第553話 グランドフィナーレ
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「もういい、もうたくさんだ。一度は我らが滅ぼした世界だ、貴様達にくれてやる」
大地を埋め尽くす黒竜達は捨て台詞を吐くや、魔法陣を描くように円陣を組んで寄せ集まった。
「そうとも、貴様たちの言った通りだ。我らはすでに並行世界にも先遣隊を派遣している」
「食い残しの古い世界に未練などあるものか。我らはこの〝地球〟という新天地を喰らい、更なる飛躍を果たす!」
異形の怪物達は、獅子に似た顔とマントの如き黒い吹雪の翼が特徴的な巨大竜と、豹めいた顔に鎧具足をまとった巨人竜を中心に、雷鳴轟く灰色の空へ輝く裂け目を作り上げる。
そうして新たな世界へ侵略しようと、世界を渡る出入り口へと殺到し始めたではないか。
「悪党ども。これ以上、お前達の被害を増やしてたまるかっ!」
クロードは両手でかざした刀で、蛇の髪が生えたギリシャ神話のメデューサの如き、石化光線を放つ人型竜をぶった斬り――。
「レアちゃん、アリスちゃん、セイちゃん。強化、いっくよーっ」
赤髪の女執事ソフィが、身体と魔術強化の舞いを踊り――。
「はいっ、悲劇はもう繰り返させませんっ」
青髪の侍女レアがはたきを投げつけて、蟹の如き外骨格で守られた竜を粉砕――。
「たぬうハリケーン!」
金色の虎耳少女アリスが、拳から竜巻を生み出して空飛ぶ翼竜を薙ぎ払い――。
「いっそ、不味い方のお弁当を持ってくるべきだったか!?」
薄墨色髪の和装少女セイが雷の矢を放って、マンモスに似た巨大陸竜の足を射貫いて転倒させる――。
「「ああ、もうっ。数が多すぎる」」
他にもニーダルやドゥーエら、他の仲間達も奮戦するものの、地平線を黒く染めるほどに連なった竜の軍団を一朝一夕では駆除できない。
「HAHAHA! さらばだっ」
「GYAGYA! 我々の勝利だ」
指導者格の、獅子顔の巨大竜と豹顔の巨人竜が勝利宣言とばかりに勝ち誇り、その間にも数百匹もの竜が空間の裂け目へと飛び込んで行く。
「……!」
しかし、次の瞬間。
ボオオオという角笛の音が高々と鳴り響き――。
空間の狭間にある境界線がねじ曲がって、悪意に満ちた侵略者の群れを引きちぎった。
「GYAAAAAAA!?」
「え、今の誰がやったの?」
クロードは刀を振るいつつ、誰何の声を発した。
「クロードお兄ちゃん。裂け目の向こうからだよ。第一位級契約神器の反応が三つ。盟約者の反応が一人。〝地球〟からやってくる」
「おいおい本気か。なんで地球に契約神器と盟約者が居るんだ? それも一人で三つも契約って、多過ぎだろう。クロード、止まれ。敵か味方がわからないが、相手はお前と同じ〝世界を渡る技術〟を持っているぞ!」
カミサマとなってしまった少女が索敵し、ニーダルが警告を発する。
けれど次に戦場に響いた声は、意外なものだった。
「鋳造――蛇腹剣! 重ねて鋳造――設置盾!」
「ええっ、鋳造魔術!?」
クロードが驚いたのも無理はない。それは、彼が得意とする魔術と同じだったからだ。
鞭のようにしなる刃を連結させた凶器が何千、何万本と飛来してドラゴンを絡め取り。
高さ二m、幅三〇cmほどの杭が付いた鉄塊の如き盾が、機関砲のように着弾して竜の土手っ腹に次々と風穴を開けた。
「なんともまあ、きっかいな武器を使う」
セイが呆れたのも無理はない。
繋がれた刃が分裂することで変形する剣とか、スタンドミラーに似た杭のついた盾とか、見かけからしてカッ飛んでいる。
「でも、一周回って旦那さまと趣味が合う気がします」
そして、レアが頷いたのもまた当然だろう。
彼女の恋人は、ドリル付き機関車やシャワーヘッド付きクジラ型ゴーレムといったロマン兵器を、むしろ好んで運用していたのだから。
「そうたぬ。ガチャガチャしたところが、とってもクロードっぽいたぬ。今度、使ってみたらいいたぬ」
アリスがニコニコしながら射出される武器に見惚れ、金色の瞳をキラキラと輝かせるも。
「み、みんな、あれを見て」
ソフィが指し示す方向を見て、全員が瞳をまるまると見開いて、愕然とした。
「「術式――〝抱擁者〟――起動!」」
聞き覚えのある詠唱と共に、時が巻き戻る。
異形の群れが、空間の裂け目から押し戻されてゆく。
そうして竜を一匹残らず戻した後、この地に降り立ったのは、他ならぬ誰であろう……。
三白眼の細身青年と、青髪の侍女服を着た少女と、全長二〇mはあるだろう黄金の竜だった。
「GYAAAAA!? こいつら、時間に干渉してくるぞ!?」
「やあやあ侵略者ども、売られた喧嘩を買いに来たよ。地球じゃ魔法を自由に使えなくて欲求不満だったんだ。ボクの遊びに付き合ってくれよっ」
黄金竜は、小刻みに時間を巻き戻すことでドラゴンの群れを誘導しつつ、灼熱のブレスを連発して毛一筋残さず消滅させた。
後先考えない大技の連発だが……。
クロードを筆頭に仲間全員が『どこかに〝分身体〟を保管して、消耗と同時に上書き回復しているに違いない』――と、確信していた。
「やめろファヴニルっ、勝手に暴れるんじゃない。まずは状況把握からだ。レア、翻訳魔術をかけて呼びかけて欲しい」
「はい! 皆様、私達は、私達の世界に災厄をもたらした黒竜を追ってきたものです。敵対の意思はありません。って、えええ!?」
裂け目からやってきた青髪の侍女がすっとんきょうな声をあげた。
「ど、どうして、私が人間になっているんです?」
クロードの傍らに立つ青髪の恋人は、赤い瞳から一雫の涙をこぼして嗚咽した。
「お兄さまが生きている……?」
クロードは、かつてボス子が告げた平行世界の物語を思い出した。
彼以外にも、〝神殺しの革新者〟と呼ばれた青年が、すべてを上手くまとめて旅立ったという。
それが、もし別のクロードならば、あるいはファヴニルと和解する道を選んだのではないか?
「そっか。そうだったか!」
「お、おのれ、脅威が増えただと? GUOO!」
クロードは獅子の顔をした竜に斬りつけ、マントに似た吹雪の翼の根本から十文字に断ちきって、成敗した。
「驚いた。そっちの僕は、あくまで人間として生きて、新しい魔剣を生み出したのか?」
「くそが、なぜだ。なぜ我らの新しいエサ場に、〝地球〟に、お前達のようなものがいるのだ!? GYOEE!?」
もう一人のクロードは、手のひらに集めた魔力を暴走寸前でコントロールしながら光の剣に変え、豹顔の竜巨人を鎧具足ごと灼き斬った。
「積もる話はあるけどっ……!」
「ここは協力といこうか……!」
かくして、〝竜殺しの冒険譚〟は続いて行く。
クロード達の行く先には、これからも多くの危機が待ち受けているかも知れない。
それでも、必ず乗り越えるはずだ。
ゆえに、こう締めるべきだろう。
めでたしめでたし、と
――終幕――
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あとがき
本エピローグのゲストは……。
WEB版とは別の分岐、別のエンディングを迎えた書籍版の未来軸から来た、もう一人のクロードです。
WEB版とは異なる旅路、異なる結末。もしよろしければ、是非書籍版も手にとってくださいませ。
本作は、ヒーローの物語ではありません。
弱く未熟な少年が、幾度も膝をつき、それでも立ち上がって歩き続けた物語です。
章題の一部は、有名な地獄門の銘文をはじめ、ダンテの『神曲』からいくつか引用させていただきました。地獄から煉獄、天国へ至る、という旅路は、イメージモチーフの一つです。
この長い物語をお読みいただきありがとうございました。作者として、やりたいことはすべて込めました。貴方に何かを残せるものであったなら幸いです。心より感謝を込めて。





