第541話 決死の突撃
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一四日夜明け前。
三白眼の細身青年クロードは通信用の水晶玉を使い、マラヤディヴァ国ヴォルノー島とマラヤ半島の狭間にある決戦場に集まった仲間、大同盟艦隊に最後の指令を送った。
「全軍に指示を通達完了。ファヴニル、お前の強さを支える心臓を奪い、愛するソフィを取り返す」
クロードは三年間追い求めた宿敵。
姿勢制御用の六枚翼を生やし、尾と脚部の噴射口に火を灯し、全身を銀と緑の鱗という二重装甲で覆う、機械と生身の入り混じった全長三〇mの巨大竜を見上げた。
クロードがファヴニルの緋色に輝く視覚素子を見つめて、啖呵を切るや。
彼と、彼の恋人レア、アリス、セイの乗るサメ型飛行ゴーレムの艦首がパカリと左右に開き、巨大掘削機がニョキニョキと伸びた。
「お兄さま。この機体が、製作者のショーコ様から〝クジラちゃん〟と呼ばれる理由を、ご覧に入れましょう」
青髪の侍女レアはゴーレムの艦首に移動し、大型ドリルの操作を開始。
「ふん。レギンめ、いかにもな格好で一角クジラとでも言うつもりかい? 着飾ったところでサメはサメだよ。ボクに付け焼き刃の小細工が通じると思うな」
ファヴニルは全長三〇mの巨体から伸びる前肢をくいくいと動かして、かつての妹分を挑発した。
「たぬう。失礼たぬっ、作ったショーコちゃんがクジラと言うんだからサメじゃない、……やっぱりサメたぬ?」
「アリス殿、サメクジラ論争はひとまず置こう。ファヴニル、我々の切り札が小細工かどうかその身で味わうといい。ロロン提督、援護を頼む!」
薄墨色髪の和装少女セイは操舵輪を力強く旋回させ、クロード、レア、アリスが乗った飛行ゴーレムを加速させた。
「さあっ。イヌヴェ、サムエル、キジー、見せ場だぞ」
「はい。イヌヴェ隊、糸車型爆撃車両ワニュウドウを発射します」
「よっしゃ。サムエル隊、空間破砕弾で狙い撃つ」
「キジー隊は援護します。ありったけの武器を運ぶぞ」
一本角が生えたサメ型の影は大同盟艦隊の砲撃支援を受けながら、流星もかくやという高速機動で巨大な竜に接近した。
「これだけやっても、キミ達はボクとの戦力差を理解できないのかい? 躾がなっていない泥棒猫は、本当に身の程というものを知らないね」
ファヴニルは傲慢に笑い、前肢で殴りつけては空飛ぶ糸車を粉砕し、尻尾を振っては空間を抉る弾丸を一蹴する。
残り少ない艦艇が沈没と引き換えに、邪竜の鱗へ細かな傷を刻むものの、瞬きの間に再生し完治してしまう。
ファヴニルは体内に取り込んだソフィの力を悪用し、レベッカが身につけた黄金の首飾り〝分身体〟の情報を〝本体〟に上書きすることで、何度でも完全回復できるのだ。
「ご苦労様、暇潰しにはちょうど良かったよ。でもボクにはクローディアス以外、不要なんだ。灰となって消えろ!」
堕ちたる竜は口腔を溶岩のようにゆらめかせ、雷と炎の入り混じったドラゴンブレスを放つ。
「たぬううっー!?」
「ワオーン!?」
金色の虎耳少女アリスと、彼女の契約神器ガルムが門形の防御結界で受け止めた。
しかし、プラズマ化した灼熱の炎によって限界を迎え、門の柱も扉も沸騰するように溶け消えた。
「も、〝門神〟が壊れちゃったぬ。これじゃ、近づけないたぬっ」
「大丈夫だっ。アリス、僕に任せろ。何度も見れば解析だって出来る」
クロードは仲間を守る為に、自らブレスの正面へと進み出た。
「鋳造――〝八竜の鎧〟。干渉場形成、〝鮮血兜鎧〟全力稼働!」
クロードは全身を血のように赤く透明な粘液鎧で覆い、八柱の竜が描かれた平安式大鎧を装着した。
(これがきっと、最後のチャンスだ)
クロードは、ソフィが機械竜の心臓部に囚われていると確信していた。
神話において、竜の智慧と魔力を秘めた重要な臓器という意味合いもあるし、単純に一番防御の硬い箇所でもあるからだ。
クロードがこれまで揃えた手札では、第一位級に進化したファヴニルに対し、有効打を与えることが叶わなかった。
心臓部まで斬り込める可能性があるとすれば、クジラ型ゴーレムに積み込んだ切り札と、今から創る――もう一つ、だけだ。
「ファヴニル、お前の必殺技を受け止めてみせる」
クロードは、ファヴニルの最大最強の力をカウンターとして用いるべく、敢えて雷と炎の奔流に身を投じた。
「お、お、おおおっ」
全身が焼けて、皮膚がめくれあがり、肉と血が沸騰し、骨が悲鳴をあげる。
鎧を構成する短冊状の鉄片が霧散し、肩や胴を守る大袖や脇盾が崩れ、兜も灰になって散った。
「残念だよ、クローディアス。キミの蛮勇もここまでかい? ならば、これで正真正銘の王手だ」
あとがき
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