第549話 語り継がれる物語
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クローディアス・レーベンヒェルム亡き後――。
当代貴族を代表するマルク・ナンド侯爵と、平民出身の宰相マティアス・オクセンシュルナの連名で大政奉還が奏上され、国主グスタフ・ユングヴィの名において許可された。
「竜殺しが去り、邪竜が居なくなっても、人の営みは終わらない。私たちはより良い明日を迎える為に、今日生きることを精一杯に励むだけだ」
「はい。これからこそ真の試練。我が友に恥じぬよう、力を尽くします」
有力貴族の連合体である大同盟は解体され、一〇の大領に分裂していた国家は改めて一つとなった。
この後、マラヤディヴァ国は輪番制の国主を象徴として戴きながら、議会制民主主義国家に向けて漸進、新たな時代を築き始めた。
「新しい国家の枠組みとなる草案を作れだって……!? 国主閣下と、ヴァリン公爵様も無茶を仰る。ドリル機関車のデータ検証も中途だというのに、次々と仕事が舞い込んでくるじゃないか!」
ニコラス・トーシュ博士。
かつて悪漢によって首都大学を追われ、ヴァリン領に辿り着いた若き学者は、新天地にて多くの理解者と仲間に恵まれ、マラヤディヴァ国最高の碩学と讃えられた。
「では教授。マルグリットさんとラーシュさんから結婚式の招待状が届きましたが、欠席の連絡をいれますね」
「待ってくれ。結婚披露宴は、先の戦いの祝勝会を兼ねているんだ。今じゃ予約待ちで滅多に食べられない、リングバリ氏の料理が出るんだぞ。行くに決まっているじゃないか!」
コンラード・リングバリ。
偽姫将軍の乱の後、辺境伯に見出されて武名をあげた守りの名将は、戦後に職を辞し、ルクレ領で押しかけ弟子のミカエラと共にレストランを経営――。
「人を幸せにする方法は一つでないと、辺境伯様に教わった。アンセル・リードホルムよ、仕事に追われて腕を錆びつかせてゆくがいい。私の夢、我が美食道はここから始まるのだ!」
「先生。ストレスのあまり、こんなになってしまうなんて、ホロリ。ちゃんとお支えしなきゃ」
マラヤディヴァ国一番人気の飲食店となった後も、アンセルとの意地の張り合いは続き、エステル・ルクレ女侯爵に嗜められていたとされる。
「もー、コンラードもアンセルも、料理で喧嘩するなんておかしくない? みんな、仲良くしようよ」
――至言である。
余談だが、一〇年後成長したエステルは、未だ独身だったアンセルと紆余曲折の果てに結婚。周囲を仰天させた。
「マル姉、世界で一番愛している」
「ラーシュ君、宇宙で一番大好きだよ」
ラーシュ・ルンドクヴィストとマルグリット・シェルクヴィストは順当な交際を経て、結婚。
戦後に記念館となったレーベンヒェルム領旧領主館で、祝勝パーティを兼ねた結婚式をあげた。
「あらあら、私たち仲人なのに、新郎新婦に妬けてしまうわ」
「愛しているよ、アネッテ。一緒に、幸せな時間を取り戻していこう」
奇跡の生還を果たしたリヌス・ソーンとアネッテ夫妻は、周囲も羨むおしどり夫婦として穏やかな日々を送っていたが……。
そんな二人と同居するロビン少年は、ある決意を固めていた。
「家を出よう。いくら尊敬する兄さんとアネッテ様といっても、毎日ああもイチャコラされちゃあ胃がもたない!」
「じ、じゃあさ、一緒に暮らさない?」
ロビンは、共に戦場をかけたドリス・ヴェンナシュの爆弾発言に驚いたものの、彼女の肩を抱きしめて頷いた。
そんな仲睦まじい二人を、鍛え抜かれた身体の青年、ベータが見つめていた。
「イザボーさん、恋とは何だろう、愛とは何だろう。この世には、筋肉では解決できない問題がいくつもあるのだな」
「これから学んでゆくといいさ。ブロルの子供たち、青春を楽しみな!」
ベータを筆頭とするネオジェネシスは人間となり、メーレンブルク領などの復興に尽くして、マラヤディヴァ国の一員として歩んで行く。
イザボー・カルネウスは軍を退役後、エングホルム領で孤児院をきりもりしながら、彼ら若き俊英達を実の母のように見守ったという。
そして、同じ道を極める者もいれば、異なる道に踏み出す者もいる。
「ミーナよ、フォックストロットよ。小生が最強の軍略家であることは、邪竜討伐で証明できた。次は商売に殴り込もう! 濡れ手に粟のボロ儲けでウハウハよお」
「ほう、チョーカー。面白いことを言う、ここはひとつ、おいと勝負しようじゃないか!」
戦後、リヌスと同様に生存が判明したアンドルー・チョーカーは、焼け跡となったグェンロック領の土地を買い取り、結婚した羊娘ミーナや相棒フォックストロットと共に商会を設立。
生涯の好敵手となったゴルト・〝ハリアン〟と、その妻ジュリエッタらが起業した商会と切磋琢磨しながら、マラヤディヴァ国に留まらず大陸中に商圏を広げていった。
武才と商才は違ったか、性格が裏目に出たか、両商会は幾度となく倒産の危機に陥ったものの……。
二人の奥方が手を差し伸べあい、必ず再起したと伝わっている。
「さて皆さま、宴もたけなわですが、壇上にご注目ください。新郎新婦の御結婚とマラヤディヴァ国の戦勝を祝い、皆様もご存じの素敵なゲストがいらっしゃいました」
「「よ、待ってました!!」
「……そして、ゲストからのサプライズプレゼントです。特別な演奏と絵画、お料理をお楽しみください」
「「え!? ぎゃあああああっ!?」」
⬜︎
綺羅星の如き将帥が輝いた時代。
クローディアス・レーベンヒェルムは、西部連邦人民共和国をはじめとする海外国家の植民地工作を退け、〝十賢家解体戦争〟とも呼称されるマラヤディヴァ国内戦に勝利し、生命と引き換えに凶悪な怪物災害を鎮圧したことで、世界中に勇名を轟かせた。
しかし、最悪の外道であった二〇歳までの前半生と、その後別人の如き善良な指導者となった後半生のギャップが大きく、歴史家の評価は割れている。
若くして夭折した英雄の常か、生存説をもとに、やがてひとつの伝説が生まれた。
曰く、本物の暴君クローディアス・レーベンヒェルムは、国際テロリスト団体〝赤い導家士〟の蜂起以前に死亡し……。
十賢家解体戦争と怪物災害鎮圧を成し遂げたのは、影武者となった青年クロード・コトリアソビであり、彼は愛した奥方達と共に旅立った。というものだ。
真偽はわからない。
ただ、マラヤディヴァ国レーベンヒェルム領で開催された戦勝記念パーティにおいて、参列者全員が『幽霊よりも怖いモノを見た』と口を揃えるなど、戦後の混乱期には、何らかの秘密が隠されていたことがうかがえる。
クロードの名は伝説となり、一〇〇年、一〇〇〇年の時を超えて語り継がれてゆく。そして、竜を倒した青年は――。
あとがき
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