第542話 クジラ型ゴーレムの秘密
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クロードは、ファヴニルが口腔から放ったドラゴンブレスを、〝八竜の鎧〟と、〝鮮血兜鎧〟を用いて反射しようとした。
されど、第一位級契約神器に至った邪竜の全身全霊の攻撃を、人間の身で受け止められるはずもない。
三白眼の細身青年は天災に飲まれるが如く、プラズマ化した炎の津波に飲み込まれた。
「御主人さま!」
レアが泣いている。
「クロードぉ」
アリスが叫んでいる。
「棟梁殿っ!」
セイが咽んでいる。
(ああ。心配するなって言いたいのに)
クロードは、平安式大鎧〝八竜の鎧〟が、干渉場もろともに消し飛んだのを自覚した。
一〇〇〇年前の勇のジャケットを参考にソフィが作り上げた対魔法服も灰となり、赤く透明な粘液鎧ブラッドアーマーも機能停止した。
(ここまでなのか? あと一歩、あと一歩なんだっ)
クロードには、その一歩が後わずかの距離が、宇宙の果て永遠の彼方よりも遠かった。
彼の意識は暗転し、涅槃へ落ちる。その時。
「たすけて、クロードくん」
幻聴かも知れない。
勘違いかも知れない。
それでも確かに、クロードはもう一人の、愛する少女の声を聞いた。
「ソフィイイっ! ここで格好つけなきゃ、何時つけるって言うんだ!」
クロードは、右手の指輪と腰のナイフを除くほぼ全ての装備を失ったが、それがどうした! とばかりに奮起した。
「見つけたぞ、吐息の揺らぎをっ。〝鮮血兜鎧〟はただの装備じゃない。ショーコが編み出して、僕が改良した技なんだよっ!」
クロードはほんの僅かなブレスの乱れと、機能停止した赤く透明な粘液を利用して、自らの手で雷と炎を逸らし、螺旋を描くように空へと巻き上げた。
「ブラボオオっ、ブラボー! やるじゃないか、クローディアス。でも、そういう防御技があることは把握済みだ。だから狙うのはゴーレムの方さ」
ファヴニルは、クロードが死地を乗り越えると確信していたかのように、拍手喝采した。
全長三〇mの巨大竜は、黒炭となった服とお守り代わりのナイフだけが残った、ボロボロの青年を無視して滑空。
六枚の翼をはためかせながら、銀と緑の二重装甲を生かして、高速飛行するゴーレムをがっぷり四つに受け止めた。
「ボクとレベッカの飛行要塞は、ソフィの〝巫覡の力〟で強化されているんだ。何やら企んでいたようだけど、万に一つの逆転も有り得ないと知れ」
邪悪なる竜は前肢を閃かせ、胸元まで迫ったドリルをあっさりと叩き折った。
「そ、そんな。辺境伯様が命を賭けたのに」
「数々の強敵を葬った切り札が」
「折られたー!?」
大同盟艦隊の悲鳴が、海域を揺らし。
『もう駄目だー』
幽霊兄弟達の悲鳴が、成層圏に木霊する。
しかし。
「ファ、ファヴニル、その傲慢が命取りだ」
「お、お兄さま。貴方なら必ずそうすると信じていました。御主人さまの勝ちです」
「あっかんべー。ひっかかったぬ。クロードが生きてるなら、負けないたぬ」
クロードは空中で息も絶え絶えに三白眼を細め、レアが涙をボロボロとこぼしながら艦首で安堵の息を吐き、アリスも顔をぐしゃぐしゃにしつつ甲板の上で尻尾をふりふり歓喜する。
「と、棟梁殿は無事だと信じていたとも。レベッカが側に居なければ、未来視は使えまい。本来の機能は防災と消火だがね。ショーコ殿謹製の〝クジラっぽい〟仕掛けを今こそ開帳しよう!」
セイが目尻を拭いながら〝クジラ型〟ゴーレムの操舵輪中央部に隠されたスイッチを押し込むや、折れたドリルが爆音と共に取り外され、奥から蜂の巣状のシャワーヘッドに似た砲口が姿を現した。
「そうか。ドリルはボクの目をあざむく為の囮、奥に本命を隠していたのか!」
「お兄さま。グリタヘイズの巫女達が子孫に、カロリナへ伝えた秘奥を見せましょう」
レアがナンド領で飛行ゴーレムに積み込んだのは、列車から移植したドリルだけではない。
三年前にニーダル・ゲレーゲンハイトが西部連邦人民共和国に逃がし、とっておきの助っ人として連れ帰った、グリタヘイズの巫女。
カロリナが儀式によって生み出した、龍神に捧げる奉納品こそが、正真正銘の切り札だ。
「お兄さま、私達はグリタヘイズの人々を愛して、彼らからも愛されていたんです。たとえ結末が、悲しいものだったとしても」
「レギン!? お前はっ」
ファヴニルの妹分であった、第三位級契約神器レギンの現し身たる少女が引き金をひくや――。
飛行ゴーレムはあたかもクジラが潮を吹くように、大量の泡を噴出して巨大竜を包み込んだ。
「ファヴニル、お前のブレスを使わせてもらうぞ。鋳造――雷切! 火車切!」
クロードは、空に逃したファヴニルのドラゴンブレス、その魔力を材料に雷と炎をまとう二刀を創りあげた。
三白眼の細身青年は、膨大な魔力の負荷で両手の得物が折れるのも構わず、巨大竜の腹部を裂帛の気合いで斬りつける。
「ソフィ、待たせてごめん。君を助けに来た!」
「クローディ、あがああああっ!」
あとがき
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