自動で攻撃を逸らす〝鮮血兜鎧ブラッドアーマー〟を手動でコントロールし、己が血を触媒に噛まれた衝撃を何度も反射して、竜の体内で拡大させる。

 そうして、庭の草を引き抜く要領で、飛竜の血管と骨を盛大にぶち抜いた。


「GYAEEEE!!」


 竜は断末魔の絶叫をあげ、グズグズと溶け落ち、黒い雪と赤い霧に変わって消え失せた。

 人々が逃げちった神社の境内で、オウモは竜の残滓ざんしに塗れながら、歓声をあげた。


「ハハッ、さすがは古代の英雄神。すごい必殺技じゃないか。しかし、もう少しまともな技名はなかったのかい?」

「そんな文句は、本物のクロードに言ってくれ。僕は、彼の記憶だけが継承されたニーズヘッグ(まがいもの)。真っ赤な偽物だ!」


――――――――――――――――――――



 拙作をお読みいただきありがとうございました。


 本章は、『七つの鍵の物語【悪徳貴族】』が終わった後

 新作『カクリヨの鬼退治』との空白を埋める、〝もしも〟の異聞……。


 本編でネオジェネシス、ニーズヘッグにあった問題点「新しい肉体を用意して、死者の記憶と人格を再現した場合、それは本人と言えるのか?」をテーマとした物語です。


 カムロと呼ばれる青年は「クロードでない」と言い張ってますが、クロードの記憶と技能を継承した〝限りなく本物に近いコピー〟には違いありません。

 彼は果たして何者となるか……? 不定期連載ですが、悪徳貴族の異聞を楽しんでいただけたら嬉しいです。


 また〝異聞の世界と繋がった地球〟を舞台に、新たな主人公達が活躍する新作


『カクリヨの鬼退治』


 も是非お読みくださいませ。

 ページ下のリンクより移動できます。

 よろしくお願いします。

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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― 新着の感想 ―
[一言] おお、明確にカクリヨと地続きの物語だと言われましたね(*^▽^*) 私は巫の力が出た時に分かっていましたとも(嘘です) って、クロードがニーズヘッグとして復活ですか(;゜ロ゜) ニーズヘッ…
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