第545話 ラストバトル
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三白眼の細身青年クロードは、赤髪の女執事ソフィを抱きしめ、クジラ型飛行ゴーレムの甲板上で接吻をかわしていた。
「ソフィ、やっとやっと取り戻した」
「クロードくん、クロードくん、クロードっ……」
クロードとソフィは傷だらけの手と白い繊手を固く握りしめ、貪るように唇を吸う。
互いの熱を求めるように、離れていた時間を取り戻すように、引き裂かれた魂を触れあわせるように。
「「……」」
青髪の侍女レアと金色の虎耳少女アリス、薄墨色髪の和装少女セイは、背中合わせに円陣を組んで、そんな二人を衆目から必死で隠していた。
「こほん。御主人さま、ソフィ。もう少し時と場所を選んでください」
「たぬう。ちょっと恥ずかしいたぬう」
「あわ、あわわっ。はわわわっ」
ファヴニルが全身全霊で放つドラゴンブレスを叩き返した結果――。
クロードは右手にはめた赤い指輪と腰につけた護身用ナイフ以外、何もかも失った半裸姿となり、彼が体内から救出したソフィも一糸まとわぬすっぽんぽんだったからだ。
ほぼ裸の恋人二人が熱いキスをかわす光景は、はっきり言って目に毒だ。
「クソ。泥棒猫が、見せつけてくれる。がはっ、ぐはっ……」
クロードが腹部に大穴をあけたことで、今まで巌のように揺るがなかったファヴニルも、全長三〇mの巨躯を〝く〟の字に折って苦しんでいた。
邪竜は、体内にとらえた巫女ソフィを奪回され、成層圏に確保していた分身体も失ったことで、遂に無敵の不死性が失われた。
「お兄さま。もうやめにしましょう。どうか優しいお兄さまに戻ってください」
青髪の侍女レアは、緋色の両目に涙を浮かべて諫めたが。
「だまれレア。ボクの一〇〇〇年は、この時の為だけにあった。失われるもののない新世界を創るんだ。いでよ、ゴーレム!」
ファヴニルは海水から、全長一〇m級のタコやイカを模したゴーレムの軍勢を創出し、降伏を拒否した。
「辺境伯を守れ。おいどもの底力を見せてやる!」
「最後の戦いだ。高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に支援するっ」
「シュテンは休んでな。アンタのあとはこのアタイ、イザボーが引き受けた」
大同盟艦隊も、ゴルト・トイフェル、アンドルー・チョーカー、イザボー・カルネウスという、〝緋色革命軍〟から〝ネオジェネシス〟、〝大同盟〟を渡り歩いた最強格の指揮官が中心となって、ゴーレムを迎撃。
「レア、ソフィ、アリス、セイ。僕に力を貸してくれ。次の突撃が最後になる。ファヴニルを終わらせよう」
クロードはソフィと共にあり合わせの服を着込んだ後、四人の恋人達を抱きしめて覚悟を決めた。
刀は折れ、鎧は砕け、魔力も限界。ここでファヴニルを討てなければ、新世界創造を止めることは叶わないだろう。
「御主人さま。私の心はいつでも貴方と共に。私も、お兄さまを休ませたい……」
青い髪の侍女は赤い瞳からボロボロと涙をこぼしながら、主人に抱きついた。
レアは、第三位級契約神器レギンの本体である桜色の貝を、祈るようにクロードの後ろ髪に結びつけて一体化した。
「クロードくん。わたしの全部を持って行って。一緒にカミサマの悲しみを終わらせよう」
「そうだ、ソフィ。ファヴニルとの決着は、僕たちがなすべきことだ。鋳……造っ……。雷切! 火車切!」
クロードは折れた大小の日本刀を形作り、ソフィが巫覡の力で修復する。
一時的といえ、刀身が復元されると同時に、雷光と火花が羽のように散った。
「ガッちゃん、クロードを送り届けるたぬ!」
「棟梁殿、ぎりぎりまで寄せるぞ」
アリスは、白銀の鎧となったガルムと共に、敵性ゴーレムが伸ばす触手を蹴散らし。
セイは握った操舵輪で、クジラ型飛行ゴーレムを手足の如く操り加速させる。
「ありがとう。僕はかけがえのない宝を、家族を手に入れた」
三年前。一人ぼっちだった非力な少年は、恋人に支えられ仲間を得て、竜と戦えるほどに成長した。
三白眼の青年の背に、雷が渦を巻いて8の字を横倒しにした翼を形作り、足からは火炎が噴き出す。
∞の雷翼は周辺の魔力と空気を取りこみ、足からは変換された魔力エネルギーと爆発燃焼した排気が噴射された。
「クローディアス、キミにはボクだけがいれば良いんだぁああっ」
ファヴニルがクジラ型ゴーレムに向けて、緋色の視覚素子から石化ビームを放つも。
「鋳造――八丁念仏団子刺し」
「カミサマ。ずっとわたしたちを見守って下さって、ありがとうございました。わたし達は、クロードくんと往きます」
クロードはソフィと二人で握った最後の愛刀を振り抜き、石化と引き換えに呪いの視線を七色に輝く軌跡で切り伏せた。
「ふん、ボクは巫女を生贄に世界創造を目論んだ邪悪な竜だ。義理立てなんていらないし、泥棒猫に謝られるのも迷惑だ。クローディアス、これで全ての武器を破壊したぞ」
巨大竜となったファヴニルは、求めてやまぬ青年と袂を分かった妹分、かつての盟約者の子孫へ言い放ち――。
「クローディアス。ボクの黄金、ボクの理想、ボクの最愛の人!」
前肢に黒い燐光を伴う膨大な魔力を集め、クロード一行とクジラ型ゴーレムを握り潰さんと伸ばした。
「小鳥遊蔵人。ファヴニル、過去にお前と契約し、今お前を討つ者の名前だ!」
クロードは雷の翼をはためかせ足から炎を噴きながら飛翔、邪竜の手に向かって、真っ向から殴りかかった。
(イザボーさんを救出した、エングフレート要塞の戦いじゃ未完成だったけど……)
ファヴニルの言う通り、クロードに残された武器は多くない。
レア、ソフィ、アリス、セイ。四人の力を借りて、残されたエネルギーすべてを圧縮し、右手にはめた契約の指輪にまとわせた。
「ファヴニル、これはお前を倒すために鍛え上げた技だ!」
クロードの右手指にはめられた宝石が火が灯ったかのように赤く輝き、巨大な光の拳を創造する。
「秘術――〝比翼連理〟」
「鋳造――〝運命をこえる意志〟」
黒と赤。二色の光をまとうエネルギーは真正面から激突。
竜殺しの拳は天を衝く光の柱となって、全長三〇mの巨大竜が伸ばす前肢と腕、胸部を銀と緑の二重装甲をまとめて消滅させた。
勝利と敗北は、偶然ではなく必然だ。
五人の愛情が一人の執着を凌駕した。
あるいは。
「まだだ、まだ諦めない。術式――〝抱擁者〟――起動!」
「いいや終わりだ。術式――〝抱擁者〟――起動!」
ファヴニルは時間を巻き戻そうと試み、クロードが阻む。
時の流れが乱れて、世界が凍るように停止した刹那。
「フェヴニル。これが僕の、お前に出来る唯一のことだ」
クロードは装甲が欠落し、剥き出しとなった操縦座へ飛び込み、始まりの日から持ち続けたナイフを神器の核たる金髪少年の胸へ突き立てた。
「そうか、小鳥遊蔵人。キミの殺意が、ボクの愛情に勝ったのか」
あとがき
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