第548話 レーベンヒェルム領の終戦
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「……閣下。ファヴニルの討伐を終え、世界樹を鎮めることにも成功しました。お借りしていた爵位を返上し、彼女達と共に国を出ようと思います」
クロードは、契約神器から人間になったレアを連れて、グスタフ・ユングヴィに暇乞いを申し出た。
辺境伯を演じ抜いた青年の真意が〝この世界を出ようと思います〟であったことを、マラヤディヴァの国主は理解していただろう。
先祖の偉業を継いだ戦友を、勇者の子孫たる男は深い親愛をこめて抱きしめた。
「クロードくん、お疲れ様。君の功績は、爵位などではおよそ釣り合わないものだ。いつでも戻ってきてくれ。我々は、君がこの世界とマラヤディヴァ国を救ってくれたことを、決して忘れない」
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)。
一一日夜から一四日朝にかけて、マラヤディヴァ国で、空前絶後の怪物災害が発生した。
数十万体に及ぶ徘徊怪物がダンジョンから溢れだし、西のマラヤ半島と東のヴォルノー島全域で暴れ回り……。
特に〝顔なし竜〟と呼ばれる怪物群によって、大同盟軍は甚大な被害を受けた。
「僕達はこの戦いで死んだことにする。いずれこの世界を旅立つ以上、それが一番、誰にとっても角の立たない決着だ」
「たぬう。でも、たぬだけ置いてきぼりはひどいたぬ」
大同盟の指導者、辺境伯クローディアス・レーベンヒェルムと、彼に付き従う侍女レアと執事ソフィ、軍の指揮を執った姫将軍セイは、最終決戦で戦死――。
「置いていくわけじゃない。アリス、僕達の代わりに、エステルちゃんやアネッテさんへの挨拶を頼むよ。戦勝記念パーティにはちゃんと出席するからさ」
「たぬう、行ってくるたぬ」
守護虎アリスは、同じ屋根の下で過ごしたエステル・ルクレ侯爵令嬢、夫と涙の再会を果たしたアネッテ・ソーン侯爵に遺品を託した後、何処かへと姿を消した――。
「クロードの野郎。トップの癖にいちぬけかよ。まだまだ残業があるんだから、最後まで付き合えっていうんだ」
「エリック、他人事のように言っているけれど、次のトップは貴方よ」
「は? 冗談だろ。い、いやだ、誰か、だれかたすけてくれえええっ」
エリック・カーン。
クローディアスの死後、残されていた遺言状により、領主代行に指名される。
結婚した妻ブリギッタの献身的な支えもあって、レーベンヒェルム領の混乱をよくまとめた。
労働環境改善の立法をすすめ、かねてからの念願であった労働基準監督署を設立後に引退、冒険者として野に下った。
「エリック。レーベンヒェルム領には、もう邪悪な竜も悪徳貴族もいない。他の誰でもない、自分たちで乗り越えるしかないの。覚悟を決めましょう」
ブリギッタ・カーン。
戦後も、レーベンヒェルム領の折衝官、交渉人として八面六臂の活躍を続けた。
彼女の夫エリックは一時政界を引退したものの、経済界の重鎮カーン家の入り婿となったことで復帰を余儀なくされた。こんなはずじゃなかった! という悲痛な絶叫が、史書に残されている。
「おさらばです、リーダー。おれは参謀として、貴方に仕えて幸せでした」
ヨアヒム・ユーツ。
大同盟の参謀長であった彼は、代表と総司令官を失った責任から軍を退役するも、文官として領役所に戻り、レーベンヒェルム領の復興に力を尽くした。
のちに、ローズマリー・ユーツ女侯爵のプロポーズを受けて結婚、彼女の配偶者となった。
「リーダーが取り戻してくれた故郷。ぼくに何ができるかはわからない。それでも、あの人たちに誇れるように……」
アンセル・リードホルム。
領主代行エリックの元で出納長として、役所職員のまとめ役を担い続けた。
マラヤディヴァ国が民主化した後は、初代知事に就任。
偽りの革命にかぶれた兄ダヴィッドの汚名を返上し、故郷に偉大な黄金期をもたらした。
「辺境伯様……、いえクロードさん、こちらがセーフハウスです。出発までお使いください。手狭ですが、キッチンもあるので出発前の料理修行にどうぞ」
ハサネ・イスマイール。
戦後、公安情報部を辞職。刑務所長として犯罪者更生に携わり続ける。
特筆すべき点として、彼が交際中だった民間人女性エレンの尽力により、極めて個性的だった某二人の料理が改善されるという奇跡が起きたらしい。
「感涙ですぞ。この歳になって、まさかこのような光景を目にするとは。人の可能性に限界は無いのですな」
御者ボー。
辺境伯の遺言状により、多額の退職金が支払われるも、受け取りを拒否。
レーベンヒェルム領のとある山小屋の管理を引き受けた。晩年は穏やかで、いつも幸せそうに微笑んでいたという。
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)末時点のレーベンヒェルム領
農業 S 亡き辺境伯が進めた水稲栽培やガラスハウス農業、空中栽培などが普及し、マラヤディヴァ国の復興を支える食糧庫となりました。
商業 S 亡き辺境伯が鉄道網と水運網を整備し、十竜港を取り戻したことで、交通の要衝として発展を遂げ、世界に名を轟かせる交易拠点に成長しました。
工業 S 亡き辺境伯が開発に取り組んだ軍需物資が、終戦後に民生品として転用された結果、時代を先導する様々な新製品が世を席巻しました。
治安 A 〝顔なし竜〟討伐をキッカケに、海外の軍事独裁国家が支援する犯罪結社や武装工作団体も壊滅。治安が大きく回復しました。
支持率 A? 辺境伯の治世末期は、七〇%を超える高支持率であったという記事が多数存在しますが、そのような事実は認められないという外国勢力による批判もあり、後世における議論の種となっています。
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◇補足◇
☆エレンさんは、カクヨムにて公開中の書籍化記念SSの主人公です。
興味がありましたら、是非ご一読ください。
(書籍版時空のため、登場人物設定がWEB版と違うなど、差異がありますことをご承知ください)
あとがき
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本作は、最終回まで毎日更新いたします。
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