第540話 乾坤一擲の大ばくち?
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『ああもうっ、クロードお兄さんの加勢に来たはずなのに!』
『最悪な選択肢ばかりを踏む二番目はともかく、ニーダルさんまで何をやってるのさ?』
『ファヴニルを討つにしろ、世界樹を破壊するにしろ、レベッカ・エングホルムを倒す以外の方法はないってのに』
紅い外套を着た冒険者ニーダルが握る、抜き身のムラマサ――。
青白い炎を燃やす妖刀に取り憑いた、隻眼隻腕の剣客ドゥーエの亡き家族が嘆くのも無理はない。
〝勇者の技を継ぐ者〟ニーダル。
〝勇者の血を伝える者〟ドゥーエ。
〝邪竜の巫女〟レベッカ。
クロードと邪竜ファヴニルの戦い。
その趨勢を決めるだろう三人は、当初の目的を完全に忘れ去り、三つ巴のバトルロワイヤルを始めてしまった。
『やっちゃえやっちゃえっ。人生迷子の馬鹿弟も、グラマーでいけすかない巫女も、まとめてぶっ飛ばして、ワタシはニーダルさんと結婚するの!』
そして、幽霊姉弟にとって最大の胃痛の種となったのは、長女に違いない。
一番年上だったはずの彼女は、イキイキした顔で青白い炎をまとう妖刀を操り、飛行要塞内部にある土、壁、兵器、触れるもの全てを焼き払っている。
『姉さん、八つ当たりはかっこ悪いよ』
『一目惚れだか知らないけど、これ以上、人間関係を複雑骨折させないで』
『そうだ、そうだ。ニーダルさんの娘のイスカちゃんが可哀想だろ』
弟妹達は、どうにか長姉から妖刀の操縦権を奪おうと試みたものの……。
『ざぁんねんでしたっ。幽霊だから戸籍も問題ないでしょ。死後だからこそ、自由に恋愛したいのっ』
目にハートマークが浮かんだ、恋に恋する長女はやたらと強く、弟妹達は片端から叩きのめされてしまう。
『そう。今は、今だけは、こうするのが最善なのですわ』
『この姉、正気なのかイカれてるのか』
『ああもう、馬鹿姉は放置だっ』
長姉の奇行に、弟妹達が匙を投げたのも無理はないだろう。
『考えてみれば、あっちで〝もう一人の巫女〟ソフィさんの魔術道具強化を解除しなきゃ、ファヴニルどころかレベッカだって倒せないんじゃないか?』
『観測担当、下の海はどうなってる?』
『クロードお兄さんが艦隊を率いて、いよいよファヴニルにしかけるみたいっすよ』
幽霊姉弟は、長姉の奇行と三つ巴の戦いに集中していたこともあり、海上観測担当者の報告を受けて目を丸々と見開いた。
『いけないっ。クロードお兄さんは、ソフィさんの力が悪用されていることにも、ファヴニルとレベッカの首輪に繋がりがあることにも、きっと気づいていないよ!』
『そもそも下には、ニーダルさんの第一の魔剣も、私達の第二の魔剣も無いんでしょ。勝ち目ゼロじゃないか』
『早まるなー、戻ってええっ』
幽霊姉弟は悲痛に叫ぶも、成層圏の悲鳴が海抜〇mに届くはずもない。
決戦場となった海域では、全長三〇mの巨大竜ファヴニルが、怪獣映画も真っ青な勢いで暴れ回っていた。
クロードと共に戦う大同盟軍艦隊は果敢に抵抗したものの、魔法の隠蔽が剥がれ防御機能も失われて、一〇〇隻あった船のうち五〇隻が失われている。
「どうしたんだ、キミ達の抵抗はこの程度なのかい?」
ファヴニルは、剣呑な竜歯を見せつけるようにニヤニヤと笑い、前肢で魔術文字を綴って握りしめた。
艦隊を取り巻く海から、数万もの黒い手が伸びて、まるで船幽霊のように船体を鷲掴みにした。
「思い知ったようだね。これが七つの鍵と呼ばれる、世界を変える力。第一位級契約神器の強さだ。キミ達もいい加減諦めて、墓石になるといい!」
巨大邪竜の視覚素子が赤く輝き、禍々しい光を発した。
もはやレーザービームと化した視線は、波立つ海や魚を石に変えて、動かない的となった艦隊を視界に収めた。
「くそ、間に合うかっ。鋳造!」
「御主人さま。東をお願いします、西は私が守ります」
「たぬううっ。ガッちゃん、一緒にがんばるたぬっ」
三白眼の細身青年クロードと青髪の侍女レア、金色の虎耳少女アリスは、はたきと門の結界で防御するものの、広大な海域を全てカバーすることは不可能だ。
「うわああっ、もう駄目だあ」
「いいえ、諦めるのは早い。ツバメ返し!」
この窮地で気を吐いたのが、女性用ビキニアーマーに身を包んだ初老の剣客、カリヤ・シュテンだ。
彼は物干し竿と呼ばれる長い刀に闘気をまとわせて攻撃範囲を伸ばし、結界を貫いた一部といえ、石化レーザーすらも斬ってみせた。
「へえ、カリヤ・シュテンか。ブロル・ハリアンも傑物を見出したものだ。心技体を極めて、ボクの邪視すら斬るに至ったか。その輝きはダイヤモンドにも匹敵するだろう。でも、ニーズヘッグの力を失ったキミじゃあ、ボクには届かない」
ファヴニルが断言すると同時に、シュテンの握る愛刀が石化してバラバラと崩れ落ちた。
けれど女装した初老の剣士は、亡き友ブロルの遺品である、鉄塊の如き巨大包丁を掴んで胸を張った。
「そうねえ、今のワタシじゃ貴方は倒せない。でもね、人間は力を合わせるのよ。あの子なら、もう貴方を討つ手段を見つけたんじゃない?」
「クローディアス。来るんだねっ!」
ファヴニルの顔が、歓喜に歪む。
「シュテンさん、ありがとうっ。今からもう一度接近して、大技を叩き込む」
クロードとレア、アリス、セイはサメ型ゴーレムに乗り込み、船幽霊じみた魔法の手を切り裂きながら、一路ファヴニルを目指していた。
「アハっ。クローディアス、頼みの艦隊も半減した今、そんなおもちゃで何が出来るのさ?」
「そいつはどうかな? 侮って貰っちゃ困る」
クロードが通信用の水晶玉を手に啖呵を切るや……。
サメ型飛行ゴーレムの艦首がパカリと左右に開き、ナンド領でドリル列車から移植した巨大掘削機がニョキニョキと伸びた。
「全軍に指示を通達完了。ファヴニル、お前の強さを支える心臓を奪い、愛するソフィを取り返す」
クロードは、残存艦隊を率いて再び前進。
世界の命運を左右する、のるかそるかの大勝負を開始した。
あとがき
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